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勇者祭5 魔の国編  作者: 牧野三河
第一章 港町ジョアル
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第99話


 クレールが席に座ると、メイドがすっとカップを置く。

 アルマダはにこにこ笑いながら、


「聞きましたよ。マツ様と妖退治に行ってきたそうですね」


「あ、もう」


「ええ。その顔を見ると、上手くいかなかったんですか?」


「あ、いえ。ちゃんと捕らえてきたんです」


 す、と札を置くと、アルマダ達が札を見る。


「これは・・・ああ、陰陽術の札ですよね。黄色くない」


 クレールが使う道術の札は黄色だ。

 アルマダが言うと、ユカリもヨナも興味深そうに、しげしげと札を見る。


「まあ。これが陰陽術の札なのですね」


「初めて見ました」


 アルマダが札を指差し、


「この札に封印した、と」


「はい」


 ぽん、とアルマダが手を叩き、腕を組む。


「ははあ、なるほど。祓ってしまわず、捕らえて式神にしたのですね。やるではありませんか」


「シキガミ?」


 ユカリが顔を上げる。

 アルマダが頷いて、


「高度な死霊術のような感じです。使役しなくても、自分で考えて動き、主の命令を遂行する。クレール様、そうですよね」


「はい」


 クレールが頷くと、ユカリもヨナも驚く。


「まあ! 便利ですのね!」


「ふふ。使用人が仕事を無くしてしまいそう」


「おお、使用人といえば。そうそう、陰陽術の創始者の方は、鬼族の武術家を2人も式神として使っていたそうです。それも、ただの家事手伝いに」


 ぷ! とユカリが笑い、


「おほほほ! 洗濯物が破れてしまいそうではありませんか!」


 くす、とヨナも笑う。

 3人はにこにこしているが、クレールは浮かない顔。

 アルマダは頬杖をつき、苦笑しながらクレールの顔を覗き込む。


「で、クレール様はどうしたんです。何かご相談でしょう」


「はい」


「話すだけ話してみて下さい。聞くだけになるかもしれませんが、それでも少しは気分が楽になるかもしれませんよ」


 クレールは頷いて、札を指差す。


「この、式神にした妖なんですけれど」


「はい」


「4人も子供を食い殺しています」


「えっ!?」

「なんですって!?」


 ユカリとヨナが慌てて身を引き、クレールも慌てて手を振る。


「あ、あ、もう大丈夫なんです。完全に持ち主の言いなりになってますから」


 ほ、と2人の王妃が息をついて、札を見つめる。

 アルマダは慌てもせず、頬杖をついたまま。


「それで? 4人も殺した殺人犯を、式神として使っても良いものかどうか? 晒し首などにするべきかどうか? といった所ですか?」


「そうです」


「なるほど。それは困った悩みです。私も既に人を斬っています。ユカリ様、ヨナ様、私はここに居て良いのでしょうか。牢に行くべきでしょうか」


「そんな事はせずとも構いませんよ」


「そうですよ。ハワードさんが斬ったのは悪党でしょう」


「だと思います。ですが、警察や奉行所ではそう見られているだけで、仕方なく野盗などになるしかない、という者も少なからずいます。例えば、凶作などで畑が枯れ、税も払えず、家族を食わせる事も出来ず。学もなく、野良仕事しか出来ないような。何とかして家族を食わせなければ。私が斬ったのは、そういった者であったのかも」


 ユカリは少し考えたが、首を振り、


「ハワードさん。悪事を働いていた事には、違いありませんよ。そういった輩は、他にも人を殺めるでしょう。野放しにはしておけません」


「全くその通りです。では、世界を見てみましょう。現在、紛争地域では、互いに正義を掲げ、聖地の取り合いで、いつまでも戦争をしています。この戦いの正義はどちらにあるのでしょうか。罰されるべき悪はどちらでしょう」


 む、とヨナが顔をしかめ、


「それは意地悪ではございませんか?」


「そうですね。これは失礼な物言いでした。極端に過ぎました。ではクレール様、この妖は、悪事と分かって悪事を働いていたのですか? そこは分かりますか?」


「ん?」


 はて? そう言えば、そこはどうなのだろう?

 妖とは、人のイメージから産まれるもの。

 恐ろしいものとして産まれるもの。

 では、悪事を悪事と認識していないのか?


 魔王の言った、もう一種類の、古から存在する妖というのは、非常に少ない。

 殆どは大衆のイメージから、魔力が固まるようにして産まれるものだ。


「私達から見れば悪事でも、その妖にとっては、それが当然の事だったのかも」


「・・・んんー?」


「野の獣は、他の野の獣を食い殺しても、罰されませんよ。なぜなら、それが自然、当然の事だからですね」


「はい・・・はい、そうです」


「ですが、人に害を与えたり、畑を荒らしたりすると、山狩が行われ、罰されます」


「はい・・・」


「ふふ。正しいのは獣でしょうか。人でしょうか。その線引は誰が。我々、人です。獣には線引を選ぶ権利はないとする。これをどうお考えになりますか?」


「む、むむ」


「ふふ。少々哲学的というか。過敏な動物保護団体も、同じ事を言っていそうですので、もっと分かりやすくいきましょう。野生馬を害獣とする所は多くあります。しかし、人を乗せたり、荷を運ぶ馬は害獣とはみなしません」


「むっ!」


「野犬は狩らねばなりません。ですが、飼いならされた犬は番犬として働いたり、狩りを手伝ったり、軍で働いたり。人のパートナーとして良く働きます」


「はい! そうです!」


「ユカリ様、ヨナ様。この妖は、もう人に害なす事はありません。主の言う事に逆らわず、自分の出来得る事なら、全力で命を遂行します。疲れた、休ませて、など口にする事は一切ない。もう野犬ではなくなり、別の妖が出たのならば、命を下されれば一切の躊躇いなくそれを退治し、主も民も守る存在となりました。どうでしょうか」


 ユカリが頷いた。


「良いと思います。今までは野の獣と同じで分別を知らず暴れておりましたが、マツとクレールさんのお声がけで、忠実な兵となった。そういう事ですね」


 ユカリの意を聞き、ヨナも同意して頷く。


「私も良いと思います。クレールさんも、それで良いと思いませんか」


 クレールの顔が、すっきりと晴れた。

 アルマダがにっこり笑って、


「では、クレール様。この妖の姿を見せて頂けますか? どんなに恐ろしい姿をしているのでしょう」



----------



 クレールが札を取り、す、と魔力を込めようとした時。


「う」


 ぐんぐんと魔力が吸い取られていく!

 目を閉じ、札に流れ込んでいく魔力に集中する。


(危ないかも!)


 手を離そう、と思った時、ぴたっと魔力の流れが止まった。


「ふうーっ!」


 これはカオルが魔力切れで倒れるのも当然だ。

 息をついて目を開けると、椅子の横に4本の太い尾の狐。


「あらかわいい!」


「まあ、これは見事な毛並みですよ! 毛皮にしたら良さそうですね!」


「ははは! ヨナ様、毛皮は勘弁してやって下さい!」


 クレールは、ほ、と胸を撫で下ろし、そっと札を置いて、


「さあ、皆様にご挨拶なさい。無礼のないように」


(はじめまして。ロ=マーンのタマコと申します。以後、宜しくお願い致します)


「う!?」「はっ!」「えっ!?」


 アルマダと王妃2人の頭の中に、狐の念が届き、目を丸くする。

 3人は驚いて顔を見合わせ、狐に目を戻す。

 頭の中に、女の声が響いた。名乗った。


「あっ・・・妖、なんですね・・・」

「本当・・・」

「驚きました・・・」


「タマコ、幻術を見せて下さい。ハワード様は分かりますね。そこの男性です。同じ姿を、幻術で作れますか?」


(はい)


 音もなく、ふうっとアルマダがもう1人、テーブルの前に現れた。


「・・・」「・・・」「・・・」


 幻術のアルマダは、胸に手を当てて、すっと礼をした後、また、ふうっと消えてしまった。

 固まってしまった3人に、クレールが笑みを向ける。


「皆様、どうでしょうか」


「どう、どうと言われましても、驚きしか」

「・・・」

「短い寿命が、縮んでしまいましたよ」


「良かったですね、タマコ。皆様、喜んでくれました」


 ふ、とアルマダが息をついて、ハンカチを出し、額を拭う。


「これを喜びと言って良いのかは、甚だ疑問なのですが」


「さ、タマコ。少し休んでいて下さいね。あなたには初めての方ばかりでしょうから、またどなたか来られましたら、ご挨拶しませんと」


(はい)


 狐は腹を横に置いて、くるんと丸まり、大きな尾に頭を突っ込んだ。

 4本のうち、1本だけを立てて、ふらり、ふらり、と揺らす。

 アルマダがそれを覗き込み、


「ううむ、尾はありますけど、見た目は完全に獣ですね。このように丸まっていては、遠目や暗がりでは、野良犬と区別はつかないでしょう。見つからなかったわけです」


「はい。でも、幻術だけでなく、中々の魔術を使いますよ」


「ほう」


「マツ様のお話ですと、年月が経つと、尾が増えるそうです」


「ああ! 九尾の狐ですね。なるほど」


「あ、ハワード様はご存知ですか?」


「ええ。マツ様から聞いたという事は、クレール様は知りませんでしたか」


「はい」


「マツ様は、多分、日輪国の妖の絵巻物なんかから知ったのでしょうが・・・いや、陰陽頭をしていたのなら、知っていて当然ですね。昔のツチカド家が退治したのですから」


 ユカリとヨナが、ちらっと目を合わせ、カップを取った。


「ハワードさん、面白そうなお話ですね。詳しく聞きたいわ」


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