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勇者祭5 魔の国編  作者: 牧野三河
第一章 港町ジョアル
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第81話


 カオルは見なかったが、部屋に引きこもり、レイシクランの忍と、城務めの忍とで、カザマ流忍術の資料を読み解く事に集中していると言う。


「シズクさんは何してるんです」


「外に出るのが怖いって、部屋にこもったままです。でも、酒と食べ物は、どかどか運ばれていますよ」


「・・・」


「問題はトモヤさんですよー。今朝も部屋を覗きに行ったら、昨日は緊張して飯も食えなかったー、なんて言ってました」


「ふうん。そうですか。では、ここに呼びますか。マツさん」


「はい」


 マサヒデがにやっと笑った。


「見たいでしょう。神様と勝負した時の棋譜」


「あっ! そうでした! 見たいです!」


「そうでしたね!」


 ユカリも思い出して、横にいるメイドに、


「マサヒデさんのご友人、トモヤ=マツイさんを、ここにご案内して。それと、盤と駒を用意させて頂戴」


「承知致しました」



----------



 四半刻ほどして・・・


「トモヤ=マツイと申しまするーっ!」


 テーブル横で、トモヤがひれ伏している。

 ふっ、とマサヒデが鼻で笑って、


「何を今更。お前、マツさんやクレールさんとは堂々と喋っておるくせに」


「う、う・・・」


 マサヒデはひれ伏しているトモヤを指差して、


「クレールさん、初対面の時、覚えてます? こいつ、クレールさんを見て、『おおめんこいのう』だなんて言ってましたよね」


「あっ! 言ってましたね!」


「マツさんと呑み友達のくせに」


「あらまあ」


 ユカリが驚いた顔で、マツを見る。


「うふふ。お母様、トモヤ様と呑むお酒は、美味しいんですよ。マサヒデ様、三浦酒天を教えてくれたのは、トモヤ様なんですから」


「マツ、みうらしゅてんて何の事?」


「平民の安酒場に見せかけて、酒も料理も、凄く美味しいお店です。貴族の方々も、こっそりお忍びで来るほど。同じ町に、ブリ=サンクという、日輪国でも指折りのレストランがあるというのに、安酒場に来るんです」


「そんなお店があるのですか」


 お、とマサヒデが閃いた。


「そうだそうだ。クレールさん、三浦酒天の酒は、船にもありましたよね。もう呑んじゃいました?」


 クレールが察して、にっこり笑った。


「誰かが隠れて呑んでなければ、まだあるはずですよ!」


「それ、こちらに少し送ってもらいましょうよ。マツさんが美味しいって言うくらいの酒なんですから、是非ユカリ様にも」


「まあ、嬉しい! 料理も食べてみたいけれど、今日は仕方ないわね」


 ぴくり。


 クレールの耳は、ユカリの言葉をしっかり捉えた。

 『今日は』仕方ない。と、確かに言った。

 そこでマツが見透かしたように、


「お母様、少しは城の外も出歩いてはどうですか? 海外旅行なんて如何です?」


「勿論、そのつもりよ。カゲミツ様にご挨拶に参りませんと」


 ぎく! とマサヒデが固まった。

 魔の国の王妃が、日輪国に来る!?


「魔王様に頼んで、外務省をせっついてもらわないといけないわね。早くお会いしたいわ。剣聖カゲミツ=トミヤス・・・どんなお方なのかしら」


 マサヒデは額の冷や汗を拭いて、


「い、いや、父上はこちらに呼べば良いかと思うのですが。魔王様も、この城は中々離れられないでしょうし」


「勿論、来て頂きますけれど、内々のご挨拶という事で。マサヒデさん、忘れましたか?」


「何を、でしょうか」


 ユカリがにっこり笑った。


「私達、暇なんです」


 ひれ伏しているトモヤが、ごくりと喉を鳴らした。



----------



 テーブルの横の芝生の上に、絨毯が敷かれた。

 次に、赤い日除けの傘が立てられた。

 見るからに高い、ずっしりと重そうな将棋盤が置かれた。

 そして、駒が置かれていく・・・


 盤を挟んで座るのは、王妃ユカリ=フォン=ダ=トゥクライン。

 ド田舎の平民、トモヤ=マツイ。


「トモヤさん」


「ははーっ!」


「まずは、テヅカ様との対戦の感想をお聞きしたいわ」


「む、む、感想でございまするか。まず2六歩」


「あ、その感想ではなくて。どのような指し手でございました?」


 あっ! とトモヤが頭を下げ、


「これは失礼致しました! テヅカ様の指し様は・・・ううむ」


 トモヤが頭を上げて、目を閉じてがっしり腕を組む。


「左様。テヅカ様は、まさに戦の神と呼ばれるに相応しい指し手でございました」


「うふふ。喧嘩将棋ですか」


「いやいや! 攻めと思うたら守る。と思うたら攻めて来る。攻防自在。まさに戦の神と言うに相応しい将棋でございましたな。見た目と違い、大胆と見えて繊細な手を打たれる。初めてで、教えたばかりで、私めと張り合ったのでございまする」


 神様が自分と張り合ったのでございます・・・

 す、とユカリの目が細くなる。


「ご自分の将棋に自信がおありなのですね?」


 へこり、とトモヤは頭を下げ、


「下手なりに、ございまする。これでも、真剣師を気取っておりまするゆえ」


「真剣師」


「ははっ」


 ユカリの目は一瞬鋭くなったが、また笑顔に戻った。


「棋譜を見せて頂けますか? 私、神様の将棋なんて聞いて、胸が踊っております」


「では、こちらを・・・」


 トモヤが閉じた棋譜の束をばらばらとめくり、ぴたりと止めた。


「テヅカ様とは、2局指しており申す。こちらが1局目。テヅカ様の人生初めての将棋にございまする」


「ううん」


 マツもテーブルから来て、ユカリの隣に座り、棋譜を覗き込む。


「こう・・・こう・・・」


 棋譜の通りに、マツが駒を動かしていく。


「・・・」


 ユカリの眉が険しくなり、じっと棋譜を見つめる。


「お母様、この手でトモヤ様の負けです」


「そうね・・・ううん、人生初めての将棋で、こんな勝負をするのね」


「流石、神様は違いますね」


「そうね・・・」


 ユカリが、さささ、と駒を戻し、動かし直していく。


「これ、で・・・これで・・・」


 待った、とトモヤが手を出し、


「私めも、一度は同じ手を考え申した。それでは負けでござりまする」


「む」


 トモヤが盤の駒を戻し、もう一度動かす。


「こうでございますな。して、桂馬をここに、と。これで五分に戻りまするぞ。めくった所に、感想の棋譜がありまする」


「ううん・・・真剣師、ですか。その自信は驕りではないようね」


 くす、とマツが笑う。


「お母様。トモヤ様は、チェスグランドマスターに勝つ程の腕なのですよ」


 ぴくり。


「グランドマスター? どなたかしら」


「白露帝国の、アナスターシャ王女です。アナスターシャ王女と引き分け。アナスターシャ王女は、グランドマスターに勝っておりますから・・・ね?」


 ユカリは、ぱん、と棋譜を閉じ、盤の横に置いた。


「良い時間潰しが出来そうだわ。トモヤとやら。一局、所望します。受けて頂けて? 真剣(賭け将棋)ではございませんけれど」


 トモヤは額の汗を拭い、言葉をひねり出す。


「ご・・・所望、とありましたらば」


「結構! あなた、時間を計りなさい」


「は」


 メイドが懐中時計を取り出す。

 ふ、とマサヒデが笑い、クレールを見ると、クレールも小さく笑っていて、目が合った。

 どんなに緊張していても、盤に向かえばあいつは平気だ。

 なにせ、神様とも平気な顔で盤を睨んでいられる程に図太いのだから。


「されば」


 トモヤが手で歩を5枚集め、からから、と振って、落とした。


「む。3枚でござる。ユカリ様」


 からから・・・


「4枚です。私が先手ですね」


「宜しくお願い申し上げまする」

「宜しくお願い致します」


 2人が頭を下げた。

 クレールがにこにこ笑い、


「トモヤさん。棋譜は残しておきますよ」


「む、感謝致しまするぞ」


 メイドが頭を下げ、


「それでは、勝負を開始致します。ユカリ様、時間計測を始めます」


 ぱちり。


「先手。2六歩」


 ぱちり。


「後手。8四歩」


「ふふふ。リディアさん。良い勝負になりそうですよ」


 ふーん、とリディアーヌは鼻から息を吹き出し、頬杖を付いた。


「マサヒデ兄上ー。私、将棋は退屈ですー」


「ははは! では、あちらの隅の方で、忍の方と一手撃ち合ってみてはどうです」


「あっ! そうします!」


 さくさくさくー! と芝生を踏んで、リディアーヌが駆けて行く。


「むう・・・」


 トモヤが顎に手を当てて唸る。

 ユカリは時間計測とは別のメイドに、団扇を扇がせながら、盤を睨みつける。

 まだ互いにほんの数手だが、実力は分かったようだ。

 ユカリの顔も、笑みが消えていた。


 ばちーん!


 トモヤの強い打ち。

 本気になっていない。

 トモヤは本当に集中しだすと、打ち込む音が静かになる。

 楽しめる程度、良い練習程度の相手、という事だ。


(時間潰しか)


 暇なんです。

 そう言って笑っていたユカリの顔は、今は真剣。

 良い時間潰しが出来たことだろう。


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