第108話
こちらはシズクの部屋。
近衛兵のお偉いさんが、シズクの前に図を置く。
「早速ですが、シズク殿には、このように旗振り役をお願いしたいのです」
「あれ。旗なの? あの火消しが持ってる棒みたいのじゃないの?」
「いえ。婚儀式典パレードの際は火消し纏ではございません」
「そうだったの!? 結婚のパレードなんか見た事なかったから、知らんかった・・・で、掛け声は、わっしょい? よいやさ?」
「わっしょい、おう、わっしょい、おう、と言った感じで」
「で、港まで歩いてくだけ?」
「はい。お引き受け下さいますか」
ふんふん、とシズクが軽く頷く。
「いいよ。港まで3里でしょ。そんなもん、さっさか歩けるよ」
「ありがとうございます。辰の刻(7時)に出まして、港に午の正刻(12時)頃。魔王様が、マサヒデ様、マツ様に簡単にお言葉。本当に短いものです。おめでとう、お幸せに、くらいですな。ここで休憩。その間に、我らは食事と用足を済ませます。半刻程でわっしょいと港を出まして、酉の正刻(18時)辺りに城門前です」
「のんびり歩くんだね。お祭りだもんね」
「いやいや、神輿を担いでこのペースで歩くのは、かなり速いですぞ。港まで休憩もございませぬし」
「あ、それもそうか! お神輿担ぐ人、大変だね!」
「ふふふ。近衛兵団でも粒選りを揃えております。自慢ですが、私は大団扇で」
「あ! かっこいい!」
近衛兵が手を振り、苦笑い。
「いやいや、旗持ちには負けまする。旗を振っておりますれば、水筒などで水を摂るのは大丈夫です。ただ、トイレは港までございませんので、お気を付け下さい。それと、旗は決して倒したりはしませぬよう」
「当たり前じゃーん!」
「王家の紋章旗となりますので、うっかり破いたり、倒したりしませぬよう、宜しくお願いしますぞ」
何っ!? 魔王様の紋章旗を振るのか!?
「はあーっ!?」
「では、明朝は卯の正刻(6時)に城門へ願います」
立ち上がりかけた近衛兵をシズクが止める。
「ま、待って! 王家の旗なんて振りたくない! 怖い!」
「何、鬼族のシズク殿なら、軽い物でございましょう。ご心配なさいますな。それでは」
「待って! ねえ!」
「では、卯の正刻。お待ちしております」
「そんなあー!」
ぱたん・・・
「そんな・・・」
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中庭では、祭に何の出番もないクレール達が、のんびりと朝の茶を楽しんでいた。
「明日は大変な日になるんですよ」
ユカリがゆっくりと茶を口に運ぶ。
テーブルの横には赤い絨毯が敷かれ、日除けの傘が立っており、将棋盤とトモヤが待っている。
「クレールさんはご存知でしょうけど、お祭りだからって、うっかり外に出ると、人混みで大変ですから。お客様は、規制された道でこの城まで来られます」
「はい!」
「人混みを避けて、多分、夕方前に皆様が参られます。お神輿が城門につく頃には、大変ですから・・・お神輿が見たいのでしたら、城門を出る前か、帰って来た時に、門の中からにして下さいね」
「質問をお許し下さい」
クレールの後ろで立っているカオルが、静かな声で問うた。
「どうぞ」
「マサヒデ様、マツ様は、その神輿に乗ると」
「そうですよ」
「何処まででしょうか」
「港までです」
カオルが目を丸くし、トモヤも驚いて声を上げた。
「何じゃと!? みなっ・・・ん、おほん。あいや、失礼致しました。おほん、ん、んんっ!」
クレールも驚き、口を開けてしまった。
王子、王女の婚儀のパレードとは、そのようなものだったのか!?
魔王家の婚儀のパレードは見た事がなかったので、クレールも知らなかった。
カオルが額に手を当て、くらくらしながら、
「み、港まで、神輿に担がれて行くのですか? わっしょいと?」
「そうです。言ったでしょう? 明日は大変な日になると」
「・・・」
マサヒデとマツにとって、大変な日になるのだ!
これは拷問ではあるまいか!?
「その、途中で、ご休憩などは」
「休憩などしておりましたら、晩餐会に遅刻してしまいます」
たらたらたら・・・
「クレールさん。お茶が」
「あ! はっ!?」
メイドがささっと駆け寄り、ナプキンを置く。
幸いテーブルクロスの上で、クレールのドレスには垂れなかった。
「たった1日の事です。大丈夫ですよ。御簾が垂れておりますから、疲れた顔が見られる事はありません」
「は・・・」
流石に影武者を用意した方が良いのでは!?
カオルが額に冷や汗を浮かべながら、
「ユカリ様、マサヒデ様は耐えられても、マツ様に万が一がございますと。影武者を用意すべきでは」
「マツは魔術で誤魔化して行くそうですから、平気だそうです」
「では、マサヒデ様には影武者を用意されては。夜会には演舞もございます。如何にマサヒデ様が鍛えておられるとはいえ、人族の身にあらせられます。流石にお身体に障られるかと。演舞に障りが出ますと、少々」
ん、とユカリが少し首を傾げた。
「そうでしょうか?」
カオルがトモヤを見て、
「トモヤ様は、大丈夫ですか? 3里の道を、神輿に担がれて」
トモヤが首と手を振る。
「いやいやいや! ワシにはとても無理じゃ! 死ぬかもしれぬ。でなくとも、立てもせぬのでは。馬ならともかくの、わっしょいわっしょい担がれるのじゃぞ。えらい揺れるぞ! これはマサヒデでもきつかろう!」
「そうなんですか?」
ユカリは不思議そうな顔だ。
「サダマキさんも?」
「ユカリ様、とても無理です。死にはしますまいが、終わって神輿より降りたらば、やはり立てもせぬかと存じます」
忍としてきつい訓練を受けているので、何とかなりそうな気もするが、ここはこう答えるべき。
「ううん、そうですか・・・」
ユカリが首を傾げていると、マサヒデがすっ飛んで来た。
「ユカリ母上、おはようございます! ちょっとカオルさんをお借りします! カオルさん、こっち来て」
返事も早々に、マサヒデがカオルの袖を引っ張って離れて行く・・・
「神輿の件で」
「そうなんですよ。とても身が持ちませんから」
うむ、とカオルが頷く。
「影武者を用意するのですね。お任せ下さい」
「や、酔い止めをもらえますか。レイシクランの忍の方に、消えたまま、神輿に乗ってもらいます。鍼を打ってもらいながら」
「む! その手がありましたか!」
カオルは驚き、感心したが、すぐに腕を組み、首を振った。
「いや。されどマサヒデ様、酔いはせぬかもしれませぬが、これは疲れます。体力が持ちますか」
「む・・・」
「確かに婚礼の儀、影武者に任せるはどうかと思いますが、マサヒデ様には、後に夜会の演舞が控えております。仕方ございません。ここは影武者を用意するが上策かと」
「でも、どうするんです。港で降りて、魔王様からお言葉を頂くんですよ」
「港ですり替わるのです。マサヒデ様には、港で待機しておられませ。港ですり替わる際は・・・」
レイシクランの忍であれば、群衆の中でも姿を消したまま、すいすいと通ってすり替わる事が出来る。だが、マサヒデは忍ではない。いくら身の軽いマサヒデでも、これは無理だ。
カオルが力強く頷き、
「ううむ・・・神輿の周りを、何か高価そうな布を垂らし、囲むなど。下ろされた神輿の周りを布で囲むだけ。民には、なにやら儀式的なものと映りましょう。乗り降りする所は見られてはならぬ、みたいな感じで。祭を仕切る者と相談して参ります。少々お待ち下さい」
マサヒデが目を潤ませて、カオルに手を合わせる。
「カオルさん! 助かります!」
「ご感謝はありがたいですが、この案が通りましたらで。通りませねば・・・」
「通らなかったら・・・」
カオルが首を振った。
「ご覚悟を願います。マサヒデ様の案で参りましょう。では」
「かっ、覚悟」
全般的に身体の丈夫な魔族にとっては、大したことのない事でも、人族には激烈。
こんなパレードになるとは、想像もしていなかった。
カオルが慌ただしく早足で歩いて行く。




