第103話
長い長い廊下を突っ走り、やっと当てられた客室に。
慌てて荷物をかき分ける。
「ええと、ええと、大事な物の箱・・・」
貴重品もあるので、馬車から運んできてもらった袋。
着替えをぶんぶん投げ出し、底にやっと小箱が見えた。
「よし」
ぱちりと錠を開けて、蓋を開く。
ぱっと目に入ったのは、日輪国王宮に手紙を出す時の為の、王宮の印。
そして、束となっている日記。
(しまったあー!)
日記も陛下に送らねば!
海上で長く待機していたので、日記も溜まっている。
(ええい、これは明日だ!)
日記をベッドに放り投げて、底にある手紙。剣に背中合わせの両狼の印。
(これだ!)
ぱっと部屋を駆け出た所で、ぴたっと足が止まった。
魔王様はまだ仕事中。
あの執務室は、普段ならマサヒデが入れる場所ではない。
近付いても良いのだろうか・・・
ドア脇に立つ近衛兵に、マサヒデが目を向ける。
「どっ・・・どうしましょう?」
「は・・・? どうしましょうとは、何を? マサヒデ様、如何なされました」
「これ、この手紙なんですが」
ん? と近衛兵が顔を近付け、む、と小さく声を漏らす。
「ファッテンベルクですか。これは・・・確か、エッセンのお家ですな。お手紙でございますか」
「はい。リチャード様から、必ず魔王様へと渡されたのですが、すっかり忘れていて。急がないととは思うんですが、魔王様、まだ仕事中で。夕餉の席にも戻ってこられませんでしたし」
「リチャード大将から、必ずと、ですか。それは急いだ方が宜しいでしょう」
「執務室、大丈夫でしょうか。お仕事中、尋ねても」
「立ち入りは禁止されましょうが、お手紙を届けるだけでしたら問題ないかと」
「ありがとうございます!」
返事をすると同時に、すぱーん! とマサヒデが駆けていく。
羽織袴がばさばさと鳴る音を残し・・・
ドア脇左右の近衛兵が、顔を見合わせる。
「マサヒデ様は、しょっちゅう走っておられるな」
「慣れぬ城中であるからな。お忙しいのであろうよ」
ふ、と近衛兵が笑う。
「危急の際以外は走ってはならぬ、と、伝えた方が良いかな?」
「いいやあ、今のは危急であるぞ。リチャード大将のお手紙を忘れておったのだ」
ぷ! と近衛兵が笑った。
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マサヒデが執務室に走って行き、ぴたっと足を止め、廊下の向こうを覗いた。
(あれ?)
執務室の周りに、人が集まっている。あれは城にいる人達ではない。
警察、衛兵。制服の軍人は、少し雰囲気が違う。軍警察か?
何か事件でもあったのだろうか。ぴりぴりしている。
だが、手紙は早く渡さねばならない。
可能ならば直に渡したいが、近付いてはいけないと言われたら、彼らのうち、誰かに預けて渡してもらおう。
ゆっくり歩いて行くと、廊下のメイドが頭を下げる。
これもメイドではない。メイドの格好の忍だが、レイシクランではない。
皆、魔王家の忍達だ。
どうやら大事が起こったようだ。これは近付けまい。
マサヒデに気付き、衛兵が歩いて来る。
「申し訳ございませんが、只今魔王様は多忙です」
「はい。お邪魔をしてしまって大変申し訳無いのですが、この手紙をお渡しして頂けませんか。騎馬隊の大将の、リチャード様から魔王様へのお手紙です。エッセン=ファッテンベルクのリチャード様です。私の名は、マサヒデ=トミヤスです」
お、と衛兵が少し驚き、
「む、貴方様がトミヤス様でしたか。不躾な物言い、大変な失礼を致しました。お許し願います。リチャード=エッセン=ファッテンベルク大将からのお手紙ですね。しかとお渡し致します」
「お願いします。お忙しい所、大変恐縮ですが、お渡しを遅れ、マサヒデが詫びておりましたとお伝え下さい」
「は。お任せ下さい」
衛兵が手紙を預かり、マサヒデに敬礼。
マサヒデも頭を下げ、振り返って歩いて行く。
(何があったんだろうか)
ぴりぴりした空気を背中に感じつつ、マサヒデは廊下を歩いて行った。
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こんこん。
「何用か!」
「魔王様! トミヤス様がお手紙をお運び下さいました! 差出人はリチャード=エッセン=ファッテンベルク陸軍騎馬遊撃隊大将であります!」
「入れ!」
いらいらしてぴりぴりした魔王が、衛兵に目を向ける。
左右には警察署長と軍人。街の衛兵をまとめる治安担当の者で、この衛兵の上司。
「リチャードから手紙か。マサヒデ君め、忘れておったな」
「は。忙しい所に大変申し訳ございませぬと、詫びておりました」
「良い。今は報告待ちの時である。貸せ」
「は!」
魔王が手紙を受け取ると、警察署長と軍人が下がる。
ぴ、と封を開け、手紙を取り出して、さーっと読んでいく。
(なるほど)
白露帝国が日輪国にすぐにも矛を向けんとする現状。
マツとクレールが居るだけでは、決定的な抑止力にならない。
ついては、日輪国に魔の国の兵を少数でも良いので置きたい。
演習という名目で、私兵でも良いので、暫くの間、送り出したいがどうか。
実際に日輪国の兵書を読んだが、実に学ぶに良く、演習、講習はすべきである。
近く参謀本部にも上申をするが、魔王様にも是非、兵を置く事をご検討を。
と言った内容である。
既に参謀本部には上申が届いているであろう。
完全に私情ではないか、とも払う事も出来るが、魔王も全く同じ私情がある。
(アランも兵を置くのはどうかと言っておったな。演習か。なるほど)
アランの案では、土地の借り上げと駐屯地建設。
同盟国ではないので、今は難しいが、ハワード家に打診してみると言う。
即同盟。これが叶えば一番で、兵を置く。
合同演習として兵を置く。
これは何の文句も言われまいが、長く置くのが難しいし、しょっちゅう合同演習と兵を送っていては、諸外国に良い目で見られない。
(ふうむ)
まず合同演習で送るか。
その間に、同盟の条約の下準備。
どんなに長く置けても半年が限界。
米衆連合に漏れると、日輪国との同盟が切られる恐れがあるから、慎重にせねば。
この点、日輪国の忍の腕は頼もしい。
ぎりぎりまで情報が漏れぬようにしてくれるであろう。
「ふ、良い話であるな。マサヒデ君が慌てるのも分かる」
ぱさぱさと手紙を畳み、机にしまって、軍人の方を向く。
「おい、日輪国の兵書は恐ろしく優れているそうだぞ」
「は? はい。リチャード大将は、それを報せに?」
「参謀本部には、リチャードから何か報せはなかったか」
「ございました。日輪国にエッセンの家の私兵を送り、戦略と戦術の講義を受けたいと。これは受領され、リチャード大将と同じくして私兵を送った家がいくつか」
「そうか。少し、正規兵も学びに行かせてみるか? 我は少々興味がある。考えてみるか」
「は」
魔王が警察署長の方を向く。
「確か、日輪国では警察組織を奉行所と言ったな」
「はい」
「ふむ。警察からも少し出向させてみるか? マサヒデ君も、奉行所とは縁浅からぬようだ。火付盗賊改という、軍警察に近い権限を持つ組織とも、伝手があるそうだ」
「軍警察程の・・・左様でありましたか」
「ふむ・・・ふむふむ。首都ウキョウには優れた武人が多くいると聞く・・・何人か腕自慢を送ってみるか。それも面白そうだとは思わんか? マサヒデ君は近衛に指導をする程の腕だが、そのマサヒデ君が手も足も出ん、という者がごろごろ居るそうだが」
「は」
「面白そうであるな。武術大国との技術交流か。此度の妖の件もある。陰陽術も学びに行かせたいが・・・ううむ、日輪国の独自のものであるし、さすがに教えてはくれぬかな・・・リチャードめ、面白い事を言ってきよるわ・・・」
「はあ」
「む! すまぬ。仕事に戻るか。あの鬼畜共は、まだ捕まらぬか」
「捕まえる事は容易いでしょう。証が揃わぬので、踏み込めぬのでは」
「ううむ、であろうな・・・証になりそうな物など、とうの昔に処分されておるか」
「魔王様。神獣タマコ様においては、お言葉を賜れます。証を揃えられずとも、面通しのみで拘束には十分です。後に強制捜査を致しては」
「面通しは捕らえた後であるぞ。証拠なしに捕らえて、発表はどうする。神獣の存在は決して民に知られてはならぬ。似たような事を考える輩が、また出てもおかしくない」
「匿名の複数の目撃証言で発覚した、で通しましょう」
「うぬ・・・それも致し方ないか。よし。1刻待つ。1刻で証が見つからねば、拘束の後、タマコに面通しの方向。その後、強制捜査に踏み込み、何としても証を揃える。その旨、皆に伝えよ」
「ははっ!」
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翌朝、号外が出され、4組の父母8人の、殺人容疑者が拘束されたと発表された。
子殺しの容疑であり、容疑と言っても既に証拠も揃っており、目撃者の確認も済んでいる、非道な殺人犯との事である。
また、幻術使いの妖は存在はしたが、死んだ子らの念から産まれた野良犬の姿の妖で、その為に目撃された時期がほぼ同じであった、とされた。
危険な存在ではなく、子供の念から産まれただけあって、ただのいたずら好きな妖であり、その祓いにマツとクレールの魔術師2人が助力したと、王宮魔術師ならびに魔術研究所の両所からの正式発表がなされた。
号外には、狐という字は出なかった。




