第101話
クレールは執務室の前で半刻程待たされた。
面会の後、急いで部屋に戻って、ドレスを変えて。
今晩のディナーには遅刻してしまうかもしれない。
出入りする執事や書記官が、廊下の椅子に座るクレールと、足元に丸くなっている狐をちらちらと見て、通り過ぎていく。
何人もの出入りを見た後、書記官がドアを開けた。
「レイシクラン様。どうぞ」
「はい」
クレールが立ち上がると、丸まっていた狐も立ち上がる。
「失礼。レイシクラン様、動物は」
「動物ではございませんの。妖です。魔王様にお見せせねばと連れて参りました」
「少々お待ちを」
ドアが閉じ、少しして、またドアが開く。
「どうぞ」
書記官が脇にどき、クレールと狐が入ると、魔王は羽根ペンを置いて、ぐるっと椅子を回した。この魔王の鎧兜の姿は、凄い威圧感があるが、今の威圧感は鎧兜の威圧感だけではない。
「それが捕らえた妖であるか」
「はい」
「サダマキではなく、何故お前が連れている」
「カオルさんが封印する時『必要なら自分以外の下でも働かせる』と言っていたので、もしかして出来るかも、と札に魔力を込めてみましたら」
「なるほど。此奴はそのように解したわけであるな。で、我は好きにせよと言ったが、ここに連れて来たのは何故か。此奴に詫びさせる為か」
「もとより、お許しを頂こうなどとは考えておりません。私も、この狐、タマコと申しますが、封印した際に拐かした子らの血にまみれた骨の山を見た時、怒りが湧きました」
「そうか! 我の気持ちをノミの爪先ほどの大きさでも理解してもらい、嬉しく思う。もう一度問う。何故、連れて来た」
「魔王様。私、野犬は狩らねばならぬと思います」
「ふむ」
「飼いならした犬は、番犬として頼もしく思います」
「ほう」
「この妖は、飼いならされました」
「クレール。今と同じ言を、被害者の家族の前で、ぬけぬけと言えるか」
「とても申せません」
「我が好きにせよと申したゆえ、許してやれとでも言うか」
クレールは魔王の視線に耐えきれず、俯いて首を振った。
「好きにせよと言った。余程の事を起こさねば、その言、撤回はせぬ。城の中で駆け回って遊んでおっても良い。共に街中を散歩しても構わぬ。だが、それを連れて、被害者の前でこれが犯人ですが許して下さい、などと許しを乞うような真似はするな」
「はい」
「その狐が幼子を4人も食い殺した事は、口を閉ざせ。決して許されぬ」
「はい」
「狐。名を申せ」
(ロ=マーンのタマコと申します)
ぱん! とインクの壺が弾け、インクが飛んだ。
ばさん! と書類の山が飛び、派手な音を立てて、壁にぶつかってひらひらと落ちる。
「ロ=マーンの名を冠する事は許さぬ。以後、ロ=マーンの、と名乗るな。我に盾突き、生きる事は叶わぬ。もう一度名乗れ」
(タマコと申します)
「それで良い。尋ねる。返答により、貴様の処遇が変わる事はない。正直に申せ。何故、幼子を拐かした。腹が減ったからか」
(拐かしてはおりません)
「聞こえなんだようだな。1度目は許す。正直に、申せ。何故、幼子を拐かした」
(拐かしてはおりません)
「貴様・・・」
きり、と魔王の鎧が音を立てたが、はて、とクレールが訝しげな顔を上げた。
「あの、魔王様、タマコは式神ですから、主筋には絶対に嘘はつけませんよ。タマコ、拐かしはしていないのですか?」
(しておりません)
「む?」
魔王の怒りが少し収まった、気がする。空気はずっしりと重いままだが。
「では、どうしてあなたの居た所に、子の骸があったのですか」
(供物として捧げられました)
「何!?」「ええっ!?」
魔王が前のめりになり、声を上げる。
「誰よりの供物であるか! 何を求めての供物だ!」
(子の親よりの供物です。商売の吉兆を求めての供物です)
「・・・」
九尾の狐は、神の使いで、商売繁盛と金運上昇のご利益のある神獣。
現場は職人区。商売繁盛。金運上昇。
タマコを見つけ、神より吉兆を授からんと、親が子を供物に捧げたというのか!
(子を捧げるとは余程の事。私は出来得る限りの大きな吉兆を占い、富の授かる兆しと受け方を教えました)
「・・・」
クレールも魔王も、しばらくは言葉も出なかった。
「では、では・・・待て。幻術で、人を惑わしていたのは何故だ」
(私の居場所を知られたくないと願ったので、探す者を惑わす為です)
4人の親は、タマコを我らがものとせんと考えたのだ。
捜索に来た忍を惑わしたり、カオルを行き止まりの路地に誘ったりしたのは、供物を捧げられて願われたからだったのか。
通報があったのは、近所に子が居なくなったのがすぐバレるからだろう。
捧げた相手は神獣。神の使い。
自分達がやったと見つからないと安心して、被害者面で堂々と通報したのだ。
なんと恥知らずな!
魔王が怒り、黒いオーラが執務室を包み、先程飛び散った書類がふわふわと浮く。
この怒りはタマコに向けられたものではない。
クレールも顔を赤くして、怒りを現している。
2人の怒りは、同じ所を向いている。
「うぬ・・・クレール、お前の忍を少し借りて良いか」
「はい。すぐにここへ」
「それと、今夜は、ディナーには出られぬが・・・タマコを、しばし我の元へ預けよ。明日には帰す」
「はい。タマコ、魔王様が私の所に帰れと言うまで、魔王様の指示で働いて下さい」
(はい)
ふさ、ふさ、と尾を鳴らし、タマコが魔王の足元に歩き、腰を下ろした。
「クレール、下がれ。後は任せよ。忍を頼む。マツとサダマキにはしこりの残る所があろうが、今夜だけだ。この事、明日まで話すな。明日までで良い。今夜中に全て片付ける。タマコの事は箝口令を敷く。これは奇形で尾が多い、ただの狐だ。良いな」
「はい! 失礼致します!」
ぱ! と頭を下げ、クレールは執務室を出た。
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廊下に出て少し歩いてから、ぱち、と小さく指を鳴らすと、廊下の向こうのメイドがこちらを向いた。
広い廊下を横切り、窓まで歩いて行き、開けて「うーん!」と伸びをすると、メイドがにこにこして歩いて来る。
「うふふ。レイシクラン様、お城は息が詰まりますか?」
「少しだけ! です!」
メイドが笑顔のまま、鋭い目を左右に動かし、口を動かさぬように囁く。
(何かございましたか)
流石に魔王様の執務室には、レイシクランの忍も入れない。
(連絡要員のみ残し、全員魔王様の執務室前に集合。危急の仕事です)
(ご指示は魔王様より?)
(そうです。急いで)
(は)
メイド姿の忍が犬笛を出し、ふー、ふー、と吹く。
5分もせずにここに集まる。
(頼みますよ。腐った者を栄えある都、ロ=マーンに置く事は許されません)
(は)
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10分後、執務室。
魔王の前に、魔王家の忍と、レイシクラン忍衆がずらりと膝をついていた。
「全員聞け。幼子4件の拐かしの件であるが、これは拐かしではなかった」
魔王が手前の忍に名と住所の書かれた紙を渡す。
「そこに書いてあるのが犯人だ」
「は・・・魔王様、これは、被害者の親? 妖では?」
「ただの妖ではない! 神獣と呼ばれる妖! 金運を司る神獣よ! この神獣を見つけ、供物を捧げ! 商売繁盛を祈り! 金運の兆しを占ってもらっておった! 此奴らは我らを騙しておったのだ!」
「なんと!? では、では!? その供物というのは!」
「そうよ! 被害者面をしての偽通報よ! 金運の吉兆の分かる神獣を見つけ、その力を我らのみがと企てておったのだ! この神獣が幻術を使うておったも、探す者を惑わし、見つからぬようにしてくれとの彼奴らの願いから! 独り占めにせんとしておったのよ!」
「おのれ・・・おのれ! なんと破廉恥な!」
「日が登る前に証を揃え、全員引っ立てい! 死刑は許さぬ! マツとマサヒデ君の婚儀、祝祭が終わり次第、晒し首にしてくれる! いいや斬首などと軽い刑にするものか! 釜茹でか! 弱火で火刑か! 日干しにするか! 面通しはこの狐が行う! 念話が使えるゆえ、意思疎通は可能である! 警察! 衛兵隊! 軍! 公安! 忍衆! 捜査に関わった者全員! 神獣の存在については徹底して箝口令を敷け! これは奇形で尾が多いだけのただの狐である! 珍しいとクレール達が気に入り、ペットとしただけである!」
「「「ははっ!」」」
「行け! 鬼畜共を捕らえよ! ロ=マーンの空気をこれ以上吸わせるな!」
「「「ははっ!」」」
忍達が駆け出て行った後、魔王はきりきりと拳を握った。




