第96話
野良猫に案内され、昼でも暗い長屋と長屋の隙間に、野良犬の姿をした妖を見つけたカオル。
怪しい。確かにただの犬ではない。
この長屋と長屋の細い隙間を、明らかにおかしな雰囲気が包んでいる。
気配も、ただの獣の気配ではない。
バレないよう、そっと観察しているが、何かがおかしい。
丸まって熟睡しているが、何かおかしい。
寝こけて、ふわり、ふわりと尾を振っているのが見えるが・・・
(んんっ!?)
尾が2本ある。
丸まって、鼻先を尾に突っ込んでいるが、ふらふらと揺れる尾もあるではないか。
ただの奇形の犬ではない。
この雰囲気は異常も異常に過ぎる。
(む!? あれは犬ではない!)
身体に対して、尾が太い。
埃を撫でて取るブラシのように太い。
顔が尾に隠れて分からなかったが、あれは狐か!
小さな耳の尖り方、黄金色に近い、薄い茶色の毛色。間違いない。狐だ。
そっと顔を引っ込め、手持ちの道具で何とか出来るか考える。
動物に効きそうな物だと、投網、目潰しで動きを止め、とどめに斬るか刺す。
手裏剣では浅い。一気にとどめを刺したい所だ。
だが、近付いても平気か?
カオルの勘は、危険をびんびんと察している。
間違いなく、幻術を使っているのはこの狐の姿の妖だ。
一応、鉄線も編み込んであるが、投網で大丈夫だろうか?
幻術を使っているのだ。魔術も使うと見た方が良い。
(熟睡しているな。ええい、くそ。好機だが)
カオルはゆっくりと離れて行った。
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路地から少し離れてから、マツとクレールに見つけた妖を報告。
「予想通り、動物の妖でした。あれは狐です」
マツが少し驚いて、
「あら、狐ですか? 如何にもな妖ですね」
「マツ様、クレール様、非常に危険な感じがします。明らかに異常な雰囲気が、あの狐の周りを覆っております」
「ふむ。尾は何本でした?」
「尾? 尻尾ですか?」
「はい」
「2本は確かに見えました。奥にもう1本くらい隠れていたかもしれませんが」
「ふうん・・・なるほど、妖はイメージから出来る、ですね」
「それはどういう?」
「放って置くと、九尾の狐になるんですよ。カオルさんも日輪国育ちですし、聞いた事くらいありますよね」
「はい」
「カオルさんが見た女性、凄い美人だったでしょう」
は! とカオルが目を見開く。
「では、では、あれが・・・」
クレールが、驚くカオルと、にやにやするマツを見上げると、マツが頷いて、クレールに話し始めた。
「うふふ。昔々の事です。日輪国のある王様が、美しい女を娶ったのです。その正体は九尾の狐。その幻術に騙されて、女を娶った後に、病気になってしまった、というお話があるんです。きっと、その話が本などにまとめられて、このロ=マーンにも伝わっているのですね」
「そうなのですか?」
「有名なお話ですよ。陰陽師が見抜き、部下の猛将が何とか仕留めたのですが、死体が毒煙を噴出する石になってしまったんです。慌ててその将は撤退を命じましたが、部下は逃げ遅れて、何人も死んでしまいました。周囲は草ひとつも生えない、完全な死の土地になってしまいました。うっかり近付いて毒を吸い込んだ者は即死。10里四方は白骨が転がるだけの、文字通りの死の土地です」
クレールが驚いて、
「で、では、ではでは、下手に仕留めてしまうと!?」
「大量の死人が出ます。石になると、調伏も難しいです。何人もの陰陽師や僧や祈祷師がその岩を調伏しようとしたんですけど、全部失敗。やっと調伏出来たのが、先にお亡くなりになりました陰陽頭、ツチカド様のご先祖様です」
「はあー!」
「ですから、ここで殺すのは良くありません。町中でそんな石になってしまったら、大惨事です。カオルさん、クレールさん、気を付けて下さいね」
「むう・・・」
カオルが唸る。報告に戻って良かった。
もし先程、はやって殺してしまったら、大変な事になっていたのだ。
「ではマツ様、どう致しましょう。あの狐、魔術も使うかもしれませぬ。結界で封じ込めてから、死ぬぎりぎりまで追い詰め、札で封じますか」
「結界など作らなくても済みます。ささ、先程の路地に。人目のつかない所に。出来れば札に封じ込めてしまいたいですが、殺してしまっても平気なようにします」
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きょろきょろ・・・
「クレール様、きょろきょろしませぬように」
「はっ!?」
「目立ちますゆえ」
「は、はい」
そうして、3人が路地に入った所で足を止めた。
「ではカオルさん。人が切れた所で合図を」
「は」
カオルが壁に寄りかかり、しばらく通りを見張る。
「今」
「はい」
ぴーん! と空気が変わり、音が消えた。
無音になり、耳がきーんとする。
マツが独自の魔術で、この路地ごと、3人と狐を別の空間に閉じ込めたのだ。
「さて」
どう致しましょう、と言う前に、長屋と長屋の隙間から、狐が飛び出して来た。
明らかに慌てているのが分かる。
「あ、カオルさん、見て下さい。尾が4本もありますよ」
マツはのんびりしたものだ。
危ういと見えたら、狐だけここに残して、現世(?)に戻れば良いだけなのだ。
「出来れば殺したくはないですけど」
ぱぱぱ! と3人の周りに、合口を持った、先程カオルが見た女が何人も立つ。
だが、幻術と分かっているので、怖くもない。
視界を塞がれないようにだけ、注意すれば良いだけだ。
きりりと女達が合口を構える。
全く同じ動きではなく、それぞれ違う。
「おお! マツ様、これは私めの分身の術を超えております!」
「まあ! カオルさんが言う程なら、余程の腕ですね!」
クレールはにこにこして、持ち帰りの包みから肉を1枚取り出し、ひらひら振る。
「さあさあ、食べませんか? ご挨拶です! 1枚だけあげちゃいます!」
ぐ! と狐が敵意ある目を向ける。
「きぇーっ!」
甲高い鳴き声。
同時に、カオルが、ばん! とマツとクレールの背中を押す。
ぎん! と音がして、2人が立っていた所に、尖った氷柱が突き出る。
よたよた、と数歩歩いて、マツとクレールが振り向いた。
「まあ、無駄な魔力の使い方。石で良いのに」
「何となく強そうな感じがするからでは?」
マツがにやにや笑って、狐に目を戻す。
「こーら! 魔術師としてはいまいちな使い方ですよ!」
クレールもにこにこしている。
「でも、マツ様、一瞬でこれだけの氷を出せるのって、中々では?」
「確かに! お狐さん。魔術自体の見込みはありですよ」
何を呑気な・・・カオルが呆れ顔で、後ろから2人を見ている。
腕を伸ばして、ひょいとクレールを引っ張ると、幻術の女の後ろから、尖った石が飛んでいく。
「おおっと! あ、今のは中々です! 幻術を合わせるとは、賢いですよー」
これは簡単に済みそうだ。
カオルが首を振り、
「マツ様、クレール様。そろそろ」
「あ、そうですね」
ふっとマツが虫を払うように手を振る。同時に、さ、と狐が横に飛ぶ。
「あら」
カオルの目には、一瞬空気の歪みが見えた。
あれは小さなかまいたちの術だ。
真っ二つになる大きさではないが、大怪我をする事には変わりない。
「む、む、む」
ひらひらと手を振るが、流石は獣。
ひょいひょいと避ける。
「もう。私、ちょっと機嫌を損ねました」
ぼこん! と音がして、マツ達3人の周りの地面が、一瞬で底の見えない穴になってしまった。
「ひええーっ!?」
クレールの叫び声。
狐は勘良く跳び上がっていたが、もう落ちるだけか。
と、見えたが、宙に土の魔術で頭ほどの石をいくつも作り、ぴょん、ぴょん、と飛んでいる。
「むむ。やりますね」
ばっちゃん!
「わーっ!」「なんと!?」
板状の水が上から落ちてきて、皆も狐も水浸し。
次いで、ぱしん! と光が走った。
狐が作った石が消え、マツが地面を戻す。
どさっと狐が落ち、横に倒れた。
濡れた所に雷の魔術をもろに食らったのだ。
完全に気絶してしまって、ぐったりと倒れている。
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数分で狐は目を覚ました。
周りには、もう誰も居ない。
ゆっくりと首を上げようとした時、ほんの少し上げた所で、首が上がらない。
起き上がろうとしたが、上に行かない。
もぞもぞと横に動いてみたが、何かに押さえられて動けない。
マツが狐をぎりぎりの空間に閉じ込めたまま、外に出て行ってしまったのだ。
狐は悲しげな鳴き声を出して、丸まってしまった。
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半刻の後。
マツ達3人が戻って来た。
はっとして、狐が立ち上がる。
「うふふ。また閉じ込められたいですか?」
「・・・」
「参りましたか? 負けを認めたのでしたら、生かしておいてあげます」
(参りました)
3人の頭の中? に、声が聞こえた。これは念話だ。
マツは狐を見下ろし、冷たい笑みを浮かべた。
「ふふふ。偽っても無駄です。毒の石になっても、ここでは誰も死にません。草ひとつ枯らす事も出来ませんよ」
(嘘は申しません)
「結構。カオルさん」
「は!」
カオルが狐の前に立ち、札を取り出す。
「私の下僕となってもらいます。名を聞かせて下さい」
(タマコでございます)
「こき使います。見世物となってもらいます。必要とあらば、私以外の方々の下でも働いて頂きます。覚悟しておいて下さい」
はさ、とカオルが札を狐の頭に乗せると、強い光を発し、カオルが目を背けた。
光が収まり、カオルが薄目を開けると、札が落ちているだけである。
カオルが札を拾って、ぴっと2本の指で挟んで立てた。
「ふふ。こんな感じでいかがでしょう? 私も陰陽師に見えましょうか?」
マツがくすっと笑った。
クレールは手を叩いて、
「カオルさん! 格好良いですよ!」
「ふふふ。さて、早速ですが、最初の仕事をしてもらいましょう」
「んーふふー。カオルさんに呼び出せますかねー」
「うっ!? ま、まずは試してみませんと・・・」




