第70話
マサヒデ達は服の着替えに、それぞれ別の部屋に入れられた。
「あっ」
通された部屋のテーブルに用意されていたのは、トミヤス家の三角三ツトの紋の付いた、羽織袴。1日で簡単に用意出来る物ではない
マサヒデは手に取って広げ、後ろに立った執事の方を振り向いた。
「これ、もしかして、先に用意していてくれたんですか?」
「はい。米衆連合国を出た、と連絡が来てからすぐに仕立てを」
「そうだったんですか。わざわざ仕立ててくれたんですか」
本当に、魔王様はマサヒデ達を歓迎するつもりだったのだ。
「トミヤス様。まず、合わせてみましょう。他のサイズもご用意しております」
執事達は、まだマサヒデを『トミヤス』と呼ぶ。
正式に魔王の息子、と決まったわけではない、という事だ。油断は出来ない。
「はい」
手を貸そうとメイド達が出てきたが、マサヒデは手で止めて、
「あいや。結構です。私、平民ですから、着替えを手伝ってもらうのって、恥ずかしくて、慣れなくて」
アルマダから聞いた話で知っている。貴族は平気で着替える時は、平気で人前で素っ裸になるのだ。
マサヒデはまず腰の大小を抜いてテーブルの上に置き、手首の手裏剣入れを取って置く。
「おやおや」
マサヒデが懐から拳銃を出して置くと、執事が少し驚いた。
振り向いて、小さく頭を下げ、
「や、すみません。城中に入ったら、すぐ立ち会いがあるかもしれないと思って」
「いや、当然ですな。これは失礼致しました」
そう言えば、王妃達とお喋りしている間も、ずっと懐に入れっぱなしだった。
これはまずい事をした。先に自分から一言言って、預けておくべきであった。帯剣の許可は得ていないのだ。
「申し訳ありません。つい、うっかり。先に預けておくべきでした」
「いえいえ。お気になさらず」
執事が頷くと、拳銃のマガジンも置いて並べる。
上を脱いで置き、着込みも脱いで、
「武器の類はこれで全部です」
「しかとお預かり致します。脇差の方は、帯びておいて下さって結構です。既に魔王様から許可は頂いております。不安がございましたら、全部着けておいて下さっても」
「ありがとうございます。まあ、では、慣習とかいう感じで、脇差だけ。別に不安はないですよ」
「はい」
「では、その・・・着替えたいので」
マサヒデは少し顔を赤くして、メイド達をちらっと見る。
執事はともかく、女性のメイド達がいると恥ずかしい。
執事が頷き、メイド達の方を見て、
「君達は出なさい」
「「「はい」」」
すす、と皆が同時に礼をして、部屋を出て行く。ぱたん、と静かにドアが閉まった後、もう一度テーブルを見ると、羽織袴の横に、スーツも用意してある。
マサヒデはスーツの方を見て、
「このスーツも用意して下さったんですか」
「はい」
「わざわざ。本当にありがとうございます」
「此度はスーツになさいますか」
「いえ、スーツは全く着たことはないですから」
言いながら、服を脱いで綺麗に畳み、用意された羽織袴を取る。下には肌着もある。着ている肌着も脱いで、すっと手を通した時、
「おお」
と、思わず小さく声が出た。袖がするっと入ってしまった。滑って落ちてしまいそうだ。肌触りが違いすぎる。
「どうなさいました」
「あいや! 今まで着ていた物と、何と言うか、格が違いすぎて」
「最高の物を用意させて頂きましたぞ。そちら、蜘蛛の魔獣の糸で織った布で仕立てました」
「え!? 蜘蛛ですか!? 虫の!?」
「はい」
驚いて、通した袖を持ち上げる。
「蜘蛛の糸って、べたべたしそうですけど。全く張り付かないですね」
「思い切り引っ張ってみて下さい」
「は」
「絶対に破れませんぞ。刃物も通しません」
「ええっ!?」
ぐ、ぐ、と引っ張るが、伸びもしない。本当に頑丈なのだ。
「で、では、試させて頂きますが」
脇差に手を掛けると、執事が頷いたが、
「振ったりはなさらないで下さい。トミヤス様の腕ですと、流石に斬れましょう。押し込む程度で」
「はい」
脇差を抜いて、横腹の方を引っ張り、ぐ、ぐ、と押し付けてみる。
納めて顔に寄せたが、傷ひとつない。
「お、おお! これは凄い!」
本当に穴も空いていない。これは凄い布地だ。これで十分に着込みの役割は出来る。こんな布があったとは!
目を丸くして驚くマサヒデを見て、執事がにっこり笑う。
「人の国には、まだございませんでしょう。一般には出回っておりませんからな。最近見つかった物ですから、国を離れておられたレイシクラン様もご存知ないかと」
「へえー!」
「仕立ても手間が掛かるのですぞ。なにせ、斬れないのです」
「ああ! 確かに! 確かに、斬れないなら、仕立ては大変ですよね」
袖を引っ張ったり、襟を引っ張ったりするマサヒデを見て、執事は楽しそうだ。
「ふふ。さ、上もお試し下さい」
「あ、はい。そうでした。失礼しました。驚いてしまって」
咳払いして、羽織袴も着ていく。
しっかり揃え、帯を巻いて、脇差も差してみる。
襟を正し、袖を上げたり、腰を回してみたり、肩を上げたり。
「ぴったりです」
「良うございました。では、そちらで構いませんか」
「勿論です。いや、驚きました。こんな布の服があれば、着込みなんていりませんね」
「拳銃程度なら、鉄砲玉も通しませんからな。流石に長鉄砲は突き抜けてしまいますが」
「そんなの、鎧でも同じですよ。いやあ、これは凄いな・・・」
「上の羽織袴は普通の布ですので、ご勘弁下さい」
普通の布、と言っても、超高級な布に違いない。
「ああ、いやいや! 勘弁だなんて、全然。一応、船の中には礼服は用意してあるんですが、全く別物だって、素人目にも分かりますよ」
「お褒め、ありがたく。では、御髪を整えましょう」
ぱん! ぱん! と執事が手を叩くと、ドアが開き、メイド達がぞろぞろ入って来た。
「髷はどうなさいますか」
「ああいや、やめて下さい。このままで結構です」
「日輪国では、成年となると、髪を落とし、髷を結うと聞いておりますが」
くす、とマサヒデが笑う。もう古い。さすがに、魔の国もその辺りは疎いか。
「もう髷は古いですよ。確かに、今でも髷を結う人はいますけど」
「あ、左様でしたか。これは失礼を」
メイドの1人が後ろでまとめていた髪を解き、別のメイドが椿油を薄く塗っていく。
これもやめてほしかったが、ここまで拒否は出来ない。
顔に剃刀を当てられ、マサヒデは綺麗になっていく。
(これ、カオルさんはどうしてるんだろう)
忍のカオルは、身体中に武器を隠しているし、服の中にも当然だ。
顔だけでなく、肌にもぴったりとした変装の服を着ているし・・・
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「サダマキ様は、お着替えは如何なされます」
カオルの部屋には、忍が扮した執事とメイド達。
一応、マサヒデと同じように、服が置いてはある。置いてはある、が・・・
「ご準備を頂き、申し訳もございませんが」
道具や武器を隠した服を、ここに置いていくわけにもいかないし、流石に用意された服に、見られている前で仕込み直すわけにもいかない。
幸いなことに、カオルは長羽織なので、一応、正装としても通る。
「残念ですな」
「皆様を疑うわけではございませんが、これも仕事でございますから、ご勘弁願いましょうか」
「いやいや、構いませぬ。日輪国のブデン流忍術、我らも興味がありまして」
カオルがテーブルの前の椅子に座ると、メイド姿の忍が紅茶を差し出した。
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ラディの部屋では、押し殺した鳴き声が・・・
「どうなさいました?」
「いえ、いえ」
嬉し泣きである。
ラディは背がえらく高いおかげで、着物もドレスもなかったのだ。
特注で仕立ててもらうような稼ぎもない。
だが、ここに着物があるではないか! ドレスもあるではないか!
それも、あの魔王様が、私の為に用意してくれたのだ!
「私、感激致しました」
すん、とラディが鼻を鳴らす。
「は」
あ、そうか、と執事が思い付いた。
この娘、刀剣類には一級の鑑定の目を持つと聞く。
元々から、鍛冶職人の家に産まれた者で、職人街育ち。
おそらく、服にも目が利くのだ。この出来を見て、感激しているのだ!
・・・実際は違うのだが。
うむ、と執事が頷く。
「流石、お目が高い。この生地、見た事はございませんでしょうが、良い物とお分かりで」
魔王様が用意してくれた物、良くないわけがない。当然、一級品しかなかろう。
「はい」
「まだ市場には出回っておりませんでな。よくぞ見抜かれました。して、此度はどちらを。あいや、ホルニコヴァ様程の目利き、是非両方を着て頂きたく存じます。パーティーに際し、ドレスの着替えは普通です。まず着物。途中でドレスに着替えられるのも宜しいでしょう。どちらも正礼装でございます」
「両方」
ああ! とラディが顔を包む。
大人になってから、こんな服を着た事はなかった!
実は女らしい可愛い服も好きなのに、背が高すぎるばかりに!
「お、お願いします」
ラディはそっと眼鏡を外し、目の周りの涙を懐紙でぺたぺたと拭って、治癒師のローブを脱ぐ。はさり、とラディの長いポニーテールが垂れる。
「ううむ! 御髪もお見事でございますな・・・この艶、このサラサラ感」
「これは、イザベル様に、選んでもらった、椿油で」
「ファッテンベルク様に! ううむ、武門とは申せ、流石は目がございますな。されども、元が良くなければ、いくら飾ろうと誤魔化せぬもの。良い御髪でございます」
「ありがとうございます」
ぱんぱん、と執事が手を叩き、メイド達が着物に帯にと手にする。
「男の私めがおりましては、お着替えも気になりましょう。しばし出ております。この者らにお任せ下さい」
「はい」
執事が頭を下げて出ていくと、ラディはもう一度、目の周りを指で軽く拭い、メイド達に頭を下げた。
「皆様、お願い致します」




