第76話
晩餐会がお開きとなり、皆が散り散りになっていく。
マサヒデに挨拶に来た者もいれば、笑顔で会釈だけをして去る者。
あの鼻持ちならないアランも、マサヒデの前に来て、深く頭を下げてから去って行った。目に険は全く見えず、魔王様の前だから、という風ではなかった。
リディアーヌも、また手ほどきを、と願ってから去って行った。
そして、広い会場に、マサヒデ、マツ、クレール、魔王、ユカリが残った。
「マツ」
「はい」
「孫を見せてくれぬか」
「はい」
マツが立ち上がり、魔王にタマゴを渡す。
「ふふ。ふふふ」
魔王が含み笑いをしながら、タマゴを抱き、持ち上げる。
「お前が孫を作って戻って来るとはな」
「お父様。そういう事は、もう聞き飽きました」
「感無量な親の気持ちを察せ」
「お父様」
「なんだ」
「名付けは、トミヤスのお父上に願いました」
「何」
「トミヤスのお父上は、この子の顔が見られぬのです。譲って頂けませんか。譲って下さいませ。どうか、お願い致します」
魔王は悲しげな顔で、息をついた。
「ああ・・・そうであった。そうであったな・・・そうか。カゲミツ殿は、孫の顔が見られぬのだな。そうであったな」
すん、とユカリが鼻を鳴らす。
「名は、もう決まっておるのか」
「テルクニと。世を照らし、国を照らし、皆の顔を明るくする者に、と願って」
「良い名ではないか。依存はない。テルクニ。良い名だ」
魔王は掲げたタマゴをユカリに渡し、マサヒデに顔を向けた。
「マサヒデ君」
「は」
「1週間もらえぬか」
「は」
「1週間後、君とマツの結婚パレードを行う。良いか」
本当はパレードなど真っ平御免なのだが、してもらわねばならぬ事情がある。
日輪国の隣国、世界2番目の大国、白露帝国は、日輪国を支配せんと、暴発寸前。
その為に、親日輪国派の第一王女の暗殺までしようとした。
そこで、日輪国に魔王の姫がいる、という事で、牽制にしたい。
マツは身分を隠して隠棲していたから、大々的にそれを広めてもらいたいのだ。
口で噂を広める程度ではなく、堂々と、魔王様と一緒に居る所を放映で流す事が必要である。
イザベルの父、騎馬隊の大将、リチャード=エッセン=ファッテンベルクも、実の所、その為に日輪国と合同演習、戦術戦略講義をと申し出てくれたのだ。
魔の国の軍人を数人でも置いておけば、これもまた牽制になるからだ。
「はい」
「ありがたい。では、1週間、友人達と城中で好きに過ごしてくれ。魔剣、名刀の類を見るも良し。近衛達やアラン、リディアーヌと剣を合わせて遊んでくれても良し。マツと2人きりで過ごすも良し。リュウイチに時間があれば、絞ってもらうもまた良かろう。こう見えて私は忙しい身、中々に時間は作れぬが、出来うる限り、夕食には顔を出す。まだまだ、君の冒険活劇は聞き終わっておらぬ」
ぱあん! と魔王が大きく手を叩くと、執事が早足で寄ってきた。
「マサヒデ君とマツを部屋にご案内せよ」
「は!」
「お母様」
マツがユカリに声を掛けた。
ユカリはタマゴを抱き締めて、
「今夜は私達と寝るの。ね? テルクニちゃん」
「お母様」
マサヒデは、何か言いかけたマツの袖を引き、
「マツさん。私達が国に戻ると、もうしばらくは抱けないのです」
「あ・・・はい。そうです。そうでした」
「ですから、ここにいる間は」
「はい。お父様、お母様。私達が帰るまで、テルクニを頼みます」
マツは深々と頭を下げた。
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翌朝、マサヒデは、ばか広い部屋で目を覚ました。
この部屋だけで、マツの家くらいの広さがありそうである。
(くそ)
身体が酒臭い。
この部屋に通された後、がっくりと気が抜け、水浴びもせずに寝てしまったのだ。
晩餐会の会場からも、随分と歩かされたせいで、心身共に疲れた夜であった。
隣では、マツがすうすうと静かな寝息。
大きな天蓋付きのベッドを揺らさないように、よいしょ、よいしょ、と動いていき、そっと下りる。
「むう」
ベッドから下りてみれば、なんと大きな・・・
さてと部屋を見回すが、ドアはひとつだけ。
(あ、そうか)
ここはホテルではないのだ。風呂場は別だ。
(はて。着替えはどうする?)
この部屋のどこかに用意してくれてあるのか?
しかし、またいくらするか分からない服を着るのも気が引ける。
隠し通路を見張っていた忍が、馬車は城に運んでくれると言っていたから、馬車まで取りに行かねばならないか・・・
しかし、馬車に入れ込んであるような服で、この城中を歩いていて良いものか?
(どうしたものかな)
そー・・・
寝ているマツをちらちら見ながら、そっとドアを開けようとして、ぴたりと足が止まった。
誰か居る。殺気はない。忍のような感じはない。知っている人間ではない。
(誰だ)
一瞬、枕元の大小を取りに行こうかと考えたが、殺気はないし、忍でもなさそうだ。
そっとドアノブに手を掛け、少しだけ開けた。
「ん」
「・・・」
かちゃ、と小さく音が鳴り、近衛兵が兜の向こうで此方を見たのが分かった。
ここで見張りをしていたのか。
マサヒデはドアを開け、静かに頭だけ外に出して、近衛兵に頭を下げ、口に指を当てた。
(おはようございます)
近衛兵が小さく頷く。
(マツさんがまだ寝てますから)
(は)
(風呂場、貸して頂けますでしょうか。昨夜、すぐに寝てしまったので、身体が酒臭くて)
近衛兵が静かに腕を上げ、左を指差す。
(左に真っ直ぐ。係の者もおります)
(着替えは貸して頂けますか。それとも、馬車から取って来た方が良いですか)
(大丈夫です。用意されております)
マサヒデはぺこりと頭を下げて、廊下を歩いて行った。
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「マサヒデ様、おはようございます」
「おはようございます」
「これはマサヒデ様」
「あ、おはようございます」
廊下を歩いて行くと、何人ものメイドとすれ違い、皆が頭を下げて脇にどく。
そのたびに、マサヒデもぺこぺこと頭を下げる。
(これは参った!)
彼らも身分は平民かもしれないが、魔王様の城に勤める一流のメイド達。自分とは格が違う・・・
(そうだった)
オリネオの町の冒険者ギルドにいたメイド達も、立ち居振る舞い、礼儀作法も洗練されていた。メイドとはただの家政婦や女中ではないのだ。
そうやって、ぺこぺこと頭を下げて、下げられて。歩くこと四半刻近く。
(風呂場はまだなのか?)
この城はとにかく規格外に広い。
廊下は馬で走りたいくらいに広い。
クレールの家も、こんな感じなのだろうか・・・
「おはようございます。マサヒデ様」
またメイド。
「あ、すいません。風呂場ってどこですか? こっちって聞いたんですが」
「ご案内致します。もう5分も掛かりません」
「ありがとうございます」
かすかすかす。
廊下の分厚い絨毯に、メイドの靴がこもった音を立てる。
「着替えとかって、置いてあるんですか? 用意されていると聞いたんですが」
「はい」
「ああ、良かった。持って来た服で、このお城の中なんて、歩けないですよ」
「こちらは奥になりますので、本来、平服で構いません。マサヒデ様でしたら、キナガシ、でしたでしょうか? あれでも問題ございません」
「そうなんですか?」
「はい。ですが、表に出る際は、正装を願います」
「やっぱりそうですよね」
メイドが、くすっと小さく笑って、咳払いをし、足を止めた。
「こちらです。どうぞ」
重そうな扉であったが、メイドは片手ですうっと開けてしまった。
扉が開いた瞬間、ふわっと、ほんの少し、湿気を感じる。
「では、失礼します」
マサヒデが入ると、メイドも入って来て、扉を閉めた。
「では、御召し物を」
「あの、結構ですよ。恥ずかしいですから」
「・・・」
「平民暮らしでしたので、その・・・女性に見られて着替えるのって、ちょっと」
「承知致しました。皆様のお着替えは、あちらに」
メイドが指差した方に、たくさんのクローゼットが並んでいる。
「あんなにあるんですか」
「名札が掛かってございますので、そちらから」
「あ、それは助かります」
「着替えられましたら、今の御召し物は、クローゼットの中の籠にお入れ下さい。外に控えておりますので、何か御用がございましたら呼んで下さいませ。では、失礼致します」
ぱたん、と扉が閉まって、メイドが出て行った。
「・・・」
なんと広い浴場であろう。
更衣室だけで、トミヤス道場と同じくらいの広さがありそうだ。
これでは、着替えて入りに行くのも面倒だ。
(金持ちって、面倒だな)
溜め息をついて、マサヒデはクローゼットに向かって行った。




