第99話
クレールが席に座ると、メイドがすっとカップを置く。
アルマダはにこにこ笑いながら、
「聞きましたよ。マツ様と妖退治に行ってきたそうですね」
「あ、もう」
「ええ。その顔を見ると、上手くいかなかったんですか?」
「あ、いえ。ちゃんと捕らえてきたんです」
す、と札を置くと、アルマダ達が札を見る。
「これは・・・ああ、陰陽術の札ですよね。黄色くない」
クレールが使う道術の札は黄色だ。
アルマダが言うと、ユカリもヨナも興味深そうに、しげしげと札を見る。
「まあ。これが陰陽術の札なのですね」
「初めて見ました」
アルマダが札を指差し、
「この札に封印した、と」
「はい」
ぽん、とアルマダが手を叩き、腕を組む。
「ははあ、なるほど。祓ってしまわず、捕らえて式神にしたのですね。やるではありませんか」
「シキガミ?」
ユカリが顔を上げる。
アルマダが頷いて、
「高度な死霊術のような感じです。使役しなくても、自分で考えて動き、主の命令を遂行する。クレール様、そうですよね」
「はい」
クレールが頷くと、ユカリもヨナも驚く。
「まあ! 便利ですのね!」
「ふふ。使用人が仕事を無くしてしまいそう」
「おお、使用人といえば。そうそう、陰陽術の創始者の方は、鬼族の武術家を2人も式神として使っていたそうです。それも、ただの家事手伝いに」
ぷ! とユカリが笑い、
「おほほほ! 洗濯物が破れてしまいそうではありませんか!」
くす、とヨナも笑う。
3人はにこにこしているが、クレールは浮かない顔。
アルマダは頬杖をつき、苦笑しながらクレールの顔を覗き込む。
「で、クレール様はどうしたんです。何かご相談でしょう」
「はい」
「話すだけ話してみて下さい。聞くだけになるかもしれませんが、それでも少しは気分が楽になるかもしれませんよ」
クレールは頷いて、札を指差す。
「この、式神にした妖なんですけれど」
「はい」
「4人も子供を食い殺しています」
「えっ!?」
「なんですって!?」
ユカリとヨナが慌てて身を引き、クレールも慌てて手を振る。
「あ、あ、もう大丈夫なんです。完全に持ち主の言いなりになってますから」
ほ、と2人の王妃が息をついて、札を見つめる。
アルマダは慌てもせず、頬杖をついたまま。
「それで? 4人も殺した殺人犯を、式神として使っても良いものかどうか? 晒し首などにするべきかどうか? といった所ですか?」
「そうです」
「なるほど。それは困った悩みです。私も既に人を斬っています。ユカリ様、ヨナ様、私はここに居て良いのでしょうか。牢に行くべきでしょうか」
「そんな事はせずとも構いませんよ」
「そうですよ。ハワードさんが斬ったのは悪党でしょう」
「だと思います。ですが、警察や奉行所ではそう見られているだけで、仕方なく野盗などになるしかない、という者も少なからずいます。例えば、凶作などで畑が枯れ、税も払えず、家族を食わせる事も出来ず。学もなく、野良仕事しか出来ないような。何とかして家族を食わせなければ。私が斬ったのは、そういった者であったのかも」
ユカリは少し考えたが、首を振り、
「ハワードさん。悪事を働いていた事には、違いありませんよ。そういった輩は、他にも人を殺めるでしょう。野放しにはしておけません」
「全くその通りです。では、世界を見てみましょう。現在、紛争地域では、互いに正義を掲げ、聖地の取り合いで、いつまでも戦争をしています。この戦いの正義はどちらにあるのでしょうか。罰されるべき悪はどちらでしょう」
む、とヨナが顔をしかめ、
「それは意地悪ではございませんか?」
「そうですね。これは失礼な物言いでした。極端に過ぎました。ではクレール様、この妖は、悪事と分かって悪事を働いていたのですか? そこは分かりますか?」
「ん?」
はて? そう言えば、そこはどうなのだろう?
妖とは、人のイメージから産まれるもの。
恐ろしいものとして産まれるもの。
では、悪事を悪事と認識していないのか?
魔王の言った、もう一種類の、古から存在する妖というのは、非常に少ない。
殆どは大衆のイメージから、魔力が固まるようにして産まれるものだ。
「私達から見れば悪事でも、その妖にとっては、それが当然の事だったのかも」
「・・・んんー?」
「野の獣は、他の野の獣を食い殺しても、罰されませんよ。なぜなら、それが自然、当然の事だからですね」
「はい・・・はい、そうです」
「ですが、人に害を与えたり、畑を荒らしたりすると、山狩が行われ、罰されます」
「はい・・・」
「ふふ。正しいのは獣でしょうか。人でしょうか。その線引は誰が。我々、人です。獣には線引を選ぶ権利はないとする。これをどうお考えになりますか?」
「む、むむ」
「ふふ。少々哲学的というか。過敏な動物保護団体も、同じ事を言っていそうですので、もっと分かりやすくいきましょう。野生馬を害獣とする所は多くあります。しかし、人を乗せたり、荷を運ぶ馬は害獣とはみなしません」
「むっ!」
「野犬は狩らねばなりません。ですが、飼いならされた犬は番犬として働いたり、狩りを手伝ったり、軍で働いたり。人のパートナーとして良く働きます」
「はい! そうです!」
「ユカリ様、ヨナ様。この妖は、もう人に害なす事はありません。主の言う事に逆らわず、自分の出来得る事なら、全力で命を遂行します。疲れた、休ませて、など口にする事は一切ない。もう野犬ではなくなり、別の妖が出たのならば、命を下されれば一切の躊躇いなくそれを退治し、主も民も守る存在となりました。どうでしょうか」
ユカリが頷いた。
「良いと思います。今までは野の獣と同じで分別を知らず暴れておりましたが、マツとクレールさんのお声がけで、忠実な兵となった。そういう事ですね」
ユカリの意を聞き、ヨナも同意して頷く。
「私も良いと思います。クレールさんも、それで良いと思いませんか」
クレールの顔が、すっきりと晴れた。
アルマダがにっこり笑って、
「では、クレール様。この妖の姿を見せて頂けますか? どんなに恐ろしい姿をしているのでしょう」
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クレールが札を取り、す、と魔力を込めようとした時。
「う」
ぐんぐんと魔力が吸い取られていく!
目を閉じ、札に流れ込んでいく魔力に集中する。
(危ないかも!)
手を離そう、と思った時、ぴたっと魔力の流れが止まった。
「ふうーっ!」
これはカオルが魔力切れで倒れるのも当然だ。
息をついて目を開けると、椅子の横に4本の太い尾の狐。
「あらかわいい!」
「まあ、これは見事な毛並みですよ! 毛皮にしたら良さそうですね!」
「ははは! ヨナ様、毛皮は勘弁してやって下さい!」
クレールは、ほ、と胸を撫で下ろし、そっと札を置いて、
「さあ、皆様にご挨拶なさい。無礼のないように」
(はじめまして。ロ=マーンのタマコと申します。以後、宜しくお願い致します)
「う!?」「はっ!」「えっ!?」
アルマダと王妃2人の頭の中に、狐の念が届き、目を丸くする。
3人は驚いて顔を見合わせ、狐に目を戻す。
頭の中に、女の声が響いた。名乗った。
「あっ・・・妖、なんですね・・・」
「本当・・・」
「驚きました・・・」
「タマコ、幻術を見せて下さい。ハワード様は分かりますね。そこの男性です。同じ姿を、幻術で作れますか?」
(はい)
音もなく、ふうっとアルマダがもう1人、テーブルの前に現れた。
「・・・」「・・・」「・・・」
幻術のアルマダは、胸に手を当てて、すっと礼をした後、また、ふうっと消えてしまった。
固まってしまった3人に、クレールが笑みを向ける。
「皆様、どうでしょうか」
「どう、どうと言われましても、驚きしか」
「・・・」
「短い寿命が、縮んでしまいましたよ」
「良かったですね、タマコ。皆様、喜んでくれました」
ふ、とアルマダが息をついて、ハンカチを出し、額を拭う。
「これを喜びと言って良いのかは、甚だ疑問なのですが」
「さ、タマコ。少し休んでいて下さいね。あなたには初めての方ばかりでしょうから、またどなたか来られましたら、ご挨拶しませんと」
(はい)
狐は腹を横に置いて、くるんと丸まり、大きな尾に頭を突っ込んだ。
4本のうち、1本だけを立てて、ふらり、ふらり、と揺らす。
アルマダがそれを覗き込み、
「ううむ、尾はありますけど、見た目は完全に獣ですね。このように丸まっていては、遠目や暗がりでは、野良犬と区別はつかないでしょう。見つからなかったわけです」
「はい。でも、幻術だけでなく、中々の魔術を使いますよ」
「ほう」
「マツ様のお話ですと、年月が経つと、尾が増えるそうです」
「ああ! 九尾の狐ですね。なるほど」
「あ、ハワード様はご存知ですか?」
「ええ。マツ様から聞いたという事は、クレール様は知りませんでしたか」
「はい」
「マツ様は、多分、日輪国の妖の絵巻物なんかから知ったのでしょうが・・・いや、陰陽頭をしていたのなら、知っていて当然ですね。昔のツチカド家が退治したのですから」
ユカリとヨナが、ちらっと目を合わせ、カップを取った。
「ハワードさん、面白そうなお話ですね。詳しく聞きたいわ」




