第75話
マサヒデが竹刀をぶら下げて待っていると、ばたーん! と乱暴に戸が開き、稽古着のリディアーヌがすっ飛んで来て、マサヒデの前でぴたりと止まり、
「お待たせ致しましたっ!」
と、大きな声を上げ、しぱ! と頭を下げた。
「ああ、いえいえ。魔王様はああ仰いましたが、余興ですから。ただ、リディアーヌ様に気合を入れただけですから」
「はーっ! お気遣い感謝致します!」
「まあまあ、気楽に。さ、剣を取って下さい」
「ははーっ!」
えらく腰が低い。
ちらりと目だけで周りを見ると、苦笑いを浮かべている者が見える。
あの笑いは、自分が叩きのめされると見ているのか、はたまた逆の笑いか。
「さ、どうぞ剣を」
「はっ!」
リディアーヌが給仕の手から、刃を丸めたレイピアを抜く。
細く、長い。普通に刀身が3尺以上もあるのがレイピア。
刃を丸めてあるとはいえ、元々が突きの多い剣だ。
先を丸めていなければ、意味はないと言っても良い。
そして、魔王様と、獣人族の血を引くこの女。
単純な力は、マサヒデの遥かに上。
急所を突かれたら簡単に死ぬ。
(死ぬかもしれんぞ、とは、俺に向けた言葉だったかな)
背中に魔王様の視線を感じる。
魔王様の前での試合。これは御前試合なのだ。
(くそ! 白いな!)
レイピアは、真っ直ぐ構えられると、殆ど点に見える。
さらに金属。ヒルト(レイピアの護拳付きの鍔)も綺麗な銀。
服が白だと、真っ直ぐ構えられたら、色がほとんど同化してしまって、非常に見えづらい。
見えづらい・・・はたとマサヒデは閃いた。
(ああ。あれで良いか)
カオルがファッテンベルクで私兵相手に行っていた稽古。
目の良い獣人族には、効果てきめんの技。あれであしらえそうだ。
マサヒデがにこりと笑うと、リディアーヌは背筋を伸ばし、ひゅひゅん! とレイピアを振り、ぴたりと立てた。立てた瞬間、マサヒデが長さを見る。
(3尺4寸くらいか?)
レイピアにしては長くも短くも、といった感じ。
長いと言われるマサヒデの雲切丸でも、2尺7寸5分。やはりレイピアは長い。
リディアーヌが、ひゅん! と下げた。
「お願い致します!」
「では、宜しくお願い致します」
マサヒデが頭を下げ、すいと上げて、竹刀を正眼に構えると、す、とリディアーヌも足を引き、綺麗に半身。
わっと声が上がり、拍手が広がり、すぐに静まった。
リディアーヌは、マサヒデとぴたりと垂直。
片手に持ったレイピアを、くい、とマサヒデの目の高さに平行に上げる。
(なるほど。中々)
見づらい。武器の良さをしっかり分かっている。
これで伸びてくると、距離感がよく掴めないし、起こりも殆ど分からない。
目と目の間を真っ直ぐ突かれると、何をされたかも分からずに突き刺さる。
相手が動き出す前に。
ひょい、とマサヒデが竹刀の先を上げる。
「んっ!」
ぴくっとリディアーヌがレイピアを引っ込めた。
(やはり目が良い。良すぎる)
ひょい、ひょい、ひょい。
マサヒデが竹刀の先を上下に揺らし、簡単に目を取る。
「良い反応です」
「む、む」
手が届かなくても、軽く踏み込むだけで、レイピアは片手持ちだから、凄く伸びる。しかも速い。重心が手元だから、細かい動きも得意で、追ってきたりもする。マサヒデは広めに間を取りながら、
「ほら」
今度はリディアーヌの目の高さで、横にふらふらと揺らす。
嫌がって構えを下げると、今度は上下に動かす。
これではいつ叩かれるか分からない。
上げようとすると、また目の高さで揺らされる。
さっと横に動くと、マサヒデも合わせて横に向く。
(ふふふ)
目を取られたまま動いているので、雑な動きになっている。
本来はもっとしなやかなはず。
「どうしました」
「むむ、む、むー」
ひた。
マサヒデの竹刀が止まった瞬間に突かれたが、止めたら来ると分かっていれば何の事はない。突き出すより先に、すいっと避けてしまった。
「えっ!?」
まるで動きを読まれていたかのように見えたのだろう。リディアーヌが驚きの声を上げた。
「ふふ」
しゅん! と凄い速さで引きつつ、ぱっとリディアーヌが離れる。
今の突きで、大体の間は分かった。踏み込みは浅かった。あれより1尺以上は伸びてくるはず。
マサヒデは片手に竹刀を下げ、すたすたと歩いて行き、保険を入れてやや離れて、竹刀を上げて正眼に構える。
「さあ、始めましょう」
ふわふわ、と動かしているかと思うと、ひゅ! と速く動いたり、くいくいっと横に動いたと思うと、ぴたりと止まったり。リディアーヌはマサヒデの竹刀の先に目を取られて、中々動けない。
しかし、実際の所、手玉に取っているように見えて、マサヒデから手を出すのも難しい。レイピア相手に振り被ったり、脇に構えようとしたら、一瞬で串刺しだ。
線を外せれば良いが、この異常な反射神経を持つ相手にそれが出来るか。
(どうするかな)
剣を払うか。獣人と魔王様のハーフの腕で持つ剣を払えるか?
では小手を取るか。
長いから小手を取るのも大変だ。
誘ってみるか・・・
ぴたり。
竹刀を止めたが、今度は迂闊に手を出してこない。
じり、じり、と横に回っている。
マサヒデがほんの少し、服が動かない程度に、服の中で身体を引く。
癖になっている誘い。
「ふっ!」
まさに電光石火の突き。
だが、また何の事もないように右足を引いて半身に避けつつ、左手を少し上げる。
竹刀の先が右を向く。
「あっ」
リディアーヌは竹刀が腹に届く直前で足を止めたが、体を引く前に、マサヒデが軽く踏み込んだ。
こつん、とリディアーヌの腹に竹刀が当たる。
リディアーヌのレイピアは、マサヒデの首の横、1寸程を外していた。
「ご無礼。一本です」
「ええっ!? ええーっ! ど、どうして!?」
「さあ。どうしてでしょうか? ふふふ」
「ううん・・・ううん・・・頂戴、しました! まっ・・・まーっ・・・参りました! お父様! 申し訳ございません!」
がば! とリディアーヌが頭を下げると、
「はーっはっは!」
と、魔王の笑い声が響き、わっと拍手が上がった。
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マサヒデ達のテーブルの前に、しょんぼりしたリディアーヌが立っている。
「リディア。どうであった」
「動きが読まれているようで、さっぱりです。剣を突く前に動いてしまわれて」
「ほう」
「竹刀が止まって今だと思えば、もう動いていて・・・まるで先の事が分かっているようで、終わった後、怖くなりました」
「魔術を使えば勝てるか」
「勝てないと思います」
「魔剣を持てば勝てるか」
「勝てないと思います」
「あれがマサヒデ君の剣だ。マサヒデ君は剣で身を立てるつもりだ。兄として相応しい剣客と見るか」
「はい」
「そうか。下がって着替えよ」
「はい」
余程に自信があったのか、リディアーヌはどんよりと肩を落とし、力なくとぼとぼと歩いて行った。
「ね、クレールさん。私と対戦した後のクレールさん、あんな感じでしたよ」
「むぐ」
ごくん、と口の中を飲み込み、
「そ、そそそうでしたか?」
「もっと酷かったですけどね。完全に自失してましたから」
「ふふふ」
魔王が笑うと、マツもくすっと笑って、
「お父様。マサヒデ様は、その隙をついて、クレールさんを口説いてしまったんですよ」
ぶ! とマサヒデが水を吹き出す。
「ほおう。外道も良い所だな。弱った所につけこんだか」
「おほほほ!」
「ははは!」
「うふふふ」
マツに魔王にユカリと、魔王一族3人が笑う。
ふん、とマサヒデが鼻を鳴らす。
「私だって、最初はマツさんが凄く怖かったんですよ」
「むっ」
「絶対に断れない。これは断ってはいけない頼みだと思って。正直に言いますが、私、あの時、冒険者ギルドで震えていたんですから。アルマダさんには恥ずかしい姿を見られましたよ」
「むむ・・・」
マサヒデはにっこり笑って、
「まあ、実際に付き合ってみれば、なんて事もなかったので、良かったですけどね。怖い人ではなかったですから」
魔王は少し驚いて、
「ほう? マツが怖くないと」
「ええ。実態を知ってしまえば、でしたが」
「今まで、マツを怖れない者は少なかったな。この場に居る者達も、顔では笑顔を浮かべながら、一線を引いている者ばかりであろう」
「家族でも、ですか」
「そうだ。もはや、昔のマツを知る者は少なくなったがな。話は聞いておろう」
魔王が目を細める。
「君がここに来ると聞き、マツも来るであろうと、内心は戦々恐々としていた者も多かろうな」
「アラン様は普通に来ましたが」
ふ、と魔王が呆れ笑いを浮かべた。
「良くも悪くも、腹が据わっておるのよ。怖いもの知らずでもあるが、無謀ではない。相手を知れば、相応になる。マツ。お前、アランを懲らしめたそうだな」
「はい」
「ふふふ。マツに反したのは無謀であったかな。やりすぎるなよ。また誰も近寄らなくなるぞ」
「私はマサヒデ様がいれば十分です」
「聞いたかユカリ。我らの娘は、親では足らぬと言っておるぞ」
「ま」
「ふふふ。さて、マサヒデ君。アランに関してはもう心配するな。今、君の事を実際に見て知った。相応になる。ころりと態度を変えるであろう。これも、あいつの良くも悪くも、という所かな」
「はい」
「認めた相手には、きちんと尊敬の念を示す。あいつは、話に聞いた程度では決して心を動かさぬが、自分の目で見て確かめた所には、しかと弁える。身分云々は関係なく、相手が乞食であろうが幼子であろうが、敬うに値する相手には、きちんと頭を下げる」
王族でそうなのか。あのアランという男、問題児に見えたが。
「中々出来ない事です」
「うむ。あいつはそれが出来る。自分で確かめねば、という所は、やはり問題ありだがな。マツ」
「なんでしょう」
「アランはもう許してやれ」
「うふふ。はい」
「さて! マサヒデ君、楽しい話をしてくれ」
「そう言われましても」
ユカリが笑って、
「マサヒデさん、神様とお会いした話など如何?」
ぎょ、と魔王がマサヒデに目を向ける。
「な、何っ!? 何処の!? どの神だ!?」
「テヅカ様でしたね。マサヒデさん、どんな出会い方をしたの?」
がば! と魔王がマサヒデに顔を近付ける。
「テヅカ様!? あのテヅカか!? 間違いないのか!?」
マサヒデは背を仰け反らし、
「あ、いや、魔王様、あのテヅカ、と言われましても、私、他にテヅカという名の神様が居るかどうか知りません」
「マサヒデさんのご友人が、将棋で勝負したんですって」
ぶん! と魔王がユカリの方を向く。
「何だと!? 大丈夫だったのか!?」
「それはマサヒデさんにお聞き下さいませ。棋譜は残してくれたそうですよ」
「な、何!? テヅカとの将棋の棋譜!?」
「お父様、お見苦しいですよ」
「む、く」
くす、とユカリが笑って、
「ささ、マサヒデさん。私も聞きとうございます。どのような出会い方を・・・」




