第91話
近衛兵達の訓練場。
独り稽古をする者達に、アルマダの指導が続く。
指導と言っても、基本も基本の振り方で、武術以前の基礎の修正である。
「ここでひとつ注意。この振り方で、真っ二つに出来るわけではありません。あくまで基本が出来ているかどうかのチェック。そして、次に振る溜めが出来ているかどうか。乱戦になれば、複数が複数と戦う。次々に斬らねばならないから、この次の振りの為の溜めが必要になるのです」
近衛兵の1人が手を挙げる。
「ハワード様。真っ二つにする必要がないとは」
む、とアルマダが頷く。
「いくら皆様が力があるとは言え、鎧兜を着た相手を、真っ二つに出来ますか? 出来るにしても、相当に深く斬り込む必要があります。複数相手にそんな隙を作っては、命取りという事は分かりますね。もし鎧の中身が、頑丈な・・・」
アルマダが、3人を相手に棒を構え、ぎりぎり睨み合っているシズクを指差す。
「例えば、鎧の中が、あんな鬼族だったりとか。虎族。熊族などなど。狼族の方々もここに居ますよね? そのような硬い相手であったら、真っ二つなんて流石に無理でしょう。やわな人族などなら、出来ると思いますが」
「はい」
「次に次にと振り、動きを止めてしまえば十分なのです。出血して動いていれば、すぐ死にます。死なずとも動きは鈍る。簡単にとどめをさせます。大事なのは、当たって、振り抜ける事です。深く斬り込んだは良いが、相手の身体に得物が刺さったままではどうなるか。分かりますね」
「なるほど!」
ううむ、と近衛兵達が頷く。
実戦などほとんどした事のない魔の国では、当然か。
軍の戦術戦略もそうだが、こういった知識も欠けている。
介者剣術的な武術が、この国にはもっと必要なのではないか。
この様子を見るに、近衛の試験などは、おそらく軍の試験に近いものであろう。
「皆さん。これはまだ武術というレベルではないです。それ以前の、基本が出来ているかどうかのチェックです。これを、袈裟でも水平でも斬り上げでも出来るようにして下さい。それで、やっと基礎が固まるのです」
「「「はい!」」」
「トミヤス流の独り稽古は、このような感じです。続けていれば、そのうち、私やマサヒデさんみたいに、シズクさんも頭から真っ二つに出来るようになりますよ。速さで誤魔化さず、ゆっくりでも良いので、鋭く。しっかり自分のフォームを確かめる事です。では、失礼して、私もあちらへ行きます」
「お待ち下さい。鋭く、とは」
「ふうむ。鋭い振りとは、当たりやすく、斬りやすい振り方という捉え方で良いです。正しく振れれば自然に鋭くなります。素振りを重ねていれば、誰だって自然に速くなります。勘違いしてはいけないのは、速ければ当たる、ではないという事です。速さが必要なのは、隙を作らない為だけと考えて下さい。では」
アルマダがにっこり笑って、一礼して去って行った。
少しして、近衛兵の1人が、隣に囁く。
「おい。鬼族を真っ二つに出来ると言ったが」
「いや。冗談では、うむ。なかろうな。人族の身で、鬼族をな」
「やるか。タオル乗せてくれ。左片手で持てば、物打の所が分かって・・・」
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その頃、イザベル達は―――
ここは城表の中庭、兵達の休憩所前である。
今、ここに勝負が始まろうとしている。
そう! 今日は魔の国の競馬、重賞中の重賞、魔王杯・春場所なのだ!
世界の名馬が集まる魔王杯! 馬好きのイザベルには待ちに待った日である。
そして、ファッテンベルクで育てられた馬も出ているのだ。
ついでに賭け事好きのトモヤも並んでいるし、イザベルと同じく馬好きのアルマダの騎士4人も、固唾を飲んで放映画面を見つめている。
非番や休憩中の騎士や近衛や兵達も、緊迫した面持ちで放映画面を見つめている。
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『美しい青空広がるロ=マーン・レース場。本日は芝も絶好の良馬場となりました。世界の馬が求める名誉の王冠。その脚を武器に栄光への道を駆ける魔王杯。3番人気はこの馬、10番、菱之曙。2番人気は16番、丸禅鋤。そして注目の1番人気はやはりこの馬、4番の目白女王。威風堂々、これぞ女王の貫禄。日輪国国王杯を春秋優勝という歴史的快挙を達成しています。この魔王杯でもトップに立ち、栄冠をまた増やすか。他にも各国各地の名馬が揃っています。どの馬も気合充分。競馬ファンの皆様には夢のレースとなるでしょう。今回は歴代の魔王杯でも間違いなく伝説のレースとなります。解説のヤマモトさん。素晴らしいレースが期待出来そうですね』
『はい。私もこの日を首を長くして待っていました。私は目白女王に一番期待しています。楽しみです』
『さあ各馬ゲートイン。そろそろレースが始まります。ゲートがー・・・』
イザベルが兵達と固唾を呑んで、魔術放映の画面を見つめる。
がたん!
『開いた。各馬一斉に綺麗なスタート』
『これは位置取りが熾烈になりそうですね』
『前に出たのはやはりこの馬、16番、丸禅鋤。凄い加速だ。もうハナに付いた。引き離す。この加速力はどの馬にも負けない』
『ナカノト騎手も慣れるまでは怖かったと言うくらいですからね』
『続いて1番タップダンスタウン。これも長距離が得意な逃げ馬。先頭はこの2頭。少し開けて先行集団。トップは1番人気4番の目白女王。そのレース運びはまさに名女優。続いてフェノメナン。この美しい漆黒がこの魔王杯に黒き一線を引くのか。続いて7番ドーロクラフト、5番のヘイロウキングと続きます』
『目白女王、いい位置にいますね』
『期待通りの結果を出せるか、目白女王、1番人気。先頭の丸禅鋤、タップダンスタウン、快調に飛ばして行く。さあ1周目第1コーナー。ここまで先行集団の順位変わらず。おっと、ヘイロウキング、ここで掛かってしまったか? 前に出て来ました』
『これはまずいですよ。かなり乗っているように見えます。早すぎます。ここで飛ばしすぎると後が持たないのでは』
『さあ外から目白女王と並んでヘイロウキングが並走。これは大丈夫なのか。まだ1周目第1コーナーだ。コーナーを立ち上がって目白女王が前。内からヘイロウキングをきっちり押さえている』
『これは失策ではないでしょうか。いや、目白女王が流石と言うべきですね。飛ばして出て来た所を押さえてしまいました』
『さあ直線。先頭の2頭を見てみましょう。丸禅鋤が頭1つ前。外側から頭1つ遅れてタップダンスタウン。順位変わらず。この2頭がレースを引っ張るか。さあコーナーに入る。丸禅鋤が走る。安定した、しかし恐ろしい速さ。おっとタップダンスタウン、やや外へ広がったか』
『外に出てしまうのは、タップダンスタウンの悪い癖ですね。気性の荒い馬ですが、良くも悪くも入れ込みが強い。今回はその入れ込みが良い方に向くかどうか』
『さあ第2コーナーを抜ける。立ち上がりはやはり丸禅鋤。安定した速さ。タップダンスタウンが・・・ここで開いた! 立ち上がりで大きく外! 立ち上がりで大きく開いてしまったー! さあ後ろから先行集団の目白女王とヘイロウキングが迫ってくる』
『良いですよー』
『目白女王が上がって来たがー・・・無理はしない。これも安定した走り。目前に内に戻ったタップダンスタウンを見据えて、しっかりヘイロウキングも押さえている。これが女王の貫禄だ。間もなく2周目第1コーナーへ入ります』
『おっと菱之曙が上がって来ました』
『3番人気、10番の菱之曙がここで出て来た。コーナーをじわじわ上がってくる。さあコーナー立ち上がりから前に・・・は、出られない。目白女王が押さえている、5番のヘイロウキングが下がってきてしまった。壁になっています。前には出られない』
『やはり無理があったようです。しかし、このタイミングでヘイロウキングを下らせてしまう目白女王も絶妙です』
『これは作戦勝ちか。さあ目白女王が前にじわじわ出て行く。ここで一旦順位を見ていきましょう。ハナに立つのは16番、丸禅鋤。3馬身あけて、続く4番の目白女王。上がって来ている。続いて5番のヘイロウキングー・・・を、今かわして、10番の菱之曙が出て来た。1番タップダンスタウン、順位下がって5番手。このまま2周目第2コーナー』
『丸禅鋤、目白女王、流石に安定した走りですね』
『さあ第2コーナーを立ち上がる。順位変わらず。先頭、丸禅鋤。単身で飛ばして行く。続いて目白女王。目白女王、やや詰めて来たか。続いて菱之曙、ヘイロウキング、タップダンスタウン。おっと内からフェノメナンが出て来た。フェノメナンが内から仕掛けて来たー! タップダンスタウンを華麗に抜けた! 迫る! ヘイロウキングに迫る! 並んだ! その目は菱之曙をロックオンしているぞ。さあ3周目第1コーナー! フェノメナン仕掛けてきたー! 菱之曙に迫って行くーっ!』
『良いですよ!』
『コーナーを立ち上がった! フェノメナン走る! 漆黒の一文字を描くかフェノメナン! 菱之曙と並走! 前に見えるのは2番手の目白女王! 抜けるのか! おっとここで目白女王もペースが上がって来た! 丸禅鋤、この女王から逃げ切れるか! もう最終コーナーは目の前! 最初に入ったのは丸禅鋤! 目白女王食い付く! 菱之曙とフェノメナンも並走して迫る! この3頭から逃げ切れるか丸禅鋤! 目白女王がスパート! 迫る! 目白女王が迫る! 丸禅鋤走る! 逃げられるか! ロ=マーンの直線は長いぞ丸禅鋤! 目白女王が並走! フェノメナン! 菱之曙も並走して食い下がる! 丸禅鋤が速い! 目白女王も速い! 後ろを突き放す! 強い! どちらも速い! どちらも脚色は衰えない! これは鼻勝負か! ゴールは目の前だ! 完全に並走! 丸禅鋤! 目白女王! 魔王杯の王冠はどちらの頭上に乗るのか!』
『おおっ!?』
『ゴール! ゴールだ! 丸禅鋤か! 目白女王か! この2頭、強すぎる! さあ判定はどちらだ!』
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どきどきどき・・・
胸を鳴らして、イザベルとトモヤが画面を見つめる。
ぱ、ぱ、と上がった旗は、16(丸禅鋤)であった。
「ぃやったーッ! 良くやったぞ丸禅鋤! はーっはははーっ!」
イザベルが声を上げ、兵達も歓声を上げたり、がっかりしたり。
「うおうっ!?」
トモヤの両腕がイザベルに掴まれて、ぐるんぐるんとジャイアントスイングのように回される。
「うおう、うおう、うおうっ!?」
「はーはははははーっ!」
「おたーすけくだーされえー、えーえっ!」
ぐるぐる回るトモヤとイザベルを見て、騎士と兵達がげらげら笑っている。




