第73話
多くのメイド達を引き連れ、マサヒデ達がぞろぞろと廊下を歩いて行く。
窓の外を見れば、もう日が沈みかけ、茜色になっている。
着替えを始めた頃には、まだ少し日が傾いた、という程度だったのに、広い城だ。
「マツさん、まだですか」
「もうすぐ表に着きますから。私達の場所は第3ホールですから、すぐです」
「私達?」
「今回は、家族とそうでない方々は別々にするんですって」
「ああ」
魔王様と、ユカリ王妃と、コルネリア王妃以外は初顔合わせになるから、そうするのか・・・
あっ! とマサヒデが驚き、
「え!? じゃあ、私1人ですか!?」
「私がおりますよ。クレールさんもです」
ユカリもくすっと笑って、
「マサヒデさん、私もおりますから。ね?」
「え、ええ」
急に胸がどきどきしてきた。顔から血の気が引いて行くのを感じる。
あと何人の王妃がいて、何人の王子、姫がいるのだろう。
「マサヒデ様、もうすぐですよ」
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アルマダ達は手前のドアの前に入っていき、マサヒデ達は更に歩く。
ホールが続いている。
廊下には黄金色の鎧を着た近衛兵が何人も並び、マサヒデ達を見送っていく。
そんな落ち着かない廊下を歩いていくと、メイド達が足を止め、ささっと並んだ。
「ここです」
「・・・はい」
中から、わやわやと声が聞こえる。軽く10人以上はいそうだ。
一体、何人居るのやら。
「さ、参りましょう」
マツが言うと、ドアの左右のメイドが頭を下げ、ドアを開けた。
(うお)
眩しい! と目を細め、少しずつ目を開いていくと、えらく明るい部屋。夕方とは思えない。
上にはぎらぎら光るシャンデリア。
その光を浴びて、同じくきらきら光る服を着た者達。
あれが全部、魔王様の家族なのか!?
それらがぴたりとお喋りをやめて、マサヒデ達に目を向けた。
10人は手前にいただけだ。奥にもずらりと並んでいる。これが全員家族!?
ユカリが軽く会釈して入って行き、アランも入って行き、次にマツがタマゴを抱えて、深々と頭を下げて入って行く。
(マサヒデ様)
後ろでクレールが囁き、驚いている暇もなく、仕方なくマサヒデも深く頭を下げ、中に入った。
この後ろにいるクレールの頼もしさ。
すんなり入っていくマツとユカリより、同じ客分のクレールの方が頼もしい。
「ん、んんっ!」
咳払いして、背を伸ばし、軽く襟を正して中に1歩。もう引き返せない。
「む」
ぴたりとマサヒデが足を止めたので、クレールも足を止めた。
コの字に置かれたテーブルの一番奥、そこに座っているあの男は・・・
(マサヒデ様!)
し、と口を鳴らし、クレールが催促するが、マサヒデは驚きの顔を隠せず、足を止めたまま。
(マサヒデ様!)
もう一度クレールが言った所で、やっとマサヒデが歩き出した。
マサヒデはクレールと並んで、
「ク、クレールさん」
「どうしました」
クレールは皆に笑顔を向けたまま、器用に小さく返事を返す。
「あの、一番奥に座っている人が、魔王様ですか」
クレールもちらりと奥に目をやって、ぎょっとした。
そこには、マサヒデと大して変わらぬくらいの、若い男が座っていた。
主賓席だ。王子が座って良い席ではない。
あれが、魔王様!?
2人が驚いた目を向けていると、男がにっこり笑って、席を立ち上がった。
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「マサヒデ君」
歩いて来た若い男が、マサヒデに声を掛ける。
これは、確かに、中庭で聞いたあの鎧の男の声!
見た目に似合わぬ、低く重みのある声!
「はっ」
威厳、迫力よりも、その見た目に、マサヒデもクレールも衝撃を受けた。
魔王様はもう10万年を越えて、この魔の国にいるのだ。
この若さは一体!? あと何年生きるのだ!?
「ふふふ。そう緊張するな。ここには家族しか居ないのだ。レイシクランは、まだ予定だが、まあ断られる事はあるまいから、この席に呼んだ」
「あ、ありがたき、幸せに、ございます」
よもや影武者という事はあるまい。
魔王様には毒も鉄砲も効きはしないのだから。
大砲が直撃したら、少しは傷付けられるだろうか。
大きなホテル程の大きさの魔獣と素手で戦って、軽く倒してしまう程の男なのだ。
「ふふふ。その様子、驚いたな? 我の顔を見ると、皆が驚く」
「は・・・はい。驚きました」
「若く見える、と言うからな。今のどの妃よりも若く見える。これはありがたいと言うべきかな? ふふふ」
「私と、大して変わらないように、見えます」
「そうだな。この先、何年生きるか分からん。寿命が近くなると、急に歳を取り出すという感じかもしれんが。さあ、こちらに来い。今日の主客は、マサヒデ君とレイシクランだ。レイシクラン・・・」
魔王がクレールに目を向ける。
「は、はい」
「もう、クレール、と名で呼んでも良いかな。君も、マサヒデ君との結婚を、父上から正式に許しを得られたら、我が娘となるのだ」
「はははい! はい!」
魔王は顔を上げ、まだ見たことのない家族達に挨拶をしているマツに目を向けた。
「マツ!」
「はーい!」
「来い!」
「はあーい!」
ぶつぶつ言いながら、マツが歩いて来て、
「お父様、まだ挨拶も終わっていないのに」
「後にしろ。いつまで経っても飯が食えん。もう始めるぞ。私は腹が空いた」
「お父様ったら・・・ぶつぶつ」
マツの方が年上に見え、奇妙な会話に聞こえる。マサヒデと、マツやクレールの会話も、傍から見れば、こんな感じだったのだろうか・・・
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マサヒデ、マツ、クレール、ユカリ、魔王と、奥のテーブルに並んで座ると、皆が会釈して席に向かった。
席に着き、グラスを取った所で、魔王が立ち上がる。
「今宵はマツの結婚を祝しての前祝いだ! ここには家族しか居ない!」
家族! マサヒデも、クレールも、じんときてしまった。
魔王様に認められたのだ。
「このマツが、マツが! 結婚出来るとは・・・」
何かを感じたと思ったら、突然、マサヒデの持つグラスがぴしりと音を立てた。
「あ」
と、小さく声を出すと、グラスの上が割れて、落ちてしまった。
薄いグラスは、かしゃん! と高く細い音を立て、粉々に砕け散り、マサヒデの手に残ったのは、グラスの足だけ。
「うわ!?」
は! は! とマサヒデがきょろきょろしたが、マツもグラスを置いて、
「マサヒデ様、大丈夫ですから」
きん、と軋むような音がして、マツがさっとグラスに袖を被せると、ぱしん! とマツのグラスも弾けるように割れた。クレールも慌ててグラスを遠くに置く。
「魔王様」
ユカリが魔王の裾を引くと、魔王が割れたグラスを見て、一瞬慌てた顔を見せた。
「む! むう、すまぬ」
一呼吸置いて、魔王が顔を上げた。
「思わず昂ってしまった。続ける! マツの結婚を祝い、マサヒデ君を息子に迎えられる事、クレールを娘に迎えられる事を祝おう! か・・・かん」
マサヒデが急に言葉に詰まった魔王の顔を見上げると、ほろり、と魔王が涙を流した。あ、と驚くと、ぽろぽろと涙を流す。魔王様が泣いている。
「ううっ」
小さな声がして、魔王の向こうに座るユカリも、目にハンカチを当てている。
「乾杯! 乾杯だ!」
「「「乾杯!」」」
皆の顔に、喜びと呆れのような笑顔が浮かんでいた。
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とすん、と椅子に腰を下ろした魔王は、マサヒデと反対を向いて、目に手を当てていた。
「マサヒデ君」
「はい」
「マツの事は、諦めていた」
「はい」
「怖れられ、どの見合いも断られた。マツも断った。そして家を出ると言って・・・連絡も寄越さなくなり・・・独り身のまま・・・もはやと思っていた・・・」
「ううっ! マサヒデさん!」
ユカリが真っ赤な目をマサヒデに向け、頭を下げる。
「マツを、マツを宜しくお願いします!」
「勿論です。私は武術家ですから、いつ斬られて死ぬか分かりません。ですが、生きている間は、必ず」
「孫も成せた・・・このリオン、心から感謝するぞ」
リオン。魔王様の名は、リオンというのか。
ただ『魔王様』というだけで、名は知らなかった。迂闊であった。
(うわ、俺、なんでマツさんに聞いておかなかったんだ)
ちら、と横のマツを見ると、マツもタマゴを抱いて泣いていた。
クレールも泣いていた。




