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勇者祭5 魔の国編  作者: 牧野三河
第一章 港町ジョアル
102/128

第102話


 その夜、晩餐会には魔王が出席しなかった。


「あの人は仕方ないですねえ。仕事がお忙しいのは分かりますけれど」


 今日の主賓席にはユカリが座り、ユカリの席にはアランが座っている。

 リディアーヌとアランが、俺が私がと、最前まで争っていたのだが、結局は年上の兄という事で、アランとなった。


 ユカリが苦笑しながら、つ、と菜っ葉の味噌汁を飲む。

 今日は日輪国の料理。

 マサヒデにとっては、久し振りの味。

 マサヒデは焼き鮭を摘み、


「ユカリ様、仕方ないですよ。私、魔王様の仕事を見ましたが、凄い書類の山で驚きました。むしろ、今まで席を共にしてくれたというのがありがたく。私達に合わせていたせいで、仕事が溜まってしまったのではないでしょうか。恐縮です」


「そうかもしれませんけど。ところでマサヒデさん。もう母上と呼んでくれても良いんですよ」


「いや、それはさすがに気が引けますが」


「練習して下さい。さ、母上と呼んで」


 マサヒデは箸を止め、きちきちと固くなったまま、


「ゆ、ユカリ・・・母上」


 と、小さな声で何とか絞り出す。

 気恥ずかしさもあるが、何より王族、それも魔王様の妃であられる。

 隣のマツと、ユカリを挟んだ向こうで、アランがにやにやしている。


「なんですって? 良く聞こえませんでした」


「ユカリ、母上」


 ユカリがにっこり笑った。


「はい! それで良いのです」


「は・・・」


 マサヒデは湯呑を取って、ぐ、ぐ、と煽り、ふう、と息をついて、湯呑を置く。


「うふふ。今日はハワードさんとお話ししましたけど、博識で退屈しませんでしたね。あの整ったお顔でトミヤス道場で双璧だなんて、女性が放っておきませんでしょう」


「え? ええ、アルマダさんですか。日輪国で冒険者ギルドの冒険者さん達の稽古をしていた時は、女性の方に囲まれていましたよ。男衆は追い出されてしまって、女性の冒険者しか、アルマダさんの稽古を受けられない有り様でした。ははは!」


 ぱち、と箸を置き、アランがマサヒデに笑顔を向ける。


「おお、マサヒデ兄上、そのハワード殿については良い報告が届いております」


「報告? なんでしょうか」


「ファッテンベルクのロブ家から逃げ出した、パウラ嬢はご存知ですね」


 ぎくり。

 知ってはいるが、パウラの潜伏先は秘密だったはず。


「なんと、パウラ嬢がハワード殿を追って、ここまで向かっているとか」


「ええっ!? それ本当ですか!?」


「ハワード殿もそれを聞き、満更でもないようで」


「は!? アルマダさんがですか!?」


 剣一途。女と付き合う暇などない、と言い切っているアルマダが!?


「いや、喜ばしい事です。ロブの者も皆、それは喜んでおりまして、やれ婚約だ、式はいつだなどと慌てておりますぞ」


 ころん、とマサヒデの手から箸が落ちた。

 マツもクレールも驚いて、箸も口も止まっている。


「喜ばしい事ではございませんか。マサヒデさんに続き、ハワードさんの式も挙がるんですね」


 ユカリもアランもにこにこしているが、マサヒデ達は驚愕の顔。


「ははは。母上、式を挙げるかどうかは分かりませんよ。マサヒデ兄上の祝祭が終わり次第、急いでレイシクラン家に向かわねばなりませんから」


「ううん、マサヒデさんもハワードさんも、お忙しい事ですねえ」


 マサヒデ達は、それを夢の話ように、呆然と聞いていた。

 まさか、あのアルマダが・・・結婚!?


 実は白露帝国と争う小国ワキーナに、魔王軍陸軍騎兵隊の精鋭中の精鋭、エッセンとロブの両ファッテンベルク家から援軍を送る為、アランとアルマダが考えた布石だが、マサヒデ達は知らない。



----------



 晩餐会が終わると、マサヒデ達は挨拶もそこそこに廊下に出た。


 きょろきょろと廊下を見回し、立っている近衛兵に、


「失礼します。アルマダさん、アルマダ=ハワードは、もう部屋に戻りましたか」


「いえ。まだここを通ってはおりませんので、会場の方におられるかと」


「ありがとうございます」


 会釈して、すたすたと廊下を歩いて行く。

 マツもクレールも後ろに続く。

 マツが少し心配そうな顔で、


「マサヒデ様、アランの話、本当でしょうか」


「いや、信じられないです」


「で、ですよね?」


 クレールも疑問の声。

 マツが眉を寄せ、


「もしかして、アランや父上がハワード様に何か言い含めたのでは」


「ん・・・どうですかね」


「あり得ない事ではございませんよ。財政はともかく、家格は釣り合いますし、私とマサヒデ様との仲と違って、貴族同士の結び付き。ハワード家は政には最小限しか関わりませんけど、魔の国の意は日輪国に少なからず響く事になります」


「つまり、この話、政略結婚ではと」


「はい。国と国との結び付きと考えますと、日輪国のハワード家ともなれば、私の妹達を差し出しても良い格ですよ」


「ううむ」


「ハワード様は御三男ですから、此方に婿入りという形になるでしょうけど」


「ううむ」


「アランではなく、父上かしら・・・アランなら、ハワード様が軽くあしらってしまいそうですし」


「ううむ、聞かない事には・・・そうだ。そういえば、アルマダさん、イザベルさんがファッテンベルクって聞いた時は、凄くびっくりしてましたよ。魔の国の武門の家っていう所に、憧れみたいな所はあるでしょうね」


「どうなんでしょうか・・・」


 マサヒデ達が話しながら歩いていくと、前のドアが開き、ぱあっと前方の廊下が明るくなった。


「おおっ! マサちゃーん!」


 酒の瓶を両手に持ったシズクが出て来た。上機嫌で、満面の笑顔。


「シズクさん、アルマダさんは?」


「中にいるよー。お姫様ーとおー、一緒にー。ういー」


「・・・」


 そういえば、晩餐会では、姫と言えば、初日のリディアーヌくらいしか、マサヒデの所に来ていない。王妃には何人も挨拶したが・・・こっちに来ていたのか。


「そうですか。ありがとうございます」


「まだまだ呑むよっ! マサちゃんも呑む?」


「いえ。ちょっとアルマダさんと話が」


「あそう? じゃー私は帰るー! いへへへ」


 完全に出来上がったシズクを置き、会場に入って行く。

 マサヒデ達の晩餐会会場よりは狭いが、どえらく広い事には変わりないし、シャンデリアもぎらぎら輝いているし、テーブルの上の食器や燭台などが光を反射して、きらきらしている。


 横に長いテーブルの隅で、ラディが口を拭いている。

 隣でイザベルがにこやかにワインを呑んでいる。

 さらにその隣で、カオルがイザベルに顔を向け、何か話している。

 トモヤが騎士達とジョッキを掲げ「かんぱーい!」と声を上げている。


 そして、ぐるりと円になった美しい女性達と、その横にワゴンを置いて立つ給仕。


「あれだ」


 アルマダの頭だけが見える。


「行きましょう」「はい」


 マサヒデ達3人が歩いていくと、お、とアルマダが背伸びして、こちらを向いた。


「やあ、マサヒデさん」


 あ、と姫達がこちらを向き、皆が同時にぺこりと頭を下げた。


「マサヒデ兄上」

「ご機嫌宜しゅうございますか」


 う、と気圧されてしまったが、小さく咳払いして、


「アルマダさん、ちょっと」


「丁度、マサヒデさんの活躍を話していたんですよ。ゾエでの野盗退治。マチダ先生の」


「あ、はい」


 姫の1人がうるんだ目でマサヒデを見上げ、


「マチダ様から、形見の剣を受け取ったと。私、涙なしには」

「私、排斥派のナカタが。痺れる、という意味が分かりました」

「痺れるのはセンセイの方ですよ」

「私はアナスターシャ王女の逃避行です」


 アナスターシャ!? 白露帝国の内の問題ではないか!


「ちょっとアルマダさん! それは話しては!」


「良いではありませんか。皆様、心得ておられますよ。ですよね?」


「はい!」

「兄上、分かっております」

「ご安心下さい」

「それより兄上、私、グレート・マッカラナのお話を」


 いかん。これはまずい。


「皆さん、すみません。急ぎの話なんです。アルマダさん、ファッテンベルクの」


「ファッテンベルク? そう言えば、リチャード様(イザベルの父・魔王軍騎馬遊撃隊大将)から預かったお手紙、魔王様にお渡ししたんですか?」


「あっ」


「ははは! ロ=マーン城に入って浮かれていましたね! 皆さん、これがお兄上なんですよ。可愛い所があるでしょう?」


 姫達が口に手を当て、上品にくすくす笑う。

 マサヒデの顔から、血の気が引いていく。


 必ず魔王様へ!

 あれほどに頼まれたではないか!

 届けたら一報を入れると、自分で言ったではないか!


「し、しまった!」


「ははははは!」


「失礼します!」


 アルマダの笑い声を置いて、マサヒデは廊下にすっ飛んで行ってしまった。

 それを、トモヤと騎士達が、離れた所で見ていた。

 目は酒で完全に淀んでいる。


「のう、ありゃあマサヒデではありませぬかのう」


「ですなあ」


「忙しいこっちゃの。ま! ワシらは楽しく出来るで良いがの! ささ、もう一杯」


「おうおうおうっとお・・・こぼれるこぼれる」


「おっと、入れすぎてしもうた」


 ずびび・・・


「やっはっは。ささ、トモヤ殿、ご返杯」


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