第82話
イザベルの部屋。
アランが戻って来て、イザベルの対面に座り、何も言わずに世界地図を広げた。
それから、口を開けた。
「マサヒデ兄上から、お許しのお言葉は頂けた。寛容なお方であるな」
「主をお褒め頂き、有り難く」
「早速だが本題に入ろう。貴女の戦略的意見を伺いたい」
とんとん、とアランが魔の国の北大陸、東の国境の小国に指を置く。
「ワキーナですか」
白露帝国と現在は停戦中の小国。
米衆連合の呼びかけで、一応は停戦が出来たが・・・
「今は停戦中だが、すぐ攻撃は再開されると見ている」
「私もそう思います」
む、とアランが頷き、ワキーナの北の国に指を置く。
この辺りは小国が多い。
指が置かれたのは、ワキーナの北の隣国。リーエーナの町。
「ここに兵を置く、つもりだ」
「・・・」
「白露からは反発意見が出ようが、既にワキーナ復興支援はしているし、向こうも承知している。交代要員、で押し通せると思うか」
「思いません」
「そうか・・・いや、当然だろうな。私が白露の人間であれば、声を上げよう。だが、何らかの威圧は欲しい。ワキーナを白露に取られたくはない」
「なるほど」
「実際の所、白露の兵は如何ほどであろうか。剣を交えた貴女の意見を伺いたい」
「強いです。人の国の軍では、3本の指に入るかと。我ら魔の国の軍に対応しうるカードもあります」
ぴく、とアランの眉が動いた。
「それは? 特殊部隊か?」
「はい。特殊な、部隊です。魔族の身体を使った実験部隊。薬物、魔力を人工的に押し込み、強化した部隊」
「何!? あの国は、本当に、そのような・・・そのような事をしておるのか!? くだらぬ噂かと思っておったが」
「存在しております。例えば・・・シズク殿、鬼族が首をひん曲げましたが、自分の手で折れた首を押し込んで治し、千切れた腕を拾って押し付ければ、くっついてしまうような」
「待て待て。戦ったのか?」
「はい。マサヒデ様、カオル殿、シズク殿、クレール様の4人が。マサヒデ様、カオル殿と戦った者は、まあ特殊な訓練を受けている、という程度の者でしたが、シズク殿、クレール様と勝負した者は・・・異常でした。魔力を無理矢理押し込んだと」
「ううむ」
イザベルは腕を組んで、
「この戦、白露は本腰を入れておりませぬ。多少長引いても、勝てるからです」
「何故、そう思う」
「ゾエでは特殊部隊と、米衆連合ではそのような部隊と、我らは戦っております」
「それで」
「何故、彼らのような兵が戦に出ておらぬのか、と考えますれば」
「む」
「白露は次の戦に向け、兵を温存しておりますね。ワキーナに出ております兵は、新兵が多いのでしょう」
「ふうむ・・・」
次の戦。日輪国だ。
ぎし、とアランが背もたれに沈む。
「何処であったかな? 港で、白露特殊部隊が傭兵に返り討ちされ、散々な目に、と聞いたが。魔の国の傭兵団が活躍したと・・・そう、ランツであったか?」
イザベルが首を振る。
「ありえませぬ。そもそも、白露特殊部隊は見られるような用兵を致しませぬ。それらは特殊部隊と同じ装備をさせられ、良い装備をやるから行って来い、というような事を命令されたのだと予想します」
「外側だけで、中身は一般兵か」
「まず間違いなく。可能な限り目撃者0。それが出来ねば0にする。それが白露特殊部隊です。そんな派手な戦闘はまず致しませぬ」
「では、それらを踏まえ、何処にどのような部隊を置くが効果的であろうか。貴女の意見を聞きたい。通るか通らないかは考えずとも良い」
「まず、何処に。白露からの文句を承知で、ワキーナに直に部隊を送ります。条約的な非難は受けましょうが、世論は完全に味方につけられますので問題なし。ただし、米衆連合が引くかもしれませぬ」
「むう、思い切って前線に立てと言うか・・・米衆連合の撤退もあり得る。いや、確実だな。あの元首なら、簡単に引く。戦には加わらぬと言って、兵を入れるとは何事。我々は魔の国と肩を並べて戦えぬ。さればご勝手に。口上はこんなところか」
「はい。ですが、米衆連合内では、意見は真っ二つに割れましょう。保守派は元首支持、以外は我らを支持へと。出しても出さぬでも、米衆連合内の我らの支持数は大して変わらぬ。兵を引かれるは痛いですが、支持という部分には気にせずに良いかと」
「ふうむ」
「そして、米衆連合も、本気で支援はしておりませぬ。前線の兵はともかく、今の元首はちと。停戦交渉前の支援打ち切りはご存知でしょう。それはご勘弁をと申した所で、では米衆連合の言う通りに交渉せよ、でございます」
「であるな」
「米衆連合の支援は、あまり期待は出来ぬようになりました。いつ逃げるやも知れぬ兵を抱えての戦など、負けが決まっております。なれば、もう舞台を下りて頂いて結構。魔の国が舞台に立ちましょう、と」
「・・・」
アランは黙り込んで、地図を見つめる。
ワキーナの地形を見るに、平地が多い。
となれば、選ばれる兵は・・・
「で。騎兵を主にした部隊。ファッテンベルクの兵を送れと言うのだな」
「妥当な所かと」
「ううむ!」
アランが声を上げ、頭を抱える。
ファッテンベルクの騎兵で押し返せれば、一気に戦を終わらす事が出来る。
ワキーナから北に十数里で、白露帝国の首都があるのだ。
その間には、だだっ広い平地しかない。川もない。
精強で馬術達者のファッテンベルク騎兵を立たせれば、駆け抜けられる。
首都を攻める事が出来れば、和平を望める。
ワキーナという小さな国の立地は、白露帝国の喉元に突き付けられたナイフでもあるのだ・・・
「人族の国の戦で、出来得る限り、魔族の兵は出したくない。復興支援までにしたい。これが父上の、私の方針だ」
「肉体的な強度が違いすぎるからですね」
「それも、ある。だが、それだけではない」
「と言うと」
「魔族は数が少ないからだ」
兵1人の命の価値が違うのだ。
そして、昔の剣と弓の時代と違い、今は鉄砲、魔術が人の国に広まった。
魔族でも戦場に出れば簡単に死ぬ。
そして、数が少ない。
強い生物ほど少なくなる。自然の摂理である。
龍人族など、世界でも500人もいない。
「ううむ・・・」
「ファッテンベルク。貴女も私も、動物であれば、絶滅危惧種。レッドリストだ。それだけ数が少ない。その自覚なく日々を過ごす者が、この国にどれだけ居る事か。貴女もそうではないか?」
では出兵はならぬのか。
被害結構。人の命には替えられぬ、などという安い言葉を吐くつもりはない。
命は平等ではないのは、重々承知である。
「・・・魔族と、あいや、魔の国の軍とバレなければ宜しいのでは」
「それは難しかろうな」
溜め息をつき、アランが天井を仰ぐ。
「傭兵、冒険者がおります」
ぴく、とアランの眉が動いた。
「それらに紛れさせて、正規軍ではなく、傭兵、冒険者として入国させるか」
「そうです。そして、送るのは正規軍でなく、私兵です。それが今出来る最上の手かと」
「ううむ」
「停戦中に。攻撃再開まで、時はございません」
「偽装退役か。まあ、バレるぞ。数人規模では不足だ。そして、戦が終われば、その大量の兵が復隊し、なにくわぬ顔。ファッテンベルクは何をしておるか・・・世論はどうなる。参加した兵も、バレれば後ろ指をさされる事になるやもしれぬ」
「父上は構わぬと仰られるとでしょう。兵達もです。証拠、死体が残らねば良いのです。脱走兵としても結構。傭兵会社、冒険者ギルドには身分を偽装して入隊させましょう。傭兵会社は無理にしても、冒険者ギルドは参加を断れませぬ」
「良い策ではある。だが、エッセンだけでは不足だ」
「ロブ家は誘えます。今、ロブ家の娘が家出しているとはご存知ですか」
「うむ」
「居場所を掴んでおります。この情報を引き換えに、兵を出させます」
アランが一瞬、眉をひそめた。
「親戚ではないか・・・」
「本人に承知はとりつけます」
居場所は掴んでいて、いつでも連絡出来る。
つまり、エッセン=ファッテンベルク家で保護しているのだ。
「ロブ家か。頼もしい家であるが」
本家エッセンと同じく私兵は騎馬兵であるが、拠点は首都。
エリート部隊で、騎馬銃兵で固めている。
この兵が借りられれば、それは頼もしい。確かに頼もしいが・・・
「ううむ・・・」
エッセン家とロブ家は非常に友好な間柄だ。
これが原因で、関係にひびを入れたくはない。
特に陸軍としては、両家共に魔王軍の主力なのだ。
「両家の関係に傷を入れたくはないのだ。陸軍の主力だぞ」
「ハワード様にご協力頂きましょう」
「ハワード殿に? 何とする」
「愛娘のパウラ様が、日輪国一の貴族、ハワード家のアルマダ様と中々良い感じに。間を取り持ったはエッセンにございます。さればと急いでご連絡」
「ふむ」
「ロブ家は当家に大きに感謝致しましょう。エッセンから出兵します。ロブ家はいかがされます、ときたら、まあ間違いなく出してくれましょう」
「ハワード殿と、娘・・・パウラか。その2人はどうする。出兵を条件に結ばせるのか?」
「まさか。恋の行方は本人同士の知る所にて、我らも父上もどうなるかは分かりませぬ。我らは占い師ではないのです。良い感じになりました、とだけ」
アランが呆れ笑いで、小さく首を振る。
「やれやれ。策士であるな」
「ただ、本人達の了承は必要です。ハワード様は渋りましょうが、パウラ様は間違いなく首を縦に振りましょう」
「何故だ」
ふ、とイザベルが笑う。
「こちらに来る前、当家に寄りましたのはご存知で? パウラ様は、もうハワード様にぞっこんという所でございまして」
「ううむ・・・政略結婚ならぬ戦略結婚か。血の流れる結婚となるぞ。あまり気が乗らぬが」
「アラン王子。結婚するか否かは先の事。まだ分かりませぬ」
「まあ、そうだが、な」
「ハワード様にご相談なされませ。事情を説明致しますれば、首を横に振りは致しませぬ。しかる後、魔王様と、参謀本部にて」
イザベルもこのような話は好かないが、こと戦となれば、ばっさり割り切る。
特に、白露帝国の次の矛先は日輪国にまず間違いないのだ。
白露はそれを見据えて、戦力の温存をしている。
マツ。魔王家の者が日輪国に居ますよ。
クレール。ファッテンベルク家の者が日輪国に居ますよ。
これだけで大きな牽制にはなるが、所詮は牽制止まりにしかならない。
兵力があれば、どうなるか分かったものではないのだ。
「ワキーナの次は、日輪国。それは王子も分かっておりましょう」
「で、あるな。主力を温存しているとなれば、まず間違いあるまい」
「マサヒデ様、マツ様の結婚に際し、日輪国と同盟の具申など出来ましょうか」
「それは心配いらぬと言いたいが、時が悪い」
「時が?」
「私は、魔の国が日輪国と同盟するとなれば、米衆の元首、日輪国を切ると見る。ファッテンベルク。貴女はどう見る?」
「ううむ」
「米衆連合との同盟なくして、日輪国は3年半やっていけるか。元首は変わったばかりだ。次の選挙まで3年半もある。白露が兵を出すには十分な時間だ」
「む・・・」
確かに、強烈な保守派。
米衆連合国内の日輪国の各社にも締付けは厳しく、既に撤退を視野に入れている所も多い程である。
同盟国の有力企業を、撤退されそうな締め付けを、平気で行う程の自国保守派。
「まあ、それに関しては、手はなくもない。姉上の話を聞いた時から、同盟を考え、父上には意見していた事だ」
「どのような手でしょうか。お聞きしても宜しいですか」
「私が思い付く程度だ。大した手ではないが」
アランがメイドを指で招く。
メイドは冷めた紅茶のカップを下げて、新しく紅茶を注ぎ、下がった。




