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勇者祭5 魔の国編  作者: 牧野三河
第一章 港町ジョアル
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第6話


 宿の中に入っても大変である。

 はや夕刻になろうという時間、仕事終わりにという者もいるであろうが、1階の酒場は満杯で、カウンターにも人がぎっしり。


「あ! トミヤスはん来たで!」

「あれサダマキはんや!」

「ファッテンベルク様ー!」


「はっはっは! 皆の者、まずは開けてくれ! マサヒデ様をお部屋にご案内せねばならぬ!」


「殺生な!?」


「我らは船を下りてから休んでおらぬのだ。マサヒデ様にはお休み頂きたいのであるが……」


 ぎらり。笑顔から一転、イザベルの殺気の籠もった目が光る。


「通してもらえぬか」


「どうぞどうぞ!」


 海が割れるように、さーと人が避けていく。


「ささ、マサヒデ様、カオル殿、参りましょう。部屋は2階です」


「はあ……」



----------



 がちゃり。


「お疲れ様でした!」


 クレールの声。

 マサヒデは無言で腰の大小を取り、がっくりと肩を落とした。


「ほんと、疲れました」


 どっすん、とベッドに座り、刀を脇に置く。


「ジョアルはどうですか!」


「賑やかですねえ。もう通り越して、騒がしいですねえ。何より、冒険者ギルドに疲れましたよ」


 む! とクレールが眉を寄せ、


「ここのは駄目な冒険者ギルドでしたか! 行政処分ですか!」


「あ、いや。仕事は至極真っ当にしているでしょう。大きなギルドでした。ただ、メイドさんがすごく変わってて、疲れるんです」


「メイドさん?」


 はあー……と深く溜め息をつき、ぐったりと肩を落とす。


「いらっしゃいませにゃーん、とか言うんですよ」


「それは別に珍しくないと思いますけど」


「紅茶淹れてくれる時、くるくる回って、猫メイドパワー注入にゃーんとか。反応に困ります。あれはつらいですよ……何か痛々しくて……猫メイドパワーって知ってますか? 猫の毛でも入れてるんですかね?」


「さ、さあ……それは……」


「すみませんが、少し休ませて下さい。気疲れが凄い。あのお坊様に、変な冒険者ギルドに」


 何!? とクレールが頬を赤くして、


「冥頭和尚は変なお坊様ではありませんよ! 魔の国の禅の大家なんです!」


「ええ……あれがですか?」


「あれとは何ですか!」


「失礼しました」


「冥頭和尚は、硬骨の禅師として高名なんです。魔王様からお招きがあったんですけど、病気だから行かない、あと、この病気はいつ治るか分からないから宜しく、なんて、もう何十年もぶらぶらしてます」


 何と、魔王様の招きを断ったのか。これにはマサヒデも驚いた。


「へえ! それは確かに凄いですね!」


「でしょう!」


「それで」


 と、そこでマサヒデが口をつぐみ、クレールの前に手を上げ、


「し」


 と口に指を当てた。

 大勢いた人の空気が変わった……


「急に静かになりましたよ」


 は、とクレールも口を閉じ、ドアの方を見る。

 確かに、先程までのざわめきが急に聞こえなくなった。

 マサヒデが脇に置いた大小を取り、立ち上がって腰に差す。


「何かあったみたいですね」


 ぱんぱん、とクレールが小さく手を叩くと、細くドアが開き、クレールお付きの忍がするりと入って来た。

 一瞬開いたドアから、張り詰めた空気が流れ込むのを感じる。

 あれだけの人数が一斉に静まるとは、何があったのだ。


「何かありましたか」


「クレール様、大事です。冥頭和尚一行が、今夜の宿をこちらにと」


「は!?」「ええーっ!?」



----------



「……」

「……」


 クレールは飛び出て行ったのだが、マサヒデは休みたいからと寝ていた。

 が、何故かマサヒデが呼ばれ、今、冥頭和尚の前に座っている。

 店いっぱいの客に囲まれて……


「あの」


「何じゃ」


「何か私に用なのでしょうか」


「当たり前であろうが。用がなければ呼びはせぬ」


「それはそうですね。で、何の用でしょうか」


「うむ……」


 冥頭和尚は袖の中から大根を出して、ぼりぼりとかじり始めた。


「おおっ」

「すげえ、さすが冥頭さんや。ワイルド過ぎるで」


 ひそひそと話す客達。

 冥頭和尚は大根をかじりながら、


「先程、剣とは何か、と問うたな」


「はい」


「そして、同じ問を出されたと答えたな」


「はい」


 ごん、と冥頭和尚が大根をテーブルに放り投げる。


「誰じゃ。誰がそのような問を出した。お主の親父殿か」


「いえ。日輪国のヤナギ車道流という剣術の宗家です。ヨシヒラ=ヤナギ先生」


「ほう……ヤナギ車道流。ほおう……」


 冥頭和尚が腕を組み、顎を撫でる。


「ご存知なのですか」


「いや、知らぬ。知らぬが、日輪国の武術には禅と同じくする教えが多いと聞いたゆえ、興味はある。それでお主を呼んだ」


「あ、左様で」


「して、トミヤス流はどのように教えておる」


「勝ちが全て。勝ちが正義」


「ほう? 禅とはかけ離れた教えであるな」


「うちは『武道』ではなく『武術』であって、道はないです」


「というと」


「私はこれを、道とは人に教えられるものではない、であるから、トミヤス流は武道ではなく武術であると。トミヤス流が教えるのは、道を探すとか、道を作るための道具として、技術を教えるのだ、と捉えております」


「フウム!」


 冥頭和尚が唸り、客達からも、おお、と声が上がった。


「なるほどのう……道は教えられるものではない、か……」


「父上がどう考えているのかは知りません。私はこう思う、というだけです」


「うむ。そうか……ううむ。お主がそう思うのであれば、そうなのであろう」


「そうでしょうか?」


 は、と冥頭和尚が呆れ声を上げて、


「今、自分で言うておったろうが。道は教えられるものではないと。そう思うなら、それがお主の道ではないのか?」


「ああ、それもそうですね」


「迷うておるな。まあ、お主のような若造では当たり前か……」


 冥頭和尚が転がした大根を取り、がりっとかじり、


「だがそれで良い。迷いと悟りは表裏一体であり、迷うてみねば悟った事が分からぬ。悟らねば迷っておった事が分からぬ。違うか」


「確かにそうだと思います」


「これ即ち剣の心得と見るが、どうか」


「さあ、合っているのかどうか、さっぱり分かりません。何しろ、私は悟りも剣も分かっておりませんので」


 かはっ! と冥頭和尚が笑った。


「それもそうじゃ! 尋ねた儂が愚かであったな! わははは! して、先に出たヤナギ車道流なる教えや如何に」


 マサヒデが首を傾げ、


「私に分かる部分でしたら、答えようもありますが」


「構わぬ」


「心法、すなわち平常心を心掛けよ、という所です。心のみならず、心技体、全てがそうあるべし。大体、どこも同じです。最終的には中庸とか、一とか、無心とか。言葉は違いますが、同じような意味で教える事が多いと思います。技を習うだけでは不足で、それに身体がついていかねば意味はなく、心が据わらずに剣を振らねば、せっかく習った技も自在には扱えない、という感じですが」


「が? なんだ」


「車道流は、いかにして不殺とするか。そのような剣ですね。斬るにしても、活かす為に斬る。これを活人剣、と教えます」


「ううむ……活かす為に斬る……か……ただ聞けば矛盾しておるが、しかと意味があるのだな」


「はい。ヤナギ宗家は、剣とひとつになった時、もはや腰の剣は飾りとなると言いました。既に剣とひとつ、剣になっているのだから、と」


「ふうむ……で。剣とひとつになるとどうなる」


「まあ、腰の物は飾りですから、抜く必要がないわけです。で、勝てます。ですから、斬らずに終わります、と。これを無刀。刀は無しと書いて、無刀と言います。これがヤナギ車道流です。あくまで私の解釈です」


「ふうむ! で。剣を修め、刀も飾りとなった。そうなると天下無双となるのか」


「私はどの流派も修めた事はないので、さっぱり分かりません。そもそも、天下無双に何の意味があるのやら」


 大根を口に運んでいた冥頭和尚の手が、ぴたりと止まった。

 客達もざわざわと囁く。


「天下無双には意味を持たぬと」


「はい」


「何故そう考える」


 マサヒデは苦笑して、


「天下で無双になっても、天上で無双になれるわけもなし。いくら強くたって、神様仏様に敵うわけがないんです。その言葉に憧れる気持ちはないと言えば、嘘になりますが」


「むう……」


「実際に天下無双になってしまったら、競う相手も居なくなりますし、後はつまらない人生ではないでしょうか。まあ、商売の看板くらいには使えますか。要は、剣聖という称号と同じ程度です。大して意味はないかと。それが私の考える天下無双です」


「では、お主は何故剣術に生きる」


「好きだからです」


「欲か!」


「はい。私の剣は欲です」


「欲と分かっておって剣を振るか!」


「では説破。生きている限り無欲にはなれぬとは、どなたのお言葉か」


「喝! 賢しい小僧じゃ! わははは!」


「ははは! ですから、せめて生きている間は、好きなだけ欲にまみれていくのです。私の剣は、欲まみれの剣ですよ」


「良いぞ! やはりお主は見所がある! 良い話を聞けたわ! もう行け!」


「はい。では失礼します」


 マサヒデが立ち上がると、拍手が上がった。


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