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勇者祭5 魔の国編  作者: 牧野三河
第一章 港町ジョアル
87/127

第87話


 マサヒデは近衛兵達と立ち会い稽古である。

 時間もない。あと2、3人と言った所か。


「さ、次の方。どうぞ」


「お願いします!」


 声を上げ、近衛兵が立ち上がった。

 近衛兵はマサヒデの前に立って、頭を下げ、


「お願いします」


 と、もう一度言って、頭を上げた。


「宜しくお願いします」


 マサヒデも頭を下げて、すっと頭を上げ、ゆっくりと模造刀を上段に構えた。

 近衛兵は中段に構えている。


「兜」


 マサヒデが呟くように言った。


「私、刀でも鎧兜は斬れるので、そのつもりで」


 近衛兵はしばらく黙ったまま動かなかったが、すう、と剣を振り上げた。


「いつでも」


 びゅ! と剣が落ちてきた。

 合わせて、マサヒデの模造刀が割り入る。

 かしゅ、と剣と模造刀が擦れた音が聞こえた。

 そして、とすん! と近衛兵の剣先が地を叩く。


「ここまでです」


 マサヒデの模造刀の切っ先は、近衛兵の喉元にぴたりと付いていた。


「・・・」


 先程のように、平にしたわけでもなく、同じように真っ直ぐ振り下ろした。

 なのに、刀よりも遥かに重い剣が逸れ、地を叩いている。

 弾かれたような感触もしなかった。


 近衛兵は、目を見開いて、剣先を見てから、ゆっくりとマサヒデを見上げた。


「何故」


「これが、一剣流です。今の撃ち合いを、よく思い出してみて下さい。貴方なら分かるはずです。分かった時、貴方の剣は一段上に上がるでしょう」


「は」


 マサヒデはゆっくりと模造刀を納めて、息を飲む近衛兵達に顔を向けた。


「今のを見ていて、分かった方はいますか」


 少し待ったが、誰も手を挙げない。

 マサヒデは薄く笑って、頷いた。


「中々、分かる方は居ないと思います。分かった、使えた。そうしたら、少し休暇を取って、日輪国の首都ウキョウを尋ねてみて下さい。オノダ一剣流の道場で、黒帯が貰えます。オノダ一剣流は、日輪国の元王宮剣術指南の流派です。ちなみに・・・」


 マサヒデが、リディアーヌをちらりと見て、


「アルマダさん。アルマダ=ハワードと、イザベル=エッセン=ファッテンベルクは、これを一目で見抜き、ある程度はものにしています。まあ、私もある程度、と言った所ですが。今のも」


 マサヒデが模造刀を立てて、指差す。


「自分の得物が分かっていないと、使えない。では、次で最後にしましょう。私のとっておきを出します。リディアさんも、よく見ていて下さい。あなたとの立ち会いの時は出しませんでしたからね」


「はいっ!」


「腕に覚えあり。トミヤスのとっておきなど、怖るるに足りぬ。そんな方、お一人様、どうぞ」


 誰も手を挙げない。


「ふふ。言い方が嫌らしかったですね。ですが、誰も出なければ、私のとっておきは見られませんよ」


「マサヒデ様! 私めが!」


 ぐっと立ち上がった近衛兵は、槍を持っている。


「槍ですが、構いませぬか」


「構いません。実戦で、相手に武器を変えて下さい、なんて言ってられませんよ。さあ、どうぞ」


「は!」


 ずかずかと大柄な近衛兵が歩いて来て、マサヒデの前で、ぐっと頭を下げ、数歩下って槍を構えた。これは中々。流石は近衛、誰も出来る者しかいない。穂先からぴたりと真っ直ぐ、きっちりと間合いが分からないように構えている。


「中々の腕と見えます。では」


 マサヒデが模造刀を切っ先を少し右に向けて垂らす。無形である。

 守りに固い剣と見えるが、今のマサヒデには攻防の構えである。


「いつでも」


 槍を構えた近衛兵は、先の2人の立ち会いを見ているので、迂闊に動けない。

 じりじりと、ほんの少し前に出たり、下ったり。


(凄いな)


 そうして動く時も、ぴたりと槍は真っ直ぐで、全くズレない。


「では」


 マサヒデが1歩下がり、ふわり、ふらり、ふらあん、と模造刀を動かす。


「このような軌道で振られますよ。見ていて下さい」


 すとん、と切っ先を落とし、全く届きもせぬ、という所で、マサヒデの模造刀が動いた。


「は!」


 槍を立てられ、かすっ! と模造刀が槍の柄を滑って上がっていく。


(止めるとは)


 強く当たると見えて、右下からの斬り上げから、真っ直ぐ上に軌道を変えた。

 上に抜けた所で、するん、と横に抜けて、マサヒデの模造刀が左から横に振られる。


 逆袈裟のように振り下ろされたが、振り抜く時は横一文字。

 マサヒデは刀に振られるように、横にすっ飛んでいく。


「おうっ!」


 声を上げ、ぐっと槍を構え直した近衛兵が、ぴたりと止まった。


「・・・」


 違和感を感じたか、稽古着の腹に手を当てると、稽古着が横に斬れていた。

 真剣で斬られた時のように、すっぱりとは斬れてはいないが、確かに斬れている。


 マサヒデは、ちょっと格好をつけてみて、背を向けたまま、ひゅ、と血振りをして、納刀した。

 そして、肩越しに振り返って、近衛兵を見て、にやりと笑った。


「腹までは斬れてませんよね」


 近衛兵は槍を立てて、深く頭を下げた。


「参りました!」



----------



 廊下を歩きながら、わきわきするリディアーヌの質問に答えていく。


「最後のは、なんて言うんですか!?」


「無願想流という流派の振り方です。300、400年前くらいかな? 500年かな? そのくらい前の剣術です。日輪国では失伝してしまったんですが、魔の国では、知ってる人が残っているかもしれませんね」


「斜め上から振り下ろして、横にしたのに、くーっと曲がったのに! なんで斬れたんですか!?」


「刀がそっちに行くからです」


「でもでも! あれでは、こう、身体を斬る時、中に入った時、曲がりませんよ!」


「そういう時は、刀は真っ直ぐ行きたがると思います」


「どういう事ですか!?」


「刀が行く方に、身体を合わせるというだけなんです」


「はっ! これが、剣とひとつになるという事なんですね!」


 ぴた、とマサヒデが足を止めた。


「今、何と?」


「剣とひとつになる? ですか?」


 マサヒデは驚いた顔で、リディアーヌを見つめている。


「マサヒデ兄上?」


「あ、いや。ええ。おほん、いえ。何でも・・・」


 マサヒデは少し上ずった声で返し、歩き出した。

 無願想流は、刀に合わせて軸を作る。剣の行く方に合わせるだけ。


 確かに、剣と一心同体ではないのか?

 今まで、何故これに気付かなかったのか?

 自分は既に、その域に少しは近付いていたのだろうか?


「そうかもしれません。分かりませんが」


「分からないんですか!?」


「ええ。無願想流もまだまだですし」


「あれでまだまだなんですかあー!?」


「ええ」


「ではでは、あれは何ですか!? 真っ直ぐ振り下ろしたのに、なんでマサヒデ兄上の剣が真っ直ぐで、近衛の剣は逸れたんですか!? 魔術を纏わせたんですか!?」


「いいえ。私は魔術は全く使えません。ただの技術。それも、至極簡単な事です」


「ええーっ!? 簡単なんですか!?」


「理屈は、ですが。行うは難し、です」


「どっ、どどっ、どういう理屈ですか!?」


「ふふ。それは自分で考えて下さい。あれは一剣流の奥義なんです」


「奥義ーっ!?」


「そうですよ。ですから、分かって、使えるようになったら、黒帯を貰えるんです。一剣流は、あれひとつを極めたら、もう免許皆伝です。他はいらないんです」


「ええーっ! あ、ではでは、最後のも、奥義ですか!?」


「あれはただの基本の振りです」


「基ほーん!?」


「奥義は別にあります。今回は見せませんでしたが」


「見たいです!」


「機会があれば」


「ではでは! 最初の、武器に合わせるというのは! しゅーっと逸れたのは! あれも奥義ですか!?」


「いいえ。あれも基本に近いと言うか。森戸三傅流という流派に、同じ使い方がありますね」


「あれも基本!」


「ええ。剣は基本が大事です。武術によくある事ですが、基本が奥義だった、という事がしょっちゅうあるんです。そこに気付けるか気付けないかで、先が変わります」


「他にも奥義は使えるんですか!?」


「ふふ。さあ、どうでしょうね。リディアさんも、既に奥義を習っているかもしれませんよ。指南役の先生は、早く気付いてくれ、なんていらいらしてたりして」


「ええーっ!?」


「かも、しれません。ですよ」


 賑やかなリディアーヌと、静かなマサヒデ。歩いて行く2人を見て、廊下に立っている近衛兵達は、兜の下でにこにこしながら、2人を見送っていた。


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