第98話
マツの心配は当たってしまった。
城に戻り、すぐに小会議室(小と言っても何十人と入れそうな)に通された。
いるのは魔王と、隣に立つリュウイチのみで、メイドもいない。
無言でリュウイチが出て来て、椅子を3つ引き、魔王の隣に戻ると、魔王が席を顎でしゃくった。
「ご苦労。座れ」
「はい」
マツが返事をして、席につくと、カオルがすっと椅子を入れる。
クレールが座ってから、最後にカオルが座ると、魔王が小さく頷く。
「で、マツ。首尾はどうであったか」
「しかと封印して参りました」
「封印か。やはり式神として捕らえたのだな」
「はい」
「その妖、拐かしの犯人であったそうだな」
「はい。封印した後、骨が出てまいりました。どう隠していたのかは分かりません」
「ふむ。その式神、意思疎通は取れるか」
「はい」
「よし。ここに出せ」
ここで、マツが腕を組む。
「ううん・・・一応、捕らえはしましたけど・・・呼び出せますかどうか」
「呼び出せるどうか? どういう事か」
「あの、札に封印したのが、カオルさんなんです。ちょっと、魔力が足りるかどうか。カオルさんは、魔術は一切学んでおりませんから、妖ほどの存在を呼び出せるかは不明です」
「ではお前がやれ」
「お父様。式神は封印した者を主とするのです。私では呼び出せませんし、仮に出来ても、言う事を聞きません」
実のところ、カオルが『私以外の方々の下でも働け』と言って封印したので、おそらくマツでも呼び出せるが、これはやめておいた方が良さそうだ。
「む」
カオルが懐から札を出して、魔王に頭を下げ、
「発言をお許し下さい」
「許す。聞こう」
「魔術は使えませぬが、試してみます。お許し下さいますか」
「良かろう。やってみろ」
「は。マツ様、札に魔力を籠めるとは、どうすれば宜しいのでしょう」
む、とマツが首を傾げ、胸の下に手を当て、
「私の場合、この、みぞおちの辺りの中の方に、すん! っと集中しますと、しゅーっと出てくるんです。この感覚、個人で変わるんです。クレールさんはどうでしょう?」
「ううん、私はお腹の方から肩に来て、肘に伝わって、こう、表に出て来る感じですけど・・・」
さっぱり分からないが『みぞおちの中』『お腹の方』という。
どうやら丹田の辺りから出て来るという事だろうか。
それと集中力。
どちらも、日頃の瞑想で鍛えている。
「では、試してみます。魔王様、少々お待ちを」
カオルは札を取り、左の指先2本で挟み、刀印を組んでみた。
目を閉じ、集中。
「・・・」
何も変化はない。自分の魔力は、何処から出るのであろうか。
臍下丹田から、中丹田へ・・・
「う?」
急に力が抜け、カオルは気を失ってしまった。
はらっと札が落ち、かくん、とカオルの首が落ちる。
「む」
魔王がひょいと指を動かすと、気を失ってテーブルに落ちていくカオルの頭が止まった。
「ち、魔力切れか。リュウイチ、部屋に運んで寝かせてやれ」
「は」
ささっとリュウイチが歩いて来て、カオルを腕に抱え、部屋を出て行く。
落ちた札を、クレールが拾って、テーブルの上に置いた。
それを見て、魔王が溜め息をつき、頬杖をつく。
「お父様、始末なさるのでしたら、この札を燃やせば済みます」
魔王はいらいらした顔で、とんとんとん・・・と指でテーブルを叩く。
「4人もの幼子を殺した犯人を、楽に殺してなるものか」
やはりそのつもりだったか。
拷問なりをして、少しでも家族に気を晴らしてやろうと考えていたのだろうか。
それとも、結界でも作って、さらし者にするつもりであったのだろうか。
マツもクレールも、妖という珍しい存在を捕らえたという喜びがあるが、あの骨の山を見た時は、ぐっと怒りが込み上げたのだ。
「お父様、もはや完全にカオルさんの下僕となっておりますので、己はないに等しい存在になっております。拷問にかけた所で、痛い顔もせずに死んでいくでしょう」
魔王が、かあん! と爪でテーブルを叩く。
「被害者の親になんと言えば済むのだ! 封印しました! もう安全ですで済むものか! 幼い子が死んでしまったのだぞ!」
「それはそうですが、仕方ございません。被害者が増える前に、祓う事は出来たのですから」
はあー・・・と、魔王が深い溜め息をついた。
「そうだな。確かに祓う事は出来たのだからな。そうだ。お前達はよくやった。で、どのような妖であったのだ」
「九尾の狐のなりかけです。尾は4本まで増えておりました」
む、と魔王が眉を上げる。
「何? 九尾の狐か。大物であったな。なりかけとはいえ、それでは魔力切れになるも当然か」
「はい。式神として封印せず、殺してしまって、街中で毒石に変わってしまっていたら、どうなったことか。大量の死人が出ておりました」
「ううむ。被害が4人で済んだ、などとは言いたくはないが、な」
「それで納めませんと」
「納めてもらうのだ。いや、そもそもが、もっと早くに妖と分からなかった、我の責任か」
「・・・」
「マツ。クレール。何の妖であったとは、警察や軍に話しておらぬな」
「はい。幻術を使う野良犬であった、と話しておきました」
「では、狐であったという事は黙っておく。正体不明の妖とする。サダマキには、その式神、使えるようになったら好きに使えと伝えよ。変わったペットとして散歩でもしておれ。だが、間違っても、毒石にせぬように。良いな」
「はい」「はい」
もう一度溜め息をついて、魔王は頭を抱えた。
「では、もう下って良い。此度は、お前達もサダマキも、良い働きをした」
「お父様」
「良い。もう下がれ」
「・・・では」
マツが立ち上がると、クレールも立ち上がり、ポケットに札を入れて、頭を下げた。
「それでは失礼致します」
ドアを閉める前、クレールがそっと振り向いた。
魔王は頭を抱え、沈痛な顔であった。
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廊下に出てから、クレールが囁くようにマツに声を掛けた。
「マツ様」
「大丈夫です。私も気が引けますけど」
「使えるんですか?」
「封印する時に、カオルさんが言っていたでしょう。必要とあらば、私以外の方々の下でも働いて頂きますって。ですから、多分、私達でも呼び出せます。カオルさんが味方と認識している者なら、誰でも」
「・・・」
マツは眉をひそめて、小さく首を振る。
「もう、無差別に人を襲う事はないですけど・・・ふう。妖を式神とするって、こういう事なんですね」
「魔王様のお話を聞きますと、私も、あまり気分は良くないです」
「ですけれど、犯罪者を懲役で働かせるのと同じでもあります。幼子を4人も殺して食べていたなんて、人なら懲役なんてせずに、死刑確定ですが」
「妖って、人のイメージから作られるものなんですよね」
「ええ」
クレールの言いたい事は分かる。
確かに、最初まで遡れば、イメージした人々が原因とも言える。
「では、元は民の」
「クレールさん」
「はい」
「マサヒデ様も、カオルさんも、ハワード様も、イザベルさんも・・・カゲミツのお父上も。私達の周りの皆様は、人を斬っている方が何人もいます」
「はい」
「だからと言って、狐と同じだとは言いません。幼子は殺すような真似はしません。悪党とか、正式な立ち会いとか、決闘とか」
「はい」
「でも、殺しは殺しという事には変わりない・・・彼らには、何も知らない家族が居たかも・・・などと考え出すと、いつまでもぐるぐると回ってしまいます」
「はい」
「ですから、もう、この事で是非を問うのはやめましょう」
「はい」
ふう、と息をついて、マツがクレールに手を差し出した。
クレールはポケットから札を出し、そっと渡す。
「ん」
そっと魔力を籠めると、すうっと中に入って行く。拒絶はされない。
これはマツもクレールも使える。
マツの予想通り、おそらく、カオルの認識で仲間と見ている者であれば、誰でも。
「私でも使えますね」
「やっぱりでしたか」
「カオルさんは、私達が悩んでいる所を、さくっと割り切ると思います。お父様は割り切れないみたいですが、割り切ろうとしています。ですから、私達も割り切りましょう」
「はい」
マツはクレールに札を返して、廊下の途中でクレールと別れ、自室の方に静かに歩いて行った。
クレールは札を持って、中庭に向かって廊下を歩いて行く。
マサヒデはいるだろうか。
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中庭にはマサヒデは居なかったが、今日はアルマダが居た。
ユカリと、まだ晩餐会で挨拶を交わしただけの王妃と喋っている。
あれは確かヨナ王妃。アランの母だ。
クレールが神妙な顔で歩いて行くと、アルマダが気付いて顔を上げ、にこっと笑った。ユカリとヨナも顔を上げて笑顔を向けた。
ヨナ王妃は、姿勢は綺麗だが、もう随分と年を食って見える。
アランは魔王の血を引いているので、ヨナよりもかなり長生きするから、こうも年齢が離れた見た目になるのだろう。アランが産まれた頃は、妙齢であったはずだ。
クレールは笑顔を作って、スカートの裾をつまみ、ちょこんと頭を下げた。




