第74話
泣き出した魔王は、すん、と小さく鼻を鳴らし、目を拭って、新しく運ばれたグラスを取り、マサヒデに笑顔を向けた。
「さ、旅の話でも聞こうではないか。どうかな。何か面白い話でもないか」
一番困る話だ。色々とありすぎた。
「ええと・・・色々とありまして、何を話したら良いものか」
「あの、魔王様。少し宜しいですか」
クレールが割り込んだ。涙を払い、顔は真剣だ。
「何かな」
「ご報告せねばならぬ事がございます」
「む! もしや、クレールにも子が出来ておるのか」
魔王は軽く笑ったが、クレールは、ぐっと力を入れ、
「いえ、それはまだですが。実は、米衆連合国で、危険な物を見つけたのです」
「ほう。魔剣でも眠っていたのかな」
「いえ。神様のお身体の一部を」
魔王の顔から笑みが消え、とん、とグラスを置いた。
立ち上がり、指でクレールを招いて、席を離れていく。
離れた所で、ちらりとテーブルを見て、クレールに目を戻す。
「迂闊に口にするな。他もいるのだ」
「し、失礼しました」
「何を、何処で見つけた。詳しく話せ」
「米衆連合、セント=エントーニョイ基地の地下で、鳳の神様の羽を見つけました」
む、と魔王の眉が寄る。
「軍の基地の地下。という事は、何か研究か分析でもしておるのか」
「はい。研究室には忍び込めなかったのですが」
「見つけたのは、お前の所の忍か」
「はい」
「その羽根、奪取は出来そうか」
クレールが首を振る。
「結界に守られた地下施設で、大きさ3丈もある羽です。運び出すのは無理です。施設内には爆弾が埋め込まれていて、無理に運び出すような事をすると、多分」
「む、分かった。戻るぞ。笑え」
くるっとテーブルの方を向いた魔王は、笑顔であった。
クレールも笑顔を作り、テーブルに向かう。
どうするのだろうか・・・
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テーブルに座り直した魔王とクレールは、笑顔である。
魔王は苦笑に変わり、
「クレール、お前も貴族なのだ。発言する時と場所は考えるように」
「すみません! でも、もう機会がないかもしれないと、焦ってしまって!」
「ははは! 家族になるのだ。いつでも会う事は出来るぞ」
笑いながら、魔王がグラスを取る。
「全く、クレールのせいで座がしらけたな。さあさ、マサヒデ君。何か面白い話をしてくれぬか。そうだな、ウキョウではどんな武術家と立ち会ったかな。日輪国は武術大国であるから、色々な武術家が居たろう」
「え? ええ、それは勿論。ええと、立ち会った、となりますとですね、車道流のヨシヒラ=ヤナギ先生、一剣流のユウゾウ=ヤダ先生、三傅流のヒデノブ=フギ先生」
「ほう! 誰も大家であるな」
マサヒデは苦笑して、フォークを手には取ったが、料理を口には運べなかった。
「やあ、どの先生にも、刃も立ちませんでした。教えてもらうばかりで、稽古をつけて頂くといった感じですが」
「誰が一番強いと感じた。ささ、食べながらで良いぞ」
言われたが、フォーク、ナイフを置き、腕を組み、天井を見上げる。
誰も、自分より遥かに上であるとはっきり分かっている。
マサヒデの真剣な顔に、皆も手を止めた。
「どの先生も私より遥かに上で、さっぱり分かりません。それに、武術は強い弱いで測れない所があります」
「と言うと」
「大体、流派というのは、1人の大天才が生み出したもので、それに勝てる人って、あまりいないと思います」
「で?」
「優れた技術があっても、それを確かに使えているかどうかが、強い弱いでは。如何に強い武術家でも、適当に使っているのは、技術を失わせるきっかけになりかねません。そういう人は、いつか負けます。だって、どの武術も、勝てるようにと技術を考えているわけですから、その人より上手く使える人には敵いません」
「ではそれを加味して、最も強いではなく、最も上手く使えている、という者は、誰かな」
「ううむ・・・」
マサヒデは少し考え、にっこり笑った。
「誰も私より遥かに上で、さっぱりです」
「ははは! 上手く逃げたな! では、魔の国の武術家はどうかな? マスダ。それに、ファッテンベルクの、ルーカスとも立ち会ったそうだな」
皆も笑顔に戻り、手を動かし出した。
「はい」
「どちらにも勝ったが、単純にどちらに苦戦したか」
「その、イザベルさんには悪いのですが、マスダさんですね」
「ほう。かの男、ルーカスより上か」
「ううむ・・・さて、はっきり上かと言うと、難しい所ですが」
「気を使わずとも良いぞ」
イザベルの兄、ルーカスも、この魔王軍の一員なのだ。
「勝負は時の運、という言葉があります」
「ふむ? 運が良ければ、ファッテンベルクが勝つか」
「いや。そういう事ではなく、父上に言われました事が。武術家には、10割の勝負というものはないのです」
「ほう」
「どんなに良くても、9割9分。絶対の勝負はない。例え相手が格下でも、1分を拾える者かもしれない。例え相手が格上でも、1分を拾えば勝てる。いざ実戦、となると、その1分、ルーカス様が拾えるかも」
「ふうむ」
「まあ、単純な技術力では、6:4と見ます。ルーカス様は、恐ろしく強いですよ。そう・・・コヒョウエ=シュウサンという、父上の師匠がいますが、そっくりの剣を使いましたので、驚きました」
飛び上がりながら斬る。
コヒョウエの得意の手で、マサヒデは手も足も出なかった。
あのルーカスの一撃も、勘と運で避けられたようなものであった。
「ほう。そうかそうか。その恐ろしく強い者と立ち会って勝ったか。マサヒデ君は中々言うな。なあ、ユカリ」
「うふふ」
「ああいや! そのようなつもりは全く!」
「ふふふ。では、そうだな。魔王の一族と戦って勝てるかな? そう言えば、アランが顔を出したそうだが、突っかかって行かなかったか?」
マサヒデがぎくっとして、
「え!? いや、そのような」
「そうなんです!」
マツが声を上げる。
慌ててマサヒデが手を振り、
「そんな事はありませんでしたよ! ね?」
「ございました! その上、マサヒデ様を腰抜け呼ばわりしたくせに、ルーカス様に勝ったと聞いたら、顔を青くしてしまう始末! ねえ、お母様」
「はっはっは! 仕方のない奴だな。あれも剣術をかじっておるからな。が、あいつの剣は大した事はないぞ。どちらかと言うと、用兵学の方であるからな」
魔の国の用兵、戦術・戦略は大したことはない。
今まで、まともな戦がなかったからである。
人の国との戦争の際も、個の兵に差がありすぎて、まともな戦ではなかったのだ。
魔の国からしたら、良い演習になりました。
それが、人の国と魔の国の戦の実態であったのだ。
「あ、用兵ですか。それなら、イザベルさんがお力になれますよ」
「何故だ」
「日輪国の戦の記録をまとめているんです。お父上のリチャード様も、ルーカス様も、夢中になって、貪るように読んでいました」
「ほう・・・ほう? む? いや待て」
む、と魔王が顎に手を当てる。
「そう言えば、先月・・・先々月だったか・・・日輪国に合同演習を、戦術戦略講義をと、リチャードから打診があったと聞いたな。そうか。あのリチャードがそれほどに感銘を受けたか。マサヒデ君、良い話を聞いた」
「そうですか?」
「うむ・・・うむ、うむ」
何事か考えながら、魔王は皿の料理をぺろりと平らげて、ぐいとグラスを空けた。
給仕がさっとグラスにワインを注ぐ。
「ふふ。アランよりまともな者と、試しに立ち会ってみるか? 良い余興になろう」
「え!?」
「なあに、竹刀勝負だ。どうかな。魔術は使わぬ。別に負けても君の恥とはならん。中々だぞ。剣だけなら、ルーカスには負ける程度だ。滅多打ちにして、皆に君の剣を見せてくれ」
「や、まさかに、いくら竹刀とはいえ、王族の方に剣を向けるのは」
「構わぬ。指導をするのだ。今晩限りの剣術指南役だ。これなら良かろう?」
つつ、とマツに目をやると、マツは目を輝かせて、
「マサヒデ様の指導を受けられるなんて、名誉な事です! お父様、良いご提案ですよ!」
(やめて下さいよ!)
マサヒデの顔から血の気が引いて行く。
「はっはっは! そうであろう! おい、竹刀と訓練用の剣を用意させろ。リディアの物だ」
「は!」
給仕が下がって行く。
魔王はにこやかに立ち上がり、右のテーブルの中程を向いて、
「リディアーヌ! 来い!」
と、声を上げた。
「はいっ!」
返事を返してきたのは、マサヒデよりも年下に見える、クレールと同じくらいに見える、年若の女の子であった。
たたた・・・と駆けて来て、ぺこり、ぺこり、ぺこり、と、正面の魔王、左右のマサヒデ達に頭を下げ、美しい黒髪が揺れる。
マツもアランもそうだが、魔王の血族は、黒髪が多いようだ。
耳はあるが、尾はない。この耳の形は紛うことなき獣人族。魔王との混血。
尾はしまっているのかもしれない。
「おい、リディア。マサヒデ君が、お前が剣に執心していると聞いてな、一手教えてくれるそうだぞ」
「えっ!」
「リディアはもう聞いているか? トミヤス君は、なんと、あのルーカス=ファッテンベルクに3本勝負で1本も取らせなかったというのだ」
「ええーっ!? ルーカス様にですか!?」
「どうだ? 嘘か真か、試してみようと思わんか? ん?」
「お、お、お父様は、お疑いなのですか?」
「いいや。全く疑っておらん。余興だ。滅多打ちにされてみろ。ははは!」
「・・・」
魔王はぴたりと笑顔をおさめ、真顔になり、
「お前の義理の兄とならんとするただの人族の平民が、どれだけ強いか見せてもらえ。竹刀勝負だが、話が本当なら、本気でいかんと死ぬかもしれんぞ」
「はい」
「だがな。例え余興でもだ。魔王の娘が安々と負けて恥を晒すな」
「はい」
「晩餐会の間だ。魔術は使うな。相手はひ弱な人族。剣の腕のみで下せ。良いな。実戦ならば魔剣を使っています、などという言い訳は許さぬ。お前の日頃の訓練の成果を見せてみろ」
「はい!」
「良し。10分以内に着替えて戻ってこい。普段の訓練着で構わぬ。行け」
「はい!」
リディアーヌと呼ばれた娘は、ちらりとマサヒデを見て頭を下げ、スカートの裾を引っ掴み、物凄い速さで駆けて出て行った。
厳しい顔から一転、魔王はにこにこして、マサヒデに笑顔を向け、
「はっはっは! 元気の良い娘でな!」
「は」
「あれでも子の中では、少しは使える方なのだ。剣だけならばな。ま、アランよりはましくらいだ」
「そうなのですか?」
アランの方が遥かに年上に見えるが、上か。
「魔王様」
給仕が来て、真新しい竹刀を差し出した。
「うむ。ではマサヒデ君。行きたまえ。魔王の息子としても恥ずかしくない腕があると、皆に証明してくれ」
試験か!
慌てていたマサヒデの目が落ち着き、腹が据わった。
「はい」
マサヒデは立ち上がり、給仕の手から竹刀を取って、座の真ん中に歩き出した。
竹刀を持って歩いて来たマサヒデを見て、皆が興味深そうに、顔を見合わせる。
「皆の者! 余興だ! 勇者マサヒデが、魔王の血族と立ち会うぞ! その剣、とくと見るが良い!」
おお、と声が上がり、ざわざわと騒がしくなる。
別の給仕が来て、マサヒデの近くに立った。
持っているのは、刃を丸めたレイピア。
(細剣使いか。これは厄介だな)
手に持っているのは竹刀。
向こうは金属だが、さてどうするか。




