第6話
宿の中に入っても大変である。
はや夕刻になろうという時間、仕事終わりにという者もいるであろうが、1階の酒場は満杯で、カウンターにも人がぎっしり。
「あ! トミヤスはん来たで!」
「あれサダマキはんや!」
「ファッテンベルク様ー!」
「はっはっは! 皆の者、まずは開けてくれ! マサヒデ様をお部屋にご案内せねばならぬ!」
「殺生な!?」
「我らは船を下りてから休んでおらぬのだ。マサヒデ様にはお休み頂きたいのであるが……」
ぎらり。笑顔から一転、イザベルの殺気の籠もった目が光る。
「通してもらえぬか」
「どうぞどうぞ!」
海が割れるように、さーと人が避けていく。
「ささ、マサヒデ様、カオル殿、参りましょう。部屋は2階です」
「はあ……」
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がちゃり。
「お疲れ様でした!」
クレールの声。
マサヒデは無言で腰の大小を取り、がっくりと肩を落とした。
「ほんと、疲れました」
どっすん、とベッドに座り、刀を脇に置く。
「ジョアルはどうですか!」
「賑やかですねえ。もう通り越して、騒がしいですねえ。何より、冒険者ギルドに疲れましたよ」
む! とクレールが眉を寄せ、
「ここのは駄目な冒険者ギルドでしたか! 行政処分ですか!」
「あ、いや。仕事は至極真っ当にしているでしょう。大きなギルドでした。ただ、メイドさんがすごく変わってて、疲れるんです」
「メイドさん?」
はあー……と深く溜め息をつき、ぐったりと肩を落とす。
「いらっしゃいませにゃーん、とか言うんですよ」
「それは別に珍しくないと思いますけど」
「紅茶淹れてくれる時、くるくる回って、猫メイドパワー注入にゃーんとか。反応に困ります。あれはつらいですよ……何か痛々しくて……猫メイドパワーって知ってますか? 猫の毛でも入れてるんですかね?」
「さ、さあ……それは……」
「すみませんが、少し休ませて下さい。気疲れが凄い。あのお坊様に、変な冒険者ギルドに」
何!? とクレールが頬を赤くして、
「冥頭和尚は変なお坊様ではありませんよ! 魔の国の禅の大家なんです!」
「ええ……あれがですか?」
「あれとは何ですか!」
「失礼しました」
「冥頭和尚は、硬骨の禅師として高名なんです。魔王様からお招きがあったんですけど、病気だから行かない、あと、この病気はいつ治るか分からないから宜しく、なんて、もう何十年もぶらぶらしてます」
何と、魔王様の招きを断ったのか。これにはマサヒデも驚いた。
「へえ! それは確かに凄いですね!」
「でしょう!」
「それで」
と、そこでマサヒデが口をつぐみ、クレールの前に手を上げ、
「し」
と口に指を当てた。
大勢いた人の空気が変わった……
「急に静かになりましたよ」
は、とクレールも口を閉じ、ドアの方を見る。
確かに、先程までのざわめきが急に聞こえなくなった。
マサヒデが脇に置いた大小を取り、立ち上がって腰に差す。
「何かあったみたいですね」
ぱんぱん、とクレールが小さく手を叩くと、細くドアが開き、クレールお付きの忍がするりと入って来た。
一瞬開いたドアから、張り詰めた空気が流れ込むのを感じる。
あれだけの人数が一斉に静まるとは、何があったのだ。
「何かありましたか」
「クレール様、大事です。冥頭和尚一行が、今夜の宿をこちらにと」
「は!?」「ええーっ!?」
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「……」
「……」
クレールは飛び出て行ったのだが、マサヒデは休みたいからと寝ていた。
が、何故かマサヒデが呼ばれ、今、冥頭和尚の前に座っている。
店いっぱいの客に囲まれて……
「あの」
「何じゃ」
「何か私に用なのでしょうか」
「当たり前であろうが。用がなければ呼びはせぬ」
「それはそうですね。で、何の用でしょうか」
「うむ……」
冥頭和尚は袖の中から大根を出して、ぼりぼりとかじり始めた。
「おおっ」
「すげえ、さすが冥頭さんや。ワイルド過ぎるで」
ひそひそと話す客達。
冥頭和尚は大根をかじりながら、
「先程、剣とは何か、と問うたな」
「はい」
「そして、同じ問を出されたと答えたな」
「はい」
ごん、と冥頭和尚が大根をテーブルに放り投げる。
「誰じゃ。誰がそのような問を出した。お主の親父殿か」
「いえ。日輪国のヤナギ車道流という剣術の宗家です。ヨシヒラ=ヤナギ先生」
「ほう……ヤナギ車道流。ほおう……」
冥頭和尚が腕を組み、顎を撫でる。
「ご存知なのですか」
「いや、知らぬ。知らぬが、日輪国の武術には禅と同じくする教えが多いと聞いたゆえ、興味はある。それでお主を呼んだ」
「あ、左様で」
「して、トミヤス流はどのように教えておる」
「勝ちが全て。勝ちが正義」
「ほう? 禅とはかけ離れた教えであるな」
「うちは『武道』ではなく『武術』であって、道はないです」
「というと」
「私はこれを、道とは人に教えられるものではない、であるから、トミヤス流は武道ではなく武術であると。トミヤス流が教えるのは、道を探すとか、道を作るための道具として、技術を教えるのだ、と捉えております」
「フウム!」
冥頭和尚が唸り、客達からも、おお、と声が上がった。
「なるほどのう……道は教えられるものではない、か……」
「父上がどう考えているのかは知りません。私はこう思う、というだけです」
「うむ。そうか……ううむ。お主がそう思うのであれば、そうなのであろう」
「そうでしょうか?」
は、と冥頭和尚が呆れ声を上げて、
「今、自分で言うておったろうが。道は教えられるものではないと。そう思うなら、それがお主の道ではないのか?」
「ああ、それもそうですね」
「迷うておるな。まあ、お主のような若造では当たり前か……」
冥頭和尚が転がした大根を取り、がりっとかじり、
「だがそれで良い。迷いと悟りは表裏一体であり、迷うてみねば悟った事が分からぬ。悟らねば迷っておった事が分からぬ。違うか」
「確かにそうだと思います」
「これ即ち剣の心得と見るが、どうか」
「さあ、合っているのかどうか、さっぱり分かりません。何しろ、私は悟りも剣も分かっておりませんので」
かはっ! と冥頭和尚が笑った。
「それもそうじゃ! 尋ねた儂が愚かであったな! わははは! して、先に出たヤナギ車道流なる教えや如何に」
マサヒデが首を傾げ、
「私に分かる部分でしたら、答えようもありますが」
「構わぬ」
「心法、すなわち平常心を心掛けよ、という所です。心のみならず、心技体、全てがそうあるべし。大体、どこも同じです。最終的には中庸とか、一とか、無心とか。言葉は違いますが、同じような意味で教える事が多いと思います。技を習うだけでは不足で、それに身体がついていかねば意味はなく、心が据わらずに剣を振らねば、せっかく習った技も自在には扱えない、という感じですが」
「が? なんだ」
「車道流は、いかにして不殺とするか。そのような剣ですね。斬るにしても、活かす為に斬る。これを活人剣、と教えます」
「ううむ……活かす為に斬る……か……ただ聞けば矛盾しておるが、しかと意味があるのだな」
「はい。ヤナギ宗家は、剣とひとつになった時、もはや腰の剣は飾りとなると言いました。既に剣とひとつ、剣になっているのだから、と」
「ふうむ……で。剣とひとつになるとどうなる」
「まあ、腰の物は飾りですから、抜く必要がないわけです。で、勝てます。ですから、斬らずに終わります、と。これを無刀。刀は無しと書いて、無刀と言います。これがヤナギ車道流です。あくまで私の解釈です」
「ふうむ! で。剣を修め、刀も飾りとなった。そうなると天下無双となるのか」
「私はどの流派も修めた事はないので、さっぱり分かりません。そもそも、天下無双に何の意味があるのやら」
大根を口に運んでいた冥頭和尚の手が、ぴたりと止まった。
客達もざわざわと囁く。
「天下無双には意味を持たぬと」
「はい」
「何故そう考える」
マサヒデは苦笑して、
「天下で無双になっても、天上で無双になれるわけもなし。いくら強くたって、神様仏様に敵うわけがないんです。その言葉に憧れる気持ちはないと言えば、嘘になりますが」
「むう……」
「実際に天下無双になってしまったら、競う相手も居なくなりますし、後はつまらない人生ではないでしょうか。まあ、商売の看板くらいには使えますか。要は、剣聖という称号と同じ程度です。大して意味はないかと。それが私の考える天下無双です」
「では、お主は何故剣術に生きる」
「好きだからです」
「欲か!」
「はい。私の剣は欲です」
「欲と分かっておって剣を振るか!」
「では説破。生きている限り無欲にはなれぬとは、どなたのお言葉か」
「喝! 賢しい小僧じゃ! わははは!」
「ははは! ですから、せめて生きている間は、好きなだけ欲にまみれていくのです。私の剣は、欲まみれの剣ですよ」
「良いぞ! やはりお主は見所がある! 良い話を聞けたわ! もう行け!」
「はい。では失礼します」
マサヒデが立ち上がると、拍手が上がった。




