第88話
その日の晩餐会も、豪華なものであった。
魔王の大勢の家族が並び、マサヒデとマツ、クレールが、魔王、ユカリ王妃と並んで座る。
かちゃかちゃと料理が並べられ、ワインが注がれる。
そして、マサヒデのグラスには水。
魔王はそれをじっと見て、
「マサヒデ君」
「は」
「何故ワインを飲まぬのだ。気に入らぬか」
「ああいえ。いや、そのー、ですね。実はですね、私、全然呑めないんです。昨晩は、酔い止めを飲んでいました。今朝も二日酔いの薬を」
ふっ! と魔王が笑い、ユカリもくすっと笑う。
「ふふふ。恐ろしい程の剣の使い手も、酒には負けるか」
「はい」
魔王はグラスを傾け、すっとグラスを置いて、
「昼間は近衛兵とやり合ったそうだな」
「えっ!?」
マツが驚いて、手を止めてマサヒデと魔王を見る。
マサヒデは、はっとして、
「マツさん、違いますよ。稽古に参加した、という」
「あ、そうでしたか・・・何か問題を起こしたのかと」
「問題なんて起こしやしませんよ。リディアさんも一緒にいたんです」
「はー・・・驚いてしまいました」
マツが手を動かし、フォークを口に運ぶ。
「で。マサヒデ君。うちの近衛はどうかな」
「そうですね・・・何を基準にしたら良いか、というのがあれですけど、1対1なら勝てますが、2人いたらもう勝てないです」
「ふむ」
マサヒデは箸を置いて、顎に手を当てる。
気を利かせて、マサヒデにはナイフ・フォークではなく、箸を置いてくれたのだ。
「リディアさんが、近衛兵には勝てますと言っていましたが、やはり皆さん、遠慮があるのでは? いや、ありますよね。姫様なんですから。実際に見て、手合わせしてみた感じ、リディアさんとは良い勝負が出来ると見ました」
「ほう。では、リディアも2人いたら勝てぬか」
「はい。串刺しになって、穴だらけになると思います」
ふ、と魔王は鼻で笑って、グラスを取る。
くるん、と回し、
「えらく素直に認めるな。気を使わずとも良いぞ」
「いえ。気を使ってはいません。2人相手では、腕の差はぐっと・・・いや、まあ、勿論ですね、何と言いますか。複数で戦うのが上手か、という所もあります」
「ふむ」
「リディアさんが2人いたとして、互いに邪魔するような事をしてたら、それは勝てます。ですが、近衛兵の皆さんは、兵として訓練を積んでいるわけです。連携上手は当然なわけで、1人1人の腕は劣っても、まあ2人もいたら、私には絶対に無理な所にいます」
「なるほど」
「全身金属の鎧を着ていても、全力で走る私に追いついてきます。ですから、もう逃げも出来ません。私1人なら、間違いなく負けです」
「正確な分析だ」
魔王はぐっとワインを飲み干し、フォークを取った。
ぷすっ、とマサヒデには名の分からない魚の料理を刺し、ぱくりと口に入れる。
「魔王様」
行儀の悪い食べ方に、ユカリが呆れ声。
ふん、と魔王は手を振って、
「リディアに、忍と立ち会ってみろと言ったそうだな」
「はい」
「何故か」
「武術を本気でやりたいと思うなら、毛色の違う者との立ち会いは、大きな学びになります。近衛兵の皆さんとは、戦い方が全然違うでしょうし」
「なるほど。良い指導だ」
「自分の経験から、です」
「良い経験をしてきたと見える。ところで、マサヒデ君。マツも聞け」
「は」「はい?」
「まだ聞いておらぬ事があるようだな」
「何をでしょう」
「マサヒデ君。君の所の忍。カオル=サダマキといったな」
「はい」
「あの者の願いを聞いたのか? マサヒデ君も、マツも、ユカリに目通りをと願った後、すぐに私の前から下がったからな」
マサヒデとマツが顔を見合わせる。
「お父様、カオルさんが何を願ったのです?」
ふふん、と魔王が笑い、マツの母、王妃ユカリの方を向く。
「お前はもう聞いたのか?」
「いえ。何ですか?」
魔王は可笑しそうに笑って、首を振った。
「ふふふ。後で本人から聞く事だ。『許して下さい』との願いであったので、私は許す、と言った。『して下さい』であれば、楽に済んだのにな・・・ふふふ」
「お父様、意地悪しないで教えて下さい。何なのです」
「さてな。後でお前達の驚いた顔が見たいからな。ユカリ。マサヒデ君。驚くぞ」
マサヒデは眉をひそめ、
「マツさん。許して下さいって、カオルさん、何かしてしまったんでしょうか。知らずに大事な情報を漏らしてしまって、後で大事だと分かったとか」
む、とマサヒデの眉も寄る。
「まさか、もう国に帰れない、とかじゃないでしょうね」
「ううん・・・」
不安そうなマサヒデとマツを見て、魔王がにやにや笑う。
「ふふふ。さてどうかな。場合によっては、国には生きて帰れぬやもしれぬな」
カオルの願いを聞いていたクレールが、むっすりした顔で、料理を口に運んでいる。
「おや。クレール、どうかしたか? ああ、そうか。いかにトゥクライン家の料理とはいえ、流石にレイシクランの満足には届かぬか」
「んっ! い、いえ! そうではございません!」
「む、そうか。では、好きなだけ食すが良い。ふふふ」
知っているくせに、意地悪な!
ぷい! と横を向きそうになったが、クレールはにっこり笑った。
「恥ずかしいですけど、あまりに美味しくて、食べるのに夢中で言葉を忘れてしまって! えへへへへ」
「はっはっは! そうかそうか! ふふ、レイシクランの娘も可愛いではないか!」
「魔王様、おやめ下さい。恥ずかしゅうございます」
「ふふふ。着飾ってみても、中身は年相応と言った所かな?」
「まあ!」
クレールのほんの一瞬の不機嫌を感じ取ったか、魔王の目が一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、クレールを見据えた。
笑いながらも、クレールの背中に嫌な汗が流れた。
----------
晩餐会が終わり、マサヒデにリディアがまとわりついてきたが、マサヒデは「用事が」と引き剥がし、マツとユカリと3人で、カオルの部屋の前に来た。
マサヒデはドアにノックの手を伸ばしたが、止めて、後ろのマツに振り返り、
「場合によっては、ですけど」
「はい?」
「ううむ。場合によっては、ですが。マツさん。魔王様か、クレールさんか・・・相談、した方が良いですよね」
「まあ・・・聞いてみませんと、何ともですけど」
「そうですね」
こん、こん。
「カオルさん。マサヒデです」
「はーい」
広い部屋に厚いドア。
カオルは大きな声を出したのだろうが、声がくぐもって聞こえる。
がちゃ、とドアが開くと、執事が立っている。
(ん?)
これは忍だ。はて・・・見張りか?
(ああ)
カオルの横に立っているメイド姿の忍が頷いた。
そう言えば、レイシクラン、魔王の忍と、3人でカザマ流忍術の資料を研究するとか何とか言っていた。
「お疲れ様です」
と、執事に軽く頭を下げ、中に入って行く。
カオルがソファーから立ち上がり、深く頭を下げる。
「ユカリ王妃。お目通り叶いまして、恐悦に存じます」
「ご丁寧なご挨拶、ありがとう。早速ですけれど、私達、サダマキさんに少しお聞きしたい事がございます」
「は。何なりと。ただ、国や軍の機密のような類になりますと、お答えしかねます所がございますが、そこは何卒ご了承を願います」
「大丈夫です。そう言った事ではありません。座っても良いかしら」
「は」
マサヒデ達がカオルの対面にソファーに座る。
マツは着物を捌きながら、ユカリも器用にドレスを捌きながら。
とん、とん、とん、とメイド姿の忍がカップを置き、茶を注ぐ。
さり気なく、マサヒデとマツには緑茶を注ぐ。
こちらはマサヒデ達と長い、レイシクランの忍だ。
「さ、サダマキさんもお座りになって」
「は」
カオルの前にカップが置かれ、こちらにも緑茶が注がれた。
マサヒデはちらりとマツを見る。
この流れ、ユカリに話させた方が良いだろうか。
黙ったまま、ず、ず、と茶を啜っていると、ユカリがカップを置いた。
「サダマキさん。魔王様からお聞きしたのですが」
「は」
「魔王様に、何か・・・私共が驚くような願いをしたとか」
「んぐっ!?」
カオルがむせて、けほ、けほ、と咳き込む。
く! と横のメイド姿の忍が、一瞬笑いを堪え、無表情に戻る。
「やはり大事なのですね。お尋ねしてもよろしいかしら」
「・・・」
心配そうなマサヒデとマツ。
真面目な顔のユカリ王妃。
懐紙でゆっくり口周りを拭きながら考える。
(どうしたら有利に進められようか)
嫉妬深いマツに聞かれると、一瞬で消し炭にされかねない。
魔王様から許しは得たが、マツ達や情報省には、自分で何とか、と言われている。
いつかは話さねばならないのだが・・・それが、今。
ゆっくりとカップを置き、ゆっくりとカップを拭い、懐に懐紙を突っ込む。
(ここはまず王妃からだ)
王妃は何人もいる。
一夫多妻の生活をしているのだ。
「では、その・・・ご主人様、マツ様、しばし。まずは王妃にお話したく存じますが」
マサヒデとマツが顔を見合わせる。
「何故です?」
「いえ。その、何と言いましょうか。私が思うに、まずは、王妃に話さねばならぬ事かと存じますので」
「んん? 何なんです? 危険な事ですか?」
「いえ・・・」
ある意味危険ではある。特にマツが。
ユカリが頷いた。
「結構です。マサヒデさん。マツ。少し部屋の外に。あなた方に聞かせても良いか否かは、私が判断致します。サダマキさん、それで宜しいですね」
「は!」
「では、お二人共、少々外で待っていて下さい」
「はい」
「分かりました」
マサヒデとマツが立ち上がり、ぱたん、とドアが閉まった。
ユカリの緊張と、カオルの気不味い空気が混じった、嫌な空気。
「さて・・・」
ユカリがカップを取る。
「サダマキさん。聞かせて下さい」




