第92話
長い長い城の廊下を、イザベルとトモヤ、騎士達が歩いて行く。
イザベルにぶん回されたトモヤ以外は、皆がにこにこしている。
「イザベル様や、もうやめて下され。ワシは腕がすっぽ抜けるかと思うた」
「そうかそうか!」
にこにこ。
「何がそんなに嬉しいのじゃ。さっきからにやにやしておって、まるでお貴族様のお顔ではありませぬぞ。それ程に贔屓の馬であったのかの」
「おおそうよ! 丸禅鋤は我がエッセン=ファッテンベルクで育った馬よ! 贔屓せぬ訳があるまい!」
「あっ! そうじゃったか! ううむ、それは仕方ないの」
「うむ! 許せ!」
「おうおう、許すも何も、こんなに目出度い事はなかろうて! ワシも祝おうぞ! イザベル様、おめでとうございまする!」
「はっはっは! 祝うてくれるか! しかし良いのか? 目白女王は日輪国の馬であるぞ」
ぺしん! とトモヤが額に手を当てる。
「ありゃ! そうであったか。ワシは競馬には、とんと詳しゅうないでの」
「あれも歴史に名を残す名馬よ。日輪国の名馬記念館に必ずや銅像か記念碑が建つぞ。次に出場してきたら、魔王杯は目白女王が取るやもしれぬな」
くるりとイザベルが後ろの騎士達に振り向き、
「皆々様はどう思われる」
「勿論、目白女王で」
「私もそう予想します」
「うむ。私もです」
「取りますな」
イザベルがにやりと笑って、
「次も丸禅鋤が出たらどうであろうかな」
「む、ううむ」
「はっはっは! 2年続けて歴史に残るレースとなろう! 激戦の歴史か! うむ! それも良いな!」
高笑いするイザベルに、トモヤが素朴な疑問を投げかける。
「のう、イザベル様や」
「む、何かな?」
「マサヒデ達やイザベル様の馬は出んのか? 競馬と言えば、どえらい賞金が出ると聞いた事がありまするがの」
「・・・」
イザベルの笑い声が止まった。
後ろで、騎士達も目をちらちらと見合わせている。
登録などは面倒だが、登録が出来てしまえば、地方レースを荒らせそうだ。
次の年には、もう重賞にも出られるのではないか?
馬の傾向からして、イザベルの馬は障害走もしくはダート。距離は長短こなせる。
騎士達の馬は、中距離から長距離向けか。パワーがあるから芝もダートも行ける。
「イザベル様もそうじゃが、騎士の皆様もあれじゃ、ファッテンベルクの兵隊の方々と、笑い声を上げて、馬で駆け回ってござったろう。イザベル様の家の兵は、どれも皆、馬の達者でござろうが。であれば、皆様も競馬に出られるのではあるまいか?」
「む」
「国に帰ったらあれじゃ。マサヒデは皆々様は騎士にもなれようと言うておったが、騎士なぞより、競馬はどうじゃ。こっちの方が儲かるのではござらぬか」
騎士と言っても、彼らは雇われ。国に帰れば、もう職なしで、冒険者か傭兵に戻るしかない。
マサヒデから太鼓判はもらっているし、先の事を考えれば、王宮騎士の試験をと考えていたのだが・・・
「む」「ううむ」「・・・」「ぬう」
「ところで、イザベル様。魔王杯の賞金はいくらなのじゃ?」
「優勝で金1万枚だ」
トモヤが驚いて身を仰け反らせる。
「な、なにい!? きき金? 金貨で1万枚じゃと仰られたか!? 銀でなく金でござるか!?」
「と言っても、我が家には銅貨1枚も入らぬぞ」
トモヤの頭が高速回転。
銀行に預けておけば、利子だけでもかなりの額が毎年出る。
年利0.5%で計算しても、10000×0.005=50枚。
1年は12ヶ月。1ヶ月に4枚以上の金貨が入る事になる。
これは有名職人の月収と同じくらいで、平民ではかなりの月収である。
それが働かずに、毎年ぽんぽんと手に入ってしまうようになるのだ!
つつつ、とトモヤが騎士達の所に下がって行く。
「のう。日輪国の競馬はどうでござるかの。金貨1万枚と言えば、銀行の利子だけで、一生働かずに済みまするぞ」
「日輪国では、確か国王杯で1000枚ですな」
「ふむ。10年分でございまするか。10年は流石に馬も持ちはしますまいの」
騎士の1人、サクマが頷く。
「競馬となると、頑張っても現役5年が良い所でしょう。どうしても怪我が出ます」
別の騎士、リーが首を振り、
「いやいやサクマ殿、重賞でなければ、レースはどこでもやっておりますぞ。むしろ地方を楽に荒らした方が。我らの馬は、芝もダートも行けましょう。そしてタフさが売りです。そっちで稼いだ方が」
「しかし、競馬で走らせるとなれば、若いうちにせめて1度は重賞を・・・」
「マサヒデ殿の馬は借りられませぬかな・・・」
「カオル殿であれば2頭持っておられますし・・・」
「競馬の賞金の場合、税金はどうでありましょうか・・・」
こそこそ話す5人を、イザベルが訝しげな目で見て、
「何か?」
びく! とトモヤが顔を上げ、
「あいや! 何でもござらぬ! のう、サクマ殿?」
「そう! うむ、何もございませぬぞ!」
うむうむ! と騎士達が頷く。
「左様で。では参りましょう」
くるっと振り返ったイザベルが、にやっと笑った。
狼族の耳には、全て聞こえていたのだ。
----------
さて、マツから逃げ出したマサヒデは、なんと魔王様の執務室に隠れていた。
執務室に入って最初に兜の魔王様が「大変であったな」と声を掛けてくれはしたが、その後は書類や手紙と格闘中である。
(凄いな!?)
どんどん積んでいかれる何かの書類に「保留」「却下」と、箱に分けていく。
ばんばんと印を押していく物は「これは何たら省へ」「これはどこどこへ」と渡された書類が書記官らしき者に渡され、各省庁の名が書かれた箱に分けられていく。
恐ろしい早さだが、ちゃんと目を通しているのが分かる。たまに「馬鹿な事を」「何を考えておる」「此奴は良い所に目を」など、ぶつぶつ言っているのだ。
しかし、書類はどんどん運ばれるので、魔王様の机の上の山は中々減らない。
で、マサヒデである。
マサヒデは手伝う事は出来ない。何しろ魔王様の所まで上がってくる書類であるから、どれも軽々と目を通して良い書類ではないのだ。
というわけで、ここでやる事はないので、執務室の奥に大きな机が置かれ、その上にいくつかの武器類が並べられ、それを見ていて暇を潰していろ、との事。
魔術の籠もった物もあるので、念を込めるような事はするな、とだけである。
飯は運んでくれるが、便所に出る際は気を付けろ、と、兜の下の魔王が笑った。
よく見る剣もあり、長物もあり・・・
見て気付いた事は、基本的に人の国と形状は変わらないという事。
流石に太刀や刀はないが、長物などはそれが顕著である。
違いと言えば、刃が分厚かったり、大きな物が多い事。
ただ、そういう物は日輪国でも見る。
片鎌槍とか、大身槍とか、長巻き、薙刀であったり、偃月刀であったり・・・
ほとんど同じ。そして、どれもが見事な作だ。その頑丈さが一目で分かる。
魔族は人族より頑丈な者が多いのだ。大きく頑丈になるのは当然の進化である。
であるから、鍛冶族も進化して、どんどん頑丈に、そして大きく作っていくのだ。
魔の国には他国との戦はなかったが、野盗や魔獣の退治ばかりしていても同じ事だ。
このような得物を振り回す兵が大量にいる。魔の国とは戦いたくはないものだ。
弓だって、イザベルは10貫(約80ポンド)を軽々と引いている。
金がなくて用意こそ出来なかったが、30貫までの弓は普通に引けると言う。
しかも、総鉄製の矢も使う。
鎧を軽くぶち抜き、後ろにいる兵まで突き刺さるだろう。
そんな弓兵が大量に並ぶ戦場に・・・絶対に行きたくない。
昔の人族は、よくも魔の国と戦をしよう、などと考えたものだ。
魔族の事を良く知りもしなかった、という事もあるのだが、愚かな事だ。
(ふむ)
槍を取ってみる。
懐紙を出して、刃に乗せ、軽く押さえてみる。
(はあて、なあ)
マサヒデは首を傾げて、柄の先の方を手に乗せ、上げたり下げたり・・・
(ううむ)
穂先に対し、柄がやわすぎる。
これは柄が変えてあるのか、魔術でも籠めてあるのか。
振り回した時、一番負担が掛かるのは、刃ではなく、柄に入っている茎の方。
てこの原理で、どうしてもそうなるのだ。
刀だって、柄がやわではすぐ割れる。だから、柄巻師がいるのだ。
あれは美しく見せるとか、滑り止めというだけでなく、柄を破損から守るのだ。
白鞘で斬ったりすれば、すぐ柄が割れる。
さて、この槍。こんなに大きな刀身が当たったら、柄にかかる力も相当であろう。
これでは、振り回して刃が当たると、柄が簡単に折れる。
おそらく、元は鉄芯とかであったのでは?
「なるほどなあ・・・」
長い柄に気を付け、穂先の方を見ていく。
鍛冶族の作に共通する、見事な柾の詰み。見た目以上のずっしりした重さ。がっちり鋼が詰まっているのだ。これは頑丈。研ぐのが大変そうだ。
美術的な美しさは皆無だが、日輪国では保存刀剣は軽く通りそうな出来である。
魔の国では、このくらいが普通なのか。
(いや、わざわざ見せてくれるんだから、上物の方か)
くるりとひっくり返す。
乱れがないと言うか、刃紋はえらくすっきりというか、ないに等しい。
元々、日輪国とは刃の作り方が違うのだから、こうなって当然なのだが、その辺りは楽しめない。だが、この鍛え肌は素晴らしい。
穂先を上に持ち上げ、下から覗き込むように、左右にゆっくりと動かす。
飾り気なく無骨。
槍と言えば突く、叩く、程度に思われがちだが、普通に斬りもする。
だが、この刃は斬れ味自体は鈍いであろうから、斬る時は、魔族の力で押し込んで斬るような感じに使うのか。
(そうなると、だ)
やはり、柄に負担がぐっと掛かる。
こんこん、こんこん、と刃の根本から、軽く指先で叩いて、柄を確認。
やはりただの木。
これでは振ったり叩いたりした時に、穂先が当たると、柄の中で茎が当たった所から、簡単に折れてしまうだろう。一応、目釘は上下2本入れてはあるが、とても耐えきれまい。マサヒデが振ってもすぐ折れそうだ。
となると、鉄芯にせずとも、最低限、外から革なり鉄の輪なりを巻くような補強は必要。やはり、柄の方は変えたのだ。
展示用か。で、なければ・・・
(柄の方になにか魔術でも籠められているかな?)
マサヒデには分からないが、何らかの頑丈になるような魔術が籠められているのかもしれない。
当然だが、刀身が大きいから、均整は大きく先に寄る。
まあ、長物は全部そうだが・・・
立ち上がって、構えてゆっくりと左右に動かしてみる。
(難しいな!)
先重に過ぎる。ぎしっと音がしそうな程に、先が沈み、柄が下に曲がる。
これは扱いが難しい。真っ直ぐ突くと、穂先が下を向いたまま前に突かれる。
そのまま入ったら、ぽきっ。である。
ただ突くだけでもかなり難しい。少し下に沈めるようにして、真っ直ぐ。
沈め過ぎると穂先が上を向くから、それでも折れる恐れがある。
それか、足に向かって突くようにするか。そういう使い方も悪くはないが。
やはり、鉄芯などを入れて補強しなければ、ただ突くのも難しい。
だが、そうするとえらく重くなる。人族ではトモヤのような力自慢でないと振り回すのは難しい。マサヒデではすぐ限界だ。
「ううむ・・・」
魔族はこんな得物を軽く扱うのか!
頷いて、槍を置き、次の得物を持ってみる。
持ってみて、ううむ、と、またマサヒデが唸る。
一瞬、魔王がちらりとマサヒデを見たが、すぐに書類に目を戻した。




