第95話
クレールからもらった札を懐にしまい、2人の後を歩き始めてすぐ。
「あっ!?」
カオルが声を上げ、マツもクレールも足を止めた。
「どう」
「失礼! おい待てっ!」
ぱ! とカオルが右手の路地に跳び込んだ。
クレールが目を丸くして、あっという間に路地の奥に消えたカオルを見送る。
「どうしたんでしょう・・・」
マツがはっとして、
「クレールさん。見つけたのでは」
「あっ!」
慌てて2人も路地に入って行ったが、曲がった所で、カオルが壁に張り付いている。
「逃げられましたか」
「は・・・」
路地を曲がった先は、すぐ行き止まりであった。
カオルが壁をぺたぺた触っている。仕掛けがないかと確認しているのだろう。
よ、と壁の上に手を掛け、そっと向こう側を確認してから、壁の上に立つ。
「く、おのれ・・・マツ様、ここで消えたのです。私の目の前で!」
「報告通りの姿でしたか? 何か違いなどは?」
ん? とカオルが手を止めて振り返る。
「見ませんでしたか? 先程、目の前を横切りましたが」
「えっ」「えっ?」
「報告通り、長い黒髪、和装、色の白い若い女。身長5尺半。年齢は人族換算で20前後と見ましたが、遊女のように化粧が濃かったので確信は持てません。色の白さも化粧で誤魔化しておるやも。歩き方からして、30には届いていないと見えます。確かに尾がありました。歩き方に不自然さは全く見えませんでしたが、衣擦れの音もせず、足跡も残っておりません。これは凄腕です」
マツが不思議そうな顔で、隣のクレールを見る。
「・・・見ました?」
「いえ・・・」
カオルが慌てて、
「えっ!? いや、確かに、通りの真正面を横切って!」
クレールは、はて? と首を傾げたが、マツは眉を寄せて、顎に手を当てる。
「これは幻術の類かもしれませんよ」
「あっ!?」「あーっ!」
カオルとクレールが声を上げる。
それなら痕跡が残らないのも当たり前だ。
「でも、私の占いでも、クレールさんの占いでも、確かにこの区域を示していたのです。という事は、幻術を使う者が何処かに居るのです」
「むう!」
「ぬぬぬ・・・マツ様、幻術となりますと、普通の魔術師ではありませんね!」
「はい。道術、仙術、密教術の辺りでしょうか。これらは魔の国では珍しいですから、独自の魔術を操る魔術師か、呪術師も考えられますね」
カオルが首を傾げる。
「お待ち下さい。では、拐かしは関係ないのでしょうか?」
「む」「うーん?」
マツもクレールも腕を組む。
カオルが続ける。
「魔術関連の事は詳しく分かりませぬが、例えば、こう・・・何か術を使うに、生贄などが必要だったとして。拐かされた子供らの痕跡が、警察どころか、忍までにも分からぬというのはどうでしょう。これらは獣人の者が多いです。半里四方を探し、鼻にも耳にも引っ掛からぬとは、不自然です」
「ううん・・・」「確かに・・・」
マツもクレールも、うんうんと唸る。
少しして、ぽん! とマツが手を叩いた。
「あ、風の魔術で飛んでいったとか!」
「あーっ! マツ様、さすが! それです!」
いや、とカオルが首を振る。
「凄い音がして、大きく風が舞います。この職人街では目立ちます。このような路地裏でも、表通りからバレます。それに、臭いなどは残らずとも、風が巻いた跡はしっかり残ります。既に警察、忍の目が光っておりますので、戻ってきてこっそり痕跡を消すなどするのは難しいかと」
「むうん」「むむー・・・」
拐かしの方は分からず、である。
マツもクレールも頭を抱えてしまった。
が・・・カオルは違った。力強く頷き、笑顔を浮かべた。
「その魔術師まがいをひっ捕らえましょう。捕らえた後に拷問か薬で口を割らせば済みます。関係ないと分かったら、改めて調査を致せば良いのです」
「カオルさん、それは」
「証拠もないのに」
「その者は、進んで我らに捜査の取り掛かりを教えてくれるだけです。薬は獣人の忍にはバレる恐れがございますので、拷問に致しましょう。証拠の残らぬ拷問はお任せ下さい」
「・・・」「・・・」
「あと3日しかございません。急ぎましょう。クレール様、忍の皆様にもお手伝いしてもらいましょう」
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3人は安食堂に入り、カオルが凄い速さで運んでもらった聞き込みの調査書を流し読んでいく。
ぱたん、とカオルが調査書を閉じ、天井を仰いで息をついた。
「ここ最近、この区域に引っ越して来た者はなし。浮浪者も面が割れており、警察が全員を掴んでおります。4件もの拐かしの聞き込みで、警察、忍の見落としがあるとはとても思えませぬ」
マツが水を一口飲んで、こん、とコップを置く。
「うーん、となると・・・幻術を使う妖で、住人の姿にすり替わって生活している、とかでしょうか」
「ですと、臭いが残ります。捜査員には分からずとも、家族や近所の者にはバレましょう。ここには獣人族も多くおります」
「となりますと・・・目立たない者、ですか。浮浪者?」
「・・・違います。おそらく、人の姿をしておらず・・・目立たない者・・・動物。野良犬、野良猫などの姿の、一見、誰も気に留めない形の妖などでは?」
ぽん! とマツが手を叩く。
「む! あり得ますね!」
「という事は! 私の出番ですね!」
レイシクラン族は、動物の声が分かる。
賢い動物なら、会話も出来る。
虫でも、ある程度の感情も感じられるのだ。
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「はいはーい! 集まってくださーい! ごちそうですよー!」
クレールが食堂で持ち帰りに包んでもらった焼いた肉を放ると、野良猫がぞろぞろ出て来る。
「こら! 喧嘩はいけません! まだまだあります!」
「にゃーにゃー!」「ふぎゃー!」「しゃー!」
何と五月蝿い・・・
マツとカオルは、そっと後ろに離れる。
「ほら、もう1枚! ちゃんと分けるのです! あなた、頭を気取るなら、ちゃんと部下を抑えるのです!」
「ふぎー!」「みちゃみちゃ・・・」「し、しー!」
「情報をくれたらもう1枚!」
「・・・」「めちめち」「ぺろぺろ・・・」
「最近、新顔が来ていませんか? 猫だけでなく、犬とか鳥とかでも」
「にあにあ」「しゅ! ふくしゅっ!」「ぺちゃぺちゃぺちゃ・・・」
「ふんふん・・・どんな犬ですか?」
「にぁんにゅ。にゃー」
「どの辺りに居るんですか?」
「にゅあ~ん・・・」
「分かりました! ほら、約束の1枚!」
ぺち。クレールが肉を放ると、また群がる。
「更にもう1枚のチャンス! 私達の捜査に協力してくれたら、カオルさんが良い物をくれます!」
「えっ? 私ですか?」
クレールがくるっと振り返って、カオルの胸元を指差す。
「またたびの粉、持ち歩いていますよね」
「あ、いや・・・ありますが」
猫族対策に、カオルは常にまたたびの粉末を持ち歩いているのだ。
獣人族は皆が鼻が良いので、このような粉末類が非常に効果的である。
「はい決定! では皆の者! またたび味付けの肉が欲しければ、探してくるのです! 一番最初に見つけた者が褒美をもらえます! ただし! 私達が行った時に居なかったら、ノーカウントですよ! またたびが欲しければ行きなさい!」
ざざー! と猫の群れが居なくなった。
残ったのは、肉の油で黒くなった土だけであった。
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四半刻(30分)も待つと、すぐに猫が戻ってきて、クレールの前に座った。
「なんと! もう見つけましたか! うん、うん・・・ふんふん・・・熟睡中ですか。チャンスですね。案内なさい」
野良猫について、3人が歩いて行く。
通りをしばらく歩き、別の路地に入った所で、カオルが足を止めた。
「クレール様、この奥で?」
「だそうです」
「マツ様と、ここでしばしお待ち下さい。私が偵察して参ります」
カオルは案内の猫に向かって、し、と口に指を当て、音を立てぬように歩いて行く。
路地の隙間、長屋と長屋の隙間。猫が足を止め、振り向いてカオルを見上げた。
カオルが頷いて、猫に離れるように手で合図すると、猫が離れて行く。
音を立てぬよう、慎重に、慎重に、長屋の隙間の前に身体を寄せ、そっと覗き込む。
(む?)
昼間でも暗い長屋の隙間。奥に見えるのは、野良犬だ。あまり大きくはない。
見た目はただの野良犬に見えるが、雰囲気が全然違う。
視線でバレるといけないので、そっと顔を引っ込め、目を閉じる。暗闇に目を慣れさせるようにだ。少しでも観察しておきたい。
(この空気、確かに普通の野良犬ではない。あれが妖か)
カオルがもう一度、そっと覗いた時、野良犬がゆったり尾を振っているのが見えた




