第7話
翌朝。
マサヒデは疲れたので、食事は部屋に運んでもらって、食べてからすぐに寝てしまった。クレール達は冥頭和尚と楽しんでいたようであるが、それはマサヒデは知らない。
しかし、マサヒデは冥頭和尚に心から感謝する事になった。
(客が居ない)
やけに静かだ、と部屋を出て下りて来たのだが、店内に居るのは女中だけである。
マサヒデはきょろきょろしながら、女中に声を掛けた。
「おはようございます」
「わあっ!?」
机を拭いていた女中が飛び上がり、ふきんを投げ飛ばした。
「トミヤスはん!? 気配薄っ!」
「……ご挨拶ですね……」
「かんにん!」
「別に怒ってはいません。ところで、昨夜は人が一杯だったじゃないですか。どこに行ったんです」
「ああ、そら冥頭様や。冥頭様が追っ払ってくれたんや」
「追い払って?」
女中は投げ飛ばしたふきんを拾ってきて、ぱたぱたはたき、
「冥頭様、お部屋用意する言うても、軒下でええちゅうて、聞いてくれへんかってん。ほんで、外出てくやろ。したら、お客はんも一緒に出てくねん。ほしたら、店の邪魔や言うて、冥頭様が追っ払ってもうてん」
「そうだったんですか。お客さんが追い払われて」
女中はぶんぶん手を振り、
「ちゃうちゃう。あんなん客とちゃう。あんだけおったのに、全然注文しはらんねんで。銭落とす客が入って来れへんねんもん。商売上がったりやで、トミヤスはん」
「そうだったんですか」
女中がマサヒデをじっとりと見つめる。
「最初は誰え見に来て集まった思うてはりますのん?」
「……」
女中の視線を避けるように、マサヒデの目がすっと逸れる。
「馬、見てきますよ。面白がって悪戯でもされてたら大変だ」
「朝餉はフルコースにしときまっせー」
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別に馬に悪戯されていようなどとは、毛ほども考えていない。
面白がって集まった客ではあろうが、悪い者達ではなかった。
イザベルの注意も素直に聞いていたし……
(元気だったな)
思った通り、馬達には何もない。いつも通り元気。
馬車の中を覗いて見たが、荷物もいじられていないようだ。
もっとも、そんな事をしたら、レイシクランの忍達が行方不明(死亡)にしてしまっただろうが……
鞍袋からブラシを出して梳き始めると、黒嵐が、ふん、ふん、と鼻を鳴らす。
機嫌は上々。
昨日は人の群れに興奮していたが、大丈夫そうだ。
(さあて、どうしようかなあ)
あの痛々しい冒険者ギルド。稽古をしてほしいと言う。
まだ、アルマダ達には相談をしていない。
カオルとイザベルは良いのでは、と答えはしたが、正直な所、気が進まない。
と言うより、ある種、怖さのようなものがある。
剣を交える怖さではなく、メイドが怖い。
「どうしたら良いと思う?」
黒嵐に語りかけても、何の事やらと目を向けてくるだけ。
それもそうだ。黒嵐は知らないのだから。
「ううむ」
話すだけ話してみるか。
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「良いではありませんか」
マサヒデの話を聞いたアルマダは、思いの外、乗り気である。
「そうですかね?」
ち、ち、とアルマダは指を立てて振り、
「魔の国、本国の魔族の皆さんの強さを見られる機会とは思わないんですか」
は! とマサヒデが顔を変えた。
「ああっ! 確かに!」
「2、3日。良いと思います。魔の国は人の国よりも、魔獣が多かったり、物騒な地域が多かったりと、それはもう、人の国とは比べ物にならない経験を積んだ冒険者の方も多いのでは」
「そうだ! 確かにそうですね!」
「確かに長く滞在は出来ませんが、本場の強さを計る良い機会ではないですか。行きましょう。カオルさん、どうです? 生ぬるい人の国の魔族とは違う、本場の魔族の腕、見たくはありませんか」
む、とカオルも頷いた。
「参ります」
アルマダがにっこり笑った。
「魔の国の冒険者ギルドにも、優遇はしてもらえるようになるはず。この先、世話になる事も多いでしょう。悪い事はないです。シズクさん、イザベル様はどうします」
「行く!」
「マサヒデ様が参りますならば、何処へでも」
アルマダは騎士達の方を向き、
「では、雑用を任せて申し訳ありませんが。急ぐ必要はないので、準備を頼みます」
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市中では、緊急時以外の乗馬は禁止されているが、一応、馬を連れて行く事にした。緊急時がいつあるか分からないのだ。
イザベルがマサヒデと並び、
「ここでは闇討ちは少ないかと」
「前にも聞きましたが、それって何故です?」
「まあ、昨日の様子を見ての通り、この町の住人は皆、祭好きと言うか……見栄も張るので、外から来た者も、あまりここで闇討ちする事はないでしょう。後ろ指をさされる事になります」
「そんなものですか? 良く分かりませんが」
「かと言って、油断は出来ませんが、大きな町の割には闇討ちを狙う者は少ない、という程度の認識で良いかと存じます」
「ふうむ。では、見栄と言うと、傾奇者の類は多いのですか」
「多いですが、表通りでは無差別に暴れる者は少ないです。裏通りでは分かりませぬが……そういう者は、傾奇者というより、やくざ者に近いかと」
「ううむ、なにか独特と言うか、変わってますね」
「はい。それが良い所です。多少、うるさい所もありますが」
アルマダがちらりと後ろに目を向けると、後を付いてくる者がぞろぞろ並んでいる。
「イザベル様、多少ですか? 多少の少は、今の所、見えませんが」
「そこは楽しめるか否かで変わります」
アルマダが首を振った。
「ふむ……マサヒデさん、私にも良く分かりません」
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冒険者ギルド前。
繋ぎ場に馬を止め、入口へ。
マサヒデが足を止めて、ちらりと後ろを見ると、マサヒデ達の馬を、ついて来た者達が遠巻きに囲んでいる。
「イザベルさん、馬、大丈夫ですかね。黒影とか暴れ出したら大変ですよ」
カオルの馬、黒影は、恐ろしくでかい。
あんな馬が暴れ出したら、人族より丈夫な獣人族であろうが、大怪我は必至。
「自己責任です」
「怪我人が出るかもしれませんが」
「賠償はあやつらが。我らへの迷惑代も請求して良いでしょう」
「ううむ……」
「大丈夫です。この町の者は、その辺りもしかと弁えております」
そして受付に目を戻すと、昨日のにゃんにゃんのメイド。
「どうも」
「こ、これは、トミヤス様。ようこそ、ジョアル冒険者ギルドへ」
「……」
マサヒデとカオルが、不審な目で受付嬢を見る。
イザベルがにやりと笑って、
「どうした。今日は鳴かぬのか? にゃん。にゃあん」
受付嬢は目を泳がせ、下を向く。
「これは変わったギルドであるとマサヒデ様よりお話を聞き、ファッテンベルクとハワード様が楽しみにしておったというに。レイシクラン様もそれは楽しかろうと言うておったのだが。残念であるな」
「ご、ごめんなさい……にゃん……」
「くくく。トミヤス様と聞き、尾を巻いたか」
マサヒデは可哀想になって、イザベルの肩に手を置き、
「まあまあ、その辺りで」
「いやはや、良かったな。我が主、トミヤス様はお優しい方であられて……無礼討ちでもされておったら、どうなったかな?」
ごっくん、と受付嬢が喉を鳴らす。
これは憐れだ。
「イザベルさん。そんなにいじめてはいけません」
「は」
イザベルが頭を下げて後ろに下がると、マサヒデが前に出て、
「出稽古に来ました」
「はっ!?」
受付嬢が驚いた顔を上げる。
「出稽古のお話、うけます。今日入れて、2日か、3日か。短いですが、やりましょう」
「あっ」
ぼろぼろと受付嬢が泣き出した。
イザベルに脅された直後、マサヒデが優しい言葉をかけたので、安心した、助かった、というような感情が溢れてしまったようだ。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
マサヒデは苦笑して、受付嬢の頬に手を当て、懐紙を出して、目の下に当て、
「訓練所、何処ですか」
「はい、はい。訓練所、奥です……ぐすっ」
ひゅーう! と後ろでシズクが口笛を吹く。
「やるう! マサちゃん、上手いねえ!」
アルマダも肩を竦めて苦笑い。
「全くですよ。これが素なんですから、困ったものです」




