第86話
魔王城、近衛訓練場。
ここは近衛兵達が稽古をしている訓練場である。
ただ撃ち合ってみたいな、という話であったが、リディアーヌは指導という話で進めていってしまった。
そして、竹刀、木刀ではなく、模造刀を使えと言う。
近衛兵の1人が、今、用意に走っている。
「あ、そうだ。また晩餐会するんでしょう。ここから向こうに戻って、着替えてとか、時間どのくらいだと思います?」
「あ、そうでした・・・ううん・・・四半刻(30分)が限界です」
「ううむ、四半刻ですか。じっくりは出来ませんか」
頭を垂れる近衛兵達を見回す。
誰と立ち会っても、つまらない立ち会いにはなるまい。
「リディアさん、皆さんを、あんな風に頭を下げさせないで。見ている事も稽古になるんですから」
「はいっ! 皆の者! 面を上げよ!」
「「「ははっ!」」」
ざん! と皆が顔を上げる。
「あまり時間は取れません。マサヒデ兄上と剣を交える者は限られます。出来ぬ者も、しかと見取り稽古をなさい」
「「「ははっ!」」」
皆の視線が鋭い。
害意のあるものではないが、マサヒデも緊張してしまう。
(大丈夫大丈夫。冒険者ギルドの稽古と同じだ)
ふ! と息を吐き、襟を正す。
(そうだ。ファッテンベルクでも出来た。あの人達だって、凄い兵隊さんなんだ)
咳払いして、帯を正す。
「兄上」
「む。なんですか」
リディアーヌがにやにや笑っている。
「緊張しておいでなんですか?」
「ええ。そりゃあそうです。晩餐会の時ほどではないですが」
「じゃあ、大丈夫です。私はこの者達より強いです」
「ふふ。そうですね。真剣でなければ、ですが」
「もう! またそういう」
リディアーヌが言いかけたところで、すたた! と近衛兵が走って来て、マサヒデの前で膝を付き、模造刀を差し上げた。
「模造刀、2尺7寸、お持ちしました。こちらで宜しいでしょうか」
「ええ。構いません」
反りは雲切丸より浅いが、大丈夫だろう。
手に取って、腰に差してみる。
「ふむ。ちょっと離れて下さい。リディアさんも」
「は!」「はいっ!」
手に取ってみた時は少し不安を感じたが、腰に差してみると何と言う事もない。
これなら抜ける。もう2尺7寸なら楽々と抜ける。
サカバヤシ流の抜きの稽古のお陰だ。
「む」
しぱん! と抜かれた抜き打ちに、近衛兵もリディアもぎょっとする。
続けて、さっと振り被り、一振り。
しっ!
空を切る、とはまさにこの音。
獣人族の目を持ってしても、見えない振り!
「ふんふん。なるほど、こんな感じですか。少し先重な感じですが」
先重の方が扱いは難しいが、撃ち込みの威力は出る。
マサヒデが懐から懐紙を出して、リディアーヌを手で招く。
「リディアさん、ちょっと来て下さい」
「は、はい」
何をするのやら・・・
「これ持って、こう、ぴっと広げてて下さい」
「はい」
言われるまま、懐紙を持って広げる。
マサヒデが下がる。
もしかして? もしかして!?
マサヒデが振り被った!
「兄上!?」
しぱん!
「ひいっ!?」
ぎゅっと目を閉じたリディアーヌの手元を、マサヒデが覗き込む。
「うん、ちゃんと振れてますね」
リディアーヌが恐る恐る目を開けば、懐紙が真っ二つに斬れている!
模造刀のはずでは!?
「マサヒデ兄上、それ、それ、真剣では」
「真剣ではないですよ。ちゃんと振れれば、模造刀でも紙くらい斬れます」
言いながら、マサヒデは模造刀の刃の上で手を滑らせる。
手の平を見せて、
「ほら。斬れてません。ね?」
「ひぇー・・・」
「いやいや、武術家を名乗るなら、このくらい出来ませんと。リディアさんも、訓練用の剣でも、斬れるくらいにはなって下さい」
無理です! と言いたかったが、頑張って青ざめた顔を縦に振った。
「はい」
「では、やりましょうか」
マサヒデはにっこり笑って、模造刀を持って来てくれた近衛兵に笑顔を向けた。
「はっ!」
勢い良く返事をしたが、振り返った近衛兵は、ごく、と喉を鳴らした。
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マサヒデの前に、長剣を持った近衛兵が立つ。
イザベルの剣ほど長くはないが、長い事には変わりない。
「ええー、指導という事ですので・・・」
こく、こく、とマサヒデが首を左右に傾ける。
「うん、決まりました。今回は、武器に合わせる、という事をお見せします」
前の近衛兵が手を上げる。
「マサヒデ様、武器に合わせるとは」
マサヒデが頷いて、
「武器の形というものは、変えられません。勿論、鍛冶屋や研師の所に持って行って、短くしたり、薄くしたりとかは出来ます。そういう事は出来ますが。出来ますが、です。剣であろうが、何であろうがですよ。出来上がった時の形が最高の状態なわけです。それは分かりますよね。こういう形にしよう! と打って、出来上がるわけですから」
「はい」
「ですので、後から自分に合わせて、長さを削ったり。薄くしたり。そういう事は、出来る限りしない。ではどうするか。今、手に持っている武器に合わせ、自分を変えれば良い」
マサヒデが近衛兵に近付き、にやりと笑って、模造刀を渡し、長剣を取った。
どうする気なのだろう?
「・・・」
近衛兵がちらっとリディアーヌを見ると、リディアーヌもさっぱり、と首を小さく振る。
マサヒデは両手で長剣を持ち上げ、
「こりゃあ重い! よくこんなの振れますね!?」
「は、はあ」
「私では、簡単に扱える重さではありません」
「はい」
「では、武器に合わせて、私はどうするか。軽くするため、短くしてしまいますか? いいや、そんな事はしません。私は、この剣に合わせます。あなたも、その刀に合わせてみて下さい」
よいしょ、とマサヒデは肩に横に担ぐように、剣を乗せる。
「ふふふ。行きますよ」
す、と柄の側の肩を落としたと見えると、近衛兵の足元にマサヒデの長剣が振られてきた。
「おっ!?」
ぱっと近衛兵が足を上げる。
流石、目が良い。
ぐるんと剣が回って、今度は上!
ぱ! と刀を上げ、剣がぶつかると見えた時、くるっと反対向きに回った。
そして、剣と刀はぶつかる事なく、首元を剣先が掠めて行った。
マサヒデは近衛兵の横を通り過ぎ、とすん、と長剣の剣先を落とす。
鹿神流回し斬りからの、抜き。
肩甲骨をかくんと落とす事で、回転の向きを勢いを殺す事なく、変えるのだ。
マサヒデは背を向けたまま、後ろの近衛兵に、
「どうです。武器に合わせると、私でもこの剣を何とか振れます」
「む、む・・・参りました」
くるりとマサヒデが振り返る。
「何を言ってるんです。まだまだ。次は私が刀に合わせたら、ですよ」
よっこいせ、と剣を持ち上げ、近衛兵の手に持たせて、刀を取る。
とん、とん、と下がって、マサヒデがにやりと笑った。
「貴方はその剣をちゃんと使えていますか。剣を自分に合わせようとして、本来のその剣の力を抑え込んでいませんか。自分が剣に合わせないと、武器本来の力は出ません。さあ。見せて下さい」
マサヒデが正眼に構える。
近衛兵も中段に構える。
「は! 参ります!」
(ま、突きで来るよな)
と、思った瞬間、動いたのが見えた。
剣と模造刀が合わさった瞬間、マサヒデは平(刀を横に向ける)にしながら、片手で突き出す。
「う」
イザベルと初めて立ち会った時の再現。
横を向いた刀の反りに合わせ、剣は外に逸れた。
マサヒデの模造刀は、近衛兵の水月の前で、ぴたりと止まっている。
「武器に合わせるという事は、こういう事です」
おお、と見ていた近衛兵達から声が上がった。
「参りました!」
剣を引き、近衛兵が頭を下げた。
たたっ、とリディアーヌが駆け寄って来て、
「ままっ、マサヒデ兄上! 今のは!?」
マサヒデは答えず、近衛兵に問い掛ける。
「今の、分かりました?」
「刀を、こう横にされたので、反りで、剣が逸らされました」
マサヒデは少し驚き、眉を上げた。
初見で見抜くとは思っていなかった。流石は近衛兵である。
「お見事! よく分かりましたね。流石です。イザベルさんは、最初は分かりませんでしたよ。リディアさんも、このくらい見抜いて下さい。まだ目が鍛えられていませんよ」
「うぐっ」
「ははは! さて、きちんと使えているなら、今のは返せたはずです。自分の得物を使いこなせていない証拠ですね。では、次の方! 別のもお見せします」
さて、次は何でいこうか。




