第66話
マサヒデ達とは別にテーブルが置かれ、アルマダ達はそちらで席を囲んでいる。
マサヒデとマツは、マツの実母のユカリと、もう1人の王妃と、タマゴの置かれたテーブルで茶会だ。
「私は」
マツの母と別の王妃が名乗ろうとした時、がちゃがちゃと鎧を鳴らして、魔王が近付いて来た。
はっとしてマサヒデは身を竦める。
「急ぎの仕事が出来た」
「そんな。魔王様、マサヒデさんが来たばかりなのに」
「そのマサヒデ君のせいで出来た仕事だ。すぐに戻る」
がちゃ、がちゃ・・・
見送ると、廊下からは、いつの間にか近衛兵が消えていて、数人が残っているだけになっていた。
ふう、とユカリが溜め息をつくと、もう一人の王妃も苦笑い。
「すぐ戻る、と言って、戻る事は滅多にないんです。夜まで戻りませんよ」
ユカリより年上に見えるが、この王妃は一体何歳なのだろう。耳が出ているから獣人族というのは分かる。
だが、一口に『獣人族』と言っても多種居て、虎族、熊族などは、何百年生きるか分かったものではない。マスダも全然老けて見えなかったが(古い獣人族のように獣そのものの顔という事もあるが)、200年以上を米衆連合国で過ごしているのだ。
その前はこの魔の国に居たらしいが、一体何年過ごしていたのか。
「私はコルネリアと申します」
「は。改めまして、マサヒデ=トミヤスと申します」
「私はたったの120歳ですから」
たったの・・・
しかし、120歳というと、マツよりも遥かに年下の母、という事になるのか。
「あの、獣人族の方でしょうか」
「いえ。尖耳族です」
「あっ! そうでしたか。あ、ああいや、耳があるので、てっきり獣人族の方だと。失礼をお許し下さい」
尖耳族の寿命は長くても300年くらいと、シズクに教えてもらったが、言ってから、耳がある、というのもおかしな言い方だな、と思った。
「うふふ。人族の方には、見分けが難しいですか」
「言われれば、確かに耳の形が全然」
「でしょう。でも、私、あまり耳の形は良くないって、占い師の方に言われたの。それが王妃になってしまって。占いなんて、あてになるものではないわね。うふふ」
ユカリは意外そうに、マツは不本意な、という顔をして、
「そう? 私は占いは好きよ」
「まあ! コルネリアお母様、私は陰陽頭を務めておりましたのよ!」
「オンミョーノカミって何?」
「日輪国の王宮魔術師のトップです。占い師のまとめ役も兼ねておりました」
「あら!」
「ま! ごめんなさい!」
「うふふ。トップだなんて、自分で言うのも何ですけど」
くすくすと王妃とマツの3人が笑う。
マツがにこにこしながら、マサヒデの方を向き、
「マサヒデ様は、占いは信じますか?」
「いえ」
「うふふ。妻が元陰陽頭って知っていて、酷い言い草」
マツは笑いながら、テーブルの上のタマゴを撫でる。
「お母様」
「ん?」
「私は、どのくらいで産まれましたか?」
マサヒデやカゲミツ達が生きている間に、子の顔が見られるか。
ユカリは首を振って、
「300年は掛かったかしら? もっとかも」
「そうですか」
「そうね。マサヒデさんの血を引いているとはいえ、この子も、短くても100年は掛かると思うわ」
「・・・」「・・・」「・・・」
テーブルの皆が黙り込んでしまった。
タマゴに置かれたマツの手に、ユカリの手が重ねられる。
「マツ。ごめんなさいね。私の子に産まれてしまったから」
マツが首を振り、微笑んだ。
「いえ。良いのです。マサヒデ様も、トミヤスのお父上も、このタマゴが見られただけで幸せだと仰ってくれました」
「そう。良いご家族が増えましたね」
「はい。お母様、カゲミツ様や、トミヤスのお母上、アキ様にお会いになって頂けますか?」
「勿論よ」
「ありがとうございます」
ユカリが手を引いて、コルネリアと顔を見合わせて笑う。
「うふふ。マツ、知ってるでしょう? 私達は暇なんです」
「ま! ユカリ様ったら。でも、マツさん。私もお会いになってみたいわ」
段々と女性の会話の流れになってきた。
こうなってくると、マサヒデが口を開くのは少なくなってくる。
(魔王様が戻るまで、俺は茶を飲むだけか)
空になったカップをメイドに差し出すと、上品に注いでくれる。
元々、自分から、こういった世間話のようなものに・・・
「マサヒデさん」
「ぐ! えっふ! ごふ」
もう喋らなくても良いかな、と完全に油断して茶を口に入れた所で、急に話し掛けられたので、むせてしまった。
「あら、大丈夫?」
「けふっ! い、いえ」
こほん、こほん、とむせながら、カップを置いて、懐紙を出して口とテーブル、袴を拭く。メイドも慌てて、マサヒデの袴にハンカチを差し伸ばしたが、マサヒデは手で止めて、丸めた懐紙を懐に入れる。
「おほん! ん、んんっ・・・や、失礼致しました。何でしょうか」
「ここまでは、どのような旅路を?」
「む」
どのような、と聞かれても、一言には答えにくい。
「色々ありまして、一言ではとても。オリネオの町から首都まで、あ、日輪国の首都、ウキョウまで歩いて。北のゾエという所に海を渡って、また海を渡って、米衆大陸を横断して、海を渡って、ジョアルに来て、ジョアルからファッテンベルク家に行って、ジョアルに戻って、ジョアルから船でここに」
「日輪国から、米衆連合を横断して・・・という事は、もう世界の半分近くを渡って来たんですね」
「まあ、ほぼ直線でですが、そうなります。ですが、3つの国しか歩いていません。日輪国、米衆連合、魔の国だけです」
「では、どなたが一番お強かったですか?」
「んんー・・・」
マサヒデが腕を組み、吹き抜けの空を見上げる。
一番強い・・・と、言えば、あの存在。
「テヅカ様ですね」
「テヅカ様? 何かの武術の先生ですか?」
「いえ。彫カトウ=テヅカという神様に会いました」
「え!?」「ええっ!?」「そんな!?」
マツもまだ聞いていなかったので、これには驚いた。
彫カトウ=テヅカ。
戦の神として有名だ。米衆大陸で、太古の昔、栄華を極めた国の神。
多面性があり、他にも、太陽、剣、魔術、予言、創造など、色々な面を持つ。
元々、米衆大陸に文化を持ち込んだのは鳳の神で、その元で学んでいた現地人の1人であり『もう大丈夫だろう』と鳳の神が飛び去った後に、戦で破壊と殺戮の限りを尽くし、古代の米衆連合の地に大帝国を築いた、と言われる。
そして、後に様子を見に来た鳳の神の怒りを買って、封印されてしまったと聞く。
現在の米衆連合の先住民は、テヅカの帝国民の子孫だという。
「圧倒的です。神様も生き物だ、とはマツさんから聞いていましたが、あれは殺せる生き物ではないですね。戦ったのは、テヅカ様ご本人ではなく、化身のジャガーでしたが」
「戦ったのですか!? 神と!?」
驚いて声を上げるマツに、マサヒデは腕組みしたまま頷く。
「ええ。と言っても、向こうは全く手を出さなかったんですが。斬っても、燃やしても、元の姿に戻ってしまい、困ってしまって、魔術で地の底深くに埋めたんですが、しれっと茂みから出てくるんです」
「・・・」「・・・」「・・・」
「魔剣で斬っても、全く効きませんでしたね。すぱっと斬れた、と思ったら、また元の姿に戻るんです」
マツ達3人も、テーブルの脇のメイドも、口を開けて驚いている。
まさか、神と戦った者が、魔王様とリュウイチ以外にこの世にいるとは!
驚く3人を見て、マサヒデが笑い、
「おお、そうでした。トモヤはテヅカ様ご本人と戦いましたよ。ははは」
「ええっ!?」
「ええ。勿論、将棋で」
「しょしょっ、しょ、将棋!? 神様と将棋ですか!?」
「ははは! とんでもない話ですよね。ちゃんと棋譜は残してありますよ。興味があるなら、船に使いを出して、届けてもらっては?」
「あ、あ、あります!」
「なら、私も勇者になってしまいましたし、ついでにトモヤも呼んでくれると嬉しいですね。船に残って震えているか、拗ねているかは分かりませんが、もう安心です、と伝えてくれると」
「あっ! すっかり忘れてました・・・」
「ははは! マツさん、それはトモヤが可哀想ですよ!」
マツが横のメイドに顔を向け、
「港に停泊中のレイシクランの船、シルバー・プリンセス号に使いを頼みます」
「はい」
さ、とメイドがメモと鉛筆を出す。
「トモヤ=マツイ様宛。マサヒデ様が勇者となりましたので、万事ご安心下さい。つきましては、このロ=マーン城へ是非お運びを。その際は、テヅカ神との勝負の棋譜をお持ち下さい。以上」
さらさら、とメイドが鉛筆を走らせ、マツに顔を向ける。
「レイシクランの船、シルバー・プリンセス号。トモヤ=マツイ様宛」
「はい」
「マサヒデ様が勇者となりましたので、万事ご安心下さい。つきましては、このロ=マーン城へ是非お運びを。その際は、テヅカ神との勝負の棋譜をお持ち下さい。以上で宜しいでしょうか」
「結構です」
「すぐに」
ふふ、とマサヒデが横で笑う。
あのトモヤが、魔王様の城へ、たった1人で、門を通って入って来るのだ。
(どんな顔をして入って来るかな)
くく、と笑いを堪えているマサヒデを見て、ユカリもくすっと笑い、
「まあ、嫌らしい笑い方を致しますのね」
「あ、これは失礼致しました。ふふふ、私達は、あの隠し通路から来ましたけど、トモヤはたった1人で正門から入って来るのか、と想像してしまったら」
「くっ!?」
マツが笑いを堪え、口を押さえる。
「あはははは! トモヤ様、お、驚きますよね!」
「あーっははは! マツさん、隠れて見に行きましょうよ! ははは!」
「う、ふふふ・・・マサヒデ様! また、もう!」
げらげら笑う2人を見て、ユカリもコルネリアも楽しそうに笑う。
その様子を、向こうの離されたテーブルで、アルマダ達が見ていた。




