第105話
ここはマツの弟、アラン王子の執務室。
アランは軍務の方を任されている。
日輪国にどんな名目でも良いので軍を置き、白露への牽制に・・・
演習という事で、と方針は決まったが、実際に兵を送るとなると・・・
そうして頭を悩ませていた所である。
マツとクレールがドアを叩き、一旦仕事は休憩。
ああ、と息をつき、凝った肩を揉む。
「して、姉上。レイシクラン様まで、何の御用でしょう」
「アラン。聞きたい事があるのですが」
「はい」
「パウラさんが、こちらに向かっているとか」
アランがにやにや笑う。
アルマダと相談して考えた、ワキーナにエッセン、ロブの両ファッテンベルク兵を送るための布石である。
「ええ。昨晩、話したではありませんか」
「ハワード様は何と」
「ははは! ただのお嬢様ではなかったか、と、驚いておりましたな。モテる男は面倒事も多くなるとは、まさにあの者の事です」
「ふうん・・・」
マツもクレールも笑いもせずに、アランの顔を覗き込む。
「姉上? どうかなさいましたか? む、レイシクラン様は、確か面識が・・・もしや、パウラ嬢には、何か問題があるのですか?」
クレールが目を細める。
「いいえ。素敵な方です。美しく、静かで、品も良く」
「ふむ! ハワードめ、羨ましい事ですな! ははは!」
「むー・・・」
「むーん・・・」
アランをじっと見つめる2人の目には、疑いがありありと見えている。
察せられたか。恐るべし女の勘。
それとも、もしかして、レイシクラン忍衆に聞かれたか?
だが、別に政略結婚などはさせる気はない。恋仲? を装ってくれれば良いのだ。
すぐにエッセンから兵が出る。ロブから兵が出る。
結婚云々など、忙しくてやっている暇もあるまい。
アルマダも、パウラがつく頃には、はるか北のレイシクランに居るか、海の上。
遠く離れ、もう会うことはない・・・何と悲しや。儚い恋であった、で終わる。
「姉上、レイシクラン様、一体、何なのです?」
「別に・・・」
「何も・・・」
「ハワードをからかっただけですが、お気に触りましたか? あ奴も別に怒ってはおりませんでしたよ。困った事だと肩を竦めておりましたが。パウラ嬢も中々根性が、などとは言っておりましたな」
「そうですか・・・」
「ふうん・・・」
一体何なのだ、とアランが苦笑を浮かべていると、ドアがノックされた。
「入れ」
ドアが開き、からからとワゴンが入って来る。
「お茶をお持ち致しました」
「ご苦労」
かちゃ、かちゃ、かちゃ・・・カップが置かれていく。
アランのカップの上で、茶漉しが置かれ、チャイが注がれる。
「むう、チャイは久し振りだ・・・」
「アラン」
「何です?」
「単刀直入に尋ねますけど」
単刀直入とは。ここまでの話は何だったのだ。
どうも女の単刀直入は、前置きが長かったり、長々と喋らされたりとする。
それは単刀直入とは言いません、という言葉を飲み込む。
最初から、さっと本題を言えば良いではないか・・・
「どうぞ」
「ハワード様とパウラ様、もしや政略結婚を考えておるのですか」
「ははははは!」
アランがげらげら笑って、手を振る。
「や、これは失礼・・・くくく。いやはや、こう言ってはなんですが、姉上、それは下衆の勘繰りですよ!」
かあ! とマツの顔が赤くなる。
「下衆とは何です! 下衆とは!」
声を荒げるマツを尻目に、アランがメイドに笑顔を向け、
「なあ、お前もパウラ嬢が、わざわざファッテンベルクのエッセンから来ると聞いたら、やあこれは政略結婚か! と疑うか?」
くす、とメイドが笑い、
「いいえ。ハワード様は素敵ですから・・・」
メイドはティーポットを置いて、胸に手を当てる。
「許されるなら、私も追いかけてみたいです・・・一言、よく来てくれました、とお言葉を頂けたら・・・もし共にディナーまで・・・ああっ!」
頬を染めるメイドを見て、アランが笑う。
「ははは! この通りですよ! もう、城中のメイドどころか、妹達も、リディア以外は皆がハワードにべったりです。む、何ならリディアはマサヒデ兄上にやりますか? 当家との結び付きも強くなり、トミヤスの家は安泰ですよ」
「・・・そうですか」
「むうーん・・・」
「おや? 姉上は反対ではありませんか? 冗談のつもりでしたが・・・ふふ、分かりました。後で父上に相談してみますよ」
アランはにやにや笑いながらチャイの入ったカップを取り、急に難しい顔を作ってチャイを見つめ、顎を撫でる。
勿論、演技である。
「む・・・いや、悪くはないか・・・ふむ・・・姉上、リディアの事、少し考えさせて下さい」
「え」
「はっ!?」
マツとクレールが驚きの声を上げる。
話がとんでもない方向に!?
「いや、私と父上の一存では決められませんが・・・カゲミツ殿とは、近い内にお会いする予定ですから・・・ううむ。リディアも文句は言わぬでしょう。自分より弱い者とは、などと言っておりますし、マサヒデ兄上なら丁度良い・・・」
「ちょっと、ちょっとアラン!?」
「ままま待って下さい!?」
慌て出した。してやったりだ。
だがここで油断はならぬ。
追い討ちの好機と見て、墓穴を掘るなどよくある事。
「む、そうか。ハワードでも良いか。しかし、ハワードか・・・リディアがうんと言うかな・・・ハワードならこちらに婿入りさせられるが・・・いや、やはりマサヒデ兄上か・・・ぶつぶつ」
「アラン! 何を言っておるのです!?」
「そうですよ!?」
アランは笑いを堪え、真面目な顔で2人を見据え、はたと膝を叩く。
「いや! 姉上、ぱっと冗談で出た事ですが、よくよく考えれば悪くない話です。リディアにも聞いてみます。父上もリディアも否とは言わぬでしょう。カゲミツ殿が良しと言ってくれれば良いのですが」
「駄目ーっ! 駄目ですよ!」
「そうです! 駄目です!」
「何故ですか」
「え、ええと・・・あれです! マサヒデ様の身が持ちませんよ!」
「そ、そうですよ!」
「夜は順にすれば良いではありませんか。一晩に何人も相手せよとは言いません。リディアは獣人族の血が入っておりますから、リディアの夜の相手は、いかにマサヒデ兄上でも疲れましょうし」
これは生々しい! マツとクレールが仰天して、顔を真赤にして仰け反る。
「は、破廉恥な!?」
「ひぇー!?」
かん! とアランがカップを置く。
「姉上! それは承知です! 今は内輪だからこのような事を話すのです! 大事な事なのです! テルクニが産まれるまで、あと何百年か分からぬのです! レイシクラン様のお子も、成人されるまで何年とお思いなのです! どんなにマサヒデ兄上の血が濃くても、100年は掛かりましょう! その頃にはマサヒデ兄上はもうおらぬのです! その間、トミヤス家を支える男子が必要なのです! 子が必要です!」
「もう、もう結構! そんな事は分かっております!」
「そそそーうですよー! 分かっておりますよ!」
「分かっておりません! 良いですか! 姉上もレイシクラン様も、マサヒデ兄上との間に出来る子は1人! 非常に運が良くて2人です! トミヤス家は身分は平民な上、トゥクライン家の外戚となるのですよ! こんなに話しやすい家はないと思いませぬか! そこら中の貴族が、我が家に我が家にと列を成して話を持ってきますよ! 子がないではなりませぬ! 増やさねばならぬのです! 姉上達の! トゥクライン家と! レイシクラン家の! 直系の子が育つまでの間を支える子が!」
「ううっ!?」
「ぬぐっ!」
言葉に詰まった2人に、アランが溜め息をつく。
心中では口を閉じた2人を見て、声を上げて笑っている。
「その辺り、よくお考え下さい。良いですね。サダマキの妾の話もありましたが、人族の子では、姉上達の子が育つまでの時が足りませぬ。リディアの子なら丁度良いでしょう。リディアなら、相性もありましょうが、上手くいけば子も増やせます」
「う、う」
「む・・・むむむ」
「父上に話しておきます。カゲミツ殿にも、頭ごなしでなく、家族としてきっちり相談します。マサヒデ兄上にも、きちんと話しておきます。妾腹でも良いので、子を増やすのです。父上も、今は姉上に婿が出来たと浮かれて、この辺り、頭から抜けておりますから」
実の所、子は増やさずとも構わない。
マツもクレールも長々と生きるのだから、家を支えるのはこの2人で十分。
どちらも大金持ちなのだ。金にも一切困らない。
実家からの補助が無くても、既に商売をいくつも手掛けている。
トミヤス家の平民暮らしなら、働かずとも何千年と暮らしていける。
とにかく『家』と『血筋』と『名』を重んじる王族貴族の本能を突いたのだ。
大成功である。
傍から聞けば、あれ? マツ様、クレール様がおれば、それで良くないですか?
トミヤス家は貴族でないのだ。別に男子がおらずとも良い。
テルクニがタマゴから出てくるまで待つだけ。
皆が首を傾げるであろう。
「・・・」
「・・・」
案の定、二人共、しゅんとしてしまった。
「宜しいですね。姉上も、レイシクラン様も、少し考えればこのくらい分かりましょう。よくお考え下さい。では、他に用がないのでしたら、私は仕事に戻りますが、良いですか」
「はい・・・」
「はい・・・」
「お引き取り願います。ワキーナの民が、支援を待っておるのです」
すごすごと2人が去った後、ふう! と溜め息。
静かになった部屋で、メイドをちらっと見て、
「全く、姉上達は、独占欲が強くて困るな。サダマキが妾にと願った時は、姉上は父上のように黒いオーラを出しながら廊下を歩いておったそうだぞ。飾りに置いてあった壺がいくつも割れ、テーブルまでも割れたそうだ。年代物もあったのにな」
「ええ!?」
「それでも丸くなった方であろうな。ちゃんと話は聞いてくれた。昔、城を出たのも、城中の皆に恐れられて、居づらくなったゆえと聞いた。私はそれを身をもって体験した。わけの分からぬ空間に閉じ込められてしまってな。後でユカリ母上から聞いたのだが、私は完全に消えていたそうだ。またあの魔術をかけられるのではと、ひやひやしたが」
「あの、アラン様」
「なんだ」
「リディアーヌ様の身は、大丈夫でしょうか」
「何もなかろう。サダマキの妾の話の時も、一悶着あったが、最後は温かく受け入れた。何よりな、リディアの話は冗談だ。父上にも話したりはせん。仕事もあるから、下らぬ勘ぐりに付き合うのもな。追い返したかっただけだ。ははは!」
「ふふ。アラン様もお人が悪い」
「そうか? では本当に父上に相談してみようかな?」
「まあ! 本当にお人が悪くなってしまわれますよ!」
「ははは! さて、仕事に戻るか・・・いや、戻る前にまんじゅうを食っておくか。やれやれ、今のでまた頭が疲れた・・・」
アランも大変である。




