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勇者祭5 魔の国編  作者: 牧野三河
第一章 港町ジョアル
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第69話


 ようやくクレールも落ち着いてきたな、と思った時である。

 また廊下を人が歩いて来て、近衛兵達が順に頭を下げていく。


 中庭入口に立った青年は、鋭い目でマサヒデを見た。

 明らかに害意や敵意、という程でもないが、拒絶感がある。


 マツと同じ、黒い髪。

 背はマサヒデと同じくらいで、体格も似ている。


 だが、雰囲気は違う。

 男が歩いてくると、一瞬、ユカリとコルネリアの2人の王妃の目が曇った。


「貴殿がマサヒデ殿か」


 間違いなく、家臣ではなく、マツの家族。王子の1人であろう。

 一応、マサヒデは立ち上がって、頭を下げる。


「マサヒデ=トミヤスと申します」


「肝が座っているな」


「態度を知らぬと妻にはよく叱られております」


 男が顎を撫で、マツをちらりと見て、


「失礼。貴女が、マツ・・・姉上ですか」


 やはり王子。マツの弟。


「はい。私がマツでございます」


「アランです。覚えておいでですか」


 ぽん! とマツが手を叩き、


「ああ! 確か、ヨナお母様の!」


「はい」


「まあまあ! こんなに立派になって! 私が出る時は、まだ赤子でしたのに!」


「は。で、そちらが・・・その、タマゴが、私の従兄弟になりますか」


 この男も、禍々しさの極みというタマゴを見て、さすがに少し驚いたようだ。


「はい。テルクニと名付けて下さったんです」


「名付け? 誰が?」


 訝しげな顔のアランに、マツは輝かしい笑顔を向ける。


「あの剣聖、カゲミツ=トミヤスですよ!」


「剣聖・・・」


 アランがじろりとマサヒデを睨む。


「その剣聖とやらが、父上を差し置いて」


 マツが、むっと笑顔を引っ込め、厳しい顔になる。


「いけませんか? その剣聖も、私の父上です」


「・・・」


「何か不満でも」


「はい」


 ぶわ! とマツの身体から、黒い気が巻き上がる。

 久々に見たな、とマサヒデは頭を下げたまま、少し驚いた。


「何が不満なのです」


「父上を差し置き、名付けを致しました理由をお聞かせ願えませぬか」


 ぴく、とマツの頬が引きつる。


「トミヤスの父上、母上は、この子の顔が見られないのですよ。名付けは誰が何と言おうと、譲っていただきます」


「それだけですか」


「それだけ? ええ! それだけです」


「私は納得出来ません」


 マサヒデがテーブルの方に目をやると、ユカリもコルネリアも、困った顔でアランを見ている。厄介者なのか?


「お父様が名付けなければならない、という決まりはありません」


「ならば姉上。父上が名付けなくても良い、という決まりもございません」


「このマツとトミヤス家に無礼な口を聞いた事、後悔なさい」


 ぴん!


(あっ!)


 この感じ、マツが別の所に閉じ込める術を使ったのだ。


「ふーんっ!」


「ちょっとマツさん」


 マサヒデが慌ててマツの肩に手を置いた。

 すぐに出してやれば問題はないが。


「やり過ぎです。すぐに出して下さい。弟さんではありませんか」


 マツは、つーん、と顔を背け、


「マサヒデ様の弟にもなるのです。不遜な口を聞く事は許せません」


 ユカリが心配そうな顔で、マツに手を伸ばし、


「ちょっと、マツ。何をしたの?」


「少し反省部屋を作っただけです。別の世に。死んではおりませんから」


「マツさん」


 コルネリアも心配そうな顔だ。

 マサヒデは2人の顔を見て、マツの肩を小さく揺する。


「マツさん、もう良いでしょう。驚かすには十分です」


 ふん、とマツが鼻を鳴らす。


「トミヤスのお父上に口を聞くなら、この術が破れるくらいでありませんと。トミヤスのお父上は、この術が破れるんです」


 アランはどうしているだろう?

 音もない空間で慌てているだろうか?

 何とかしようと、魔術を乱発していたりしなければ良いが。


「アラン様は驚いたでしょう。もう十分ですって」


「いいえ。ディナーまで反省して頂きます。トゥクライン家の者として、恥ずかしい態度を表す事は許し難い事です。ですよね? お母様」


「マツ、言い分はご尤もですが」

「少々やり過ぎでは」


「お母様。痛い事は一切ございません。それに、見たいと仰っていたではありませんか」


 あっ、とユカリが口を開く。


「今のが、マツの研究した魔術?」


 マツがにっこり笑って、ティーカップを取った。


「うふふ。そういう事です。お母様、ご安心下さい。アランが自殺でもしない限り、死ぬ事はございません」


 クレールは何も言わず、薄く笑いながら、紅茶をゆっくりと飲んでいた。

 この様子は、向こうからは見えているはずだ。

 アランが居た方に顔を向け、小さく会釈した。



----------



 少し日が傾いてきた頃、執事やメイド達が何人もぞろぞろとやってきて、アルマダ達のテーブルの方に向かって行く。

 マサヒデ達のテーブルの方にも来て、ずらりと並んだ。


「トミヤス様、レイシクラン様」


 こうも人数が並ぶと流石に迫力がある。


「あ、はい」「はい」


「そろそろディナーの用意を致します。勝手ながら、御召し物を用意致しました。お許し頂ければ、お着替えを」


 まだ夕餉には早い時間だが・・・

 と、疑問に思ったが、魔王様には何人も家族がいるのだ。

 食事の準備は大量に必要なはず。毎日、早目早目に準備を始めているだろう。

 マサヒデがクレールをちらっと見ると、クレールはにっこり笑って、


「それでは、ご厚意に甘えさせて頂きます」


 と、答えたので、マサヒデも頭を下げた。


「わざわざありがとうございます。宜しくお願い致します」


 執事の1人がマツを見る。


「マツ様は如何なされましょう。ドレスに着替えをなさいますか」


 マツは十分に良い着物を着ているのだ。流石に魔王様に仕える人達は目がある。見慣れていない着物でも、一目で良い物だと分かったのだ。


「私は結構ですよ。元々、恥ずかしくない服を選んで着ております」


「承知致しました。では、トミヤス様、レイシクラン様、こちらへ」


「はい」「はい!」


 返事をして、マサヒデとクレールは、王妃2人に頭を下げ、席を立った。


「楽しみにしてますよ」


 ユカリがそう言って、冒険者姿のクレールにウインクをするのを尻目に、マサヒデは中庭の吹き抜けの空をちらりと見上げた。


(そう言えばもうそろそろか)


 随分と時間も経った。

 トモヤがこの城に着くのも、そろそろではないだろうか。


 目を戻せば皆がぞろぞろと執事とメイドに囲まれて、廊下に向かって行く。

 マサヒデも歩き出したが、おっと、と足を止め、マツに振り向いた。


「マツさん。良い所で、アラン様は出してあげて下さいよ。厠に行きたくなったら、どうするんです」


「ぷっ! うふふ。それもそうですね。でも、マサヒデ様」


「何です」


「アラン様、はおやめ下さい。義理とはいえ弟です。アランとお呼び捨て下さいまし」


「駄目です。私はトゥクライン家に婿入りしたのではないのです。つまり、いち平民です。では、私が王族を前に呼び捨てには出来ないって事くらい、分かるでしょう? 血の繋がりのあるマツさんならともかく、私は違うんです」


「あらまあ! では、私の事もマツ様ってお呼び下さいな」


 マサヒデは鼻で笑って、


「良いですよ、マツ様。結婚前はこう呼んでましたし。でも、かかあ天下みたいに見られそうですね。実際にそうなんですから、私は構いませんよ、マツ様。ははは!」


 マサヒデは笑い声を残し、くすくす笑う執事とメイド達に囲まれ、クレールと一緒に去って行った。

 ユカリとコルネリアと、2人の母が、マサヒデを見送って、マツに目を向ける。


「マツ。貴女の家庭は、とてもかかあ天下だなんて言えませんね」


「マサヒデさんは、お上手ですこと。マツさんは、随分と男性から敬遠されたと聞きましたけど」


 ぐ! とマツが口を開きかけて喉を詰まらせる。


「コルネリアお母様、やめて下さいまし」


「うふふ。マツさんから、お母様って呼ばれるの、正直に言うとくすぐったいの。私の方が遥かに年下なのに」


「もう! 年齢の話はやめて下さい!」


「おほほほ! マツももう少しで行き遅れの歳頃ですものね!」


「お母様!」


「マサヒデさんには感謝しませんと!」


 王妃2人の笑い声と、ぷんすかするマツの拗ねた声が、中庭に響く。


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