第2話
そしてジョアル港に着いたマサヒデ達であったが、何やら港の様子がおかしい。
人が集まっているが、今までのようにマサヒデ達(の中の貴族3人)を歓迎している風でもなし……
簡単な質問に答え、入国審査が終わって、マサヒデは係員に尋ねてみた。
「何で人が集まっているんです?」
「冥頭様が説法に参られたのです」
「誰です?」
「ああ、トミヤス様はご存知ありませんか。魔の国では高名なお坊様です」
「へえ! お坊様ですか!」
魔の国でも仏の教えが広まっているとは知らなかった。
係員はにこりと笑い、
「宜しければ説法をお聞きになってみては。驚きますよ」
「ええ? あいや、ちょっと、そういう堅苦しいのは」
「全然堅苦しくはございませんよ。きっと驚かれます」
「ふうむ……まあ、皆と話して決めます」
----------
今回は入国審査も無事終わり、入国管理の内門を出た所で、皆と合流。
マサヒデは建物の外を見て、
「何か有名なお坊様が来てるとか、聞きました?」
ふん! とクレールが鼻息を吹き、
「勿論ですとも! 行きますよ! 冥頭和尚の説法が聞けるなど、そうチャンスはありません!」
イザベルも、ぐっと拳を握り、
「マサヒデ様! 説法の参加をお許し下さい! これは滅多にない機会!」
クレールはまだ分かるが、純粋軍人一直線のイザベルまでこんな反応をするとは。
普段のイザベルなら、全く興味なし、という反応をすると思うのだが。
マサヒデとアルマダが意外そうに顔を見合わせる。
アルマダが訝しげな顔で、興奮するクレールを見て、
「クレール様、どんなお方なのです」
「行けば分かります! すぐ分かります! さあ! さあ! さあさあさあ!」
クレールがマサヒデの袖をぐいぐいと引く。
「まあ……分かりましたよ。飽きたら行きますよ」
シズクが顔をしかめ、
「ええっ? お坊さんの説教なんてやだよ」
と言うと、きり! とイザベルがシズクを睨み、
「愚か者! 冥頭和尚の説法が聞けるなど、そうはないぞ! 来るのだ!」
「ええ……」
「来るのだ!」
がし! とイザベルがシズクの腕を引っ掴み、ぐいぐい引く。
「マサちゃん、飽きたら私達だけで行こうよ。宿も取らないと」
「そうしましょう。行くだけは行きますよ。アルマダさんも行きましょう」
「私もですか?」
アルマダは流石に顔には出さなかったが、少し考えて、
「まあ、良いですよ。クレール様だけでなく、イザベル様までこんなに言うのです」
そうして、マサヒデ達一行は建物を出たのだが……
----------
「冥頭様ー!」
「冥頭御坊ー!」
群衆が壇を囲み、熱を上げて冥頭の名を叫んでいる。
マサヒデはその群衆を指差し、
「……あれ、本当に説法なんですか?」
「そうですよ! 早く行きましょう!」
こんな説法は知らない。
取り敢えず、まだ冥頭なる僧は来ていないようである。
イザベルが前に出て、
「お任せ下さい。皆様、後ろにぴたりと離れず付いてきて下さい」
「はいはーい」
シズクがクレールを後ろから両手で持ち上げ、肩車。
「行きますよ! さあイザベルさん!」
「は!」
熱狂する群衆をかき分け、イザベルがぐいぐい入って行く。
マサヒデ達もその後ろにぴたりとくっついて、前の方に入って行く。
「押すんじゃねえ!」
「何しとんねや!」
文句を浴びながら、マサヒデ達が前に出た。
後ろからは冥頭を呼ぶ歓声。
一体何が始まるのか……
そして5分程待っていると、僧が1人上がって来て、ぺこりと頭を下げた。
銅鑼桴を取って、じゃああん! と鳴らすと、しんと静まる。
もう1人、僧が壇上に上がり、太鼓の前に立つ。
人が多いので、木魚の代わりに太鼓を使うのだろうか?
どん、どん、どん……
(うっ!?)
上がって来た坊様に、マサヒデは思わず声を上げそうになった。
剃り上げられた頭から見えるのは角。赤い肌。なんと鬼族ではないか。
老人ではあるが、でかい。
袈裟の上からでも分かるごつい肉体に、鋭い眼光。
僧と言うよりも、仁王様とか、戦神様にそっくりだ。
「塵芥共があーっ!」
「「「冥頭様ー!」」」
「「「降臨やあー!」」」
「儂の説法を聞きに来たかあー!」
「「「おおーっ!」」」
す、す、と冥頭和尚が横の銅鑼の前の僧、太鼓の前の僧、と見ると、2人が桴を構えた。
冥頭和尚が数珠を持って前に突き出すと、
「般若波羅蜜多心経じゃあーッ! 喰らいやがれーッ!」
どん! どん! どん! どん! と太鼓が叩かれ、じゃああん! じゃああん! と銅鑼が鳴る!
「観! 自! 在! 菩ー薩ッ!」
「「「観! 自! 在! 菩ー薩ッ!」」」
「行! 深! 般! 若! 波羅蜜多時ッ!」
「「「行! 深! 般! 若! 波羅蜜多時ッ!」」」
「……」「……」
クレールとイザベルも声を上げ、拳を上げて、経(?)を叫んでいる。
マサヒデは鳴り響く銅鑼と太鼓の音の中、呆然としてしまった。
これが、読経……?
「不生! 不滅ッ!」
「「不生! 不滅ッ!」」
「不垢ッ! 不浄ッ!」
「「「不垢ッ! 不浄ッ!」」」
そっと隣のアルマダを見ると、アルマダも呆然とした顔で、汗を飛び散らせてお経を叫ぶ冥頭という鬼族の僧を眺めている。カオルもシズクもラディも、皆、呆然としている。
「羯諦! 羯諦!」
「「「羯諦! 羯諦!」」」
「波ー羅ー! 羯諦!」
「「「波ー羅ー! 羯諦!」」」
「波羅僧! 羯諦!」
「「「波羅僧! 羯諦!」」」
「菩提薩婆訶!」
「「「菩提薩婆訶!」」」
「ぬううん……般若ッ! 心経おーッ!」
「「うおおー!」」
歓声と拍手。天に拳を突き上げる冥頭和尚。
これは一体何なのだ?
「「「説ーっ法! 説ーっ法! 説ーっ法!」」」
「……」
観客からの説法の声。
一体どんな説法が始まるのやら……
と、マサヒデが思っていたその時。
「そこな娘ーッ!」
「はっ!?」
しーん……
静まり返り、周りから突き刺さる視線。
冥頭和尚が太い指を向けたのは、カオルであった。
カオルはきょろきょろと周りを見て、自分を指差し、
「わ、私でございますか?」
「そうじゃ! 娘! ここへ上がれいッ!」
「私が、で……ございますか?」
「その耳は飾りか! 上がれ! 同じ事を2度言わせるな!」
「は……」
カオルが助けを求めるようにマサヒデを見ると、マサヒデは目を逸らしてしまった。ではとクレールを見ると、クレールは目を輝かせ、ぐ! と拳を握って頷いた。
「では、失礼致します」
腹を据え、壇の横から上に上がると、冥頭和尚が少し横にズレて、カオルの方を向いたので、カオルはぺこりと頭を下げ、冥頭和尚の前に立つ。
「娘! 名を申せ!」
目の前に居るというのに、何とでかい声。
「カオル=サダマキでございます」
冥頭和尚は数珠を握った拳をカオルに突きつけ、
「カオル=サダマキ! 貴様、血の臭いがするぞ! 腰の物は飾りではないな!」
「それは勿論。人を斬るための物で」
「この人斬りめがあーッ! 什麼生!」
「は!? せ、説破!?」
「悟りとは何じゃ!」
「そんなものは知りませぬ」
即答。
そもそも忍であるカオルは仏罰上等である。
悟りだの何だのには一切興味なし。
「ほう……」
にやりと冥頭和尚が笑うと、おお……と群衆から声が上がる。
少しして、気付いたようにざわざわと声が上がり始めた。
「おい、カオル=サダマキいうたら……」
「あの肩車されとんの……」
「あれトミヤス流ちゃうんか……」
ざわざわ……
思いもかけぬ客に、群衆の目が輝き始めた。




