第71話
皆の着替えも終わって、並んだ部屋からずらずらと執事やメイドが出て来る。
マサヒデ達も外に出ていたが、女衆(シズクは除く)の長い事。
マサヒデ達は廊下の一角に集まり、マサヒデは壁に背を預けている。
「まだですかねえ」
「マサヒデさん、あなたは、あなたという人は、よくそんなに落ち着いていられますね」
アルマダも用意されたタキシードに着替え、マサヒデの前で、腕を組んで、じりじりと落ち着かない様子だ。シズクやアルマダのお付きの騎士達も、言わずもがな。
「どうせ酒を呑まされて潰れるんですよ。皆さん、魔族なんですから、私達がついていけるわけがないじゃないですか」
「飲み比べではないんですよ。カゲミツ様との飲み会の席ではないんです」
「そうそう、ディナー、夕餉の時刻には随分早いなって思うんですが」
アルマダが不機嫌と不安を混ぜた顔で、マサヒデに目を向ける。
「分かりませんか」
「分かりませんかって、何がです」
「ここからディナーの広間までは、距離があるって事です。ここは城の奥です。城の・・・そう、客間、と言ったら良いですかね。表に行くんですよ」
ぽん! とマサヒデが手を叩く。
マサヒデの隣に立っていたシズクも、あ、と顔を上げた。
「ああ! なるほど!」
「どれだけ広さがあるんでしょうね。まだ日が沈むには全然早いですよ」
「不便ですね」
「魔王様が中々戻ってこない、なんて話をしてたのも当然ですよ。執務室は城の方でしょうし」
「あ、そういう事か! ううむ」
「呑気ですね!」
マサヒデはアルマダから目を逸らし、下を向く。
「そうしようと態度だけでも努めてるんですよ。魔王様と一緒に夕食なんて、考えたくもない」
「その魔王様は、もうあなたの義父なんです」
「分かってますよ」
王妃2人との雑談はほのぼのと終わったが、最初に顔を合わせた魔王様を思い出したくはない。言葉ひとつで、文字通り握り潰されそうだ。なんと緊張する夕食であろうか。
「マサちゃん」
シズクが不安そうに、小さく声を出した。
「なんです」
「私、どうしたら良い? マナーなんて分からないよ。まだ死にたくない」
「私もですよ。まあ、でも、魔王様は大丈夫ですって。懐が深い感じでしたし。もう腹を括って下さい。お願いでも考えてて下さい」
「うん」
そんな話をしていると、まずカオルが出て来て、マサヒデ達の所に来た。
ぞろぞろと執事とメイドが歩いて行くが、マサヒデも、アルマダも、シズクも、訝しげな目でそれを見送る。
「カオルさん、あの人達、忍の方では」
「はい。少々、皆様と話が盛り上がりまして。技術交流なども情報省に打診してみようかと考えております」
「着替えないんですか」
カオルは渋い顔で頷き、軽く腕を広げる。
「仕込んでありますので・・・これを置いて、着替えて行くのは、少々。一応、これも正装ですし」
「ううむ。アルマダさん、一番落ち着いている人がここに来ましたよ」
「確かに。そうですね」
ふ、と小さくアルマダが溜め息をつくと、カオルがむっとして、
「私も緊張しております」
「ええ。そうでしょうとも」
「でしょうね。忍の皆さんと盛り上がるくらいには、緊張してるんですよね」
「カオル、肝が据わってるな」
アルマダ、マサヒデ、シズクの、呆れと諦めと緊張が混じった返答。
「ご主人様、もう少々、落ち着いて下さい。もはやご家族となられたのです。ユカリ様もコルネリア様も」
き、とドアが開いて、カオルの言葉が止まり、皆の目がそちらに向いた。
黄色と言うのか、むしろ金色と言うのか。
きらきら輝くドレスを着たイザベルが出て来た。
「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」
皆が黙ってしまった。
ドレス姿のイザベルは、こうも変わるものか。
普段からスーツかつなぎで、でかい剣を背負っているので、全然印象が変わる。
「お待たせ致しました」
イザベルの方はイザベルで、床まで垂れた長いスカートのドレスで、全く不自然なく歩いて来て、マサヒデ達に頭を下げた。
髪も綺麗に結われて、まさに貴族のご令嬢である。実際、そうなのだが。
顔を上げると、薄く綺麗に化粧までしているではないか。
「なん、何と言うか、随分と、あれですね」
「流石はイザベル様。お美しい」
アルマダがずばっと恥ずかしい事を言う。
「私のドレス姿など、皆様には敵いませぬが」
ふ、とイザベルが笑って、羽織袴のシズクを見る。
「シズク殿には勝ったと思っても良いかな?」
ふん、とシズクがそっぽを向く。
「いいよ。私がドレスなんて、何着ても駄目なんだ」
「ふふん。私も一応は貴族の令嬢であるからなー」
得意気に腰に手を当てて、くるりと回り、振り向きでポーズをとる。背中が腰まで開いているではないか。普段のイザベルからは、およそ想像もつかない服だ。それよりも、スカートである。
「なんか、長袴みたいにすごく長いですけど、それ大丈夫なんですか? 踏んで転げたりしないで下さいよ」
「マサヒデ様、大丈夫でございます。慣れております」
こんな服に慣れているとは! なんと貴族らしい発言!
マサヒデとシズクが顔を見合わせる。
「マサヒデさん、当たり前ですよ」
呆れ声を出すのはアルマダだけ。
「流石にここまで上等な物は着た事はございません。私、悩んでしまいしたが、やはり家の色として、黄色を選びました。如何でしょう」
「ううむ、似合いますね。驚くほどに」
普段から武張ったイザベルだが、こういう姿もとても似合うのを知ってしまって、驚きを隠せない。
「カオル殿は、やはり着替えられませぬか」
「はい。私はこの服に色々仕込んでおりますし。置いて行っては、ここの忍の皆様に好き放題されてしまいそうで」
「ううむ、カオル殿のドレス姿も見てみたいものですが」
「では、後で1着、拝借致しましょうか」
マサヒデが慌てて、
「だ、駄目ですよ!?」
アルマダもシズクも、きょろきょろと廊下を見渡す。
「ふふ。冗談です。まさかに魔王様から盗みなど致しませぬ」
き、とまたドアが開いた。
イザベルが出て来たラディに声を掛ける。
「お、ラディ。待たせるではないか」
「は」
身を固くして、ちょこちょことラディが歩いて来る。
綺麗に結い上げられた髪に、かんざしが揺れる。
青地に、ど派手な刺繍の入った着物・・・
(あ、着物)
あれはいつの事だったか、ラディは背が大きいので、着物がない、と言っていたのを思い出した。きっと、しばらくぶりに着る着物ではないのだろうか。
マサヒデは小さく頷いて、ラディに笑みを向け、
「やっぱりラディさんは着物も似合うと思いましたよ。綺麗です」
ぼ、とラディの頬が、化粧の下で染まったのが、誰にも分かった。
やはりこの男は恥ずかしい事を平気で言う。
アルマダも同じ事を思われていたが。
さて、あとはクレールだけ・・・
「まだ掛かりそうですね」
「何が?」
「クレールさんです」
ああ、と皆が肩を落とし、溜め息をついた。




