第4話
そして歩く事、四半刻(30分)。
港につながる本通りと、大きな通りの交差点。
左右に冒険者ギルドと、魔術師協会があった。
「あ、中々大きいですね」
マサヒデとカオルは、慣れた冒険者ギルドの方に向かう。
「はい。信頼は出来そうです」
2人は冒険者ギルド前の繋ぎ場に馬を繋げる。
ちゃんと馬止め場用に前が広く取ってあり、建物は道から少し奥。
繋ぎ場には何頭も馬が並んでいて、冒険者の数と盛況ぶりがよく分かる。
「やっぱりここもメイドさんなんでしょうか」
「ではございませんか。今まで来たどのギルドも、メイドがおりましたし……」
大きな扉の前に立つと、中の様子が見える。
ロビーの中にはやはり魔族の冒険者ばかりだが、数人、人族も見える。
奥にはメイドが数人並んでいて、テーブルに酒を運んだりしている者もいる。
依頼書が貼られた大きな掲示板。見慣れた冒険者ギルドの光景。
「ふうむ」
と、小さく唸って受付の方を向き、あれ、と思った。
ここは受付嬢もメイドなのだ。
マサヒデとカオルが受付に向かって行くと、受付嬢が頭を下げ、にっこり笑った。
「いらっしゃいませにゃーん! ジョアル冒険者ギルドにようこそ! にゃん♪」
そう言って、招き猫のように手を上げる。
「……」「……」
「本日のご用は何ですにゃん♪」
「……」「……」
マサヒデもカオルも何とも言えない顔で黙り込んでしまった。
とても用を言い出しづらい。
「……ま、真顔で、沈黙はつらいにゃん……」
「あの、普通に」
「これが普通にゃん♪」
カオルが目を逸らし、
「この冒険者ギルドは大変なのですね」
と、小さく呟くと、受付嬢の笑顔が固まってしまった。
「そー、そんな事はないにゃん……こ、これが地にゃん♪」
なんと痛々しい……
「そうですか。そうですよね」
マサヒデは何だかいたたまれなくなって、笠を深くして、目を逸らしてしまった。
「通信、使いたいんですけど、いくらでしょうか」
「ありがとうございますにゃーん♪ 1分銀5枚にゃん♪」
「はい」
ぱん! ぱん!
受付嬢が手を叩くと、奥に並んでいたメイドの1人が歩いて来て、また招き猫のように手を上げ、
「ご用は何ですにゃん♪」
「……」「……」
見ているのがつらい。
聞いているのがつらい。
「通信のお客様にゃん。通信室にご案内にゃーん♪」
「ありがとうございますにゃん! こちらへどうぞー! にゃん♪」
「はい」「……」
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そして通信室。
「どこに繋げるにゃん?」
「日輪国、シライ領、オリネオ冒険者ギルドです」
「合点にゃー!」
かちかちとメイドがボタンを押したりして、画面が映る。
しばらく待っていると、ガラス板のようなものが浮かび、オリネオ冒険者ギルドの通信室が浮かび上がる。
「繋がったにゃん♪ 褒めてほしいにゃー♪」
「あー、ええと、はい……よく出来ました、ね?」
「うーれしーいにゃー!」
メイドはくるくる回りながら、部屋の隅のワゴンの所に行き、カップにちょろちょろと紅茶を注ぎ、
「褒めてくれたから、お茶はサービスにゃん♪ 猫メイドパワー注入にゃーん!」
「……ありがとうございます」
なんとやりづらいギルドであろうか。
別に悪いギルドではなさそうなのだが、多分、もう来ない。
しばらく待っていると、画面の向こうのドアが開き、能面のような無表情のメイドが入って来て、画面の向こうに立った。マサヒデが笠を取って頭を下げると、向こうのメイドも頭を下げる。
「これはトミヤス様」
ぎく! とマサヒデの後ろでメイドが身を固めたが、マサヒデには見えていない。
「ジョアルからという事は、ついにお着きになられましたか」
「はい。魔の国に着きました。今の所、脱落者もいません」
「おめでとうございます。皆様もお喜び頂けますでしょう」
「これからですが、まずイザベルさんの家、ファッテンベルク家に向かい、イザベルさんのご家族に挨拶をします」
ファッテンベルク家!? 軍人の偉い貴族!
ぎくぎくーっ! 後ろのメイドの顔が青くなっていく。
「はい」
「まあ、その後はおおまかなんですが、西か東かは分かりませんが、海沿いに出て北上して、首都に向かおうかな、という感じです。ま、行き当たりばったりです」
「はい」
「では、皆さんに宜しくお伝え下さい。何かあったら、また連絡します」
「はい。トミヤス様、ご武運をお祈りしております」
メイドが頭を下げ、ぷつ、と通信の画面が消えた。
マサヒデが横に置かれた紅茶のカップを取って、ずず、とすする。
もうここには来ないつもりだ。この紅茶だけは頂いておくか……
「あのう」
メイドの小さな声。先程までの勢いがない。
「何か」
「マサヒデ=トミヤス様でしたか」
「そうですよ」
「無礼をお許し下さい」
やけに腰が低いが、これは自分に対してではなく、妻のクレールと、家臣のイザベルに対してであろう。どちらも魔の国では名門中の名門の貴族の出だ。
「無礼だなんて。別に構いませんよ」
ずずー……
「あの、当ギルドでも稽古はつけて頂けるのでしょうか」
ああ、そういう事か。
オリネオ冒険者ギルドで稽古をつけた所、冒険者達の成績が伸びたと、冒険者界隈ではマサヒデの名が売れているらしい、と、米衆連合国で会った冒険者に聞いた。
「すみませんが、ここに長滞在をする予定はないんです。聞いていたと思いますが、ファッテンベルクに行かないといけませんので」
「残念です」
「申し訳ありません。まあ、旅の準備の買い物なんかもありますし、2、3日なら……皆に話してはみます」
「ありがとうございます」
「ただ、期待はしないで下さい。私達には、リチャード=エッセン=ファッテンベルク大将を待たせているという都合があるので」
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メイドと一緒に受付に戻ると、メイドがそそくさと受付の中に入っていき、こそこそと受付嬢に耳打ち。
「ほんまに……」
「せやから……」
「うんうん……」
そうして少し話した後、メイドは作り笑いを浮かべて、受付から去って行った。
「お、お待たせしました! トミヤス様、ご用はお済みで!」
もう「にゃーん」はないようだ。
トミヤスと聞いて、冒険者達がマサヒデに目を向けた。
「済みました。おいくらでしょう」
「銀10枚になります!」
懐から金の袋を出し、1枚、2枚、と置いていく。
「10枚。お確かめ下さい」
「はい! 1、2の、3の……はい! 10枚、確かに!」
「では、これで」
「またのお越しをお待ちしております」
軽く頭を下げ、マサヒデ達が去った後、冒険者が2人、テーブルから立って受付に歩いて来た。
「なあ、あれもしかして、あのトミヤスはん? 勇者予定の?」
うん、と受付嬢が頷き、
「せやねーん。びっくりしてもうたわー」
おお! と冒険者2人が馬を引いて去って行くマサヒデとカオルを見る。
「ほんまかいな! はあー! あれがあ! 笠被っとったから分からんかったわ」
「なんか港にレイシクランの船来たって聞いたけど、あれに乗って来たんかな」
「せやろ。奥方レイシクランやろ。今の女の方、あれや、お弟子さんや」
ああ! と受付嬢が顔を両手で隠す。
「あかーん! 私、もう生きてけへん! トミヤスはんに、にゃんにゃん言うとったんやで!」
「うわきっつ!」
「あいたたた! いやそれは痛いなあ……」
冒険者2人が哀れみの目を受付嬢に向ける。
「まあまあ、しゃあないて。うちの決まりやし……」
「せやで。メイドにゃんにゃんで客取っとる部分もあんのやし」
「ああー、もうどうしょ! 恥ずかしいわあ! 尻尾取れそうや!」
「お前だけちゃうやろ。あのメイドもやろ」
「せやな。2人共、もう生きてけへんな」
「生きてけへんとか言わんといてやあ! しゃあないやん! 商売やもん……」
「まあなあ……ほんでも、ひとつ言わして。自分で生きてけへん言うといて、人に言われたら言うなて返すんかい」
「ほんまやな。しゃあけど、また来はったらどおすんねや。またにゃんにゃん言うんか。普通に戻るんか」
「普通」
うんうん、と冒険者2人が頷く。
「真面目な話、それが身のためやで。もし奥方とか一緒に来たら、きっついでー」
「ファッテンベルクはんも来てもうたら、えらいこっちゃで。絶対、無礼者! なんて、ごつい声で言わはるで。ほんで次の瞬間、首や、首。無礼討ち」
「怖い事言わんといてや!」
「いやあ……トミヤスはんににゃんにゃん言うて、助かった方が奇跡や思うけど」
「出来てはる人で良かったなあ。トミヤスはん、意外と怖ない人なんかな?」
こんな事を言われているとは露知らず、マサヒデもカオルも冒険者ギルドから離れて行くのであった。




