第5話
マサヒデ達が皆と別れた交差点に向かって行くと、イザベルが歩いて来るのが見えた。手を上げると、イザベルが目礼を返す。
「宿は見つかりましたか」
「は。安宿ですが、馬車を止める所もございますので。ご案内致します」
「ありがとうございます」
「ここの冒険者ギルドは如何でしたか」
「……」「……」
イザベルの何気ない問いに、マサヒデとカオルが、黙って顔を見合わせる。
マサヒデが頷いて、
「まあ……ええ。悪いギルドではなかったんですが」
「何か問題でも」
「問題はなかったのですが、とても変わったギルドでしたね」
「と、おっしゃられますと」
「どう、説明したら良いものか……まあ、まず入ったらですね」
「はい」
「いらっしゃいませにゃーん、ようこそにゃん、ときました」
「ようこそにゃん、ですか。まあ、猫族の田舎者はそういう者が多いですが」
マサヒデとカオルが驚いてイザベルを見る。
「多いんですか!?」
「はい」
「いや……でも、あれは反応に困りましたよ。ねえ、カオルさん」
「全くです。見ていると痛々しくて、目を逸らしてしまいました」
「左様で」
かっぽ、かっぽ、と馬の蹄の音だけがついてくる。
「カオルさん、通信室でも、えらくきつかったんですよ。紅茶はサービスにゃん、猫メイドパワー注入にゃん、とか言って、紅茶を出してくるんです」
「それは厳しいですね……」
「猫メイドパワー、ですか……それは田舎者ではなく、作っておりますね」
「まあ、ぼったくられるような所ではないですし、繁盛しているようなので、仕事は信頼しても良いのでしょう。あ、そうそう。少し冒険者に稽古をつけて欲しいという話がありましたよ」
カオルが何とも言えない顔で、
「ご主人様。私、稽古をつけるのは構いませんが、少々……また、にゃんにゃん言われると、如何に忍とは言え、心が痛く」
「カオルさんにここまで言わせるとは、あのギルド中々ですね。正直な所、私もきついです。冒険者さん達もにゃんにゃん言うんですかね」
カオルが眉をひそめる。
「……それは、きついですね……稽古の最中も、一本にゃん、参ったにゃん、などと言うのでしょうか」
想像して、胸が痛くなってきた。
「……それ、きついですね……でも、私達も合わせる必要はないでしょう。まあ、少し長めに準備の時間を取る感じで、2、3日どうです? イザベルさん」
イザベルは頷いた。
「マサヒデ様がやるのでありましたら、私は構いませぬ」
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宿の近く。
イザベルに案内されて、取ったという宿に来たのだが、宿の周りに人が集まっている。
「何かありましたかね」
マサヒデが腰の刀の位置をあわせる。
カオルもぴりっとして、
「ご主人様、探って参りましょうか。イザベル様、先程もこのような人だかりが?」
「いえ。しかし、心配はなされなくてもよろしいかと」
「心当たりでも」
くす、とイザベルが笑って、
「ふふ。トミヤス様、ハワード様が降臨なされたと集まって来たのでしょう」
「降臨って……あのお坊様じゃあるまいし」
「この町は、魔の国の中でも最もお祭好きと有名ですから。参りましょう」
馬を引いて歩いて行くと、は! と集まった者の1人がこちらを向いて指差した。
「来はったで! トミヤスはんや!」
「来たんか!」
わいわいと人が寄って来る。
マサヒデの馬、黒嵐が少し落ち着かなくなり、ふんふんと鼻息を吹き出した。
カオルの馬、黒影も、ぶる! と声を上げた。
「あ、まずい。イザベルさん、ちょっと止めてきて下さい。馬が暴れそうだ」
「は!」
ぱ! とイザベルが前に出て、両腕を広げ、
「待て待てい! 皆の者! そこで足を止めよ!」
「何やねん!」
「お前誰やねん!」
「控えおろう! 我はマサヒデ=トミヤス様が家臣! イザベル=エッセン=ファッテンベルクである!」
う、と皆が足を止めた。
イザベルは声を抑えて、
「嬉しいのは分かるが、あまり多くで近寄るでないわ。マサヒデ様が馬を引いておられるのが見えぬか。馬が興奮して暴れるゆえ、馬を繋いで来るまで待て。それに、あまり声を上げてくれるな。他の馬も興奮してしまう。暴れ馬が出たら大変であろう」
「あ、それもそや! すませんした!」
「せやった。ファッテンベルク様、おおきにありがとうございます」
「皆、ぎょうさんで寄ったらかんて! 止まりや! あのばかでかい馬が暴れてまうわ!」
おお、それもそうだ、と、ざわざわと人々が離れていく。
が……馬を繋いだらどうなることか……
マサヒデとカオルが気を付けながら、馬を引いて行く。
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わらわら……人が集まってきて、中々宿に入る事が出来ない。
「トミヤスはん!」
「はい、なんでしょう」
皆、押しが強い。
先の和尚といえ、魔の国の人々は皆こうなのだろうか。不安だ。
「正直な所、奥方どうなん?」
「それや!」
「そこやな!」
「どうと言われましても」
「ここだけの話! 中まで聞こえへんて!」
でかい声だ。忍でなくとも、丸聞こえではなかろうか。
「どうとは、何がどうと聞きたいのでしょう」
「色々やって。色々含めてどうなんかなって」
「良い方ですよ。頭も良いし、魔術師として頼りにもなるし、パーティーではお偉方達の相手も引き受けてくれて、助かります」
うんうん! とマサヒデを囲む人々が頷く。
「やっぱレイシクラン言うたら違うな!」
「うちの嫁にも見習わせたいわ」
「あんた!」
「おったんかい!」
「「「わはははは!」」」
賑やかな……賑やかも過ぎる。
「トミヤスはん、一番強い剣客言うたら誰?」
「それや!」
「そこやな!」
「そりゃあ……誰でしょうね? 少なくとも、私より強い人には何人も会いましたよ」
「何人も!? ぎょうさんおるんかいな!?」
「どこどこ!? どこにおんねん!?」
「いくらでも居ますとも。日輪国から米衆連合国と渡って来ましたけど、どっちにも居ましたよ」
「米衆連合!? あんなとこに剣客おるんかいな!?」
「剣客じゃあないですけど、スティアン伯爵は私より強いと思います」
「伯爵!? 誰!?」
「お前知らんのかいな!? 冒険者ギルド作った人やて!」
「はあー! あの人! 言うて知らんけど」
「龍人族の人やって」
「その人です」
「あっちゃあ、トミヤスはんも龍人族には勝てんかあ……」
「いや、日輪国には人族で私より強い人、ごろごろ居ますけどね」
「まじすかッ!」
「有名な人なん!?」
「父上と」
「トミヤスはん! そこ当たり前やん!」
「父ちゃん剣聖やで!」
「それはノーカンや」
「あ、これあれや、日輪国流のボケやって」
マサヒデは苦笑いを浮かべ、指をくりながら、これまで会った達者達の名を数えていく。
「いやいや、まだ続きますから。コヒョウエ先生と、ヤナギ先生と、フギ先生と、ヤダ先生と、アラガヤツ先生と、イトウ先生と、シノ先生と、キノト先生と、サカバヤシ先生と、トワダ先生と、イン先生と……」
こう数えてみると、もう10人以上の達人と言える者達に会ってきたのか。
「どんだけおんねん!?」
「それ全部人族で!?」
「そうですよ。全部人族……あ、サカバヤシ先生は猫族ですけど、まあ日輪国の人ですから入れて下さいます? おっと忘れてました、それとイマイさん」
「あっかーん。日輪国あっかーん」
「も日輪国の人に喧嘩売れへんな」
「お前喧嘩したことあるんかい。泣き顔しか覚えてへんけど」
「言うなて」
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カオルも大変である。
「トミヤスはんの修行ってどんなんしてはりますん?」
「色々です」
「色々て、いっぱいやってはりますのん?」
「剣術は棒振りだけではございませんので……」
「あれや、トミヤス流言うたら、剣だけちゃうぞ」
「そやったな! 弓とか棒とか槍とか、色々やってはる聞いたわ!」
「魔術もやってはりますのん?」
「魔術は今の所は」
「今の所は! こら、そのうち魔法剣士出るで!」
「そこら中におるやんけ! 冒険者見てみ! 魔法剣士だらけや!」
「知っとうか。魔法剣士て、90まで童貞我慢しとらんとあかんらしいで」
「嘘や嘘! 若い子でも魔法剣士おるわ!」
「ほんなん都市伝説て皆知っとるわ」
「都市伝説にもなれへんわ。そこらに魔法剣士おんのやから」
「……」
「もう言いな! サダマキはん困ってもうてるやん!」
「10割くらいお前のせいやと思うんやけど」
「せや! サダマキはん、悟り開いてはるってほんま!?」
「ないです。私は仏罰上等です」
「きたわこれ! こら悟り開いとるで!」
「堪らんわあー! サダマキはんになら斬られてもいいなあ!」
「ほな斬ってもらおか。南無阿弥陀仏」
「堪忍してえや」
ふう、とマサヒデとカオルが溜め息をつく。
後ろでイザベルがその2人を見て、にこにこしていた。




