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勇者祭5 魔の国編  作者: 牧野三河
第一章 港町ジョアル
65/128

第65話


 魔王の城、ロ=マーン城、中庭。

 隠し通路からこの中庭に侵入したマサヒデ達の前に、魔王が立つ。


「我が前に立った勇者達よ。望みを言え。私が叶えられる限りの願いを叶えてやろう。統治出来る自信があるなら、この国もくれてやるぞ」


 低く重々しく、威厳ある声。

 本当にこういう事をやるのか。

 本当に国もくれてやると言うのか。


「勇者マサヒデ=トミヤス。申せ」


「私は、もう叶いましたので・・・あ、いや。あります」


「申してみよ」


「マツさんのお母上に、ご挨拶は叶いますでしょうか」


 ふ、と魔王が兜の下で笑う声が、微かに聞こえた。


「その願い、叶えよう。だが、願いは本当にそれで良いのか?」


「はい」


「マツとの結婚を許して欲しいとは言わぬのか?」


「む、む・・・」


 かちゃ、と兜の音を鳴らして、マサヒデの後ろのテーブルに顎をしゃくる。

 マツの母ともう1人の女が、そこでにこにこしながら、茶を飲んでいる。


「良い。式典の準備をしておった、と言ったな。ま、分かろう。あっちで茶を飲んでおるのがそうだ。行け」


「それでは、失礼致します」


 言って、頭を下げてちらりと横を見ると、皆、腰が引けている。

 その皆の顔を見て、マサヒデも急に動悸がしてきた。

 今、目の前に立っているのは、神を除けば紛れもなく世界最強の者。

 マサヒデなど、指先であしらわれてしまうだろう。それだけの差を感じる。


 マサヒデは、ごくり、と喉を鳴らし、頭を下げながら、す、す、と下がって行った。

 一緒に、マツも下がって行く。


 魔王はマサヒデの隣に立っていたアルマダを飛ばし、カオルに声を掛けた。

 アルマダは、マサヒデとは別で組を組んでいる。

 そして、マサヒデはダントツにトップ。

 もう勇者にはなれないのだ。


「カオル=サダマキ。願いはあるか」


 ごく、とカオルが喉を鳴らし、すう! と息を吸い込み、ぐ、と腹を据える。


「ございます」


「申せ」


「私めがマサヒデ=トミヤスの妾となる事、お許し下さいませ」


「ふうん・・・まあ、良かろう。私は許そう。だが、マツやユカリ・・・ユカリはマツの母だ。それと、レイシクラン家、日輪国の情報省に許されるかは知らぬ。自分で話をつけるのだな」


「お許し、ありがたき幸せ」


 いつもならここでシズクやアルマダの茶々が入り、マツやクレールが怒り狂う所だが、誰も言葉を発しない。発せない。


「次。ラディスラヴァ=ホルニコヴァ。願いを申せ」


 どきどきどき・・・


「・・・」


 魔王様は無言でラディの願いを待っている。

 数十秒して、やっと、ラディが口を開けた。


「まっ・・・魔剣の、登録と、封印を、して欲しいです」


「何? 魔剣?」


 ちら、とラディがクレールを見ると、クレールがこくこく頷いて、腰のベルトから魔剣を鞘ごと取り、目一杯に手を伸ばし、魔王に差し出した。


「これか?」


 魔王がクレールのナイフを取る。


「む?」


 魔王は魔剣と聞いて怖じる事もなく、するっと抜いて、はて? と首を傾げた。

 このもやもやと出る黒いもやは、見覚えがある。

 マツが出る時に渡した、土産のナイフのはず。

 目立たぬように拵えは随分と変わっているが、一流職人の技と分かる。


「これは・・・ふむ? これは確か、マツにやった物だが、封印まで必要か?」


「そーっ、そっ! そのっ! 魔剣はー、色々な形に変わりまして!」


「そうだな」


「その、他の魔剣や、称号武器の形にも変わりまして! その力も再現するので! そうです! げ、月斗魔神とか! カゲミツ様お持ちの、真・月斗魔神とか!」


「何? そうだったのか?」


 やはり魔王様も気付いていなかったのだ。


「実際に力を見た事がなくても出来てしまうので! 危ないので!」


「むう・・・なるほど危険だ。凄い力を持つ魔剣である。だが、これをお前の物とせず、封印したいと申すのだな」


「はははい! はい!」


「ふうむ・・・良かろう。登録と封印。願いはふたつであるが、殊勝な心掛けである。その願い、ふたつとも叶えよう。登録書はすぐに届けさせる。書き終わり次第、魔剣登録を済ませ、封印する」


 魔王が「行け」と軽く手を振ると、庭の茂みからメイドが出て来て、歩いて行った。先程マサヒデ達を囲んだ忍の1人だ。

 もう1人、メイド姿の忍が出て来て、魔王に向けて手を伸ばし、魔王が魔剣を乗せると、懐にさっと入れ、離れた。


「鬼族のシズク」


「はいっ!」


「願いを申せ」


 これまで特に願いなどなかったが、シズクもちゃんと考えてきた。


「あの、引っ越してしまった鬼族の里を教えて下さい!」


「そんな事で良いのか? 役所で聞けば済むぞ」


「あっ」


 考えてきた、つもりであった。

 魔王が小さく失笑する。


「ふ。保留にしてやる。さあて・・・クレール=フォン=レイシクラン・・・」


「はいっ!」


 クレールが、びし! と声を出し、背を正す。


「トミヤス殿の・・・マサヒデ=トミヤスの妻になりたいと申すのだな」


「はい!」


「なれば、お前は魔王の外戚となる。それを許せと言うのだな」


「はい!」


「重ねて問う。それが貴族にとってどれ程の重みを持つか、分かって言うのだな」


「はい!」


「レイシクラン家とは、縁浅からぬ故、今までなかったが・・・ま、良かろう。義理の息子であるからな」


「ありがたき幸せ!」


「全員下がって良い。マツ達と喋っておれ。アルマダ=ハワードは残れ」


「はい!」「へへえーっ!」「ははっ!」「は!」


 クレール、シズク、ラディ、イザベルが返事をして、深々と頭を下げ、アルマダの騎士達と共に下って行く。イザベルは勇者祭の参加者ではないので、願い事はなしだ。


「クレール殿を驚かせてしまったが、別段大した願いではない。どれも小さな願いばかりであるから、望みがあれば、聞くだけは聞こう。内容によっては叶えてやらんでもない」


「では、申し上げます」


「うむ」


「魔の国に、ハワード家の領地を頂きたく。村ひとつ分で結構です」


「ほう・・・流石はハワード家の者よ。大きく出たな」


 アルマダ個人ではなく、ハワード家に領地を与えるという事は、魔の国の中に日輪国の飛び地が作られる、という事になるのだ。例え村ひとつ分とはいえ、これは大きな願いになる。


 歴代の勇者達にも領地を望む者はいたが、皆、領地経営などまっぴらだと、金なり宝なりをもらって国に帰って行った。

 彼らの場合は、魔の国の中で領地持ち貴族にしてやれば済んだのである。


 だが、この願いは違う。日輪国のハワード公爵家に、と言ってきたのだ。

 例え本人が領地経営が全く無理でも、家族親戚には出来る者が大勢いる。

 領地経営にうんざりして、別のお願いにします、などという事は絶対にない。

 それが領土を寄越せと言ってきた。


 つまりは、日輪国に領土を割譲しろ、と言うのに近い願いなのだ。大きな願いである。


「面白い。場所に希望はあるか?」


「ございません」


「ふふふ。良かろう。では何箇所か適当に見繕い、おって報せる。家に話は通してあるのか?」


「勇者となれたらば、と報せてはおります」


「結構。だがこの願い、少々時間が掛かる。世界地図が変わる事になるのだ。ハワード家のみでなく、日輪国との話し合いも必要になる。それに、私が許し、ハワード家が望んでも、日輪国が許さねば叶わぬぞ」


「その辺りは、ヒラマツ陛下と父上に甘えて、任せたいと考えております。私は剣術に生きたいと望んでおりますので、父上に献上し、剣の道を歩みたいのです」


「剣の道にな。領地を献上し、後は家に任せてしまうか。なるほど、考えたな。良い。下がれ」


「は!」


 アルマダが下って行った後、はあー・・・と、魔王は長い溜め息をついた。


(驚かせるつもりだったのに)


 パレードの準備も出来ていた。

 パーティーの準備も終わっている。

 今朝方、港にレイシクランの船が入ったと聞き、慌てて命を飛ばしたのだが・・・

 既に城に入られていたとは! 全部無駄になってしまった。


(良いか。そうだ。お披露目は帰り道でも・・・触れを出さねば)


 かりかりと魔王の頭が回り、予定表が作られていく。



----------



「マサヒデ=トミヤスでございます」


 茶会のテーブルの横で、マサヒデが深く頭を下げると、マツも小さく頭を下げた。

 テーブルの上には、黒く禍々しいタマゴが置かれている。

 若く見える方が、柔らかな笑みを浮かべ、頷くように小さく頭を下げ、


「ユカリ=フォン=ダ=トゥクラインです。マツの母でございます」


「は!」


「マサヒデさん、と呼んで良いかしら」


「は!」


「そんなに固くならないでね。あなたも、もう私達の息子。ご遠慮はいりません。さ、頭を上げて下さい。お顔を見せて」


 マサヒデは下から覗くように、ちらっとユカリを見てから、くくく・・・と頭を上げていく。

 遠慮はいらないと言っても、相手は王族なのだ。

 マサヒデも晴れて王の養子となったが『はい、もう養子です』と言われて、ほいほいと馴れた態度を取れるものではない。


「まだお若いのですね。いくつ?」


「本年をもち、17となりました」


「17」


 絶句して、ユカリともう1人の婦人が顔を見合わせる。

 人族は、たった17年で、これほどに成長するものか。

 分かってはいたが、間近に見ると驚きしかない。

 魔族にも、早くに成年くらいになり、死ぬ直前まで老いない者もいるが、稀だ。


「私は、もう何千年かは生きております。多分・・・ううん、もう分からないわ」


 このマツより少し年上、30前後に見える女が、もう何千歳という歳なのか。

 クレールは、頑張ればあと2500年くらい、と言っていたが、レイシクランよりも長生きなのだ。何と言う種族の者なのだろう?


「は」


「人族は、生き急ぐのですね。マツが17の頃は、まだタマゴでしたのに」


 そう言われても、元々の寿命が違うのだし、どう答えたら良いものか。

 マサヒデが言葉に困っていると、ユカリは少し憂いた顔で笑った。


「お話する機会は、短いのですね」


 彼女からしたらそうであろう。実際、この魔の国に来るにも時間が掛かるから、直に顔を合わせて話す機会は、この先の人生で、そうはないはず。殆どは通信を使ってになるであろうか。


「お茶を」


「はい」


 メイドがマサヒデにカップを差し出す。


「いただきます」


 すっと手を伸ばし、カップの耳を摘んで口に運びかけ、一瞬、手が止まった。

 このカップはいくらするのだろうか!?


(ええい! 下衆な!)


 止まったのは一瞬。であったはず。そのまま口に運ぶ。

 ふうー、ふうー、つ・・・


「結構なお点前です」


 味などさっぱり分からない。

 見抜かれたか、ぷ! とマツが吹き出し、2人の王妃もくすくすと笑った。


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