第106話
そして晩餐会の時間。もう5日目。
婚儀祝祭パレードは、もう明後日である。
今日は魔王も来て、マサヒデ達と食べている。
そして、昨晩アランが居た席には、リディアーヌが座っている・・・
「マツ、懐かしい味でしょう」
「はい」
ちらちら。
ユカリの向こうのリディアーヌに、マツとクレールの2人が、ちょくちょく視線を送る。
「今日のマッリーは私が作ったんですよ」
マサヒデが驚いて、
「ユカリ様が手ずからですか!?」
「母上」
「あ、はい。ユカリ・・・母上・・・」
萎縮するマサヒデを見て、魔王が笑う。
「ははは! 我の事も父上と呼んでほしいな!」
「うふふ。魔王様、それは流石にマサヒデさんも」
「やれやれ、魔王という立場も堅苦しいものだ」
ちらちら。
マツとクレールがまた目線を送る。
獣人の血を引くリディアーヌは敏感で、それをしっかり感じており、静かだ。
マツもクレールも笑っていない。一体、何なのだ・・・
「リディア。今日もマサヒデ君に稽古をつけてもらったのか」
「あ、ええと・・・忍との立ち会いを見てもらいました」
「ほおう」
「注意される所が、その、たくさんありまして」
「ふふふ。お前も剣を鼻にかけておったが、所詮は、という所であったのだ。身に沁みて分かったか」
「はい」
「忍の者からも、どうであったと良く聞いておけ」
「はい」
マサヒデの方は、うまいうまい、とマッリーを入れ、米をがっつき、またマッリーを入れて・・・
「マサヒデさん、ちゃんとサラダも食べて下さい」
「む! もぐもぐ・・・うむ、はい、ユカリ母上」
「おおっ! ユカリ、実に母らしい台詞であるぞ! ははは!」
魔王とユカリが笑ったが、マツもクレールも笑わない。
「・・・ところで。マツ。クレール」
「はい」「むぐん、はい」
「お前達は、まだタマコの事を怒っておるのか? もう帰したであろう。誤解も解けた」
「いえ」「何でも!」
「ではどうしたのだ? 今日はやけに静かではないか」
アランがリディアーヌをマサヒデの嫁に・・・と、意見を上げていないかどうか。
まだ上げていないのであれば、藪蛇になってしまうから、言えない。
「また何かあったのか? 今度は誰だ? ホルニコヴァか? よもやあのシズクではあるまいな? もしやタマコが幻術でマサヒデ君を誘惑でもしたのか?」
「いえ・・・」「何も・・・」
魔王が首を傾げ、マサヒデを見る。
がつがつとマッリーを食べるマサヒデ。
「マサヒデ君には、何もなさそうだな」
ユカリがにやにや笑う。
「魔王様、これは女がらみですよ。私には分かります」
「やはりな! また家族が増えるのか! マサヒデ君、誰か口説いたのか?」
んぐ! とマサヒデがむせ、ぶんぶん首を振る。
「まっ、まさか! そんな事はしていませんよ」
「リディア。今日、マサヒデ君は誰か口説いていたのか?」
「いえ! マサヒデ兄上は、私の稽古を見てくれておりましたし。見ているだけでなく、私にも忍達にも稽古をつけてくれました。そんな暇はなかったです。マサヒデ兄上は無罪! ですっ!」
「ふうむ・・・まさかとは思うが、忍を口説いたのか?」
「マサヒデ兄上は、そんな事はしません!」
「はて。サダマキは口説き落としたようだがな。ユカリ、どう思う」
「ううん・・・何でしょう・・・隙をついて、使用人の誰か? それをレイシクラン忍衆が発見。マツ達に報告」
「ふむふむ? いや、リディアの言う通りの1日であったなら、考えづらいな」
魔王がにやにや笑いながら、グラスを取って、ゆったりと回す。
「分かった。マサヒデ君は誰も口説いてはおらぬ。そうだ、マサヒデ君が口説いたのではない。一目惚れした者がいるな。誰だ・・・うむ、マツのこの様子。メイド達ではないと見た」
「誰でしょう!」
「姫連中だな。今日、ハワードの所に行っていない者のうちの誰かだ・・・ユカリ、この推理、どう思う」
どきーん! とマツとクレールの心臓が跳ねる。
的中はしていないが、近い所!
「ありえますね!」
「さあて、マツ。この推理、どうかな」
「いえ」
「クレール」
「魔王様、何もございません」
魔王がにやにや笑って、クレールの顔を覗き込むと、すっとクレールが目を逸らす。
「何もない、という様子ではないな。もう少し顔に出さぬ練習をせよ。ユカリ、もう探りを入れるような真似はよそうか。時が来れば、どうせ表に出よう。ふふふ。さあて、マサヒデ君、楽しみであるな! 誰かなあ? んん?」
「ええっ!? ないですよ!」
「ははは! 分からん、分からん! 向こうが勝手に惚れているのだ。君に分かる事ではないわ。さて! 話は変わる。マツ、お前、パレードはどの服で行く」
「え? んんー・・・」
「和装が良いか。ドレスにするか。どちらも準備はしてある」
「ううん・・・和装に致します。マサヒデ様も和装ですから」
「む、そうか。念の為、明日、サイズのチェックをしておけ」
「はい」
「クレール」
「ははい!?」
「お前は婚儀はどちらを着る」
「ううん・・・私はドレスが良いです」
「そうか。では、家に送っておいてやるが、ジョンの方でも準備はしておろう。見て気に入った方を着るが良い。魔王から送られたから、などという気遣いは一切いらぬ。自分の晴れ舞台をより良く飾れる方はどちらかと、しかと選べ。マサヒデ君との式は、一生に一度の事である」
「はい! クレール、感謝致します!」
「結構。マサヒデ君、マツ。スピーチなどは我が行うので、その点は考えずとも良いが、式が終わり、夜会となれば、貴族連中に囲まれる。面倒だろうが、相手をしてやれ」
「うっ」
「マサヒデ君は、お七夜では虎を斬ったそうだな。さて、今度は何を斬ってもらうかな。竜は斬れるかな」
「いや、相対した事がないので、何ともというか。実物を見た事はありませんが、大きさが違い過ぎるのでは? 竜に刀では、何か引っ掛けて血がという程度では」
「ふむ。ぶっつけ本番ではな・・・演舞でも行うか?」
「トミヤス流には、あまり型のようなものはないのですが」
「では、鎧でも並べて斬ってくれ。驚かしてやれば良い。君の腕と刀なら、近衛の鎧は斬れるな?」
「はい」
「結構。君の剣客としての腕を、見せてやれれば良い。マツを娶るに足りる腕の剣客であると、世の者に見せるのだ。マサヒデ君の腕なら十分である。内心ではアランと同じように、あのような小僧が、と君を見る者も多かろう。ま、ここでリディアと立ち会ったのと同じ事だ。あれを見るまでは、所詮は名ばかりの、などと思っておった者も、ここにおったろう」
ただの見世物ではない、という事か。
皆に試されるのだ。失敗は許されない。
何よりも、失敗したら、雲切丸が欠けたり曲がったりで大変だ!
「カゲミツ殿が来る時には、御前試合でも行うか。ふふ。君の腕を見た後で、誰が手を挙げるかな。楽しみであるな・・・マサヒデ君、カゲミツ殿はどのくらい強いのかな」
ううむ、とマサヒデが腕を組む。
「さあ、どう言い表せば良いのか。少なくとも、私やアルマダさんが10人いても、掠りもせずに叩きのめされるでしょう」
「ほう・・・マサヒデ君が10人居てもか」
魔王の向こうで、リディアーヌが口を止め、目を丸くしている。
「国を出てから、時も経とう。君も多くの達者と立ち会い、腕を上げている。今でもそう思うか。9人くらいにはならぬか?」
「なりません。今でもそう思います」
マサヒデの即答に、魔王がにやりと笑った。
「そうか。楽しみであるな。マサヒデ君は、近衛達がしかと隊を組んだら、決して勝てぬと言ったな。カゲミツ殿ならばどうなると思う」
う、とマサヒデが詰まる。
「その・・・口に出すのは憚られますが」
「む、分かった。そうか。それ程の腕か」
「今の私が父上に勝ちたいなら、遠くからマツさんに吹き飛ばしてもらうか、イザベルさんに長鉄砲で狙撃してもらいます」
ぷ! とユカリが笑う。
「それはマサヒデさんの勝ちと言って良いのですか?」
「勿論です。ユカリ母上、戦を考えて下さい。兵の誰々が敵大将の首を取りました。この戦、兵の誰々の勝ちです、ではなく、大将の誰々の勝ちです、となります」
「む・・・」
「ユカリ、その通りであるぞ。殺し合いは小説や絵物語のようには中々いかん。リディア、お前もこの事、良く心に留めておけ」
「あ、はい!」
「これが武術家の姿勢と言っても良いかな・・・ううむ、御前試合はどうするかな。魔の国だけでは不足かな・・・どこに声を掛けるか・・・楽しみになってきたな」
「魔王様、あまり日輪国の武術家は呼ばないでくれますか」
「何故だ」
マサヒデが苦笑して、
「もし父上がお世話になった先生方が来られたら、父上が困ってしまいます。まだ現役の先生は多くおられます。がちがちになって、まともに剣は振れないでしょう」
「ははは! 剣聖ががちがちにな! それはそれで楽しそうであるな! うむ! その方向も考えてみるか? どうだマサヒデ君」
ん、とマサヒデが少し考え、くすっと笑った。
「あっ! 兄上、笑いましたね!」
「マサヒデ様、笑いましたよ!」
「まあ!」
女性陣から声が上がった。
「いやいや、そんな事はありませんよ。いやあ、このマッリーは美味しいなあ。ああもう、腹が。む、帯がきついなあ。ちょっと直してきます。では失礼!」
「こらっ!」
クレールが伸ばした手をひょいと避け、マサヒデが部屋を出て行く。
下手な誤魔化しを見て、ユカリがくすくすと笑っていた。




