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勇者祭5 魔の国編  作者: 牧野三河
第一章 港町ジョアル
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第89話


 カオルに当てられた客室。

 晩餐会の席で、魔王様に、カオルが驚くような願いをしたぞ。マサヒデ、マツ、ユカリのお前達は驚くかもしれんぞ、と言われ、3人が来た。


 魔王は笑ってはいたが、マサヒデもマツも気が気ではない。

 もしかしたら、無事に国には帰れんかもしれんな、などと言われたのだ。

 そうして、これはもしや大事では、と、晩餐会の後、3人が来たのだ。


 マサヒデとマツが出て行き、部屋にはマツの母、ユカリが残る。

 ユカリも、もしや大事か、と緊張している。


「で。どのようなお願いをされたのでしょうか」


「は・・・」


 いざとなると、中々言い出せない。

 クレールが話してくれていれれば良かったのだが・・・

 魔王様には、自分は許すが他は知らん、自身で何とかするのだ、と言われた。


「いや・・・その、まずユカリ王妃に話さねばとは、分かっておりましたが」


「が?」


「中々、機会というか、腹が決められぬと言いましょうか、話しづらく」


「話さねばならぬという事は、私にも関係する事なのですね」


「は」


「そして、マツと、マサヒデさんにも」


「は」


「魔王様にも?」


「まあ、微々たるものと言いましょうか・・・」


 ユカリの後ろでは、忍が『知らんなあ』とでも言うように、首を右に向けたり、左に向けたりしては、カオルをちらりと見て、にやにや笑っている。


「お話し下さい」


 ごくりと喉を鳴らし、カオルはそっとカップをどけて、テーブルに手を付き、頭を下げた。


「お願いがございます」


「その願い、魔王様にはお許しを頂けた、という事ですね」


「は!」


「まずは聞きましょう」


「私ことカオル=サダマキ、マサヒデ様の妾となること、お許し願いたく」


「・・・」


「ふうん」


 ユカリは興味なさげに声を出す。


「そんな事ですか?」


「は!」


 ぱん! ぱん! とユカリが手を叩き、ドアの側に立っていた執事姿の忍に目を向けると、忍が頭を下げ、ドアを開ける。

 マサヒデとマツが、心配そうな顔で部屋を覗き込む。


「お入りになって下さい」


「はい」


 2人が歩いて行き、テーブルの横に立つと、ユカリは興味なさげに鼻を鳴らし、


「マサヒデさん。妾を取る気はございませんか?」


「は?」


 急な言葉にマサヒデは呆気に取られてしまったが、マツは一瞬で理解し、頭を下げたカオルの後頭部を、きりりと睨む。


「妾は必要ありませんか? トミヤス家も、魔王家、フォン=ダ=トゥクライン家の外戚になったのですよ。私は、子を多く残して頂きたいと思います」


「はあ・・・今は必要ないです。マツさんとクレールさんで、手一杯です」


「あらそう。うふふ。二人共、個性的ですものね」


 マサヒデが苦笑して頷く。

 確かに個性的ではある。


「まあ、その。何と言いましょうか。ご命令とあらば、迎えますが」


「命令など致しません。では・・・そうね。人族ですから・・・ううんと・・・10年。10年以内に、妾を取り、子も成して欲しいです。まあ、子の方は相性もございますから、出来ねば出来ぬでも構いませんが。命令ではなく、お願いです」


「お願いとありましたら」


「決まりですね。では、10年以内にこちらのサダマキさんを、妾か、婦人としてでも結構。トミヤス家に入れて下さい」


「は!?」


 マサヒデが声を上げた瞬間、マツから黒いオーラが出て、びしびしとカップや皿にヒビが入り、ちろ、と茶が流れる。


「私は」


 言いかけたマツを、ユカリがぴしりと抑える。


「マツ。子が1人では不足です。クレールさんも入れて、3人は欲しいです。テルクニは男子ですが、もう1人はおりませんと」


 如何にも王族、貴族らしい考えだ。

 にぎぎぎ、とマツが歯を噛み鳴らす。


「テルクニが生まれるまで、まだ時は掛かります。その頃には、マサヒデさんも、カゲミツ様もおられないのですよ。今すぐクレールさんの子が産まれたとて、例えマサヒデさんの血が濃いお子だとしても、まだ子供でしょう。トミヤスの家には、謂わば子の繋ぎが必要なのです」


「む、く、く」


「分かりましたね」


「ぐ・・・はい・・・」


 ぱきいん! と高い音を立て、ユカリが持つカップが、耳をユカリの手に残し、粉と消えた。びちゃっと茶が落ちて跳ね、慌てて後ろのメイド姿の忍がユカリのドレスとテーブルを拭く。


「マサヒデさんも、宜しいですね」


「はい・・・」


 真っ赤な鬼のような顔をしたマツをちらりと見て、


「分かりました」


 と、頭を下げる。

 お願いとはいえ、これは断れない。

 カオルの願いはこれだったのか。確かに、自分もマツも驚いた。


 カオルさん、と声を掛けそうになったが、下げた頭に跳ねた茶を拭かれているカオルを見て、言葉が出なかった。カオルは身をがたがた震わせている。

 ちらりと横を見れば、マツも嫉妬と怒りで身を震わせていた。


「私は、失礼致します。皆様、おやすみなさいませ」


 言葉は丁寧であったが、明らかに怒りの感じられる声を残し、マツは振り向いて部屋を出て行ってしまった。


「では、マサヒデさん。私達も部屋に戻りましょうね」


「は」


 ユカリが立ち上がって、ドアに歩いて行く。

 マサヒデも振り返ると、ドア脇の忍が、顔を蒼白にしていた。

 マツの怒った姿を、目前で初めて見たのだ。これは当然の反応だ。


(まさか、暗殺などされまいな)


 この城中では、マツの魔術の腕なら、証拠も残さず、カオルを簡単に始末出来てしまう。カオルならさっさと姿をくらます事も出来ようが、客人として留められているのだ。隠れたり逃げたりするような真似は出来ない。

 迎え入れるかどうか以前に、マツを何とかせねば、カオルの身が危ないのでは。


 ぱたん、とドアが閉まると、ユカリがにっこり笑った。


「驚きましたね」


「え、ええ。確かに」


 マサヒデは懐紙を出して、ぺたぺたと額につける。


「マツには言い含めておきます」


「は・・・助かります」


「子が産まれたら、ご連絡下さいね。当家に妾腹の子などと言う者はおりませんし、仮にいても言わせませんので」


「は・・・」


 柔らかく見えていたが、この言い方。マツも母譲りなのだ。


「日輪国の情報省には口をきいておきますが、大丈夫でしょうか?」


「む」


 どうだろうか。

 既にマサヒデの個人的な忍として預かった身であるし、大丈夫、なのだろうか?

 まだ情報省つきという事には変わりない。


「ううむ、分かりません。口ではいはい、と言っても、腹では何を考えているか分からない所ですから」


「では、きつくお願いしておきます。マサヒデさんも、10年以内ですからね。きつくお願いします」


 これはお願いという顔をした命令である。


「はい・・・」


 決まってしまった。



----------



 マサヒデが与えられた客室の前に近付くと、ドアの前の近衛兵が此方を見て、小さく首を振った。

 はっとして足を止めれば、部屋の中からただならぬ妖気のような・・・


(マツさんだ!)


 指で頭に角を作ると、こくこくと近衛兵が頷く。

 これは開けてはならない。


(危なかった)


 ありがとうございます、と手刀を作り、頭を下げると、近衛兵も頷く。

 マサヒデはくるりと踵を返し、歩きながら誰の所にと少し考え、トモヤの部屋に歩いて行った。



----------



 そして、トモヤの部屋。


 トモヤは酒を呑みながら、昼間にユカリと打っていた将棋の感想をしていた。


「・・・というわけでな」


「ふうむ・・・」


「今日はここに泊めてくれ」


「うむ・・・」


 酒で顔を真っ赤にしながらも、トモヤは眉を寄せて棋譜を睨んでいる。

 マサヒデの話も右から左である。


「忙しそうだな。俺は先に寝て良いか」


「うむ・・・」


「では、遠慮なく」


 マサヒデは上着をソファーの背に投げて、大小を抜いてソファーに寝転がり、腹の上に置き、高い天井を見上げて、溜め息をついた。


(参ったな)


 これは本当に面倒な事だ。日輪国情報省は優しくはない。

 魔王様から許しも得て、ユカリ王妃からの後押しがあっても、すんなり通すとは思えない。


(返事は色良く返ってくるだろうが)


 情報省は、どうぞどうぞと頷くであろう。

 だが、その後も情報省の忍という事には変わりない。

 一応、個人的な忍としてもらいはしたが、情報省つきのままなのだ。

 情報省から命が下れば、何処かに飛んでいく。

 そうそう長期潜入のような命は来ないであろうが、ないとは言えない。


「ううむ」


 簡単に引退は許されない仕事だ。無理に抜ける事はご法度で、そんな事をすると、カオルは生涯追い回される事になる。そんな事をしたら、当然、マサヒデ達と過ごす事は無理。


(どうなるかな)


 考えても仕方がない。もう決まってしまったのだ。

 はあ、と溜め息をついた後、目を閉じると、すこん、とマサヒデは眠ってしまった。


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