第94話
魔の国の首都、ロ=マーン・・・
一見、平和に見えるその都も、恐ろしきものが影に紛れて潜んでいる。
首都に潜む影。それは、妖。
退治すべく立ち上がったのは、2人の陰陽師と忍であった―――
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昨晩の事である。
「妖が出た。退治してこい」
いきなりの魔王様の命であった。
晩餐会の後、クレールは初めてマツの私室に呼ばれ、中に招かれた。
萎縮したカオルも共に。
「ちょっと遅くなりますが、打ち合わせを致しますね」
「はいっ!」「は・・・」
「さて、妖なんですけど」
「うわーっ! すごーい部屋ですねー! 流石マツ様です! あーっ! これは!」
マツの言葉を遮り、クレールが目を輝かせて、サイドテーブルに駆け寄る。
「おおーっ!? この彫刻は・・・もしや・・・うむむむ」
「おほーん! クレールさん!」
「はっ!?」
「こちらへ」
「はい・・・」
カオルも一礼して、椅子に座り、クレールも座る。
マツがクレールを睨み、
「全く! 興奮するのは後にして下さいね!」
「ごめんなさい・・・あれはオークションにも滅多に見ない」
「後です!」
「はい」
ばさばさとマツが地図を広げる。
これが首都ロ=マーンの地図である。
マツが顔をメイドに向けると、メイドが茶を用意して、静かに並べる。
「私が出る前より、随分と広くなりましたね」
「人口が増えております。都市計画としまして、我々短命な者にとっては遺跡のようなものは、出来得る限りそのまま残す方向で観光資源とします。土地が不足しますので、都市外郭も近々新しく広げる予定と聞いております」
「なるほど。広がるわけです。で、問題の区画はこちら。第6職人区画。ここはどういった感じの職人区画ですか?」
「まず一般の職人区画、という感じです。高級な物を扱う店は少く、平民層向け。収入も平均して高くもなく、貧しくもなく、貧困層はほとんどおりませんが、富裕層もまた少く」
「なるほど。目撃証言や被害報告を、簡単に教えて下さい」
「幼児の拐かしが既に4件。未だ行方不明で、見つかっておりません。その後、この区画に似合わぬ貴族層の女性が、度々路地などで目撃されております。肌白く、長い黒髪・・・で・・・和装の・・・」
「・・・」「・・・」
マツだ。
今はドレスだが。
皆の目がマツに注がれる。
「ちっ! 違いますよ!?」
「い、いえ」「まさか」「こほん」
クレールもカオルもメイドも、マツから目を逸らす。
「報告を!」
「は・・・ええと、その女、尾があるという目撃があり、最初は獣人族の者かと見て捜査を進めておりましたが、全く。毛の1本も見つからず、臭いも残さず。拐かされた幼児の臭いさえ見つかっておりません。ついに忍も出されたのですが、手掛かりなし。これは本日の報告ですが、忍の目の前で消え、慌てて探しましたが、周囲半里(約2km)、何の痕跡もないという報告されております。それも白昼堂々です」
実は、これがマサヒデが執務室で見た忍である(※第93話)。
今までの経緯と合わせ、これは妖ではないかとの意見が、警察、軍、忍、王宮魔術師、魔術研究所の間で合致したのだ。
むむ、とカオルが腕を組む。
「やり手の忍ではございませぬか」
「最初はそれも捜査線上に上がりましたが、何を目的としてこの区画に出てくるのかが不明です。確かに宝飾品などを扱う店もございますが、高級品を扱う店も、他の店も、一切の被害はございません。他、特に忍の狙うような所もございませんし、忍であればわざわざ見つかるか、という訳で、忍の線はかなり薄いかと」
「ううん・・・」
「拐かしも同一犯と見られますが、何ゆえ拐かすのかも不明。幼児に共通点はなく、同じ区画なので、一緒に遊ぶくらいはしておったかもしれません、程度です」
マツもクレールも腕を組む。
ちらりとカオルがクレールを見る。
忍の目の前で消え、痕跡も残さない・・・レイシクランの忍であれば可能だ。
(まさか)
カオルが小さく首を振り、目を閉じる。そのような者がいるなら、レイシクランの忍が黙っていない。彼らにもこの情報はとっくに伝わっているはずだ。
「カオルさん? 何か」
マツの声で、カオルが目を開けた。
「はい。ですが、ありえません。やはり妖でしょう」
「何を思い付いたのですか?」
「クレール様、ご無礼をお許し下さい。忍の前で消え、痕跡も残さない。レイシクランの忍なら可能です」
何! とクレールが厳しい目をカオルに向ける。
「むむーっ!?」
待った、とカオルが手を出し、
「ですが。そのような者がおれば、とっくに皆様が捕らえておりましょうし、報告もされるはずです。皆様の知る事なきレイシクランの忍とあらば、間違いなく抜け忍。レイシクランの皆様に捕縛されます。可能である、というだけです」
「ふーん! カオルさんは出来ないんですねー!」
「はい。私では無理です。何らかの道具を使えばそれが証拠となり、忍と断定されます。同じ忍相手に、道具なしでは・・・何とか逃げる事は出来るかもしれませんが、全く痕跡を残さずは間違いなく出来ません」
自分は無理だと全く拗ねもせずに言い切る。
良い時のカオルは、徹底した現実主義者だ。
マツがもう一度地図に目を落としてから、カオルを見る。
「出来る忍はいると思いますか。道具も使わず、一切の痕跡を残さず、目の前の魔王家に仕える忍から消える」
「ううん・・・居ない事はないと思います。剣術と同じく、底の知れぬ腕を持った者はおります」
「おりますか」
「ですが、仮にやり手の忍としますが、目的が不明。金に困って泥棒するでもなし。からかいに来たとして、拐かしなどする意味もございません。むしろ身を危うくします。バレぬように目立たぬように動くが当然です」
「確かにそうですね」
「やはり妖と見て、探してみるが良いかと。もし妖でないと確信が持てましたらば、それを報告致しまして、結界で区画を完全封鎖して捕縛です」
「ふむ」
「時にクレール様、あの方角占いのようなもので、方角だけでも特定できませぬか」(米衆編・第62話)
む、とクレールが頷いた。
「やってみましょう。町中では目立つので難しいですけど・・・一旦、部屋に戻りますね」
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翌朝、昼前。
朝も暗いうちに城を出て、やっと到着。城の敷地が広すぎるのだ。
マツもクレールもやや寝不足気味ではあるが、機嫌は非常に良い。
目立たぬように地味な馬車を用意して、マツも今日は和装ではなく地味なワンピースである。下級貴族のお買い物、という感じだ。
だが、周りには姿を消したり変装しているレイシクランの忍がびっしりである。
方角はちゃんとこの区画を指していた。
城内で3箇所で方角占いを行い、きっちり場所を確定している。
この職人街でも出来れば手早いのだが、さすがに目立つ。
「ところでー、マーツーさーまっ!」
クレールがにこにことマツに話しかける。
「どうしました? ご機嫌が良いみたいですけど」
「せっかくー、陰陽術でー、とー、言われたのですからー」
マツがにやりと笑う。
クレールもにやりと笑う。
「うふ」
「にひひひー」
この2人の嫌らしい笑いは一体?
カオルは顔に出さず、心中で首を傾げながら、
「どうなされました?」
「んふーん! カオルさんには分かりませんか? 陰陽術はー、打ち負かした相手をー、自分の式神に出来ちゃうんでーす!」
カオルがぎくりと身を仰け反らす。
「はっ!? 確かに、確かに、以前、そのような!?」(※首都編・第72話)
「という事でー、はいこれ! あげちゃいまーす!」
クレールが札を差し出す。
受け取って見てみるが、何だかさっぱり分からない。
「これは? 何の札でございましょう?」
マツがにこにこ笑って、
「カオルさんが打ち負かしたら、カオルさんが封じるのです。観念させて、その札を貼り付けるだけで良いです。そうすると、カオルさんの子分になりますよ」
「なんと!?」
クレールが明るい笑顔を向ける。
「妖が子分! これは凄い忍ですよ! 獣人族の忍でも全く痕跡が分からないような妖を、子分に出来ちゃいますよー!」
「お、おおっ!?」
カオルは下っ端も下っ端、まだ卒業前の訓練生なのだ。部下など居ない。
いくら腕があろうと、所詮は訓練生である。
マサヒデが勇者となり、既に最終試験も終わったので、帰れば卒業。
教員免許(忍の)ももらえるが、それから出世して、やっと部下がつけられる。
現場での臨時はあれど、正式な部下を持てるのはまだまだ先なのだ。
これは盛り上がっても当然。
「ただ、カオルさんの魔力で扱えるかどうかは不明ですけど」
子分と聞いて盛り上がったが、魔力なしには扱えぬ、ときた。
さて、魔術のまの字も学んでいない自分の魔力。如何ほどであろうか・・・
「は・・・」
部下が出来るのは、まだまだ先になりそうだ。




