第80話
リディアーヌへの剣術指南も終わり、アランも去った。
マサヒデは廊下を去って行くアランを見送ってから、ふと呟いた。
「そう言えば、昨日の夜から、カオルさん達を見てませんね」
「あ、カオルさんでしたら・・・」
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カオルにあてられた部屋では、魔の国の忍と、レイシクランの忍と、カオルの3人が、ある図と文章を見ながら、額を突き合わせていた。
この城務めの忍は、レイシクラン家の『私』の忍と違い『公』の忍である。
公と言うと微妙な所ではあるが、軍、公機関等でも秘密裏に働いている。
影護衛、諜報、潜入などを任される者らである。
隠密に長けたレイシクランの忍と違い、どちらかと言うと武に寄る。
日輪国の、情報省の忍と、軍の忍が違うような感じである。
3人が見つめる図は、日輪国の首都ウキョウで、カザマ流忍術研究家のコウジ=シラカワが蔵していた、カザマ流忍術の資料の一部である。
「おそらく、おそらくですが、これはカザマ忍記です」
「カオル殿、カザマ忍記とは?」
カオルが頬に指を当てて、ちょっと首を傾げる。
「名から大体予想はつくと思いますが、カザマ流忍術をまとめたもの、とか・・・聞いては、おりますが・・・まあ、他の文書かもしれませんが、まず間違いないかと」
「それは、しかしどうしてこのような?」
カザマ流忍術は、戦乱期の後、数代で絶えたのだ。
日輪国に完全に残る忍術流派は、ブデン・イノカシ・コウノカシの3派だけである。
このうち、ブデン流が情報省。イノカシ流、コウノカシ流が軍である。
勿論、それしか学ばない、という事はない。
カオルもイノカシ流・コウノカシ流の一部は学んでいるし、実は失われたと言われるカザマ流の技術の一部も、情報省の養成所には残されていて、それも学んでいる。
分身の術などは、カザマ流忍術の代名詞で、有名なだけに技術が分析され、しっかり残っているのだ。
「カザマ流の失伝と共に、いずれも紛失してしまった、と聞いております。シラカワめ、何処で見つけたのか。やはり研究家としては一流でした」
尚、この資料を持っていたコウジ=シラカワは、カオルの命を狙い、逆に刺し殺された(※勇者祭2:117話~)。
「伝之壱、音忍。
低き事。枚木。奪口。裏聞き。音曲」
「・・・」「・・・」
レイシクランの忍も、魔王の忍も、ぴんとこない感じで図を見つめる。
カオルが頷き、
「これは大体分かりました。解説しましょう。当流も似た教えがございます」
「願います」「頼みます」
「低き事。これは声は低くせよ、との事。基本ですね。低さが大事なのではなく、少し離れるともう聞かれづらい喋り方を覚えろ、という教えですね。それを分かりやすくして、低い声で、と」
「ああ」「分かります」
なるほど、図のおそらく忍? らしき、町人が、口に手を当てている。
道を挟んだ向こうで、別の男が耳に手を当てている。
忍達には独特の発声法があって、森や林、山などでは、数mも離れたら獣人族であろうとほとんど聞こえない、というような声の出し方があるのだ。
要は、周りにほとんど広がらない、という発声法である。
低く通るので、声を向けている相手にはよく聞こえる。
なお、これは聞く方にも技術がいる。
声が広がらない、即ちピンポイントで声がくる。
少しでも聞こえた瞬間を外してはならないのだ。
呼び名が違うだけで、中身は同じ技術が各流派にある。
「次、枚木。これは噛み声の事です。歯を噛む音に気を付けよ」
カオルが口を開け、かちかち、と歯を鳴らす。
絵図の男は、口に板を噛んでいるが、これは何かの術ではない。
歯を噛む音を出さないように、との事である。
「この歯を噛む音、意外と遠くまで響きます。特に隠密中などは、致命的な音になりえます。声を出さず、呼吸音も出さず、動く音も出さず。しかし、歯を噛む音が漏れている・・・新人によくある失敗です」
「む、ございますな!」「確かに!」
「次。奪口・・・これ、は・・・おそらくになりますが、宜しいでしょうか」
カオルが絵図を見て、眉を寄せる。
男が百姓と話している図。
「勿論」「構いません」
「これは絵図から察するに、地方潜入の際は、方言を学び、溶け込みやすくする。誰かに変装する際は、口調、発音の癖などを我が身のものとする。そういう意味で、口を奪う。奪口」
「ふうむ!」「なるほど! それでこの絵図!」
口を奪う、と言えば、忍の世界のみならず、始末するか、何らかの手段で黙らせるか、という意味である。全く合わない絵図であるので、首をひねっていたのだが、なるほど、そういう事か。
「裏聞き・・・まあ、これは絵図の通りですね」
襖の影で、耳に手を当てて、盗み聞きしている男。
「まあ」「確かに」
「次の音曲。まあ、音曲のみならず、楽しませて、と言う所でしょう・・・」
三味線を持って、座敷でにこやかに笑う男と、何やら身分のありそうな男達。
「弐之伝、忍順ぜよ・・・ああ、潜入の基本の教えですね。
常ニ人ニ随ウベシ。言葉遣いや作法は、相手の方に従う。合わせる事、ですか。
言ふ事決して破ラズ。相手を言い負かすような事は厳禁。
常に順じて潜り込む。忍順ぜよ。基本ですね」
「ふうむ」「確かに基本ですが、これが弐の伝にきますか」
「カザマ流の忍は、戦乱期に活躍した忍です。戦は当然ですが、ミカサ王・・・カザマ忍を独占、保護していた王ですが、兵としての働きよりも、敵地への潜入、情報の操作や調査。そういう所を重視したのですね。それで、このような教えが頭の方にくるのでしょう」
「むう・・・」「なるほど・・・」
「ミカサ王は、日輪国の戦乱期の記録では、賢王と有名でございますから・・・華々しく、分かりやすく、腕っぷしや戦の強さばかりを鼻にかける者達の中で、戦の前段階の情報戦、この大事さを、しかと分かっていたというのが、この忍の伝書でも良く分かります」
「しかし、カオル殿。まだ基本の心持ちのようなものばかりですな。具体的な技法も載っておりませぬ」
「ま、最初の所でございますし」
ううむ、と魔の国の忍が腕を組む。
「しかし、随分と綺麗に復元されておりますな。かと言って、偽物や写しには見えぬ・・・この価値、計り知れませぬぞ」
ふ、とカオルが笑って、
「たかだか5、600年前の代物です」
魔の国の忍が呆れて肩を落とす。
「日輪国の500年と、魔の国の500年は、時間の価値が違いまするぞ・・・」
「ふふふ。ブデン流忍術も、古流も古流。頑固一徹と言いましょうか、魔術も中々入れず、ただ技術のみにて」
「が、それゆえ、技は磨き込まれておりますな。レイシクランの皆様も同じでは? 魔術達者の血であるのに、忍には魔術を使う方は、ほとんどおらぬと聞きますぞ」
「はてさて、どうでございましたかな?」
「・・・」
「ふっふっふ」
「ふ、ふ、ふ」
「ふふ・・・」
お勉強会のつもりが、こうして合間合間に、非常に細かい探り合いになる。
しかし、これが忍流の技術交流というものだ。
毛の1本ほどでも探られると、蟻の穴から堤、などという事になりかねない。
こうして、勉強会が続く。
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「・・・カオルさんは、カザマ流忍術の資料を、城の忍の皆さんと勉強したいと。カオルさんと当家の者達だけでは分からない所が、何か、閃きのようなもので・・・あ、分かったー! みたいな感じがあったら・・・忍って、あまり昔からのきちんとした流派は少ないみたいで、うちと魔の国の忍との合同研究は、ものすごく貴重な機会ですから、と」
うんうん、とマサヒデが頷く。
「あまり聞かないですからねえ。まあ、堂々と名乗れる仕事ではありませんし、当然ですけど・・・そう考えると、シノ先生って凄いですよね。堂々と忍者やってますって看板揚げてるんです。しかもイノカシ流。軍諜報部と同じ流派。いつ拉致されてもおかしくないですよね」
「ですよねえー!」
「わあ! ニンジャですかあー!」
リディアーヌが目を輝かせる。
クレールも、忍術道場に行った時はこうだった。
「ふふふ。普段から忍に囲まれて生活していると言うのに」
ぷ! と、マツとユカリが笑う。
クレールは口を尖らせて、
「こういうのは違いますよねー! リディアーヌ様ー!」
「そうですよー! でで!? クレール様、どんな術を!」
「煙がぼん! てなったら、目の前から消えて、後ろに立ってるんです! 絵巻物みたいなニンジャですよ!」
「おおっ! ニンジャですね! 手合わせ願えましょうか!?」
マサヒデが鼻で笑う。
「ふふ、それは無理です」
「何故ですか!?」
マサヒデが庭をぐるりと見渡し、声をあげて笑う。
「ははは! こんなに他流の忍を連れてたら、技なんて、どこにでもある基本くらいしか見せてくれませんよ!」
「む、む」
「それより、ここで影護衛している方々と、手合わせでもしてみたらどうです。どうせ指南役の方と、近衛兵の方々とくらいしか、稽古はしていないでしょう?」
「はっ!?」
「だと思いましたよ! ははは!」




