第84話
魔王居城、ロ=マーン城、奥。
廊下の手すりにもたれ掛かったアランの前に、アルマダが立つ。
「それで、危急の用とは」
「細かく話すと長い。ふたつある」
「はい」
「ハワード殿、パウラ=ロブ=ファッテンベルクとは、エッセンで会っているな」
「はい」
「彼女に興味はあるか」
アルマダは言葉に困り、返答は返せなかった。
流石に、興味などない、と、ばっさりとは答えづらい。
「パウラ様が何か?」
「ロブ=ファッテンベルク家を動かしたいので、パウラと恋仲になった、という事にしたい。表面だけでも良いので、しばし装って頂きたい」
「私と恋仲? 何故でしょう」
「兵だ。イザベル殿の、エッセン=ファッテンベルク家から、ワキーナに私兵を出して頂く。公式に出すのではなく、各人は退役させるか、脱走兵とするか。勿論、復隊させるが。個人として、傭兵や冒険者ギルドの一員として出すつもりだ。だが、エッセンだけでは不足だ」
「援軍にロブ家の兵も借りたいと。で、何故パウラ様が必要なのです」
「ロブ家は、パウラ嬢がエッセンで保護されていることは知らん」
「はい」
「『白状しますが、今まで隠していました』というのは体が悪いが『良い男を見つけたので、この喜びを聞いて下さい』と。そのような体にしたいのだ」
「なるほど。で、ロブ家の私兵も出したい」
「そうだ。エッセンもロブも、陸軍の主力だ。両家の仲には、絶対に傷を残したくない。朗報を教えてくれたエッセン家には、ロブ家も感謝する。出会いはエッセンであり、仲を取り持った。そのエッセンが行くと言えば、ロブも出よう。自ずから手を挙げずとも、エッセンが声を掛ければ断りはせぬ」
「なるほど。で、アラン様。もうひとつの頼みとは」
「願いを変えてもらえぬか」
「願い?」
「父上に領土割譲を願ったそうだが、領土交換、としてもらえぬか」
ん? とアルマダが訝しげにアランを見据える。
「領土交換?」
「日輪国に魔王軍を堂々と駐留させたい。それも速やかに。であるから、日輪国内に土地が欲しい」
アルマダもぴんときた。
「白露帝国ですか。ワキーナとの戦が終われば、日輪国に矛を向けるのは、私でも予想出来ます」
アランが頷く。
「マツ姉上、レイシクランだけではまだ不安だ。牽制にはなるが、安心は出来ん。当国は基本的に他国の戦には不干渉。復興支援までが基本姿勢である」
「なるほど。縁者がその国に居ても、その姿勢は崩せませんか」
「余程の事がなければな。かと言って、堂々と同盟国にとなると、日輪国は軽々しく頷けぬ。今の米衆連合は、日輪国を簡単に切り捨てる恐れがある。あの元首、白露帝国と組んでもおかしくない」
「ふむ」
「準備が整うまでは、同盟の話は安々と切り出せぬ。だが、日輪国内に領土があるなら、そこに兵を置くは当然であるな。他国のど真ん中であるし、大国がすぐ隣にふたつもあるのだ。これを米衆が文句を言い出す前に、速やかに行いたい」
「ふむ」
「村ひとつ分で結構と言ったが、少し色もつけよう。どうだ。この話、家に掛け合ってもらえぬか。父上には了承は得てある」
「・・・」
アルマダは目を閉じて少し考えたが、父がこの話に乗るだろうか。
政には関わらぬと、徹底した姿勢だ。
日輪国の議会も、これを良しと頷くであろうか。
例え決が通ったとしても、ハワード家は保守派を敵に回す事になる。
「私に、掛け合う程の意見力はありません。こんな話も出ましたが、と伝えるまでです。そして、色よい答えは期待出来ません。出来得る限り、政には関わらないというのが、当家の姿勢です」
「それで良い。話すだけでも。否となれば、また考える。日輪国には決して手を出させぬ。そうしたい」
「何故です」
「決まっておろう。マツ姉上の住地、マサヒデ兄上の故郷なのだ」
これにはアルマダも驚いた。
あのような態度を取るこの王子が、こんな家族想いの男であったとは。
「マツ姉上の話を聞いた時、既に同盟の事は父上に具申してある。日輪国にもそれとなくほのめかしてはある。だが、米衆連合という大国と、既に同盟をしておるからな。はいはいと安く受けられぬ」
「分かります」
「今の米衆連合元首、あまり日輪国との同盟関係を重視しておらぬから、慎重にせぬと切られる。すると、大中心、白露にあっと言う間に潰される。慌てて取り合いだ。数年で終わる。いくら海軍が強いとはいえ、数で海を制圧されてしまったら、どうしようもない。援軍が送れぬ。すると、3年もかからぬであろう」
「私もそう思います」
「話すだけで良い。頼む。何とか軍を置いておきたい。こちらが軍を出す口実が出来る。援軍を送れる」
「分かりました」
うむ、とアランが頷いた。
「では、エッセンに連絡をしても良いか」
「お待ち下さい。問題がひとつ」
「何か」
「パウラ嬢は、私が彼女に興味がない、という事は既に知っています。急に手の平を返したようになりますので、パウラ嬢にも、その旨、含んでおきませんと。そして、その上でパウラ嬢が装えるかどうか」
アランが渋い顔で腕を組む。
「ううむ・・・出来ねば、ロブ家からワキーナには兵は送れぬか」
「はい。リスクの高い賭けになります。バレますと、エッセン、ロブの両家に深い溝を作りかねません」
「分かった。こちらから出した頼みではあるが、この話は少し考えさせてくれ。ハワード家には、今日中に連絡を頼む。通信機は城内にある。リュウイチに案内してもらってくれ」
「はい」
「ではな・・・ううむ」
アランは難しい顔で、廊下を歩いて行った。
アルマダは腕を組んだまま歩いて行くアランを少し見送り、廊下を歩いて行った。
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中庭。
「後手。6四桂」
「むう・・・」
ユカリがトモヤの手を見て小さく唸る。
トモヤも指しはしたが、きりきりと盤を睨んでいる。
ふわ、とマサヒデが欠伸を噛み殺す。勝負も中盤といった所であろうか。
(マサヒデ兄上)
「ん」
リディアーヌが囁くように声を掛けてきた。
影護衛の忍と立ち会って、良い汗をかいた、とテーブルに戻ってきたのだが、そこでは息詰まる将棋となっていて、お喋りをする隙はない。
マツもユカリの後ろで、腕を組んで盤を睨んでいる。
クレールも棋譜を書きながら、ぱらぱらと戻して盤に目をやり、棋譜に目をやり。
皆が将棋に夢中だ。
リディアーヌは腹に手を当てて、口に手を持っていく。もう昼も過ぎた。
マサヒデは頷いて、小声でクレールに囁く。
「私とリディアさんは、飯を食べてきます」
「はい」
「では」
マサヒデとリディアーヌは目を合わせて頷き、さっと立ち上がって、早足で中庭から逃げて行った。
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表に出るまでもなく、長い長い廊下を歩いた先の広間。
マサヒデ達が、マツとユカリを待たせていた所だ。
そこのテーブルに、メイド達が次々と料理を運んでくる。
「マサヒデ兄上。いただきましょう」
「ええ、緊張しますが・・・」
周りにはずらりとメイドが並んでいるし、隣にはワインのボトルを抱えた執事が立っている。
食事開始、とマサヒデのグラスにワインを注ごうとしたが、マサヒデは手で止めて、
「ああ、すみません。私、本当は全然呑めないんです」
「え」
昨夜の晩餐会では、ちびちびと(リディアーヌ達魔族と比べたら)だが呑んでいた。
「あれ、酔い止め薬を飲んでたんです。実は、今朝も二日酔いの薬を飲んでます」
「ええー!」
「ふふふ。すみません。酒勝負なら、誰でも私に勝てますよ」
くす、と執事が笑って、マサヒデのグラスに水を注ぐ。
どうせこの水も、酒よりお高い水なのだろう。
「付き合えなくて、すみません」
「あ、いえいえ!」
リディアーヌが慌てて手を振り、
「私も水で」
ぷ! とマサヒデが笑う。
「そんな所で合わせなくても」
くすくすと周りのメイド達から、楽しげな笑い声が出た。




