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勇者祭5 魔の国編  作者: 牧野三河
第一章 港町ジョアル
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第76話


 晩餐会がお開きとなり、皆が散り散りになっていく。

 マサヒデに挨拶に来た者もいれば、笑顔で会釈だけをして去る者。


 あの鼻持ちならないアランも、マサヒデの前に来て、深く頭を下げてから去って行った。目に険は全く見えず、魔王様の前だから、という風ではなかった。

 リディアーヌも、また手ほどきを、と願ってから去って行った。


 そして、広い会場に、マサヒデ、マツ、クレール、魔王、ユカリが残った。


「マツ」


「はい」


「孫を見せてくれぬか」


「はい」


 マツが立ち上がり、魔王にタマゴを渡す。


「ふふ。ふふふ」


 魔王が含み笑いをしながら、タマゴを抱き、持ち上げる。


「お前が孫を作って戻って来るとはな」


「お父様。そういう事は、もう聞き飽きました」


「感無量な親の気持ちを察せ」


「お父様」


「なんだ」


「名付けは、トミヤスのお父上に願いました」


「何」


「トミヤスのお父上は、この子の顔が見られぬのです。譲って頂けませんか。譲って下さいませ。どうか、お願い致します」


 魔王は悲しげな顔で、息をついた。


「ああ・・・そうであった。そうであったな・・・そうか。カゲミツ殿は、孫の顔が見られぬのだな。そうであったな」


 すん、とユカリが鼻を鳴らす。


「名は、もう決まっておるのか」


「テルクニと。世を照らし、国を照らし、皆の顔を明るくする者に、と願って」


「良い名ではないか。依存はない。テルクニ。良い名だ」


 魔王は掲げたタマゴをユカリに渡し、マサヒデに顔を向けた。


「マサヒデ君」


「は」


「1週間もらえぬか」


「は」


「1週間後、君とマツの結婚パレードを行う。良いか」


 本当はパレードなど真っ平御免なのだが、してもらわねばならぬ事情がある。

 日輪国の隣国、世界2番目の大国、白露帝国は、日輪国を支配せんと、暴発寸前。

 その為に、親日輪国派の第一王女の暗殺までしようとした。


 そこで、日輪国に魔王の姫がいる、という事で、牽制にしたい。

 マツは身分を隠して隠棲していたから、大々的にそれを広めてもらいたいのだ。

 口で噂を広める程度ではなく、堂々と、魔王様と一緒に居る所を放映で流す事が必要である。


 イザベルの父、騎馬隊の大将、リチャード=エッセン=ファッテンベルクも、実の所、その為に日輪国と合同演習、戦術戦略講義をと申し出てくれたのだ。

 魔の国の軍人を数人でも置いておけば、これもまた牽制になるからだ。


「はい」


「ありがたい。では、1週間、友人達と城中で好きに過ごしてくれ。魔剣、名刀の類を見るも良し。近衛達やアラン、リディアーヌと剣を合わせて遊んでくれても良し。マツと2人きりで過ごすも良し。リュウイチに時間があれば、絞ってもらうもまた良かろう。こう見えて私は忙しい身、中々に時間は作れぬが、出来うる限り、夕食には顔を出す。まだまだ、君の冒険活劇は聞き終わっておらぬ」


 ぱあん! と魔王が大きく手を叩くと、執事が早足で寄ってきた。


「マサヒデ君とマツを部屋にご案内せよ」


「は!」


「お母様」


 マツがユカリに声を掛けた。

 ユカリはタマゴを抱き締めて、


「今夜は私達と寝るの。ね? テルクニちゃん」


「お母様」


 マサヒデは、何か言いかけたマツの袖を引き、


「マツさん。私達が国に戻ると、もうしばらくは抱けないのです」


「あ・・・はい。そうです。そうでした」


「ですから、ここにいる間は」


「はい。お父様、お母様。私達が帰るまで、テルクニを頼みます」


 マツは深々と頭を下げた。



----------



 翌朝、マサヒデは、ばか広い部屋で目を覚ました。

 この部屋だけで、マツの家くらいの広さがありそうである。


(くそ)


 身体が酒臭い。

 この部屋に通された後、がっくりと気が抜け、水浴びもせずに寝てしまったのだ。

 晩餐会の会場からも、随分と歩かされたせいで、心身共に疲れた夜であった。

 隣では、マツがすうすうと静かな寝息。


 大きな天蓋付きのベッドを揺らさないように、よいしょ、よいしょ、と動いていき、そっと下りる。


「むう」


 ベッドから下りてみれば、なんと大きな・・・

 さてと部屋を見回すが、ドアはひとつだけ。


(あ、そうか)


 ここはホテルではないのだ。風呂場は別だ。


(はて。着替えはどうする?)


 この部屋のどこかに用意してくれてあるのか?

 しかし、またいくらするか分からない服を着るのも気が引ける。

 隠し通路を見張っていた忍が、馬車は城に運んでくれると言っていたから、馬車まで取りに行かねばならないか・・・


 しかし、馬車に入れ込んであるような服で、この城中を歩いていて良いものか?


(どうしたものかな)


 そー・・・

 寝ているマツをちらちら見ながら、そっとドアを開けようとして、ぴたりと足が止まった。


 誰か居る。殺気はない。忍のような感じはない。知っている人間ではない。


(誰だ)


 一瞬、枕元の大小を取りに行こうかと考えたが、殺気はないし、忍でもなさそうだ。

 そっとドアノブに手を掛け、少しだけ開けた。


「ん」


「・・・」


 かちゃ、と小さく音が鳴り、近衛兵が兜の向こうで此方を見たのが分かった。

 ここで見張りをしていたのか。

 マサヒデはドアを開け、静かに頭だけ外に出して、近衛兵に頭を下げ、口に指を当てた。


(おはようございます)


 近衛兵が小さく頷く。


(マツさんがまだ寝てますから)


(は)


(風呂場、貸して頂けますでしょうか。昨夜、すぐに寝てしまったので、身体が酒臭くて)


 近衛兵が静かに腕を上げ、左を指差す。


(左に真っ直ぐ。係の者もおります)


(着替えは貸して頂けますか。それとも、馬車から取って来た方が良いですか)


(大丈夫です。用意されております)


 マサヒデはぺこりと頭を下げて、廊下を歩いて行った。



----------



「マサヒデ様、おはようございます」

「おはようございます」

「これはマサヒデ様」


「あ、おはようございます」


 廊下を歩いて行くと、何人ものメイドとすれ違い、皆が頭を下げて脇にどく。

 そのたびに、マサヒデもぺこぺこと頭を下げる。


(これは参った!)


 彼らも身分は平民かもしれないが、魔王様の城に勤める一流のメイド達。自分とは格が違う・・・


(そうだった)


 オリネオの町の冒険者ギルドにいたメイド達も、立ち居振る舞い、礼儀作法も洗練されていた。メイドとはただの家政婦や女中ではないのだ。

 そうやって、ぺこぺこと頭を下げて、下げられて。歩くこと四半刻近く。


(風呂場はまだなのか?)


 この城はとにかく規格外に広い。

 廊下は馬で走りたいくらいに広い。

 クレールの家も、こんな感じなのだろうか・・・


「おはようございます。マサヒデ様」


 またメイド。


「あ、すいません。風呂場ってどこですか? こっちって聞いたんですが」


「ご案内致します。もう5分も掛かりません」


「ありがとうございます」


 かすかすかす。

 廊下の分厚い絨毯に、メイドの靴がこもった音を立てる。


「着替えとかって、置いてあるんですか? 用意されていると聞いたんですが」


「はい」


「ああ、良かった。持って来た服で、このお城の中なんて、歩けないですよ」


「こちらは奥になりますので、本来、平服で構いません。マサヒデ様でしたら、キナガシ、でしたでしょうか? あれでも問題ございません」


「そうなんですか?」


「はい。ですが、表に出る際は、正装を願います」


「やっぱりそうですよね」


 メイドが、くすっと小さく笑って、咳払いをし、足を止めた。


「こちらです。どうぞ」


 重そうな扉であったが、メイドは片手ですうっと開けてしまった。

 扉が開いた瞬間、ふわっと、ほんの少し、湿気を感じる。


「では、失礼します」


 マサヒデが入ると、メイドも入って来て、扉を閉めた。


「では、御召し物を」


「あの、結構ですよ。恥ずかしいですから」


「・・・」


「平民暮らしでしたので、その・・・女性に見られて着替えるのって、ちょっと」


「承知致しました。皆様のお着替えは、あちらに」


 メイドが指差した方に、たくさんのクローゼットが並んでいる。


「あんなにあるんですか」


「名札が掛かってございますので、そちらから」


「あ、それは助かります」


「着替えられましたら、今の御召し物は、クローゼットの中の籠にお入れ下さい。外に控えておりますので、何か御用がございましたら呼んで下さいませ。では、失礼致します」


 ぱたん、と扉が閉まって、メイドが出て行った。


「・・・」


 なんと広い浴場であろう。

 更衣室だけで、トミヤス道場と同じくらいの広さがありそうだ。

 これでは、着替えて入りに行くのも面倒だ。


(金持ちって、面倒だな)


 溜め息をついて、マサヒデはクローゼットに向かって行った。


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