第63話
「皆様、あまり麦を踏まれませぬよう。粉が飛びます」
案内の忍を先頭に、次にマツ、マサヒデ達と続いて、麦畑の中を歩いて行く。
クレールはシズクに肩車されている。
マサヒデとカオルは、念の為に刀袋に差料を入れていく。
「くしゅ」
クレールの小さなくしゃみ。
もう収穫時期の麦の粉がぷんぷん飛んでいる。
「クレールさん、もうすぐですよ」
「はい」
答えて、クレールが鼻をハンカチで押さえる。
それから1分もせずに、忍が足を止め、周りを見渡した。
懐から小さな遠眼鏡を出し、慎重に遠くまで見渡す。
「よし・・・では、マツ様」
「はい」
ぱん! ぱん! ぱん!
3度手を叩き、
「大門前の琴は無為の太鼓也!」
「・・・」「・・・」「・・・」
皆が何とも言えない顔をする。
意味の分からない暗号? だが、暗号のようなものだからそれで良いのだろう。
「む」
と、マサヒデが小さく声を上げて腰を落とした瞬間、すとん、という感じで目の前の地面が落ちた。
落ちた、というよりも消えた。
「あっ」
マサヒデが驚いて小さく声を上げると、そこには人1人が通れる幅の階段。
恐る恐る近付いて覗き込む。結構深い。当然、人の背丈よりも深いのだ。
それだけの深さの土が落ちたはずだから、大きな音と振動があるはず。
だが、消えてしまった。落ちたはずの麦も消えているのだ。
「マサヒデ様」
マツの声で、はっとして、マサヒデが顔を上げた。
もうすぐ父に会えるというのに、マツの顔は嬉しそうなものではない。
あれだけ楽しみにしていたのに、である。
この隠し通路を教えてしまうとは、それだけの事なのだ・・・
マサヒデは返事に困り、一度は上げた顔を俯かせてしまった。
「すみません」
「もう、私が決めた事なんですから、マサヒデ様はお気になさらず。ね。すぐにお父様、お母様に会えるんです」
そう言って、マツは笑った。
「はい」
「大丈夫です。知ってしまったからって、誰もが使える通路ではないです。マサヒデ様やクレールさんが同じ呪文を唱えても、開きませんし、入れません。許された者に、それぞれ別々の呪文が与えられて、本人がそれを唱えて、やっと開くんです」
「・・・」
それだけ厳重な通路を教えろと、脅迫のような事をしてしまったのだ。同じ席に居たクレールも俯き加減で、ちらちらとマツを見る。
「さ、クレールさん、行きましょう。ここに居たら、くしゃみがまた止まらなくなりますからね」
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地下通路は火もないのに明るく、固い石で出来ていて、埃一つない。
麦畑を歩いて来たマサヒデ達から飛ぶ麦の粉が、ぷんぷん飛んでいるだけ。
階段を降り、1町(100m強)ほど歩いた所で、先頭を歩くマツが足を止めた。
「もう着きますよ」
「は!?」
仰天してマサヒデが声を上げ、通路に響く。
皆も足を止め、目を丸くしている。
ここから街まででも半里(2km)もある。城までは何里あるのか。
「いやいや! まだ少ししか歩いてませんよ!?」
「もう城の中庭の下におります」
「ええっ!?」
マサヒデが額に手を当て、ふらふらと首を振る。
「ちょっと待って下さい。私の感じ、1町くらいしか歩いてないと思いますが。おかしいな。アルマダさん? カオルさん?」
「・・・」「・・・」
驚くマサヒデ達を見て、マツがにやにや笑う。
距離を縮めるような魔術か?
それとも、気付かぬうちに物凄く早く歩いていたような魔術?
これはどういった仕掛けなのだろう・・・
「ささ、服を払って下さいませ。中庭には、お母様方がおられるかもしれません」
「ああ、ちょっと待って下さい。ちょっとだけ・・・」
クレールが驚きながらも、魔術で小さな水球を出して、手拭いを突っ込み、ぎゅうと絞って、
「さ、皆さんも、服と身体を。髪も」
「あ、はい」
皆、驚きながらも、懐やら、肩から下げたベルトのポケットやらから手拭いを出し、水球に突っ込んで、絞って拭いていく。
もう城の下?
魔王様の城?
城中?
中庭?
マツの母が居るかも?
マサヒデは頭をくらくらさせながら、服をはたき、手拭いで髪を拭く。
アルマダも同じように、夢うつつのような感じで、頭に手を置く。
「あ、しまった。今更ですが、私、先に髪を切っておいた方が良かったですかね」
マツがくすっと笑って、髪の伸びたアルマダを見る。
前髪は目にかかりそうだし、後ろも肩に掛かりそうだ。
だが、アルマダほどの美男だと、これも良いのではなかろうか。
「うふふ。随分と髪が伸びましたね」
と、マツが笑うと、カオルがすらりとナイフを出した。
「ハワード様。私にお任せ下さい。マサヒデ様は如何なされますか」
「私はこのままで良いです」
マサヒデは元々総髪で、長く伸ばしっぱなしの髪を、後ろで束ねているだけだ。
カオルが他の皆を見回し、
「どなたか?」
皆、首を振る。
カオルが頷いて、
「では、ハワード様。そこにお座り下さいませ」
「はい」
躊躇なく座ったアルマダを見て、マサヒデは少しどきどきする。
カオルがあのナイフで、どう散髪するのか・・・
「あっ。カオルさん、待った待った」
カオルがアルマダの髪に手を掛けた所で止まり、マサヒデを見る。
マサヒデはマツの方を見て、
「マツさん、ここで髪を落としちゃって良いんですか? 燃やすにしても、ここ密閉されてますけど」
「あ」
やはりまずいのか。
アルマダが苦笑して、
「はは。では、我慢しましょう」
と、立ち上がる。
マツが言うには、もうここは中庭の下。
この会話も、誰かに聞こえているのだろうか・・・
「では参りましょうか」
「あ、皆様! 少々!」
後ろでイザベルが声を上げ、背中の剣の肩掛けベルトを外し、つなぎを脱ぎだした。
「ああ! ちょっと!」
クレールが慌てて声を上げたが、下はスーツ。
「お騒がせしました」
「む」
皆が自分の服装を見る。
マツは普段から高い着物を着ているので良し。
アルマダ達もスーツではないが、びかびか光る鎧を着ているので良し。
「・・・」
が、マサヒデ達は正装ではない。
城に入れば、必ず立ち会いがあると考えてきたから・・・
「し、しまった!?」
「どうしましょう!?」
「マサちゃん!」
「マサヒデさん!?」
慌てる4人をよそに、カオルはさっと紋無し長羽織の襟を正す。
普段からこの格好。きちんとした正装である。
「カオルさん!」
「何か」
「ずるいですよ! 何故言ってくれなかったんです!?」
「ずるいとは? ご主人様、これが私の普段の姿でございまして」
「そうですが!」
カオルが天井を指差す。上は城の中庭。
「ご主人様、そう声を荒げられますと」
「むう」
ぐぐ、とクレールも言葉に詰まる。
マツが苦笑して、
「さあ、皆様、開けますよ」
「え!?」
ぱん! ぱん! ぱぱん!
マツが手を叩く。
「夜の太陽は雪の石!」
「・・・」
少し間を置いて地響きがし、通路手前の天井がぱかりと消えて、階段が浮き上がった。
太陽の光だ。
この階段を上がると、魔王の城、ロ=マーン城の中庭に出るのだ。
「さ、皆様。参りましょう」
マツも久し振りだ。声には、はっきりと緊張が見えたが、臆することなく階段に足を掛けた。マサヒデも後ろについて、階段を上がった。
上まではすぐ近く。数歩上がれば、中庭。
水の音が聞こえ、顔に湿気を感じる。この音は噴水だろうか・・・




