第64話
魔王城城内。
マツが隠し通路の出口を開けた瞬間、警報が鳴り響いた。
「む!?」
書類の山を前にしていた魔王が顔を上げた。
羽ペンを放り投げ、乱暴にドアを開ける。
「奥の中庭だ! 走れ!」
「は!」
返事をしながら、近衛兵が廊下を走って行く。
(この城に侵入者とは!)
がしゃがしゃと鎧を鳴らしながら、魔王も早足に歩いて行く。
仮に隠し通路を見つけられたにしても、よもやこの魔王の城の中に侵入まではすまい、と考えていたが、油断であったか。
兵達が着く前に家族に手を掛けられ、逃げられてしまったら・・・
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中庭では、マツより少し年上くらいの女と、40がらみ(人族で言えば)の女が、ティーカップを持ったまま、目を丸くして、噴水の下から上がって来たマツを見ていた。テーブルの横に立っているメイドも、驚いている。
地下にいたマサヒデ達には分からなかったが、上では噴水が水を吹き出したまま横に動き、下がぱかりと開いて、そこからマツが顔を出したのだ。
しかも、動いた噴水は水を出したまま動き、今も水を噴いている・・・
「あっ」
2人とマツとが目が合った時、小さくマツが声を上げ、階段を上りかかった所で足を止めた。
マツの目から、じわじわと涙が盛り上がり、両手でタマゴを抱いたまま、ぼろぼろと泣き出した。
「お母様」
足を止めたマツの後ろにいたマサヒデが、声を聞いてぎくりと身を固めた。
外にマツの母がいるのか!
「マツ・・・? 何をしているの・・・」
「マツさん?」
階段の下にいるマサヒデには、困惑した女の声が聞こえるのみ。
「お母様!」
マツが声を上げ、たかたかと走り出して行く。
マサヒデも少し困惑した顔で、階段を振り向いた。
このまま上がっても良いものか・・・
「マサヒデさん、何をしてるんです」
アルマダが小さな声で、マサヒデを急かせる。
「ほら、上がって下さい。ご挨拶しませんと。後ろがつかえてるんですよ」
「いやあ・・・良いんですかね」
「ここまで来て何を。行きなさい」
頷いて、マサヒデが階段を上がった時である。
マツは2人の女のテーブルの横に膝を付き、肩を震わせていた。
久方振りの親子の対面か、と、マサヒデが思った時。
「侵入者か!」
声の方を見た時、一瞬だけ金色の鎧が見えた。それが見えた瞬間、ずらりと階段の出口が忍装束の者達に囲まれ、視界の隙間も無くなってしまった。
さささ! と忍達がナイフを抜く。
「う」
反射的に鯉口を切りつつ鞘を前に出したが、もう遅い。
ここまで来て!
「待て」
忍の1人が声を上げ、忍達がナイフを抜いたまま、ぴたりと動きを止めたが、目はマサヒデから離れない。
「皆、この者は・・・あいや、此方のお方は、トミヤス、マサヒデ=トミヤス様」
「むっ!?」
「確かに!」
「間違いない!」
忍達の目が、覆面の向こうで驚愕の色に染まる。
「引け」
ささ、と忍達が引き、最初に止めた者が残り、さっとナイフを納め、
「トミヤス殿、ご無礼を。さ、お上がり下さ」
「引け! 離れろ!」
ぐ、とマサヒデの身が固まった。
すぐ後ろで、はっ! とアルマダが息を飲む音。
忍が慌てて顔を上げ、手を声の方に向ける。
「魔王様! お待ちを!」
「のけ! 我が手で始末してくれる!」
「お、お待ち下され! 来てはなりませぬ!」
がしゃがしゃがしゃ! と早足の鎧の音が近付いてくる。
ぼん! と音がして、忍が吹き飛ばされ、マサヒデの髪が舞い上がる。
風の魔術ではない。髪が舞ったのは、忍が吹き飛んだ勢いで出た風。
一体、何の魔術だ!?
鎧の音が近付いてくる。
本能が危険をびんびん伝え、背筋が粟立つ。何か恐ろしいものが近付いてくる!
だが、蛇に睨まれた蛙とはこの事か。
見えないから、睨まれてもいないのだが、指ひとつ動かせない。呼吸も出来ない。
「貴様が侵入者か!」
がしゃ、と音を立てて、黒い鎧がマサヒデを見下ろした。
「・・・はい」
鎧からは、怒った時のマツや、クレールが持つ魔剣のような、黒いもやが滲み出ていて、上を向いたマサヒデの顔に、物理的にびりびりと細かく衝撃を与えてくる。
「・・・」「・・・」
目が合った、と感じた瞬間、すう・・・と黒いもやが消えていった。
「・・・と・・・トミヤス殿、か?」
「・・・はい」
ささー、と何者かが走ってきて、魔王の後ろに立った。先程、風の魔術で飛ばされた忍だ。
「魔王様、ですから来てはならぬと」
「・・・」
「魔王様の前に立ち、謁見となりました。もう勇者になってしまわれました」
「・・・」
かしゃ、と小さく音を立て、黒い兜が少し横を向き、マサヒデへの視線が外れる。
「まだ、生き残りはおるではないか・・・」
「トミヤス殿は、あのショウジ=マスダを下されたのですぞ。順位はダントツで1位になっております」
「・・・」
「お言葉ですが、今から近衛兵全員を参加者にしても、もう間に合いませぬ」
う、と小さく呻く声が、黒い兜の向こうから聞こえた。
かしゃ、と煩そうに鎧の腕を振る。
「もう良い。トミヤス殿・・・上がれ」
「ええ・・・はい」
マサヒデを呼んだ声に、もはや恐怖は感じなかったが、とても気不味い謁見になってしまった。
「お父様ー!」
向こうからマツの声が聞こえる。
自分は今、勇者になったのか?
今、目の前にいるこの黒い鎧の男が、魔王様なのか?
義理の父になる男なのか?
結婚を許してもらえるのか?
次々と自問が出て来て、夢うつつな気分で、マサヒデは階段を上がった。
明るく、綺麗な庭。
向こうに見える廊下には、剣を抜いた黄金色の鎧の騎士達。
あれは近衛兵だろうか。
マツのすぐ側にあるテーブルに座る2人の女性。
あのどちらかが、マツの母親か・・・
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マサヒデ達全員が庭に上がると、ず、と小さく音がした。
小さな音だったが、大きな物が動くのがはっきり分かり、後ろを向くと、噴水が水を噴きながら横に動いていく。
「・・・」「・・・」「・・・」
皆が呆気に取られ、その光景を見ていると、さー、と水を噴きながら、噴水が動いていき、上がって来た階段は見えなくなってしまった。
がちゃり。
は! と皆が音の方を向く。
魔王様の鎧の音だ。
がちゃり、がちゃり、と魔王は歩いて行き、噴水の縁に腰掛け、項垂れて兜に手を当て、がっくりと肩を落とした。マントが噴水の飛沫で濡れている。
これが魔王・・・?
「皆の者」
とだけ言って、しばらく、魔王から言葉は出なかった。
マサヒデ達は緊張して、喉を鳴らし、言葉を待っている。
「この場では楽にしてくれ」
そう言われても、楽に出来るものではない。
後ろの廊下には剣は納めているが、ずらりと近衛兵が並んでいるし、庭のそこら中に忍の気配がする。殺気こそないが、言葉どころか、仕草のひとつでどうなるか分かったものではない。
「まずは、そうだな。トミヤス殿」
「は!」
「おめでとう。君が勇者だ」
「は!?」
「先程、聞いていたろう。君はもう勇者確定と言っても良い」
「私がですか」
兜の向こうから聞こえる声には、マツが子を連れて帰って来た! という喜びも、マサヒデが来た! 許さぬ! という怒りのようなものもない。
「そうだ。他にこの城に入れる者はおらぬ。入れても、君より点数が上になるはずもない。リュウイチ達もいるからな」
「リュウイチ? とは?」
「私の友人だ」
「お父様の右腕のお方ですよ」
すぐ後ろから、マツの声。
振り向きそうになったが、がっくりしている魔王様からは目を外せない。
マツはマサヒデの隣に立って、ぺこりと頭を下げた。
「リュウイチさんは、お父様と一緒にこの国を建国した龍人族の方です。ね、お父様」
「マツ・・・ああ。何年ぶりになるか」
「さあ・・・100年?」
「もっとだ。さて、トミヤス殿。君はマスダを倒した時点で、既に頭を抜けてトップに立っていた」
何故だ? 確かに強かったが、この城、首都には、あのような武人が多くいるのではないか?
「分からないか?」
「はい。何故でしょうか」
「あの男は200年以上も無敗だったのだ。その分、点数が積み上がっている。200年以上、勇者祭の参加者達を殺してきたのだぞ。あのマスダを下した事で、その分が一気に加算されたのだ」
「に? ひゃく、年? ですか?」
マスダは100年前と言っていたが、200年以上も前だったのか。
地下にずっと居たから、時間の感覚が狂っていたのだろうか?
(あっ!)
そう言えば、マスダは『勇者祭が始まった頃の参加者』と言っていたではないか。たった100年前のはずがない。勇者祭が始まったのは、もう300年も前ではないか・・・(※勇者祭:3話、勇者祭4:41話参照)
「どうした」
「マスダさんは、100年くらい前と言っていましたが、200年も前?」
「250年程になるか。虎族も長生きだからな。その上に、昼夜の分からぬ地下で暮らしておっては、時間も分からなくなろう。しかし、まさかあのマスダを探し出すとはな」
「・・・」
「まだ残っている者達はいるが、250年分を稼げると思うか? 私と同年代の龍人族を倒して来れば勝てるかな。現在の龍人族とは桁が違うぞ。君の父上にも、手を使わずに勝てると思うがな。どうだ。この城に来られると思うか」
「いや・・・」
ち、と小さく舌打ちの音。
「式典の準備もしておった。迎えも待機させていたのだ。それが、ずっと海の上。忍も送れぬ。何をしているかと思えば、マツを待っていたとはな。完全にやられた。マツがオリネオに残ったと知り、勇者祭が終わってから改めて、と思い込んでいたが」
くす、とマツが笑った。
「準備がおじゃんですか?」
がしゃん! と音を立て、項垂れていた魔王が顔を上げた。
「全くだ! 緊急避難通路を使うとはな!」
「おほほほ! マサヒデ様、見て下さい! 魔王様にしてやったりですよ!」
後ろから、くすくすと笑う、マツの母達の声。
「堂々と上陸してくれば良かったのだ! 闇討ちなどさせぬと周知させておった! 戦う時は正面からと!」
「それをお伝えになりました? マサヒデ様達は、何も知らなかったようですけど」
「それでは! そ・・・それでは、勇者祭にならぬではないか・・・」
「おほほほ! 私だけにでも、こっそり伝えてくれれば良かったのに!」
「ちっ・・・まあ良い。過ぎた事は仕方がない」
がしゃりと音を立て、魔王が立ち上がった。
急に空気が変わり、ぴん、と張り詰める。
「さて」
魔王が鎧を着たまま器用に腕を組み、横に並んだマサヒデ達をゆっくりと見ていく。端から端まで順に見ていき、間を置いて、重々しく言った。
「我が前に立った勇者達よ。望みを言え」




