第85話
マサヒデとリディアーヌは昼食を済ませた後、廊下をぐるりと回って行って、広い訓練場に来た。ここは近衛兵達の稽古場である。
マサヒデが願って、リディアーヌに案内してもらったのだ。
「へえ・・・」
大まかに、剣の組、槍の組、体術の組、自主練習と別れて、4組で稽古中だ。
剣の組でも、大剣、長剣、サーベルなど、さらに別れて稽古しているし、槍でも短槍、長槍、ハルバードなどの大物もいる。
「色々やってるんですね」
「近衛兵たる者、どんな武器でも扱えませんと」
「ふうん・・・」
教官が並ぶ近衛兵達の間を歩きながら、大声を張り上げる。
「一心!」
「「「はあっ!」」」
声を出し、近衛兵達が剣を振る。
「二心!」
「「「はあっ! はあっ!」」」
「参心!」
「「「はあっ! は! はあっ!」」」
「四心!」
「「「はあっ! は! は! はあーっ!」」」
マサヒデは近衛兵達の姿を見ながら頷く。
「なるほどなるほど」
「どうでしょうか」
「凄い気迫ですね。流石です。ただの稽古とは訳が違う。素振り一振に命賭けてます。全然違います。良い稽古をしておられます」
「ふんふん・・・」
マサヒデがリディアーヌをちらりと見る。
「リディアさんは、近衛の方達とも稽古するんですよね。勝てます?」
「はい!」
「ふうむ・・・で? 真剣で勝てます?」
「え!? ええーと・・・どうでしょうか・・・」
「ふふ。すみません。意地悪な事を聞きました」
朝稽古で、マサヒデと真剣の立ち合いをして、手も足も出なかったのだ。
いざ真剣を持ってみれば、腰が引けてしまい、普段通りに動けなかった。
「あの、マサヒデ兄上は、あの者達に、真剣で勝てますか?」
「・・・」
マサヒデは顎に手を当て、鋭く剣を振る近衛兵達を見る。
鋭い。今のイザベルと同じか、いや、少し上か。そのくらいと見える。
彼らと戦っていたら、どうなっていただろう。
「1対1なら勝てます。2人、3人になったら、正面きってでは多分無理です。こちらも人数がいないと負けます」
個の実力も当然ながら、兵として訓練を受けているのだ。
イザベルや彼らの本領は、組んでの動きにある。
「そういう場合、どうするのですか?」
「ま、逃げるか・・・いや、魔族で近衛と来たら、逃げられはしませんかね。どうしましょうか。その場次第です」
「逃げるんですか?」
「ええ。降参も許されない、やるしかないとなったら、私は名誉云々より、汚い手でも勝ちを拾います。武術家なんですから」
「ええー」
リディアーヌが不満そうな声を上げる。
「がっかりしましたか」
「えっ!? い、い、いえー・・・」
「ははは! 騎士として恥ずかしくないように、とか、そういうのはないです。勝ってなんぼ、生きてなんぼです。名誉なんてどうでも良いです。そんなのを墓まで持って行っても、楽しくないです」
「そうでしょうか? 名誉の死を遂げたら、後世まで名が残ることもあるかと」
「私はそんなのいりません。この辺り、忍や軍人さん達に近いですか。騎士と、ただの武術家の違いってやつです」
んん? とリディアーヌが首をかしげ、腕を組む。
「うーん・・・良く分かりません」
「アランさんや、イザベルさんに聞いてみると良いでしょう。貴族や王族と、平民の違いでもありますかね。ま、名よりも実を取るって所です」
「私は、名を取ります」
「それで良いと思います。要は、何の為に剣を振るかですよね」
「何の為」
はたとリディアーヌが止まった。
自分は何の為に剣を練習しているのだろう。
楽しいからであって、特に剣で何かしたいとかはない。
名誉を汚すなとは、指南役に言われているので、心掛けてはいるが・・・
「近衛の皆さんも、もしリディアさんが大変という時は、汚い事も平気ですると思います。騎士道云々なんか関係なしですね」
「・・・」
「正式な決闘であるだとか、果たし合いだとか、そういう場合は、涙を飲んで仕方なく見ているだけでしょうけど」
「・・・」
「ん」
「・・・」
私は何の為に剣を・・・
「どうしました?」
「はっ!?」
びく、とリディアがマサヒデに顔を向けた。
「し、失礼しました。私、何の為に剣術をやるのかって」
「ふふ。今は楽しいからで良いと思います。私もそうでしたから」
「そうでしたという事は、変わったのですか?」
「ええ」
「どうしてですか?」
「色々ありますよ。勇者祭。マツさんと結婚した事。子が出来た事。他の流派の先生達の教えも受けたりして・・・まあ、そもそも、トミヤス流というのは、あくまで武術であって、武道ではないのです。道の教えはないです。技術だけ」
「ううん」
「何の為に剣を振るかなんて、自分で考えなさい。自分で見つけて下さい。軍みたいに、王の為、国の為、民の為、なんて親切に教えません。個人の目的で技術を使いなさい、です。私はそこがぼんやり見えてきた所です」
「例えば、それが悪事でも?」
マサヒデは軽く頷く。
「結構。トミヤス流の理念は、勝ちが正義。悪事に剣を振り、日陰者の逃亡者暮らしでも勝ちと思えるなら、どうぞどうぞ、です。ふふふ。そんなのが勝ちって思える人、中々いないと思いますが」
「ううん! ただ勝ちが正義という言葉だけだと、うっかりしそうですけど、悪事に使うのは難しいですね!」
「そうですとも・・・あ、そうそう。車道流、知ってますよね」
「勿論です!」
「宗家に言われました。剣とは何でしょう。人を夢中にしてしまう剣って、どういうものでしょう。剣に人生を賭けたいなんて考える者がいます。こんなに人を惹き付ける剣とは、一体何か! なーんて」
「んむう!? 流石は車道流ですね! 深いお言葉・・・考えた事もありませんでした。剣とは何か・・・全然分からないです」
「ははは! 考えなくても良いです。これ、剣とひとつになれた時に、自然に分かるそうです」
「分かると、どうなるんでしょう!?」
「どうなるか、分かりませんか?」
「はい!」
きっぱりと分からない、と答えるのは流石と言うか、むしろ爽やかである。
マサヒデは笑って、ぽんぽん、と腰を叩いた。
「自分は剣とひとつになってますから、もう腰の剣は飾りになります」
「ああっ!? 無刀ですか!」
「そうです。それが車道流の無刀だそうです。身一つが、既に剣なんですね。面白いでしょう」
「んーむむむ・・・」
唸るリディアーヌの肩に、マサヒデが手を置いた。
「お願いがあります」
「なんでしょうか!」
「折角の機会、あそこで自主練してる人達と、少し撃ち合ってみたいです。時間、良いですか」
「はい!」
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マサヒデとリディアーヌが訓練場を歩いて行くと、皆の視線が集まった。
が、手を止めることなく「は! はあっ!」と気迫の乗った声をあげ、得物を振る。
自主練習をしている者達の前に来て、マサヒデ達が足を止めると、皆が手を止めて、膝を付いて頭を下げた。これは自分にではなく、リディアーヌに対してだろうか。
彼らはマツの夫と聞き、さくっと頭を切り替え、ぽっと出の平民浪人に、このような態度を取ってくれるのか。
「皆様」
「「「ははっ!」」」
「マサヒデ兄上が、少し撃ち合ってみたいと仰せです。何人か、お相手を願います」
「「「ははっ!」」」
「模造刀の用意を願います」
「「「ははっ!」」」
え! とマサヒデが驚き、
「リディアさん! 模造刀なんて駄目ですよ! 当たったら大怪我してしまいます! 竹刀か木刀で結構です!」
む、とリディアーヌがマサヒデを見て、
「マサヒデ兄上。より実戦に近い稽古をすべきです。彼らの持つ物も、模擬剣です」
確かに、皆が持っているのは、刃を丸めた剣である。
「む、ううむ」
「模造刀で宜しい! 用意を!」
近衛の1人が立ち上がり、マサヒデの前に来て、頭を下げた。
「長さは如何ほどをご準備致しましょう」
「ううむ。では、2尺7寸、腰反りに近い物がありましたら」
折角だ。雲切丸に近い形の物が良い。
「む、刀にしては長いですな」
ぱ、とリディアーヌが割り込む。
「マサヒデ兄上は、それを抜き打ちで私を完封するんですよ! 抜こうとしたら、もう刃が柄に届いていて!」
「なんと。姫様を完封ですか」
「そうですよー! マサヒデ兄上、皆を指導してやって下さい!」
「ええ!? 指導ですか!?」
「マサヒデ兄上はルーカス様に完勝出来る腕前! このような機会、そうはありませんよ! 感謝なさい!」
「ははっ! マサヒデ様、光栄であります! さればすぐにお持ち致します!」
だだだーっ! と近衛兵は走って行ってしまった。
その姿を見て、全身金属鎧を着たままで、全力で走るマサヒデと並んで走ってきた近衛兵を思い出す。
鍛えに鍛えられた魔族達。
やはり獣人族が多い。虫人族も何人かいる。鬼族や虎族はいないようだ。
犬族とほとんど見分けはつかないから、狼族は居るかも知れない。
(これは情けない姿は見せられないぞ)
そんな事を考えながら、膝を付いて頭を垂れる近衛兵達を見る。
ただ撃ち合うだけでなく、指導。上手く出来るか。




