第69話
ようやくクレールも落ち着いてきたな、と思った時である。
また廊下を人が歩いて来て、近衛兵達が順に頭を下げていく。
中庭入口に立った青年は、鋭い目でマサヒデを見た。
明らかに害意や敵意、という程でもないが、拒絶感がある。
マツと同じ、黒い髪。
背はマサヒデと同じくらいで、体格も似ている。
だが、雰囲気は違う。
男が歩いてくると、一瞬、ユカリとコルネリアの2人の王妃の目が曇った。
「貴殿がマサヒデ殿か」
間違いなく、家臣ではなく、マツの家族。王子の1人であろう。
一応、マサヒデは立ち上がって、頭を下げる。
「マサヒデ=トミヤスと申します」
「肝が座っているな」
「態度を知らぬと妻にはよく叱られております」
男が顎を撫で、マツをちらりと見て、
「失礼。貴女が、マツ・・・姉上ですか」
やはり王子。マツの弟。
「はい。私がマツでございます」
「アランです。覚えておいでですか」
ぽん! とマツが手を叩き、
「ああ! 確か、ヨナお母様の!」
「はい」
「まあまあ! こんなに立派になって! 私が出る時は、まだ赤子でしたのに!」
「は。で、そちらが・・・その、タマゴが、私の従兄弟になりますか」
この男も、禍々しさの極みというタマゴを見て、さすがに少し驚いたようだ。
「はい。テルクニと名付けて下さったんです」
「名付け? 誰が?」
訝しげな顔のアランに、マツは輝かしい笑顔を向ける。
「あの剣聖、カゲミツ=トミヤスですよ!」
「剣聖・・・」
アランがじろりとマサヒデを睨む。
「その剣聖とやらが、父上を差し置いて」
マツが、むっと笑顔を引っ込め、厳しい顔になる。
「いけませんか? その剣聖も、私の父上です」
「・・・」
「何か不満でも」
「はい」
ぶわ! とマツの身体から、黒い気が巻き上がる。
久々に見たな、とマサヒデは頭を下げたまま、少し驚いた。
「何が不満なのです」
「父上を差し置き、名付けを致しました理由をお聞かせ願えませぬか」
ぴく、とマツの頬が引きつる。
「トミヤスの父上、母上は、この子の顔が見られないのですよ。名付けは誰が何と言おうと、譲っていただきます」
「それだけですか」
「それだけ? ええ! それだけです」
「私は納得出来ません」
マサヒデがテーブルの方に目をやると、ユカリもコルネリアも、困った顔でアランを見ている。厄介者なのか?
「お父様が名付けなければならない、という決まりはありません」
「ならば姉上。父上が名付けなくても良い、という決まりもございません」
「このマツとトミヤス家に無礼な口を聞いた事、後悔なさい」
ぴん!
(あっ!)
この感じ、マツが別の所に閉じ込める術を使ったのだ。
「ふーんっ!」
「ちょっとマツさん」
マサヒデが慌ててマツの肩に手を置いた。
すぐに出してやれば問題はないが。
「やり過ぎです。すぐに出して下さい。弟さんではありませんか」
マツは、つーん、と顔を背け、
「マサヒデ様の弟にもなるのです。不遜な口を聞く事は許せません」
ユカリが心配そうな顔で、マツに手を伸ばし、
「ちょっと、マツ。何をしたの?」
「少し反省部屋を作っただけです。別の世に。死んではおりませんから」
「マツさん」
コルネリアも心配そうな顔だ。
マサヒデは2人の顔を見て、マツの肩を小さく揺する。
「マツさん、もう良いでしょう。驚かすには十分です」
ふん、とマツが鼻を鳴らす。
「トミヤスのお父上に口を聞くなら、この術が破れるくらいでありませんと。トミヤスのお父上は、この術が破れるんです」
アランはどうしているだろう?
音もない空間で慌てているだろうか?
何とかしようと、魔術を乱発していたりしなければ良いが。
「アラン様は驚いたでしょう。もう十分ですって」
「いいえ。ディナーまで反省して頂きます。トゥクライン家の者として、恥ずかしい態度を表す事は許し難い事です。ですよね? お母様」
「マツ、言い分はご尤もですが」
「少々やり過ぎでは」
「お母様。痛い事は一切ございません。それに、見たいと仰っていたではありませんか」
あっ、とユカリが口を開く。
「今のが、マツの研究した魔術?」
マツがにっこり笑って、ティーカップを取った。
「うふふ。そういう事です。お母様、ご安心下さい。アランが自殺でもしない限り、死ぬ事はございません」
クレールは何も言わず、薄く笑いながら、紅茶をゆっくりと飲んでいた。
この様子は、向こうからは見えているはずだ。
アランが居た方に顔を向け、小さく会釈した。
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少し日が傾いてきた頃、執事やメイド達が何人もぞろぞろとやってきて、アルマダ達のテーブルの方に向かって行く。
マサヒデ達のテーブルの方にも来て、ずらりと並んだ。
「トミヤス様、レイシクラン様」
こうも人数が並ぶと流石に迫力がある。
「あ、はい」「はい」
「そろそろディナーの用意を致します。勝手ながら、御召し物を用意致しました。お許し頂ければ、お着替えを」
まだ夕餉には早い時間だが・・・
と、疑問に思ったが、魔王様には何人も家族がいるのだ。
食事の準備は大量に必要なはず。毎日、早目早目に準備を始めているだろう。
マサヒデがクレールをちらっと見ると、クレールはにっこり笑って、
「それでは、ご厚意に甘えさせて頂きます」
と、答えたので、マサヒデも頭を下げた。
「わざわざありがとうございます。宜しくお願い致します」
執事の1人がマツを見る。
「マツ様は如何なされましょう。ドレスに着替えをなさいますか」
マツは十分に良い着物を着ているのだ。流石に魔王様に仕える人達は目がある。見慣れていない着物でも、一目で良い物だと分かったのだ。
「私は結構ですよ。元々、恥ずかしくない服を選んで着ております」
「承知致しました。では、トミヤス様、レイシクラン様、こちらへ」
「はい」「はい!」
返事をして、マサヒデとクレールは、王妃2人に頭を下げ、席を立った。
「楽しみにしてますよ」
ユカリがそう言って、冒険者姿のクレールにウインクをするのを尻目に、マサヒデは中庭の吹き抜けの空をちらりと見上げた。
(そう言えばもうそろそろか)
随分と時間も経った。
トモヤがこの城に着くのも、そろそろではないだろうか。
目を戻せば皆がぞろぞろと執事とメイドに囲まれて、廊下に向かって行く。
マサヒデも歩き出したが、おっと、と足を止め、マツに振り向いた。
「マツさん。良い所で、アラン様は出してあげて下さいよ。厠に行きたくなったら、どうするんです」
「ぷっ! うふふ。それもそうですね。でも、マサヒデ様」
「何です」
「アラン様、はおやめ下さい。義理とはいえ弟です。アランとお呼び捨て下さいまし」
「駄目です。私はトゥクライン家に婿入りしたのではないのです。つまり、いち平民です。では、私が王族を前に呼び捨てには出来ないって事くらい、分かるでしょう? 血の繋がりのあるマツさんならともかく、私は違うんです」
「あらまあ! では、私の事もマツ様ってお呼び下さいな」
マサヒデは鼻で笑って、
「良いですよ、マツ様。結婚前はこう呼んでましたし。でも、かかあ天下みたいに見られそうですね。実際にそうなんですから、私は構いませんよ、マツ様。ははは!」
マサヒデは笑い声を残し、くすくす笑う執事とメイド達に囲まれ、クレールと一緒に去って行った。
ユカリとコルネリアと、2人の母が、マサヒデを見送って、マツに目を向ける。
「マツ。貴女の家庭は、とてもかかあ天下だなんて言えませんね」
「マサヒデさんは、お上手ですこと。マツさんは、随分と男性から敬遠されたと聞きましたけど」
ぐ! とマツが口を開きかけて喉を詰まらせる。
「コルネリアお母様、やめて下さいまし」
「うふふ。マツさんから、お母様って呼ばれるの、正直に言うとくすぐったいの。私の方が遥かに年下なのに」
「もう! 年齢の話はやめて下さい!」
「おほほほ! マツももう少しで行き遅れの歳頃ですものね!」
「お母様!」
「マサヒデさんには感謝しませんと!」
王妃2人の笑い声と、ぷんすかするマツの拗ねた声が、中庭に響く。




