第68話
戻って、マサヒデ達のテーブル。
ここにはマサヒデ、マツと、マツの実母、もう一人の王妃がいる。
「お座りになって」
「失礼致します」
クレールが隙のない礼をして、隙もなく椅子に座る。
「ユカリ=フォン=ダ=トゥクライン。マツの母です」
「私はコルネリア=フォン=ダ=トゥクラインです」
「クレール=フォン=レイシクランと申します」
クレールが微笑みを浮かべて名乗りを返したが、目が笑っていない。
(流石に緊張もするよな)
仲良くお喋りして、緊張の解けてしまったマサヒデは、クレールを見てのんびりと苦笑を浮かべているが、クレールの緊張はそうではない。
ここで認められなければ、マサヒデの妻とはなれないのだ。
「お母様。クレールさんもマサヒデ様の妻になります」
マツのフォローか。既に決まっている、というような言い方をしてしまった。
「あら。では、お父上のレイシクラン公には、既にお許しを得ているの?」
「いいえ。これからです。先にうちに挨拶に来るべきです、とわざわざ譲ってくれたんですよ」
「流石にレイシクラン家のお方は、懐がお広いですね」
ユカリがそっとミルクの小瓶を取って、紅茶に回して垂らす。
紅茶の上に、綺麗に白いうずまきが出来た。
ティースプーンを取り、すう、と回す。
「レイシクランの船で来られた、という話ですから、公爵はきっと、お許しになられているのでしょうけれども」
マサヒデも、この時にクレールがどうして緊張しているか察せられた。
これは、マツの母、ユカリの試験ではないのか?
クレールは今、見定められているのか。
(目に適わないと、やっぱり駄目なのか?)
王家は許さぬ、という事で、クレールは離れるのか?
きっとそうなのだろう。でなければ、クレールがこうも緊張する事はない。
魔王様は許すと言ったが、このユカリという王妃は駄目だと言うかも・・・
「うふふ。ジョン公爵はお声が大きいから・・・マサヒデさん。娘はやらん! なんて言われても、頑張って下さいね」
ユカリがマサヒデを見て、にっこり笑い、カップを口に運ぶ。
合格したのか。
ふう、とマサヒデの口から小さく息が漏れる。
「はい。あの、クレールさんのお父上は、怖いお方なんですか?」
「それはもう! 魔王様とは違う感じの・・・そうね。勢いのあるお方ですから」
「声が大きくて、ですね」
「ええ」
ユカリとコルネリアが笑う。
マサヒデがマツを見ると、マツが笑顔を見せた。
カゲミツと似た感じなのだろうか?
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クレールも許されたようで、マサヒデもほっと一息。
「ところで、先程の龍人族の方が、魔王様の右腕の方と聞きましたが」
「ええ。リュウイチさんには、毎日お世話になっているんです。うふふ」
ユカリが含み笑い。何がおかしいのか、にやにやした顔をマサヒデに向ける。
「ねえ、マサヒデさん」
「はい」
「魔王様の前に、直に顔を出した勇者って、マサヒデさんが初めてなんですよ」
「え?」
どういう事か? クッキーに手を伸ばしていた手が止まる。
「リュウイチさんは、いつも魔王様の城まで来られたお方をお迎えするんです。その時、リュウイチさんを見て、立ち向かって来るか、しっぽを巻くか。逃げてしまうにしても、怯えて逃げたのか、それともここは一時撤退したのか、なんて所をちゃんと見てるんです」
マサヒデは手を引っ込めて頷く。
「はい」
「それで、勇気を持って向かって来る方々は、リュウイチさんが魔王様の前に連れて行くんですよ。勇気ある者。勇者、なんですから」
「あ、なるほど」
「うふふ。リュウイチさんに勝てる方は、魔王様と神様くらいではありませんかしら」
ふん、とマツが鼻を鳴らす。
「お母様。私、世に出て少々腕を磨きました。リュウイチさんには勝てる自信がございます」
「あら。マツも言うようになったわね」
「お父様には敵わないかもしれませんが、この術を破った方は、マサヒデ様のお父上、剣聖カゲミツのみ! という魔術を研究して作りました」
「へえ・・・」
きらりとユカリの目が光り、微笑みが消える。
「私にも敵うと思っているの?」
「勿論です」
このユカリという王妃も、魔術達者なのか。
マツの魔術の腕は、魔王様の血だけではないらしい。
「見せてもらえる?」
「うふふ。駄目です。リュウイチさんに見てもらってからです」
「ううん、焦らすのね」
ふ、とユカリの目が柔らかな感じに戻る。
「クレールさん、と呼んでも良いかしら」
「はい」
クレールがまだ緊張の抜けない目をユカリに向ける。
「クレールさんは、死霊術がお得意なんですね」
「はい」
「珍しいわ。放映は見ていました。ぶんぶん虫を飛ばしたり。あれだけ巧みに死霊術を使う方は、中々おりませんもの」
「まだまだ、魔術師としては未熟です」
「うふふ。謙虚ですこと」
マサヒデは緊張して畏まっているクレールを見て、なんだか夫の目の前で、姑が嫁をいじめているような感じに見えてきてしまった。
ユカリの方は、緊張させまいと手を差し伸べている感じを感じるのだが、クレールがずっと畏まっているので、見た目はどうしてもそう見えてくる。
「クレールさんのお陰で、お七夜のパーティーは盛り上がりましたね」
少し沈黙の間が出来た所で、マサヒデが口を開いたので、皆の目がマサヒデに向いた。
「どんな風に?」
「ふふ。すごく大事な刀で、虎を斬らされましたよ。ね、クレールさん」
クレールがぎくりとして、マサヒデを見る。
「え? ええ、はい」
椅子に座る時に、浪人差しのように縦に落としていた腰の雲切丸を、鞘ごと抜く。
「これなんですけどね。もう1000年も前・・・と言っても、ユカリ様には大した年代ではないでしょうが」
くす、とコルネリア王妃が笑う。
「まあ貴重な逸品ですよ。刀という物が、やっと出来始めた頃の刀、と言えば、貴重さが分かるでしょうか」
言いながら、カップをどけると、メイドがささっとマサヒデの前の皿やらを下げていく。そっとテーブルに乗せると、2人の王妃が目を輝かせる。
青貝微塵塗の鞘、鍍金(金メッキ)の金具が、日光を浴びてきらきらと輝く。
「まあ! 綺麗な装飾!」
「本当! 放映では分かりませんでしたが、こんな物をお持ちに」
「でしょう? これで虎なんて大きな動物を斬れ、なんて言うんです。全く、とんでもない事をさせますよね。自分も刀数寄者のくせに」
くすくす笑うマツの隣で、クレールは身を固めている。
「刀って、やっぱり斬れ味が凄いんですか?」
「物によりけりですが、これはかなり斬れる方です」
マサヒデがほんの少しだけ抜く。
いつものように、窓開けした鍔元2寸。
それより上は、寝刃研ぎで終わっている。
マサヒデは懐から懐紙を出して、指で摘む。
「見てて下さい」
摘んだ懐紙を、ゆっくりと下ろしていく。
刃の上に乗った所で、ぱ、と指を離すと、一旦は乗ったように見えた懐紙が、はらりと斬れて、ひらり、ひらりと左右に分かれて落ちる。
「まあ!」
「凄い!」
軽く柄を上げて、すとん、と納め、
「魔剣でも称号武器でもない物で、ここまで斬れるのは、そうそうはないです。貴重ですよ。これを使えだなんて」
「でも、そんなに斬れるんですから」
「いやいや、いくら何でも骨には当たりますし、虎は重いですよ。もし曲がってしまったり、欠けてしまったら大変でしたね。まったく、クレールさんの我儘には呆れますよ。自分はその虎に乗って、どうだと言わんばかりの顔で入場してきて」
「もう! マサヒデ様なら大丈夫だって分かってたんです!」
ついにクレールが声を上げた。
「おほほほ!」
マツが声を上げて笑い、王妃2人もくすくす笑って、顔を赤くしたクレールをちらちらと見る。
これで少しは場が和んだだろうか?
マサヒデもにやにや笑いながら、ゆっくりと腰に雲切丸を戻した。




