第104話
翌朝、マツとクレールは号外を読んで、よしよし、と頷いた。
捕らえて来た狐の妖は、殺人犯でもなく、魔王様には勘違いであったと分かった。
マツが神妙な顔になり、
「クレールさん。もしかして、この人達、最初からタマコをこう使おうって計算していたのではないでしょうか」
「こう使う? というと?」
「妖なんですから、タマコが祓われてしまえば一件落着。子を拐かした犯人は」
「はっ!」
これほど殺人犯の罪を被せやすいものはいない。
マツもクレールもカオルも、魔王様まで騙されたのだ。
「かなり大きな吉兆を教えてもらったはずですよ。我が子を差し出したのです」
「なるほど! ありえますね」
「ずっとこき使うわけでなく、留めておき、時を置いてまた、という考えだったのでしょう。次々と儲かりだしたら、怪しまれる危険がありますからね。小賢しい輩共です」
「うーんむむむ・・・」
「タマコは今日には帰してもらえるそうですね。まだでしょうか」
「少し遅くなるかもしれませんよ。取り調べには立ち会うでしょうし」
「ううん、帰って来たら、ご褒美をあげましょう。やっぱり油揚げが良いのでしょうか?」
「実際の所、どうなんでしょう? そこも興味あります」
マツが首を傾げ、
「日輪国では、昔はネズミ揚げをお供えしていたそうですけど」
「ええーっ!? ねね、ネズミですかあ!?」
「どちらが好きなんでしょう? 謎ですね。普通の油揚げの方が好みだったから、そちらに変えたんでしょうか・・・」
「狐って、謎が多いんですね・・・」
マツが、ぱさん、ぱさん、と号外を畳み、ソファーの横のテーブルに置く。
「ところで、昨夜は結局聞けませんでしたけど、ハワード様です」
「あっ! 忘れてました!」
「マサヒデ様がすっ飛んで行ってしまったせいですよ。私も驚いてしまいましたし。皆に笑われてしまって・・・今日はどこにおられましょう。クレール様、探しに行きましょうか」
「仕方のない兄上様ですね!」
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アルマダは訓練場に居た。
自主練習の者達に混じり、剣と剣を合わせて、何やらくるくる回していて、周りの近衛兵達が声を上げている。
と、しぱ! と向かう近衛兵の喉元に剣が突き付けられる。
「「「おおっ」」」
歓声と拍手が上がった。
「これが巻き。回すとは違うのです」
「なあるほどお・・・」
「元々刀の技術ですが、刀の方がやりやすいというだけで、剣でも出来ます。右手は支点。左手で回す。右手で回すと、回すだけで巻きではない。実戦で使う際はですね・・・」
てすてすてす・・・訓練場を、マツとクレールが歩いて行く。
「ハワード様ー!」
「ん」
剣を絡めたまま、アルマダが顔をこちらに向けた。
「お聞きしたい事がありまーす!」
はさ、と髪をかき上げ、近衛兵達に軽く手を上げてから、アルマダが歩いて来た。
「おはようございます。どうなさいました?」
「パウラ様です」
ほんの一瞬、アルマダの笑顔が固まったのを、マツもクレールも見逃さなかった。
きらりとマツの目が光る。
「やはり。何かありますね。アランに言われたのですか? それとも、お父様ですか」
「いえ。ここまで追って来るなんて、気骨のある女性です。私、少しパウラ様を見誤っていたな、というだけで、その点は反省しましたよ」
「では、はっきり聞きます。政略結婚を進められましたか」
アルマダが驚いてしまった。
「はあ!? いや、結婚なんて! ま、少なくとも、今の所は、そんな事は考えてませんよ。将来は分かりませんが」
とは言っても、貴族同士で互いに気にはなるけど・・・となると、まず結婚まで持っていかれてしまう。家格の釣り合う両家同士となれば、周りが持ち上げる。
「何があったのです」
「何がとは?」
「アランですか。父上ですか」
「パウラ様が来ると教えてくれたのはアラン様ですが、別に何も言い含められたりはしていませんよ。モテるではないか、とからかわれはしましたが」
ふ、とアルマダが苦笑する。
「そんな下世話な事を考えないで下さい。まあ、パウラ様も中々やるな、とは思いましたが、それだけです。私は今の所、色恋沙汰に興味はないです」
苦笑するアルマダを、マツとクレールが観察するように、じっと見ている。
「で、御用は、そのパウラ様の事を聞きたかっただけですか?」
「そうです」
アルマダが可笑しそうに笑った。
「ふふ。全く、女性というのは、すぐロマンスだのなんだのに結びつけますね。徹底した現実家かと思えば、急に夢見がちにもなる。我々男は理解出来ない部分です」
「ううん」
アルマダが肩を竦める。
「ここに来るのは、どんなに急いだって、何ヶ月も後ですよ。その頃には、私達はここにはいません。でしょう? では、失礼しても良いですか?」
「はい」
マツが答えると、アルマダは苦笑を残して、稽古に戻って行った。
「ううん・・・クレールさん、どう思います」
「怪しいです! 女の勘がびんびんきてますよ!」
「私もそう思います。これは何かありますね」
「マツ様。アラン様に聞き込みです」
「ですね。参りましょう」
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ここはアランの執務室。
アランは政ではなく、軍の方を任されている。
不遜な態度を取りはするが、やはり一軍を任される将、間違いなく才はあるのだ。
魔王はそこに一切の妥協をしない。
「今の所、陸軍のみ・・・ではないか。海軍も・・・ああ、私兵の・・・む、特務隊の者を? ううむ、特務隊は無用な心配を与えそうな・・・隠せば良いか? 隠し通せるかな。忍衆は送れるかな・・・」
ぶつぶつぶつ・・・
イザベルの父、リチャードに連絡を取り、日輪国に演習・講習の希望者のあった者達を聞きただし、きりきりと頭を回している。
リチャード達の私兵は、人数が少ない事もあり、両国の参謀本部に簡単に了承も得られて、先に行っている。
追加はどうか。
別に参謀本部も渋らない、と思いたい。
ただ、アランとしては正規軍も演習の名目で出したいのだ。
どのくらいが丁度良かろうか。
数が多すぎては不味い気がするが、講習のみでなく『合同演習』も行う。
どの程度の数を送っても良いのか。
それに隠して、忍達は送れるか?
日輪国の忍衆となれば、世界でも指折りだ。
学ばせてもみたいが、流石にこれは拒否されるか?
情報省はまず無理だろうが、軍の忍であれば、飲んでくれるだろうか?
(打診だけはしてみるか?)
これは外務省から情報省と軍へ確認を取ってもらわねば。
尋ねるだけならタダだ。事のついで、ダメ元で尋ねてみよう。
まだ問題がある。
米衆連合と白露帝国は、間違いなくいちゃもんをつけてくる。
いやいや、大中心国もいちゃもんをつけてくる。お家芸ではないか。
こちらから声を掛けるのだから、大国が小国を脅したように見られては困る。
間違いなく国際的にそう見られるよう、言葉を選んで文句を言う。
何を言っているんですか?
米衆さん、あなたは合同演習してるではありませんか。
そうですか。私達は駄目ですか。魔族はNOですか。ふ、やれやれ・・・
などと、あの強烈な保守派の元首を、鼻で笑うような真似をしてはいけない。
言葉だけは丁寧に。その対応も考えないとならない。
外務省と参謀本部は対応に顔をしかめるだろうが、リチャードの言うように、実際に軍にとっても損はない話なのだ。
(いや、待てよ)
米衆連合。
文句は言っておいて「今度は是非うちと」と言いかねない。
それはそれでありがたいが、第一目的は白露の押さえである事を忘れては。
イザベルも米衆連合で兵の訓練をしていたと聞いたし・・・
あの元首の面の皮の厚さは並ではない。言ってくる。
そうきたら断れないと分かっていれば、必ず言ってくる。
国内では魔族のみならず移民の締め付けもがんがん行い、猛烈な反発を食らっている。
それでいて、そのような地域では、領主に「騒がせて申し訳ない」と民に頭を下げよと言ったそうな。
自分の政策が原因であろうに、領主に謝れと。
領主としては、何故私が? である。
何と面の皮の厚い者であろうか!
領主がいくら謝ろうと、政策は変わらない。
領主は元首の決めた政策を守っていただけである。
スティアン伯爵を中心に反対派の固まりがぼんやり出来てきて、今はだんまりを決め込んでいるが、黙るだけで、その手は緩まっていない。保守派貴族に加え、教会というバックアップがいるのだ。
それでも、魔族さん、仲良くしましょうや。保守? いやいや、政治の話は置いておいて。内政干渉なんだからな・・・黙れよ。でも演習はしましょう! ささ、魔の国とは手を取り合って・・・
あの元首なら平気で言ってきそうである。
魔族を締め付けておき、会見では魔の国に満面の笑顔で握手を差し出すのだ。
さて、白露帝国とはどうか。
陸続きの隣国ということもあり、ワキーナ戦争が始まるまでは、何度も演習をしているが、個や小隊単位の演習ばかりであった。
魔王軍としては、本格的な大規模演習がしたいのだ。
だが、白露はそれには決して乗らない。
出来れば陸海合同で行いたい。
まともな用兵の経験が欲しい。ここが魔王軍の大欠点なのだ。
実地の用兵の知識と経験。その指揮下で動くという、兵達の経験。
白露はこの魔王軍の弱点をお見通しで、いつも部隊単位でしか付き合ってくれないし、戦略・戦術講義もしてくれない。
だが、人数は送れないし・・・これは諦めるか?
日輪国であれば付き合ってくれるだろうが、他国からの文句が・・・
下手に動かすと、危険だぞ! と、白露と米衆が手を結びかねない。
そうすると、魔の国は左右から挟まれる。
いかに魔の国の軍が強いとは言え、この2国が手を組んだらまずい。
そうなったら、第2次の人魔戦争が・・・
こんこん。
「誰か!」
「マツです」
「む、姉上? どうぞ」
がちゃり。
おや。クレールも一緒?
「何か御用でしょうか」
「アラン、眉間に皺が」
「む」
ぐいぐいとアランが眉間に指を当てる。
「うむむ、申し訳ございません。少々調整が面倒な仕事で・・・全く、国際世論とは面倒な」
「ワキーナですか?」
さり気なく書類を入れ替えてから、らしく頭を抱える。
「ええ・・・ワキーナ国民の惨状は聞いております。支援をもう少し送りたいのですが、あまり送ると介入とも取られかねなくて・・・白露とは仲をこじらせたくはありませんし、しかし、現場はと・・・ううむ」
マツもクレールも、意外、という顔で見合った。
この男、真面目に仕事をしているではないか。
「ごめんなさい。少し宜しいですか? 5分で構いませんから」
「構いません。ふう、私も頭を冷やしませんと」
ちーん、とベルを鳴らすと、隣の部屋のドアが開き、メイドが出て来た。
「姉上は緑茶で?」
「はい」
「レイシクラン様には、如何なされます」
「紅茶を頼みます」
「聞いたな。私はコーヒーを頼む」
マツが止めて、
「アランは嫌でも甘いものになさい。頭を回すには、糖分が必要です。糖分がないと、どんどん頭が回らなくなりますよ。アランには、思い切り甘いチャイを淹れてあげて下さい」
アランが額に手を当て、ぎしっと椅子にもたれて、天井を仰ぐ。
「まんじゅうも頼む。粒餡にしてくれ・・・頭が回らん。もう角砂糖でも良いかな」
「ふふ。かしこまりました」
メイドがにこにこして、ぱたん、とドアを閉めた後、マツとクレールが、ううん! と伸びをするアランに目を向けた。




