第107話
翌朝。
マサヒデは手紙の束と日輪国王宮の印を持ち、廊下を歩いていた。
日記を日輪国国王ヒラマツ陛下に送るのである。
大事な手紙なので、自分で冒険者ギルドに持って行くか、と考えていたのだが、廊下の先でリュウイチの背中の羽を見つけた。
(あ、あの人なら)
御側御用取次役。魔王様の右腕。絶対に信頼をおける。
他の者が信用出来ないというわけではないが。
早足でリュウイチの背を追っていくと、リュウイチが気付いて振り向き、マサヒデに笑顔を向けた。
「これはマサヒデ様。おはようございます」
「おはようございます。リュウイチさん、頼みがあるんですが」
「何でしょう」
「大事な手紙を送りたいのですが、誰に預けたら良いでしょうか。私が冒険者ギルドに持って行っても良いのですが」
「お手紙ですか」
「はい。大事な手紙です。日輪国国王、ヒラマツ陛下宛」
すう、とリュウイチの顔から笑顔が消えた。
「ヒラマツ国王に、大事な手紙ですか」
あれ? これはまずい感じか?
「あ、いや。中身は日記です。私の旅の様子を知りたいと仰せで」
「旅の様子・・・どのような? 例えば、ファッテンベルク家の事は?」
「勿論、書いてあります」
「この城中の事なども?」
「勿論ですよ。私、やっとここに来られて興奮してます」
「む、私がお預かりしましょう。それと、申し訳ございませんが、中の文を読ませて頂きます」
これはもしかして、検閲というものでは?
マサヒデの胸が高鳴る。
「な、何か問題でも」
「念の為です。ただの日記でしたら問題ないと思いますが、削って頂きたい所があるかもしれません。後程お部屋に参りますので、半刻ほどお待ち頂けますか」
「はい・・・」
リュウイチがマサヒデの手から手紙の束を取る。
「それと、明日の式に際してですが、婚儀のパレードは日輪国とは少々勝手が違いますので、お部屋に伺いました際、お話しておきましょう」
「分かりました」
「では後程」
リュウイチはくるっと振り向いて、足早に歩いて行ってしまった。
(どうしよう!? 何かまずい事を書いてしまっていたら、捕まるのか!?)
心臓をどきどきさせながら、マサヒデは顔を青くして、部屋に戻って行った。
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半刻後―――
ここん。
「はいっ!」
マサヒデがソファーから飛び上がって返事をすると、リュウイチが静かにドアを開けた。
どきどきどき。大丈夫だったか!?
「む、マサヒデ様。削って頂きたい所がございますので」
「は・・・」
俺は捕まるのか!?
スパイ容疑とかになるのだろうか!?
リュウイチは青い顔のマサヒデの前に座り、下の方の手紙を取り、何枚かめくって、1枚を差し出す。
「これはまずい。イザベル様の、魔術研究所との月斗魔神の実験。実験の内容が詳細に書かれています」
「あ、駄目ですか」
「既にオト研の話はお聞きで」
「あっ・・・そうですね、秘密の研究所みたいな。秘密ですもんね」
「はい。この辺りは削って頂けますか。イザベル様が軍に呼ばれたとか何とかで、何の用だかは分からないが、数日離れた。そのような感じにして下さい。他は大丈夫です」
「はい」
「入手経緯は調べました。ジョアル冒険者ギルドの者、ハヤテが持っていたと。あの者から入手した事は、既に送ってしまわれましたか」
「す、すみません・・・」
「オト研という名は書いてしまいましたか」
「いえ。イザベルさんから、あまりその名を出すなと聞いたので。何処から手に入れたか分からないが、月斗魔神を賭けて勝負を申し込まれた、みたいな感じです」
「ならば結構です。私が責任を持ってお送り致しますので、こちらを」
リュウイチが紙とペンを出し、
「これに新しく、イザベル様の所を書いて下さい。差し替えてお送りします」
「はい」
マサヒデがペンを取り、かりかりと書いていく。
リュウイチはしばらく無言でそれを見ていたが、
「ところで」
「はっ!?」
びくっとマサヒデが顔を上げると、リュウイチが苦笑した。
「いや、明日の式の件です」
明日! 良かった。明日があるのだ!
捕まる事はなさそうだ。
「はい」
「書きながらで・・・魔王家の婚儀は、祝祭日となります。既に触れは出しておりますので、首都民が多く出ましょうが・・・」
「はい」
「マサヒデ様とマツ様は、城門から神輿に乗られまして」
「は!?」
神輿に乗る!? 駕籠ではなく、神輿!?
でかい馬車とか、派手派手しく飾られた馬ではないのか!?
城の大広間みたいな所で、ありがたいお言葉みたいな感じではないのか!?
「神輿!? 神輿って、あれですか!? わっしょいって、あれ!?」
「はい。その神輿です。あれに乗られまして、城門からメインストリートを港まで。港にて降りろと言われましたら、降りて下さい。そのまま魔王様の前に歩きます。魔王様よりお言葉。これは短いもので、すぐ終わります。民の前で、結婚おめでとう、嬉しいぞ、と、一言二言で終わります」
「はあ・・・」
「その後、花火など上がりますが、マサヒデ様、マツ様はすぐ神輿に戻ります。適当に、集まった民に軽く手でも振って下されば十分です。そして、城まで戻ります」
「はい・・・」
「で・・・ううむ、神輿なのですが、結構な距離を練り歩く事になります。城から港まで、大体3里(12km)ございます。それを往復です。かなりお疲れになるかと思いますが、堪えて下さい」
マサヒデが肩の前で手を上下に動かす。
「その、やっぱりこうですか。真っ直ぐ進むのではなく、わっしょいと」
「はい」
「すみません。私、耐えられる自信が全く。マツさんも大丈夫でしょうか」
「これは頑張って下さいとしか。御簾が垂らされますので、きつければ中で寝ておられても大丈夫です」
「わっしょいと揺れる神輿の中で、寝られるんですか」
リュウイチが気不味い顔で、すっとマサヒデの視線を外す。
「何とか堪えて頂いて・・・それと、マツ様は魔術で誤魔化すので平気だと」
「そんな! ずるい!」
「頼みます。港で降ろされた瞬間、戻したりなされませぬよう。一応、紙袋は用意しておきますが、駄目だと思ったら、なるべく港に着く前に。下りた所で吐いておりますと、音でバレますので」
「く・・・」
「城に戻る頃には夕刻です。城門で神輿を下りまして、マツ様は馬車へ。マサヒデ様は、ご愛馬の黒嵐で、城まで。先導はハワード様方がお引き受け下さいましたので、その後についていくだけです」
「すごく不安なんですが・・・私、真っ青な顔で、ぐったりして馬に乗る事になるかもしれませんが。と言うより、馬に乗れるかどうか」
「そこを何とか・・・気合でも何でも、背筋を伸ばして頂き。城中に入ると、夜会となります。魔王様よりお聞きと存じますが、そこにてマサヒデ様の演舞。始まるまでは自由に過ごしておられて結構です。準備が整いましたらば、係の者がマサヒデ様を呼びに参ります」
「はい・・・」
「演舞が終わりましたら、また好きに過ごして下さい。時間になりましたら、魔王様よりシメのご挨拶で終了です」
「ううむ・・・リュウイチさん、私、演舞が出来るかどうか」
「そこを何とか・・・」
「当日になってみないと分かりませんけど、多分無理だと思います」
「・・・」
リュウイチが無言で頭を抱えてしまった。
マサヒデも頭を抱えたい。
茶でも、とメイドの方を向いた時、マサヒデに電撃が走った。
「そうだ! リュウイチさん、多分いけます!」
は! とリュウイチが顔を上げた。
「何か策が!?」
「レイシクランの忍の方に、こっそり神輿に乗ってもらいます。鍼を打ってもらいながら行けば、多分」
「む、む・・・良い策ですが、2人乗るスペースは」
「大丈夫ですよ。消えられるんですから。屋根の上とかに乗ってもらいましょう。忍者小説みたいですよね。祭の神輿の上に、忍が乗っているとか」
「鍼を打つ際は、中に入らねばなりませんが」
「いけますよ。皆さんなら、御簾の外から鍼を打ち込むくらいやります。姿を消したまま、隙間から腕だけ中に入れて、ぷすぷすっと」
「むう・・・揺れますが、平気でしょうか」
「ええ。皆さんの腕は確かです」
「む。分かりました。それで参りましょう。では、お手紙をお預かり致します。しかとお送り致します」
リュウイチが一礼して部屋を去った後、メイドがとことこ歩いて来た。
むう、と眉を寄せ、腕を組む。
「マサヒデ様、これは中々の難易度ですぞ。揺れ具合によっては」
「そんな!? た、頼みますよ! 暴れてる人でも、ぴしっと止められるじゃないですか!」
「や、勿論、手は尽くしまする。念の為、カオル殿に酔い止めをもらっておいて下さいませ。1日は持ちますまいから、途中でもう1服か2服となりましょう。胃が荒れてしまうと思いますが、そこは仕方ございますまい。揺れる神輿の中で、こぼさず飲むのは難しいでしょうが、水は我らが忍ばせますゆえ」
「ううむ・・・そこは任せて下さいって言ってほしかったです」
「や、当日になってみませんと、何とも・・・」




