第93話
マツから逃れ、魔王の執務室に隠れていたマサヒデ。
魔王様が用意してくれた色々な武器を眺めていたのだが・・・
がちゃっとドアが開いて、また誰かが入って来た。
(ん?)
何やらこそこそ話しているので、マサヒデの目がそちらに向いた。
執事の格好はしているが、あれは忍では?
流石にレイシクランの忍達と比べては、気配の消し方が雑だ。
魔王がペンを止めて、こそこそ話す忍に、小さく頷いている。
兜の下の顔は見えない。
(厄介事か?)
最後に少しだけ大きく頷いた後、執事姿の忍は頭を下げ、さっさと出て行った。
魔王もペンを取り、書類にペンを走らせる。
(ま、俺には関係ないか)
マサヒデは太いサーベルのような物を取り、興味深い顔で刀身を見つめる。
青竜刀とは少し違うし、これは何なのだろう?
先重で、重心の取り方はマチェーテに似ている。これは良く斬れそうだ・・・
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そして、夜となった。
晩餐会も3日目。4日後には、マツと一緒にこの魔の国の首都、ロ=マーンで盛大なパレードが行われ、マサヒデもそこで主役として練り歩く・・・
えらく不機嫌なマツと一緒に。
横に座るマツと目を合わさないように、ちらりとマツの手に目をやる。
うっすらと黒く見える・・・ほんのりと、あのオーラが出ているのだ。
「マツ」
魔王様の、姿に見合わぬ太く低い声。
「はい」
「どうかしたか。なにやらへそを曲げておるな」
「いいえっ!」
ふふん、と魔王が鼻で笑う。
「そうかそうか。へそは曲げておらぬか。我はてっきりサダマキとやらの願いを聞いて、嫉妬で荒れ狂うと思ったが、まあ城が壊れんで良かった。なあ、ユカリ」
「ふふ。はい」
ユカリがおかしそうに笑う。
「うむ。マツも少しは大人になったものだ」
「良い事ですよ。世に出て、少しは学んだのでしょう」
「全くだな。ふふふ」
ぶるぶるとマツの手が震えている。
フォークとナイフが、きりきりと皿から嫌な音を立てている。
「おっ、お父様」
「なんだ」
「なん、何でも、ございません」
「そうか。お前、パレードはあと3日? いや、4日か。そんな顔を民に見せるなよ。皆、怯えて逃げてしまうぞ。悪い意味で世界に顔を知られるなよ」
「く、く、く・・・」
「マツ。迎えてやれ。妾で良いと言うのだ」
「んぎぎぎ・・・」
ふう、と魔王が溜め息をつき、ナイフを置いて、頬杖をつく。
「あの忍、そう長生きは出来ぬかもしれぬのだぞ」
ぴくりとマツの震えが止まった。
マサヒデもクレールも手を止めて、魔王を見る。
「死なずとも、いつお前達の前から離れねばならぬか分からんのだ。マサヒデ君の個人的な忍となったは良いが、まだ情報省つきなのだという事を忘れておらぬか。呼び出されれば、すぐ情報省に戻る。拒否は叶わぬ」
マツの顔から、一瞬にして怒りが消え、暗澹とした顔に変わった。
「そのまま何十年と戻らぬかもしれぬ。死ぬまでか。戻ったとしても、引退して、しおれた老人になっておるか。そのくらい、考えられぬか」
「・・・」
「側に居る間は、マサヒデ君には甘えさせてやろうと思えぬか」
「・・・」
「許す許さぬなどと、横柄な事を言うな。温かく迎えてやれ。ユカリは10年と言ったそうだが、10年もお前達の側に居るかは分からぬ。既に日輪国情報省から達しは出ているかもしれぬ。国に帰ったら即戻れ、とな。勇者祭は終わった。護衛はいらぬ。試験は終わりだ、次の任務がある。考えられぬか」
十分にあり得る事だ。マサヒデもそれを考えていた。
改めて言われると、マサヒデの心にも暗い影が落ちる。
「そんな」
「ないと言えるか。我やユカリがいくら強く言おうと、大して変わらぬ。いつの間にか消える。情報省は知らぬと言う。そのまま、あの娘の存在は世から消える。別の者となり、何処かで過ごすのだ。そして、一生お前達の前に顔を見せぬ。国で働く忍とは、そういう者だ。レイシクラン忍衆とは違うのだ。お前なら分かるな」
「はい」
「少しくらい、夢を叶えさせてやれ。同じ女であろう。マツ。お前には分からぬか」
「分かります」
「大体、日輪国にも戻れぬかもしれぬのだぞ。最初から、魔の国に着いたら、そのまま諜報員として残れと言われておるのやもしれぬのだ。であれば、もう会えぬぞ。養成所で試験中の忍である、なども、都合良く作られた身分かもしれぬのだ。もしそうであったら、分かるな」
斬られる。
皆が暗い顔で俯く。
「だがな。我は、あの忍の物言いには、嘘は見えぬと感じた。であるから、許すと言った。マツ。クレール。お前達には、温かく迎えられぬか」
「迎えます」
「私も迎えます」
「ならば、良い。マサヒデ君。君も迎えてやれ。問い質した所で、もし先に言ったような事を言われておれば、答えられまい。さあ帰ろうと乗船したら、いつの間にか消えておるかもしれぬ」
「はい」
「今の所は、その心配はなさそうではある。が・・・日輪国の情報省は、全く分からぬからな。あれは巧妙に過ぎるわ」
魔王がグラスを置き、フォークを取る。
フォークをくるくる回しながら、
「しかし、世界のどの国にも負けぬあの情報省があってこそ、日輪国という小国の独立を保っていられるという事を忘れるな。そして、その情報省を支えるのが、かのような者達だ。マサヒデ君、マツ、クレール。お前達は、日輪国の大きな柱を担う者の1人を、家族とし、迎えられる。これは誇るべき事であると思わぬか」
「はい」「確かに」「思います!」
「マツもクレールも、妬心など抱くな。憐れむなど以ての外である。喜び迎え、誇れ。時間が短いやもしれぬという事も忘れるな。せめて共に居られる間は、幸せな時を与えてやれ」
マサヒデが頷くと、マツもクレールも頷いた。
「はい!」「分かりました!」
2人の目から、怒りは消えていた。
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晩餐会も中頃。
そろそろメインディッシュ、という所で、ふと魔王がクレールの顔を覗き込んだ。
「クレール」
「んぐ! まい」
クレールが慌てて口いっぱいの中を飲み込み、ささっとワインで流し込んで、にっこり笑う。
「はい! 何でございましょう!」
「陰陽術を使えると聞いたが」
「あ、はい! まだ学びたてですが!」
「ふむ。マツ。お前も日輪国で陰陽頭(おんみょうのかみ:王宮魔術師長)を務めておったのだから、使えるな?」
は? とマツが魔王の方を向き、頷く。
「ええ。それは勿論」
何事であろうか?
魔の国では珍しいであろうし、余興に何か見せろとでも・・・
「妖が出た。2人で退治してこい」
「は!?」
「え! 妖が出たんですか!」
「わあ! 珍しいですね!」
マサヒデは驚いた声を上げたが、マツとクレールは喜びの声。
魔王を挟み、ユカリも驚いた顔で、固まっている。
「もうすぐ結婚の祝祭である。妖など不吉なものは祓ってこい」
「ええ? 祓ってしまうんですか?」
「お言葉ですが、勿体ない気がしますけど・・・」
マツもクレールも残念そうな声。
そう言えば、幽霊は非常に稀な存在だとクレールに聞いた。
「ゆ、幽霊、ですか?」
「む。マサヒデ君、勉強不足だな。幽霊と妖は違うのだぞ」
「はあ」
魔王が指を立て、マサヒデに説明する。
「幽霊というのは、主に人や動物の魂が運良く消えずに残って、霊体を現し、人に姿を見せたり、話す事が出来る存在を言う。これは非常に稀な存在だ。別に恨みつらみで残る事が出来るというものではない。良い者もおれば悪い者もおるし、両方兼ねた者もおる。元は人であるから当然だな。ただ死した時に運が良かったというだけだ」
「はい。同じような事を、クレールさんから聞きました」
「む。流石はクレール、死霊術を得意とするだけはある。では妖なるものは何か。妖には大きく分け、2種類ある。ひとつは、古より存在する生物で見慣れぬもの。要は希少生物である。魔力異常などで産まれた、魔法生物の変種の場合もある」
「ああ、なるほど。見た事なくて良く分からないから、妖と呼ぶ」
「うむ。で、もうひとつ。これは人々の想像が具現化した存在を言う」
「は?」
人の想像が具現化? さっぱり分からない。
「うむ、分からぬか。そうだな、魔術で石やら水やらの塊を作る。これは魔術師が頭でイメージしたものを作っているわけだな」
「はい」
「それを、多数の人間で一緒に行うようなものだ。同じひとつの石の塊を、何百、何千という人間で協力して作ったら、同じ石の魔術でも、凄い石が出来ると思わんか」
「ああ! なりそうですね!」
「想像が具現化された妖とは、そういったものだ。死霊術と少し似ているかな? ただ『死んだ者、もしくは生物』という過去にあった確かな存在ではなく、0から作られる、という所が違う」
魔王が頭を指差し、
「同じような化け物を皆が頭でイメージしているうちに、何処かでそれが形作られ、生まれる。それが妖である。多くは流布される噂や、絵巻物などから姿形が出来上がる。皆が似たような存在をイメージするうちに、漂う魔力がそれを実体とする。魔術で石ころを作るのと同じだ」
「はあー! そんな事があるんですか!」
「ある。そして、想像から産まれるものの多くは、正体の知れない恐ろしいものだ、という恐れのイメージから作られるものがほとんどだ」
「何故でしょう」
「恐怖は人の本能であるから、強くなるのだ。当然、産まれたものは、ほとんどが恐ろしい存在、不吉な存在となる。さて、このロ=マーンには人が多い。イメージする人数も多いわけだ。で、妖が産まれる。と言っても、ロ=マーン程の民がいても珍しい事だぞ」
「なるほど!」
「強くイメージしたものが実体となる。陰陽術の式神と非常に良く似た仕組みだな。と、いう事で、陰陽術であれば、簡単に処理出来る」
「そこでマツさんとクレールさんの陰陽術!」
「そうだ。単に魔術で処理しようとなると、ちゃんと処理出来たかの判断が難しい。ここが魔術で妖に対する難点だ。大きな魔術で吹き飛ばせば簡単だが、あいにくここは都だ。魔術での妖退治となると、相手によってはリュウイチでも手間取る」
リュウイチとは、魔王側近筆頭の龍人族で、魔王が無頼の輩であった頃からの仲である。勿論、恐ろしく強い。竜で言えば所謂『古竜』である。それが手間取るとは。
「リュウイチさんでもですか!」
「そういう事だ。では、マツ。クレール。パレードまでには始末しておけ。詳しい事は、後で部屋に報告を向かわせる」
「はあ・・・」「はい・・・」
残念そうな顔の2人を見て、魔王が息をつき、フォークを置いて、
「良いか。民の多くは、幽霊やら妖やらは、ただ不吉なものであるという認識でしかないのだぞ。お前達のように、まあ珍しいなどと喜ぶ者はおらん!」
「はい」「仰る通りです・・・」
「それにな。被害がもう出ているのだ」
「む」
「そうだったのですね」
これは喜ぶ、勿体ない、などとは言っていられない。
顔が締まった2人を見て、魔王が頷き、マサヒデを見る。
「そうそう。マサヒデ君、妖に剣では敵わぬと思い込むな。相手によっては、普通に剣や刀で斬って成敗も可能だ。この点が幽霊と違う。まあ、滅多に目にする事はないだろうが、もし妖らしきものを見かけたら、まず観察だ。どんな姿であろうが、斬れると見えたら斬ってしまえば済む」
「なんと! や、勉強になります! 覚えておきます!」
「マツ。折角であるから、サダマキも一緒に連れて行け。お前達を恐れ慄いておるから、もうへそは曲げておらぬと言って、仲直りしてこい。日輪国の忍であれば、調伏の法のようなものも習っておるかもしれぬし、剣が必要となれば斬ってくれよう」
「はい」
ぱん! ぱん! と魔王が手を叩くと、給仕が歩いて来た。
「クレールが持って来た酒があろう。出してくれ」
「は」
「うむ、日輪国の酒は久し振りだな。安酒にしてレイシクランの舌を唸らすとは、実に楽しみである。クレール、がっかりさせるなよ」
「はっ!? あ、あ、それは勿論!」
「ふふふ。そう固くなるな」
魔王がにこにこ笑う。
固くなっているのは、いきなり妖退治ときて、びっくりしたからである。




