第3話
悟りとは!
冥頭和尚に問いかけられたカオルの答えは「そんなものは知らぬ」であった。
「知らぬとな!」
「そもそも、私には、悟りなど必要もございませぬ」
おお、と観客達からまた声が上がる。
「悟りは要らぬか!」
「はい。あいや、冥頭様は高名な僧とお聞き致しました。折角の機会、くれるなら頂きとう存じます」
カオルがにやりと笑って手を差し出すと、冥頭和尚が声を上げて笑った。
「わははは! 見事也! 下がって良い!」
「は」
カオルが頭を下げると、拍手が上がった。
ぺこりと頭を下げ、カオルが壇を下りて行くと、冥頭和尚が声を上げた。
「トミヤスはおらぬか!」
(げ!?)
ぎょっとしてマサヒデが笠を目深にすると、ぴくりと冥頭がマサヒデを見た。
「貴様! トミヤスであるな!」
「つぅ……」
笠の下で、マサヒデが顔をしかめている。
「良く出来た弟子よ! 師の答えを聞いてみたいものよな! どうじゃ!」
「「「おおー!」」」
観客から声が上がって、マサヒデが下を向く。これは辞退出来まい……
「上がれい!」
マサヒデは、ち、と小さく舌打ちして、笠を取り、目礼して壇上に上がる。
「どうも」
ぺこりと頭を下げると、冥頭和尚がマサヒデに数珠を握った拳を突きつける。
間近で見ると凄い迫力だ。
この拳で殴られたら、掠めただけで何処かが吹き飛ぶであろう。
「あの弟子にしてこの師か! 血の臭いがぷんぷんして鼻が曲がるわ!」
「は。申し訳もございませぬ」
「さればトミヤス! 什麼生!」
「はあ」
マサヒデが困った顔で頭に手を置く。
「どうしたトミヤス! 什麼生!」
「いや、私のような小僧が、長く修行されたでありましょう和尚に、説破などと答える事は出来ません。私、まだ16ですよ。あ、失礼。もう17です」
「……わはははは! されば説破など出来ずとも良いわ!」
冥頭和尚はげらげら笑って、
「トミヤス! 剣とは何か!」
おや、とマサヒデが顔を変えた。
「どうした!」
剣とは何か。
日輪国王宮剣術指南、ヤナギ車道流の22代宗家、ヨシヒラ=ヤナギも、マサヒデに同じ問を出してきた。
「や、これは失礼致しました。以前、同じ問を出された事がありますもので」
「ほう! して! 貴様の答えは!」
「いや、それを探す為に、剣を振っております次第でして」
「されば! 分からねば、いつまでも人を斬るか!」
「それは相手次第。刃を向けられねば、抜きはしません」
「相手次第! 答えは敵に丸投げと言うか!」
マサヒデはあっさりと頷いた。
「はい。私、まだまだ修行中の身ですもので、私が相手にこのように立ち会えなどと言うのは、傲慢に過ぎるかと」
「ほおう! 中々出来ておるぞ! 流石はトミヤスよの! 下がれ!」
これで終わり? 随分とあっさりと……
もしかしたら、ぶん殴られるかもと思っていたのだが。
「宜しいのですか?」
「良い! 貴様、中々良い修行を積んでおると見えた!」
おお、と声がして、まばらに拍手が上がる。
「では失礼致します」
マサヒデが頭を下げて壇を下りると、次はシズクに指が差された。
「そこの娘!」
「私い!?」
シズクが慌てた声を上げると、ふん! と冥頭和尚が鼻を鳴らし、
「違うわ! その上の娘じゃ! レイシクラン!」
はあー! とクレールの顔が輝く。
「わあ! 私ですか! やったあ!」
ほ、とシズクが息をつき、クレールを肩から下ろす。
クレールはたかたかと壇上に上がり、
「宜しくお願い致します!」
と、深く頭を下げた。
「レイシクラン!」
「はいっ!」
「什麼生!」
「説破ー!」
「悟りとは何じゃ!」
クレールが拳を突き上げ、
「無欲!」
マサヒデ達が呆れ返る。
クレールこそ欲の塊ではないか……
「喝! 出来ておらぬわ!」
ふん! と冥頭和尚が僧に向かって手を出すと、警策(坐禅の時に叩く棒)が差し出された。
「かかかかかかかかかか喝ーッ!」
「「「出たぁーっ! 和尚の1秒間11喝だぁーっ!」」」
「「「うおおー!」」」
こつん、とクレールの頭に警策が落とされた。
「生きておる限り、無欲になどなれぬわ! 息を吸いたい! 呼吸をしたい! これも欲じゃあーッ! 生きたいは欲! されば死にたい! これも欲じゃ! 無心になりたい! 思うこと全て! 何でもかんでも欲じゃ! くぉの愚か者があーッ!」
「ありがとうございましたあーっ!」
「去れ! この小娘が! 無欲を口にするなど万年早いわ!」
「失礼致しました!」
た、た、た、と壇を下り、クレールが戻って来る。
「イザベルさん! やりましたよ! 1秒間11喝が聞けました!」
「お見事です! クレール様!」
クレールもイザベルも大興奮。
だが、他の皆は、そろって怪訝な顔。
何が嬉しいのか、さっぱり分からない……
「鬼娘! 上がってこい!」
「げえっ!? やっぱり!?」
こつん、とイザベルが肘を当てると、シズクが気不味い顔で壇上に上がる。
「同族と会うのは久方振りじゃ! ゆくぞ! 什麼生!」
「せっぱ」
「悟りとは何じゃ!」
「考えた事もないです」
くわあっ! と冥頭和尚の目が見開いた。
(やべっ!?)
咄嗟にシズクが身構えると、冥頭和尚が拳を突き上げた。
「悟っておるぞおー!」
「「「うおおー!」」」
「ええーっ!?」
何が何だか良く分からないが、シズクは目に適ったようである。
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その後も冥頭和尚の説法(?)を聞き、昼も過ぎてしまったので、マサヒデ達は急いで宿を探すことにした。とにかく勢いの良い坊様であった。
船に戻っても良いのだが、この港は建物を通り、いちいち荷物の検査を受けなければならないので、面倒なのだ。宿がなかったら船である。
「何か、凄く疲れましたね……」
「ええ……」
マサヒデとアルマダは馬を引きながら、ぐったりと肩を落としていた。
「冒険者ギルドも探さないと。魔の国に到着したって連絡しないと」
「そうでしたね」
かっぽん、かっぽん、と馬を引いて歩いて行く。
流石にロストエンジェル市ほどではないが、この町もかなり広い。
何しろ、魔の国の南大陸最大の貿易港がある都市。通り抜けるには時間がかかる。
「宿がありそうな所、聞いてきますよ」
「はい」
アルマダに手綱を渡し、何やら焼き鳥のような物を焼いている屋台へ近付く。
屋台の親父が顔を上げ、
「へらっしぇ!」
「ちょっとお尋ねしたいのですけど」
「あいよう! 海苔にわさびもありまっせ!」
何も買わないのは流石に気が引けて、
「じゃあ、海苔とわさび、ひとつずつ下さい」
「毎度っ!」
マサヒデは銀貨を1枚出して置き、
「この辺、宿ってどこら辺りにあります? 私達、初めてなんです」
ん、と親父がマサヒデの顔を覗き込む。
「おう、兄ちゃん人族かいな!」
「ええ」
「宿はなあ、こっから2本目の広い通りやな。右行っても左行ってもあるで。宿町の通りやから」
「冒険者ギルドはどこでしょう。魔術師協会でも良いのですが」
親父は串焼きを紙に包みながら、
「まっすぐやけど、こっからやと、ちいとばかし遠いなあ。歩きで四半刻(30分)はかかるなあ。人族の足やとどうやろ。交差点の右と左に、道挟んで冒険者ギルドと魔術師協会が並んどるわ」
「ありがとうございます」
包みを受け取り、あ、と思い出す。
そう言えば、冒険者ギルドは領地によってかなり規模が違うのだ。評判も。
マサヒデは親父に顔を近付け、
「ここの冒険者ギルドって、大丈夫ですか? 前、痛い目に会った事があるんですよ。通信1分で金貨1枚なんてぼったくり」
「1分で金貨1枚!? ほんまかいな!? そらえらい目見たなあ……兄ちゃん、大丈夫やで。ジョアルの冒険者ギルドはまともやからな」
「や、ありがとうございます。お釣り、情報料って事で取っといて下さい」
「ええんかいな。なんて言うといて遠慮なく」
親父は銀貨を取り、ちりん、と箱に落とし、にっこり笑った。
「ほな、ジョアル楽しんでってや!」
「どうもありがとうございました」
マサヒデは先に行った一行に小走りで駆けて行き、先頭のアルマダに紙包みをひとつ渡した。
「何ですこれ」
「肉ですけど、何だかさっぱりです。焼き鳥ではないみたいですが。話を聞いてきた屋台で売ってた物です」
「ほう。で、宿は」
言いながら、マサヒデに手綱を返す。
「広い通りの2本目が、宿町の通りですって。冒険者ギルドはまっすぐ。ここから四半刻はかかるそうです」
「結構ありますね」
アルマダがぺりぺりと紙包みを開け、串焼きの肉を鼻に近付ける。
「わさび……これ、何の肉でしょう? 人族が食べても平気ですかね」
「大丈夫でしょう。人族って聞いて、出してくれたんです」
「ふうむ」
少しかじって、アルマダが眉を寄せる。
「初めての味ですよ。不味くはないですが、何の肉でしょうか」
マサヒデも包みを開けて食べてみる。
海苔がぱりぱりしていて美味い。
味は脂っこくはなく、魚っぽい感じだが、食感は間違いなく肉……
「何の肉でしょう? でも、私は好きですね、これ……じゃあ、私はカオルさんと冒険者ギルドに行きます。宿が決まったら、イザベルさんを寄越してもらえますか」
「分かりました」
アルマダが頷いた所で、マサヒデは後ろを向き、カオルを手で招く。
馬を引いて出て来たカオルに、串焼きの肉を差し出し、
「これ食べてみて下さい。何の肉か分からないんですよ」
カオルが眉を寄せ、
「ご主人様、迂闊に口に入れては。人族には毒やもしれませんのに」
「大丈夫ですよ。人族って聞いてから出してくれたんですから」
カオルが受け取り、すん、と鼻を鳴らし、口に入れる。
少し噛んで飲み込み、マサヒデに戻し、
「これはワニです」
「へーえ! ワニって美味しいんですねえ!」




