第65話
魔王の城、ロ=マーン城、中庭。
隠し通路からこの中庭に侵入したマサヒデ達の前に、魔王が立つ。
「我が前に立った勇者達よ。望みを言え。私が叶えられる限りの願いを叶えてやろう。統治出来る自信があるなら、この国もくれてやるぞ」
低く重々しく、威厳ある声。
本当にこういう事をやるのか。
本当に国もくれてやると言うのか。
「勇者マサヒデ=トミヤス。申せ」
「私は、もう叶いましたので・・・あ、いや。あります」
「申してみよ」
「マツさんのお母上に、ご挨拶は叶いますでしょうか」
ふ、と魔王が兜の下で笑う声が、微かに聞こえた。
「その願い、叶えよう。だが、願いは本当にそれで良いのか?」
「はい」
「マツとの結婚を許して欲しいとは言わぬのか?」
「む、む・・・」
かちゃ、と兜の音を鳴らして、マサヒデの後ろのテーブルに顎をしゃくる。
マツの母ともう1人の女が、そこでにこにこしながら、茶を飲んでいる。
「良い。式典の準備をしておった、と言ったな。ま、分かろう。あっちで茶を飲んでおるのがそうだ。行け」
「それでは、失礼致します」
言って、頭を下げてちらりと横を見ると、皆、腰が引けている。
その皆の顔を見て、マサヒデも急に動悸がしてきた。
今、目の前に立っているのは、神を除けば紛れもなく世界最強の者。
マサヒデなど、指先であしらわれてしまうだろう。それだけの差を感じる。
マサヒデは、ごくり、と喉を鳴らし、頭を下げながら、す、す、と下がって行った。
一緒に、マツも下がって行く。
魔王はマサヒデの隣に立っていたアルマダを飛ばし、カオルに声を掛けた。
アルマダは、マサヒデとは別で組を組んでいる。
そして、マサヒデはダントツにトップ。
もう勇者にはなれないのだ。
「カオル=サダマキ。願いはあるか」
ごく、とカオルが喉を鳴らし、すう! と息を吸い込み、ぐ、と腹を据える。
「ございます」
「申せ」
「私めがマサヒデ=トミヤスの妾となる事、お許し下さいませ」
「ふうん・・・まあ、良かろう。私は許そう。だが、マツやユカリ・・・ユカリはマツの母だ。それと、レイシクラン家、日輪国の情報省に許されるかは知らぬ。自分で話をつけるのだな」
「お許し、ありがたき幸せ」
いつもならここでシズクやアルマダの茶々が入り、マツやクレールが怒り狂う所だが、誰も言葉を発しない。発せない。
「次。ラディスラヴァ=ホルニコヴァ。願いを申せ」
どきどきどき・・・
「・・・」
魔王様は無言でラディの願いを待っている。
数十秒して、やっと、ラディが口を開けた。
「まっ・・・魔剣の、登録と、封印を、して欲しいです」
「何? 魔剣?」
ちら、とラディがクレールを見ると、クレールがこくこく頷いて、腰のベルトから魔剣を鞘ごと取り、目一杯に手を伸ばし、魔王に差し出した。
「これか?」
魔王がクレールのナイフを取る。
「む?」
魔王は魔剣と聞いて怖じる事もなく、するっと抜いて、はて? と首を傾げた。
このもやもやと出る黒いもやは、見覚えがある。
マツが出る時に渡した、土産のナイフのはず。
目立たぬように拵えは随分と変わっているが、一流職人の技と分かる。
「これは・・・ふむ? これは確か、マツにやった物だが、封印まで必要か?」
「そーっ、そっ! そのっ! 魔剣はー、色々な形に変わりまして!」
「そうだな」
「その、他の魔剣や、称号武器の形にも変わりまして! その力も再現するので! そうです! げ、月斗魔神とか! カゲミツ様お持ちの、真・月斗魔神とか!」
「何? そうだったのか?」
やはり魔王様も気付いていなかったのだ。
「実際に力を見た事がなくても出来てしまうので! 危ないので!」
「むう・・・なるほど危険だ。凄い力を持つ魔剣である。だが、これをお前の物とせず、封印したいと申すのだな」
「はははい! はい!」
「ふうむ・・・良かろう。登録と封印。願いはふたつであるが、殊勝な心掛けである。その願い、ふたつとも叶えよう。登録書はすぐに届けさせる。書き終わり次第、魔剣登録を済ませ、封印する」
魔王が「行け」と軽く手を振ると、庭の茂みからメイドが出て来て、歩いて行った。先程マサヒデ達を囲んだ忍の1人だ。
もう1人、メイド姿の忍が出て来て、魔王に向けて手を伸ばし、魔王が魔剣を乗せると、懐にさっと入れ、離れた。
「鬼族のシズク」
「はいっ!」
「願いを申せ」
これまで特に願いなどなかったが、シズクもちゃんと考えてきた。
「あの、引っ越してしまった鬼族の里を教えて下さい!」
「そんな事で良いのか? 役所で聞けば済むぞ」
「あっ」
考えてきた、つもりであった。
魔王が小さく失笑する。
「ふ。保留にしてやる。さあて・・・クレール=フォン=レイシクラン・・・」
「はいっ!」
クレールが、びし! と声を出し、背を正す。
「トミヤス殿の・・・マサヒデ=トミヤスの妻になりたいと申すのだな」
「はい!」
「なれば、お前は魔王の外戚となる。それを許せと言うのだな」
「はい!」
「重ねて問う。それが貴族にとってどれ程の重みを持つか、分かって言うのだな」
「はい!」
「レイシクラン家とは、縁浅からぬ故、今までなかったが・・・ま、良かろう。義理の息子であるからな」
「ありがたき幸せ!」
「全員下がって良い。マツ達と喋っておれ。アルマダ=ハワードは残れ」
「はい!」「へへえーっ!」「ははっ!」「は!」
クレール、シズク、ラディ、イザベルが返事をして、深々と頭を下げ、アルマダの騎士達と共に下って行く。イザベルは勇者祭の参加者ではないので、願い事はなしだ。
「クレール殿を驚かせてしまったが、別段大した願いではない。どれも小さな願いばかりであるから、望みがあれば、聞くだけは聞こう。内容によっては叶えてやらんでもない」
「では、申し上げます」
「うむ」
「魔の国に、ハワード家の領地を頂きたく。村ひとつ分で結構です」
「ほう・・・流石はハワード家の者よ。大きく出たな」
アルマダ個人ではなく、ハワード家に領地を与えるという事は、魔の国の中に日輪国の飛び地が作られる、という事になるのだ。例え村ひとつ分とはいえ、これは大きな願いになる。
歴代の勇者達にも領地を望む者はいたが、皆、領地経営などまっぴらだと、金なり宝なりをもらって国に帰って行った。
彼らの場合は、魔の国の中で領地持ち貴族にしてやれば済んだのである。
だが、この願いは違う。日輪国のハワード公爵家に、と言ってきたのだ。
例え本人が領地経営が全く無理でも、家族親戚には出来る者が大勢いる。
領地経営にうんざりして、別のお願いにします、などという事は絶対にない。
それが領土を寄越せと言ってきた。
つまりは、日輪国に領土を割譲しろ、と言うのに近い願いなのだ。大きな願いである。
「面白い。場所に希望はあるか?」
「ございません」
「ふふふ。良かろう。では何箇所か適当に見繕い、おって報せる。家に話は通してあるのか?」
「勇者となれたらば、と報せてはおります」
「結構。だがこの願い、少々時間が掛かる。世界地図が変わる事になるのだ。ハワード家のみでなく、日輪国との話し合いも必要になる。それに、私が許し、ハワード家が望んでも、日輪国が許さねば叶わぬぞ」
「その辺りは、ヒラマツ陛下と父上に甘えて、任せたいと考えております。私は剣術に生きたいと望んでおりますので、父上に献上し、剣の道を歩みたいのです」
「剣の道にな。領地を献上し、後は家に任せてしまうか。なるほど、考えたな。良い。下がれ」
「は!」
アルマダが下って行った後、はあー・・・と、魔王は長い溜め息をついた。
(驚かせるつもりだったのに)
パレードの準備も出来ていた。
パーティーの準備も終わっている。
今朝方、港にレイシクランの船が入ったと聞き、慌てて命を飛ばしたのだが・・・
既に城に入られていたとは! 全部無駄になってしまった。
(良いか。そうだ。お披露目は帰り道でも・・・触れを出さねば)
かりかりと魔王の頭が回り、予定表が作られていく。
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「マサヒデ=トミヤスでございます」
茶会のテーブルの横で、マサヒデが深く頭を下げると、マツも小さく頭を下げた。
テーブルの上には、黒く禍々しいタマゴが置かれている。
若く見える方が、柔らかな笑みを浮かべ、頷くように小さく頭を下げ、
「ユカリ=フォン=ダ=トゥクラインです。マツの母でございます」
「は!」
「マサヒデさん、と呼んで良いかしら」
「は!」
「そんなに固くならないでね。あなたも、もう私達の息子。ご遠慮はいりません。さ、頭を上げて下さい。お顔を見せて」
マサヒデは下から覗くように、ちらっとユカリを見てから、くくく・・・と頭を上げていく。
遠慮はいらないと言っても、相手は王族なのだ。
マサヒデも晴れて王の養子となったが『はい、もう養子です』と言われて、ほいほいと馴れた態度を取れるものではない。
「まだお若いのですね。いくつ?」
「本年をもち、17となりました」
「17」
絶句して、ユカリともう1人の婦人が顔を見合わせる。
人族は、たった17年で、これほどに成長するものか。
分かってはいたが、間近に見ると驚きしかない。
魔族にも、早くに成年くらいになり、死ぬ直前まで老いない者もいるが、稀だ。
「私は、もう何千年かは生きております。多分・・・ううん、もう分からないわ」
このマツより少し年上、30前後に見える女が、もう何千歳という歳なのか。
クレールは、頑張ればあと2500年くらい、と言っていたが、レイシクランよりも長生きなのだ。何と言う種族の者なのだろう?
「は」
「人族は、生き急ぐのですね。マツが17の頃は、まだタマゴでしたのに」
そう言われても、元々の寿命が違うのだし、どう答えたら良いものか。
マサヒデが言葉に困っていると、ユカリは少し憂いた顔で笑った。
「お話する機会は、短いのですね」
彼女からしたらそうであろう。実際、この魔の国に来るにも時間が掛かるから、直に顔を合わせて話す機会は、この先の人生で、そうはないはず。殆どは通信を使ってになるであろうか。
「お茶を」
「はい」
メイドがマサヒデにカップを差し出す。
「いただきます」
すっと手を伸ばし、カップの耳を摘んで口に運びかけ、一瞬、手が止まった。
このカップはいくらするのだろうか!?
(ええい! 下衆な!)
止まったのは一瞬。であったはず。そのまま口に運ぶ。
ふうー、ふうー、つ・・・
「結構なお点前です」
味などさっぱり分からない。
見抜かれたか、ぷ! とマツが吹き出し、2人の王妃もくすくすと笑った。




