第97話
無事に狐の妖を封印して、マツが作った空間から出た瞬間。
「ぬっ!?」
カオルが声を上げて、脇差を抜いた。
凄い血の臭いが、3人の鼻をつく。
「これは」
「うえっ」
マツもクレールも鼻を押さえる。
カオルが闇を透かして奥を見る。
「くっ! やはりこの狐が拐かしの犯人でありました! 拐かしではなく、食っていたとは!」
奥には生々しく血とほんの少しの肉のついた白骨が、山と重なっていた。
魔術か幻術か、カオルの懐の札に封印された狐が、食べていたのだ・・・
「早速呼び出して、聞き質すつもりでしたが、その必要もございませんね」
マツもクレールも、顔に明らかな不快感と、怒りが見える。
「むむむ」
「この妖・・・」
「ささ、まずは離れましょう。私は急ぎ警察と衛兵を呼びます。クレール様、忍の皆様に、ここに誰も入らぬように命を」
「はい」
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路地から出た途端、カオルがすっ飛んで走って行き、クレールもこそこそと忍達に指示を出した後、マツと並んで立つ。
5分もせずに巡回の警察がカオルと一緒にすっ飛んで来て、路地に飛び込み、すぐに「ぴいー!」と大きな笛の音が響いた。
ざわざわと通りの人々が足を止め、マツ達を見ていたが、すぐに他の警察と衛兵もわらわらと集まって来て、人々をどける。
兵と警察が1人ずつ、マツ達の前に立った。
警察が手帳を出し、マツに目を向ける。
「幾つかご質問を致します。まずお名前を」
「マツ=フォン=ダ=トゥクラインです」
「えっ!?」
ぎょっとして、隣の衛兵と目を見合わせる。
『マツ』の名は知らなくても『フォン=ダ=トゥクライン』の姓は、この街に住む者は子供でも知っている。
「失礼。確認致しますが、魔王様のご家族という事ですか」
「娘でございます」
「・・・」
「お父様に妖を退治して参れと言われまして、こちらに参りました。此度は目立たぬよう、このような服装をしております」
マツもクレールも、目立たないワンピースの裾を摘んで、ひらひらと振る。
「何故、姫様が御自ら」
「私、陰陽術を学んでおります。妖の調伏に良く使える魔術のようなものです」
「なるほど・・・して、その妖の死体は何処へ」
「カオルさん」
「は!」
カオルが前に出て、札を取り出す。
「マツ様の陰陽術にて、この札に封印しております」
「札に封印・・・ううむ、魔術の札のようですが。姫様、これは破れたりしても」
「平気です。飛び出て来るような事はありませんよ」
マツがカオルの手から札を取り、び、と横に破いてしまった。
「あっ」
カオルが思わず声を上げる。
せっかくの部下が!
「ほら、この通り。平気ですよ」
マツは、ぺし、ぺし、と破った札を畳み、ポケットに入れてしまった。
「・・・」「・・・」
カオルはがっかりして、警察と衛兵は驚いて、マツを見つめる。
「妖は、一見ただの野良犬の形をしておりました」
「は!? はい!」
警察が慌ててペンを走らせる。
「形は野良犬ですが、幻術使いの妖です。目撃情報のあった、黒髪、色白、和装の女は、妖の幻術によるものですから、もう出ません。愉快犯が同じような格好をした者が出ても、取り押さえられますよ」
「幻術使いですか。それだけでも珍しいのに、妖とは」
「全くです。城から忍もついてきておりますから、報告は彼らに任せても宜しいでしょうか。そろそろ城に帰りませんと、遅くなってしまいます。父上が心配してしまいますから」
警察と衛兵が目を合わせ、頷いて、ぴしっと敬礼。
「は! ご協力感謝致します!」
「今夜中には届けさせますね。では、私達はこれにて」
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ざわざわと人のごった返す職人街の通りを抜け、通り入口に停めていた馬車に3人が乗り込むと、馬車が走り出した。
「うふふ。カオルさん、がっかりしておりますね」
マツがくすくす笑って、肩を落とすカオルに札を差し出した。
「あっ!?」
破いたはずの札が、元に戻っている!
「あっ、ああっ!」
マツが物を直してしまう魔術を使ったのだ。
現在のマサヒデの愛刀、雲切丸の拵えも、この魔術で直してしまった。
「うふふ。さ、もうカオルさんの部下です。式神は飲食を必要としませんから、もう子供を食べたりしませんよ」
「ははっ!」
カオルが札を受け取り、懐に入れると、は! とクレールが顔を窓につけ、声を上げた。
「ああーっ! 待って下さーい! 止めて下さいー!」
がたがた、と馬車が止まると、慌ててクレールが飛び降りる。
何事かとカオルとマツも飛び降りると、猫が1匹、クレールの足元で息を切らせて座っている。
「あ」
カオルが小さく声を上げた。これは、妖の所に案内してくれた野良猫だ。
最初に妖を見つけた野良猫に、またたび味付けの肉をやる、と約束していたのだ。
クレールがしゃがみ込んで、野良猫に手を合わせる。
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
カオルが馬車に戻り、持ち帰りの包を持って来て、野良猫の前に座った。
「申し訳ない。またたびは濃いめか? あまり濃くすると目が回るかもしれんが、どうする・・・」
懐から紙包を取り出し、肉を置いて、はらはらとまたたびを振り撒いていく。
「すまない。忘れていた詫びにもう1枚。食べ切れなかったら、持って行くが良い」
まだずっしりと肉がある。
クレールの夜食であろうが、1枚の追加くらい構うまい。
(城に戻ればいくらでも食べられるのに)
ふ、とカオルが笑う。
「お前のお陰で妖を退治出来た。感謝するぞ」
ぺち、と肉を置いて、これにもまたたびを撒き、カオルが顔を上げると、クレールは微妙な笑いを浮かべていた。
クレールもいつの間にか、こういう平民層の食が、懐かしく感じるようになったのであろうか。
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城に戻り、二ノ門を入る所で、馬車が門番に止められた。
マツがむっとして顔を出し、
「何です。王女で」
門番は兜をがちゃがちゃ鳴らして、ぶんぶん首と手を振り、
「ああいえ! マツ姫、存じております。誤解を招くような事をお許し下さい。魔王様より、お言伝を預かっております」
「あ、そうでしたか。聞かせて下さい」
「されば、魔王様よりの命、無事解決されたと報告が来ましたが、間違いございませんか?」
「はい」
「では、着替えずとも良いので、皆様、まず魔王様の所へ直接報告を、とのお達しです」
「ん、分かりました」
門番がぺこりを頭を下げ、脇に歩いて行き、馬車が走り出す。
クレールがにこにこして、
「うふふ。魔王様も、マツ様がご心配なんですねー!」
「いえ・・・ううん、この呼び出し、どうでしょうか」
「あ、心配なんてしてませんよね! 何かご褒美かも!」
マツは少し不安の色を浮かべた目で、カオルの懐に目をやる。
4人も幼子を食い殺した犯人が、そこにいるのだ。
(もしかして)
陰陽術。式神。
犯人を生け捕りにして来い。と、いう事であったのか、も・・・
妖ときたら、自分やクレールが捕らえてくると見越していたのかも・・・
この式神は上位の式神で、ちゃんと自意識を持つ式神だ。
捕らえる時に(参りました)と念を飛ばしてきた。意思疎通が出来るのだ。
式神として捕らえる事は出来たが、どうなるか。
式神など、魔の国ではそうそう見られるものではない。
物珍しさで、褒められるか、喜ぶか。
見世物として、晩餐会で出せとでも言うか。
それとも、大量殺人犯として・・・
マツの心配をよそに、クレールは喜んでいる。
「皆の前で見せてくれー! ですかね! カオルさんの式神ですから、今日はカオルさんも一緒に晩餐会かも!」
「は、それは些か緊張致しますが」
「直々にお目通りですから、緊張もしますよねー!」
「は」
大丈夫だと良いけれど、と、マツは不安であった。




