第72話
あれから四半刻(30分)―――
がちゃ! と勢い良くドアが開き、皆がそちらを向いた。
きらきら輝く真紅のドレスを身にまとったクレールが出て来て、ぱ! とマサヒデ達の方に笑顔を向けた。
「マサ」
マサヒデとシズクは魔王様の城の中というのに、廊下に足を開いてしゃがみ込み、膝に肘を付いて頬杖をついている。
アルマダも壁にもたれかかり、腕を組んでいる。
ラディとイザベルはきちんと立っていたが、目が疲れている。
その4人の目が、どんよりとクレールを見た。
カオルが一番向こうで、クレールに小さく首を振っている。
「・・・」
4人の目には、もはや緊張も見えない。言葉が途切れ、飲み込んでしまった。
これは待たせてしまったか・・・
クレールは肩を竦めて、しゃがみ込んだマサヒデの所に歩いて行く。
久し振りに見るドレス姿のイザベルが、歩いて行くクレールを見下ろし、
「流石クレール様。お美しゅうございます」
と、言葉を掛けてくれたが、あまり感情の見えない声だ。
それに・・・
(負けた!)
ラディのように胸がでかいわけではないが、武術で鍛えた身体は綺麗に締まり、立ち姿も美しい。素人モデルのように弓反りにもならず、前にも屈んでおらず、ぴたりと垂直。その姿、まさにスーパーモデル!
イザベルのドレス姿を見たのは、まだ子供の頃の事。
改めて見れば、ここまで成長していたとは!
完全なるモデル体型ではないか!
「う、くくっ・・・あ、あの、マサヒデ様、お待たせしましたか?」
「綺麗ですよ、クレールさん。時間を掛けただけはあります」
返ってくるのは、皮肉の籠もった褒め言葉。
「・・・」
「行きましょう。この廊下の先で、ユカリ様とマツさんが待っててくれてるんです」
マツだけならまだしも、王妃も待たせているのか!?
(先にそれを伝えてくれれば!)
と、一瞬思ったが、短くなった、か? 余計に時間を掛けてしまったかも・・・
「は、はい!」
「よーっこらせー」
シズクがだるい声を上げながら、のっそり立ち上がる。
「マサちゃん、行くかよ」
「そうですね。よーいせっ、と。トモヤはもう来てますかね」
「来てんじゃなあーい? かーなーりー。時間たったしー。急がないとね」
マサヒデは懐手にして、首を回しながら歩いて行く。
シズクも肩に手を当て、ぐるぐる回しながら歩いて行く。
「クレール様。急いで転ばないで下さいね」
アルマダが子供に掛けるような言葉を残し、すたすたと歩いて行く。
ラディとイザベルも、しずしずと、しかし少し早足で歩いて行く。
カオルが歩いて来て、そっと手を伸ばした。
「クレール様、お手は」
「いえ・・・」
「急ぎましょう」
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「まあ! 皆様お綺麗ですよ!」
ユカリもマツもにこにこして、女衆を褒めてくれた。
2人は長い長い廊下の先の、小さな(この城の大きさにしては)ロビーで、長椅子に座って待っていた。周りにはメイド達が大量に居る。そして、少し奥の壁に無表情で立つアランが居た。
(良かった)
閉じ込められっぱなしではなかったか。
マサヒデはほっとして、アランに会釈したが、アランはちらりと見ただけで、目を向こうに向けてしまった。
(そりゃあ怒るよなあ)
苦笑を浮かべないようにして、ユカリに頭を下げる。
「遅くなりまして、申し訳もございません」
き、と一瞬クレールの顔が固まった。
ユカリはにこにこ笑っていて、
「構いませんとも。女性の準備には時間が掛かるものです」
と、ユカリはクレール、イザベル、ラディ、シズク、と順に見ていき、クレールに目を戻し、ふ、と笑った。
「ね? レイシクラン様もそう思いませんか?」
「は、ははーい・・・」
答えた自分でも分かる。今、思い切りこわばった笑顔だ。
「では参りましょう。マサヒデさんのご友人も、先程ご到着なされたそうですよ。表に向かっております頃でしょう」
「あ、来ましたか」
「お急ぎで馬車の中でお着替えされたそうですよ。お友達にご迷惑をお掛け致しまして、申し訳ございません」
「ああ、いえいえ! 元々、トモヤも勇者祭に参加した者。魔王様の所に行きたいとは思っていたんです」
ふん、とアランが鼻を鳴らしたのを、マツが聞き逃さず、ちらりとアランを見ると、アランはそっぽを向いたまま。
「ふっ」
マツが失笑すると、アランが苦々しい顔に変わる。
「アラン、どうしました? もうトイレは宜しい?」
やはりか。
マツの魔術で閉じ込められてしまっては、トイレにも行けないのだ。
立小便でもしていたら、マツが覗きにくるかも知れないし・・・
「姉上!」
アランが顔を赤くして声を上げる。
「何か変な事を聞きましたか?」
あまり客前で尋ねても良い質問ではないが、確かに、変な事を聞いてはいない。
「う・・・いえ。いえ、もよおしてはおりません」
「そうですか。マサヒデ様達を迎えての席で、股を押さえて席を立つ、など考えられませんものね」
「く」
「もう不遜な態度を取らない事です。全く、竜斬りだなんて二つ名で、調子に乗って。実際に斬ったわけでもないのに」
竜斬り? 二つ名? 実際に斬ったわけではない?
マサヒデ達が目を見合わせる。
マツが鼻で笑って、
「アランは暴れ竜を退治したんですって。凄いですね」
「ええっ!? 凄いではありませんか!」
マサヒデが声を上げると、ふっ、とマツが笑う。
「大隊を率いてですけど。被害は何名?」
く、とアランが苦い顔で横を向く。
「・・・」
「マサヒデ様、その程度の二つ名です」
「いやいや、十分凄いと思うんですが」
「今のマサヒデ様なら、お仲間合わせて5人で、十分に倒せると思います」
「まさか」
実際に見た事がないので何とも言えないが、相手は空を飛んでしまうのだ。それでは刀では斬れないし、拳銃程度では太刀打ちも出来まい。クレールの魔術やラディの鉄砲がまともに通るかも分からない。
それに、野の獣と違って、高い知性がある。人には理解は出来ないが、言葉も喋るし、むしろ知能は人より高いという。まともに相手に出来るとは思えない。
「さあ、どうでしょうか。今度出ましたら、お父様からマサヒデ様達に退治をお願いするように言っておきます」
「そういう断れないお願い、やめて下さいよ。命懸けじゃないですか」
「あら。武人らしからぬお言葉」
「ふ。全くだ」
アランが片頬に笑みを浮かべて言うと、マツが嫌らしく笑う。
「では、アラン。どちらが上か試してみます?」
「マツさん、やめて下さいよ」
マサヒデはひらひら手を振ったが、アランはそのマサヒデを見下すように見て、
「私は構いません。例え義理とはいえ、腰抜けの兄は持ちたくありません」
これには皆、かちんときてしまった。
だが、相手は王子。魔王様の息子で王族である。
皆、言葉を出すことを控えたが、イザベルが声を上げた。
「我が主を愚弄する事は、例え王子と言えど許せませぬ」
と、ずいっと進み出た。
「イザベル=ファッテンベルクだな。エッセンの落ちこぼれが何を言う」
「マサヒデ様は我が兄上に勝る腕」
「何?」
魔の国では、イザベルの兄、ルーカスは一流の武術家にも劣らぬと高名なのだ。
驚いた顔のアランを、イザベルが睨む。
「お疑いとあらば、兄上にお確かめ下さい。それとも、マサヒデ様と直に撃ち合ってお確かめになられますか! 構いませぬ、と申されましたな!」
「む、む」
イザベルがメイド達の方を見て、
「誰か! マサヒデ様の控室から、マサヒデ様の差料を持って参れ!」
何!? とマサヒデが驚いた。
木刀、木剣の試合ならまだしも、さすがに真剣はまずい。
アランの腕次第では、斬らずに終わらせる事は出来ないのだ。
「え! ちょっと、イザベルさん! 駄目ですよ!」
「マサヒデ様。私は、たとえ王族といえども、マサヒデ様とトミヤス流の名誉を踏みにじる王子の言、許せませぬ」
マサヒデは驚いているメイド達に慌てて手を振り、
「構いませんから! 持ってこなくて結構です! ええ、ええ、アラン様、私、腰抜けで結構ですからね! この通り、腰抜けですから! ははは!」
「ならば」
アルマダが前に出る。
「その決闘、私が代理人として受けましょう」
ぶん! とマサヒデが首を回す。
「決闘!? アルマダさんまで何を!」
「アラン王子! マサヒデさんには及ばずながら、このアルマダ=ハワード、トミヤス道場の双璧と呼ばれる自負がございます! どなたか! 私の控室から剣をお持ち下さい!」
アルマダが胸ポケットからハンカチを出した所で、マサヒデが手首を掴む。
「ちょっとちょっと! 駄目ですよ!」
アルマダがきつい目をマサヒデに目を向ける。明らかな怒りが見える。
「お願いですから!」
「・・・分かりました。手を離して下さい」
ほ、とマサヒデが息をついて、アルマダの腕を離すと、アルマダがハンカチをしまって、アランを見る。
「腰抜けはどちらですかね」
アランは安堵の息をついていたが、ぐ! と息を止め、くふ、と小さく咳き込んだ。それを見て、アルマダとイザベルが、ふん、と鼻を鳴らす。
マツもにやりと笑って、
「うふふ。アラン、良かったですね。もう少しで死ぬ所でしたよ」
「こほ」
マサヒデはマツに向いて、
「マツさん! あなたが! あなたが、けしかけるから、いけないんですよ!」
「うふふ。アラン、この程度に乗るようでは、武人とは言えませんね。全く心が練れておりません。マサヒデ様のように、それで結構、構いませぬ、言わせておけ、と、流せませんか?」
「くっ」
「さ、お母様、皆さん、参りましょう」
マツが立ち上がると、くす、とユカリも小さく笑って立ち上がった。




