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勇者祭5 魔の国編  作者: 牧野三河
第一章 港町ジョアル
64/130

第64話


 魔王城城内。


 マツが隠し通路の出口を開けた瞬間、警報が鳴り響いた。


「む!?」


 書類の山を前にしていた魔王が顔を上げた。

 羽ペンを放り投げ、乱暴にドアを開ける。


「奥の中庭だ! 走れ!」


「は!」


 返事をしながら、近衛兵が廊下を走って行く。


(この城に侵入者とは!)


 がしゃがしゃと鎧を鳴らしながら、魔王も早足に歩いて行く。

 仮に隠し通路を見つけられたにしても、よもやこの魔王の城の中に侵入まではすまい、と考えていたが、油断であったか。

 兵達が着く前に家族に手を掛けられ、逃げられてしまったら・・・



----------



 中庭では、マツより少し年上くらいの女と、40がらみ(人族で言えば)の女が、ティーカップを持ったまま、目を丸くして、噴水の下から上がって来たマツを見ていた。テーブルの横に立っているメイドも、驚いている。

 地下にいたマサヒデ達には分からなかったが、上では噴水が水を吹き出したまま横に動き、下がぱかりと開いて、そこからマツが顔を出したのだ。

 しかも、動いた噴水は水を出したまま動き、今も水を噴いている・・・


「あっ」


 2人とマツとが目が合った時、小さくマツが声を上げ、階段を上りかかった所で足を止めた。

 マツの目から、じわじわと涙が盛り上がり、両手でタマゴを抱いたまま、ぼろぼろと泣き出した。


「お母様」


 足を止めたマツの後ろにいたマサヒデが、声を聞いてぎくりと身を固めた。

 外にマツの母がいるのか!


「マツ・・・? 何をしているの・・・」

「マツさん?」


 階段の下にいるマサヒデには、困惑した女の声が聞こえるのみ。


「お母様!」


 マツが声を上げ、たかたかと走り出して行く。

 マサヒデも少し困惑した顔で、階段を振り向いた。

 このまま上がっても良いものか・・・


「マサヒデさん、何をしてるんです」


 アルマダが小さな声で、マサヒデを急かせる。


「ほら、上がって下さい。ご挨拶しませんと。後ろがつかえてるんですよ」


「いやあ・・・良いんですかね」


「ここまで来て何を。行きなさい」


 頷いて、マサヒデが階段を上がった時である。

 マツは2人の女のテーブルの横に膝を付き、肩を震わせていた。

 久方振りの親子の対面か、と、マサヒデが思った時。


「侵入者か!」


 声の方を見た時、一瞬だけ金色の鎧が見えた。それが見えた瞬間、ずらりと階段の出口が忍装束の者達に囲まれ、視界の隙間も無くなってしまった。

 さささ! と忍達がナイフを抜く。


「う」


 反射的に鯉口を切りつつ鞘を前に出したが、もう遅い。

 ここまで来て!


「待て」


 忍の1人が声を上げ、忍達がナイフを抜いたまま、ぴたりと動きを止めたが、目はマサヒデから離れない。


「皆、この者は・・・あいや、此方のお方は、トミヤス、マサヒデ=トミヤス様」


「むっ!?」

「確かに!」

「間違いない!」


 忍達の目が、覆面の向こうで驚愕の色に染まる。


「引け」


 ささ、と忍達が引き、最初に止めた者が残り、さっとナイフを納め、


「トミヤス殿、ご無礼を。さ、お上がり下さ」


「引け! 離れろ!」


 ぐ、とマサヒデの身が固まった。

 すぐ後ろで、はっ! とアルマダが息を飲む音。

 忍が慌てて顔を上げ、手を声の方に向ける。


「魔王様! お待ちを!」


「のけ! 我が手で始末してくれる!」


「お、お待ち下され! 来てはなりませぬ!」


 がしゃがしゃがしゃ! と早足の鎧の音が近付いてくる。

 ぼん! と音がして、忍が吹き飛ばされ、マサヒデの髪が舞い上がる。

 風の魔術ではない。髪が舞ったのは、忍が吹き飛んだ勢いで出た風。

 一体、何の魔術だ!?


 鎧の音が近付いてくる。

 本能が危険をびんびん伝え、背筋が粟立つ。何か恐ろしいものが近付いてくる!

 だが、蛇に睨まれた蛙とはこの事か。

 見えないから、睨まれてもいないのだが、指ひとつ動かせない。呼吸も出来ない。


「貴様が侵入者か!」


 がしゃ、と音を立てて、黒い鎧がマサヒデを見下ろした。


「・・・はい」


 鎧からは、怒った時のマツや、クレールが持つ魔剣のような、黒いもやが滲み出ていて、上を向いたマサヒデの顔に、物理的にびりびりと細かく衝撃を与えてくる。


「・・・」「・・・」


 目が合った、と感じた瞬間、すう・・・と黒いもやが消えていった。


「・・・と・・・トミヤス殿、か?」


「・・・はい」


 ささー、と何者かが走ってきて、魔王の後ろに立った。先程、風の魔術で飛ばされた忍だ。


「魔王様、ですから来てはならぬと」


「・・・」


「魔王様の前に立ち、謁見となりました。もう勇者になってしまわれました」


「・・・」


 かしゃ、と小さく音を立て、黒い兜が少し横を向き、マサヒデへの視線が外れる。


「まだ、生き残りはおるではないか・・・」


「トミヤス殿は、あのショウジ=マスダを下されたのですぞ。順位はダントツで1位になっております」


「・・・」


「お言葉ですが、今から近衛兵全員を参加者にしても、もう間に合いませぬ」


 う、と小さく呻く声が、黒い兜の向こうから聞こえた。

 かしゃ、と煩そうに鎧の腕を振る。


「もう良い。トミヤス殿・・・上がれ」


「ええ・・・はい」


 マサヒデを呼んだ声に、もはや恐怖は感じなかったが、とても気不味い謁見になってしまった。


「お父様ー!」


 向こうからマツの声が聞こえる。


 自分は今、勇者になったのか?

 今、目の前にいるこの黒い鎧の男が、魔王様なのか?

 義理の父になる男なのか?

 結婚を許してもらえるのか?


 次々と自問が出て来て、夢うつつな気分で、マサヒデは階段を上がった。

 明るく、綺麗な庭。

 向こうに見える廊下には、剣を抜いた黄金色の鎧の騎士達。

 あれは近衛兵だろうか。


 マツのすぐ側にあるテーブルに座る2人の女性。

 あのどちらかが、マツの母親か・・・



----------



 マサヒデ達全員が庭に上がると、ず、と小さく音がした。

 小さな音だったが、大きな物が動くのがはっきり分かり、後ろを向くと、噴水が水を噴きながら横に動いていく。


「・・・」「・・・」「・・・」


 皆が呆気に取られ、その光景を見ていると、さー、と水を噴きながら、噴水が動いていき、上がって来た階段は見えなくなってしまった。


 がちゃり。


 は! と皆が音の方を向く。

 魔王様の鎧の音だ。


 がちゃり、がちゃり、と魔王は歩いて行き、噴水の縁に腰掛け、項垂れて兜に手を当て、がっくりと肩を落とした。マントが噴水の飛沫で濡れている。


 これが魔王・・・?


「皆の者」


 とだけ言って、しばらく、魔王から言葉は出なかった。

 マサヒデ達は緊張して、喉を鳴らし、言葉を待っている。


「この場では楽にしてくれ」


 そう言われても、楽に出来るものではない。

 後ろの廊下には剣は納めているが、ずらりと近衛兵が並んでいるし、庭のそこら中に忍の気配がする。殺気こそないが、言葉どころか、仕草のひとつでどうなるか分かったものではない。


「まずは、そうだな。トミヤス殿」


「は!」


「おめでとう。君が勇者だ」


「は!?」


「先程、聞いていたろう。君はもう勇者確定と言っても良い」


「私がですか」


 兜の向こうから聞こえる声には、マツが子を連れて帰って来た! という喜びも、マサヒデが来た! 許さぬ! という怒りのようなものもない。


「そうだ。他にこの城に入れる者はおらぬ。入れても、君より点数が上になるはずもない。リュウイチ達もいるからな」


「リュウイチ? とは?」


「私の友人だ」


「お父様の右腕のお方ですよ」


 すぐ後ろから、マツの声。

 振り向きそうになったが、がっくりしている魔王様からは目を外せない。

 マツはマサヒデの隣に立って、ぺこりと頭を下げた。


「リュウイチさんは、お父様と一緒にこの国を建国した龍人族の方です。ね、お父様」


「マツ・・・ああ。何年ぶりになるか」


「さあ・・・100年?」


「もっとだ。さて、トミヤス殿。君はマスダを倒した時点で、既に頭を抜けてトップに立っていた」


 何故だ? 確かに強かったが、この城、首都には、あのような武人が多くいるのではないか?


「分からないか?」


「はい。何故でしょうか」


「あの男は200年以上も無敗だったのだ。その分、点数が積み上がっている。200年以上、勇者祭の参加者達を殺してきたのだぞ。あのマスダを下した事で、その分が一気に加算されたのだ」


「に? ひゃく、年? ですか?」


 マスダは100年前と言っていたが、200年以上も前だったのか。

 地下にずっと居たから、時間の感覚が狂っていたのだろうか?


(あっ!)


 そう言えば、マスダは『勇者祭が始まった頃の参加者』と言っていたではないか。たった100年前のはずがない。勇者祭が始まったのは、もう300年も前ではないか・・・(※勇者祭:3話、勇者祭4:41話参照)


「どうした」


「マスダさんは、100年くらい前と言っていましたが、200年も前?」


「250年程になるか。虎族も長生きだからな。その上に、昼夜の分からぬ地下で暮らしておっては、時間も分からなくなろう。しかし、まさかあのマスダを探し出すとはな」


「・・・」


「まだ残っている者達はいるが、250年分を稼げると思うか? 私と同年代の龍人族を倒して来れば勝てるかな。現在の龍人族とは桁が違うぞ。君の父上にも、手を使わずに勝てると思うがな。どうだ。この城に来られると思うか」


「いや・・・」


 ち、と小さく舌打ちの音。


「式典の準備もしておった。迎えも待機させていたのだ。それが、ずっと海の上。忍も送れぬ。何をしているかと思えば、マツを待っていたとはな。完全にやられた。マツがオリネオに残ったと知り、勇者祭が終わってから改めて、と思い込んでいたが」


 くす、とマツが笑った。


「準備がおじゃんですか?」


 がしゃん! と音を立て、項垂れていた魔王が顔を上げた。


「全くだ! 緊急避難通路を使うとはな!」


「おほほほ! マサヒデ様、見て下さい! 魔王様にしてやったりですよ!」


 後ろから、くすくすと笑う、マツの母達の声。


「堂々と上陸してくれば良かったのだ! 闇討ちなどさせぬと周知させておった! 戦う時は正面からと!」


「それをお伝えになりました? マサヒデ様達は、何も知らなかったようですけど」


「それでは! そ・・・それでは、勇者祭にならぬではないか・・・」


「おほほほ! 私だけにでも、こっそり伝えてくれれば良かったのに!」


「ちっ・・・まあ良い。過ぎた事は仕方がない」


 がしゃりと音を立て、魔王が立ち上がった。

 急に空気が変わり、ぴん、と張り詰める。


「さて」


 魔王が鎧を着たまま器用に腕を組み、横に並んだマサヒデ達をゆっくりと見ていく。端から端まで順に見ていき、間を置いて、重々しく言った。


「我が前に立った勇者達よ。望みを言え」


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