第100話
妖、九尾の狐とは―――
アルマダの話が始まる。
「九尾の狐の元は、大中心国。まだ商という国名であった時代。おおよそ、3500年から、3000年前、くらい前になります」
うんうん、とクレールが頷く。
「まだお祖父様か、ひいお祖父様の時代ですね」
「ええ。人の国ではかなり古い国です。一番古いのが、皮肉な事に現在の紛争地域一帯なんですが、それは関係ないですね。実は、その頃は、この九尾の狐というのは、妖ではありませんでした」
「あ、普通に居たんですね。昔は獣や魔獣も強かったって」
アルマダが首を振る。
それは何万とか何十万年とかの単位の話だ。
「いやいや、そうではありません。まあ、妖と言えば妖なんですが、良い妖。それも、神獣。神の使いと呼ばれていました」
「えー!?」
「この九尾の狐が何処かに出る代の王は、泰平の世をもたらし、名君となるという神様のお触れだそうです」
「はっ!? では、魔王様って」
ふっ! とアルマダが鼻で笑う。
「この魔の国は、どれだけ前から泰平が続いてると思ってるんです。自然災害は仕方ないとして、戦のいの字もないんですよ。間違いなく名君ですね。さて、この記録で、3500年より前には既に居た、という事が分かりますが、一番古い記録では、神獣です、ありがたい獣なのです。それしか記録が残っていませんでした」
「ふんふん」
「その後、尾ひれがついて、吉兆を示す神獣ではあるが、人を食らう。だが、その肉を食べるとあらゆる病と悪運を避け、生涯幸福に満たされる。毛色は成長すると白や赤になる。などと書き加えられます。さあ、少し悪い面が少し出てきました」
「ううん」
「ふふ。どうせこれでは面白くない、などと書き加えたんでしょう。その当時、読み物と言えば、王侯貴族しか持っていませんから、退屈しないようにと、書き手が考えたんでしょうね」
言って、アルマダがふらふらと揺れる尾に、そっと手を当てると、ふわりと尾が乗せられた。
「ちなみに、この尾ですが、狐が仙術を1000年修行すると、1本増えるそうです。ふふふ。元は1本ですから、このタマコという狐は、3000年は修行している事になりますよ」
「ええ? 最近出た妖なのに?」
疑問の声を上げたが、これは大衆のイメージが具現化したものなのか?
そうだったら9本が自然なのでは・・・4本は不自然だ。
本当に昔からいる妖なのか、イメージから産まれた妖か、どちらなのだろうか。
「それと、1万年修行すると、色が白くなるそうです。はてさて。赤になるのはいつなんでしょう? 私が知る限り、赤になるのはいつというのは、どの文献にも言及されていません。面白がって適当に書き加えたんだな、という事が分かりますね」
くす、とユカリが口元を扇で隠して笑う。
「さて。神獣とされていた九尾の狐ですが、ある時、完全な悪の存在となります。それが商の国の最後の王、チューテー王の妃、ダッキーです」
「あ! 知ってます! 傾国の美女ですね!」
「その通り。凄い美人でしたが、我儘ばかり。でも王は惚れ込んでしまっていたので、ダッキーの言いなり。たまりかねた家臣が妃を捕らえて首を斬ったら、尾が9本の白狐となって海の上を飛んで行きましたとさ・・・と、ここで九尾の狐は完全な悪の妖となりました。さて、大中心国から海を飛んだ先にあるのは?」
「日輪国ですね!」
「そういう事です。妃を斬ってもチューテー王は変わらずの愚王で、商の国は滅ぶんですが」
「うふふ。あの国らしいと言いましょうか」
「全くですね。で、日輪国に来ました。後のサキョウと呼ばれる所に居着きました。という話ですが、これは怪しい話です。次に歴史に出て来るのは、日輪国が戦乱期に入る少し前。それから2000年後なんです。言うまでもなく、人の国で2000年は凄い長さです。レイシクラン族で言うと・・・大体、5、6万年ですか?」
「ううん、2000年、何をしていたんでしょう? 修行していたら、尾が11本になってしまいますけど」
ぷ! とユカリが笑い、ヨナも口を押さえてしまう。
「ははは! ここで、クレールさんも聞いたであろう、ツチカド家の話になるんです。その地の王が、美人を見つけて嫁にしました。しばらくすると、病弱になり、起きては臥せり、起きては臥せりの生活。毎夜悪夢にうなされるようになり」
「で、正体がバレた!」
「そうです。ツチカド様のご先祖が真言を唱えたら、妃が2本の尾を持つ狐になり、宮中を脱走します」
「へ? あれ? ハワード様、2本? 9本ではなく?」
「はい。はっきりと2本と記録に残っています。絵図も残っています」
「あれ? 残り7本は何処に?」
アルマダはタマコの尾を撫で、
「さあ? こんな太く美しい尾を、7本も見落とすとは思えません。ですから、確かに2本だったのでしょう」
「ううん?」
「さて。その後、部下の猛将が3人、軍を率いて討伐に行きますと、尾が9本に増えていたので、これは古の商の国を滅亡へと導かせたあの九尾の狐では! いざ退治せん! となります」
「ええーっ!? 1000年修行して1本という設定は何処に!?」
「ははは! 7000年ほど、探していたんじゃないですか? 人族で7000年は中々の長生きですよ」
アルマダが笑って肩を竦めると、ユカリとヨナが笑う。
「おほほほ!」「うふふ」
「さて。私の考えですが、この尾が2本の狐が本当に居たと仮定しますと、退治された九尾の狐とは全く別の狐だったのではと思います」
「あっ! 確かに! そう考えるのが自然です!」
「退治された九尾の狐の方は大変です。無実の罪で軍が送られ、矢が飛んできて、槍も向けられ、陰陽術で式神が送られてくる。何もしてないのに。先程、コミュニケーションが取れると分かりましたから、きっと訴えたでしょうね。人違い、狐違いです、って。でも、手柄に逸る相手は聞く耳を持たない。同じ妖だ。しかも尾が増えていて派手。これを退治して持って行ったら・・・ね。そんな感じでしょう」
「うわあー・・・」
「それは怒りますよ。というわけで、退治されたと見えた狐は毒石となり、噴出する毒で辺り一帯を死の土地に変えてしまいます。討伐隊の将は撤退を命じましたが、間に合わずに兵が大量に死にます。当時の日輪国軍は騎兵は本当に少なく、歩兵が主でしたからね。野外で風もあったでしょうし、撤退が間に合わないのも当然ですか」
「で! その毒石を、ツチカド様のご先祖様が調伏する! ですね!」
「そうです。ですが、ここでおかしな記述があります」
「と言いますと?」
「この毒石を調伏するのに、何人もの高僧や修験者、陰陽師が挑んだが失敗した、という所です」
ん? とクレールが首を傾げる。
「何処がおかしいのですか?」
アルマダがにやっと笑って、少し声をひそめる。
「ツチカド様のご先祖様、討伐隊に軍師として参戦していたんですよ。なぜその場で毒石を調伏しなかったんでしょう」
「はっ!?」
「そして、毒にやられずに戻って来た」
「毒にやられずに・・・戻って、来た・・・むむむ!」
アルマダがにやにや笑う。
「勿論、陰陽師の格好良い活躍! という創作話を作りたくて、後から付け足された話なのかもしれませんが・・・本当は狐が毒石になったのではなく・・・なったのだが、わざと放置、とか・・・」
「それって、つまり・・・ツチカド様のご先祖様が」
「おおっと! クレール様、ここまでにしましょう。これはツチカド家の名誉にも関わる話です。ただ、この頃のツチカド家は、陰陽頭の座が危なかったが、この活躍によって云々という、きちんとした記録が残っている、とだけ言っておきましょう」
「ええー! そうだったんですかあ!?」
「その後、マツ様が来るまで、ツチカド家は代々の陰陽頭を務めてきました。ふふふ。これが九尾の狐のお話です。他にも、600年程後にも出てきます。マサダ十忍記です。これは完全な創作物ですが」
「あっ! 日輪国の忍の小説ですね!」
「ええ。名作ですよ。この作品では、主人公を導く神の使いとして出てくるんです。作者は九尾の狐が元は神獣であった、という事をきちんと調べていたんですね」
「はあー! 今度読んでみます!」
は! とクレールが気付いた。この王妃たちは、いつも暇を持て余している。
人の国は本が娯楽本がいっぱいだ。毎週、新しい本が並ぶのだ。
「そうでした! ユカリ様、良い暇つぶしがあるんです!」
「あら。何かしら」
「日輪国の本! とっても楽しい本がいっぱいあるんです! 毎週毎週新しい本が並ぶので、読みきれないんですよ! 私、日輪国に居た頃、たくさん読んだんです!」
「クレールさんが言う程ですから、余程なのですね」
「はい! 船にありますから、少し運ばせます! 私の一番はですねー、揚屋御免状という本です!」
「揚屋御免状?」
「色街で剣豪と忍が、御免状を巡って戦うんです! すごーい忍が出てきたり、王宮剣術のヤナギ車道流が襲ってきたり!」
「うふふ。如何にも娯楽本ですね」
「でもでも、描写が格好良くて、さーっと全部読んじゃったんです! 気付いたら夜中でした!」
興奮するクレールを見て、アルマダはタマコの尾を撫でながら、にこにこしていた。
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クレールは部下に港に停泊する船から娯楽本を何冊か見繕って、と頼んだ後、タマコを連れて、部屋に戻った。
ドレッサーを開け、適当にアフタヌーンドレスを取り、急いで着替えを手伝わせた後、ちょこんと座っているタマコの前にしゃがんだ。
「これから、一緒に魔王様の所に参りましょう」
(はい)
「あなたは魔王様の勘気に触れたので、死んでしまうかもしれません。それでも、私は行かねばならないと思います。負けを認め、式神となるなら生かしておく、という約束、守れなくなるかもしれません。私を許してくれますか」
(はい)
「では、参りましょう」




