第62話
翌日の事。
マサヒデとクレールはマツに呼ばれて、食堂に来た。
「どうしたんです?」
マツは拗ねたような、気不味いような、微妙な顔で、タマゴを抱いて下から覗くようにマサヒデの顔をちらちら見る。
「あのですね」
マサヒデとクレールは、ちらりと目を合わせた。
昨日のうちに、マサヒデとマツの交渉は、クレールに話してある。
レイシクランの忍達はほとんど船から出て行ってしまった、という体を作る為だ。
マツも、マサヒデ達ほどではないが、気配には敏感だ。
忍達に迂闊に顔を出さないよう、注意を出してもらったのだ。
流石にレイシクランの忍を簡単に看破出来る程ではないが、そこら中に変装した忍達が居れば、もしかしたらバレるかもしれない。
「どうしました?」
「あの・・・秘密にして下さい」
「何をです?」
「隠し通路は教えますけど」
マサヒデが難しい顔で腕を組む。
心中ではクレールと一緒に、げらげら笑っているのだ。
「ううむ。そんなに大変な事なら、気を使ってくれなくても構いませんよ」
諦めたように、マツが肩を落とす。
「・・・流石に、レイシクランの忍の皆さんに探されたら、バレると思いますから」
「でしょうね」
「ですけど、本当に、凄く、凄く、大事な秘密なんです。緊急時の脱出口ですし」
「ふむ」
マツが顔を上げて、真剣な顔でクレールを見る。
「ですから、あの・・・クレールさん。皆さんを、引き上げてもらえませんか」
マツの顔は真剣だが―――
クレールはティーカップに手を伸ばし、
「マツ様。マサヒデ様だけを連れて行くつもりですね? マサヒデ様なら、家族になるんですから、良いかな。そこで妥協してくれませんか。そうですね?」
「・・・」
「私やカオルさん、シズクさん、ラディさん、ハワード様達も、駄目なんですね」
俯いて唇を噛むマツを見て、クレールが冷たく首を振る。
「いくらマツ様でも、それでは、私は妥協出来ないです。マサヒデ様もでは?」
「ええ、そうですね。ここまで来て皆さんを置いて行くなんて、さすがに薄情です」
「でも・・・」
「あのですね。別に、マツさんに助けてもらわないと駄目、というわけではないんです。何なら、テルクニを連れて、1人で先に行っててもらっても構いませんよ」
ここはマツも妥協出来ない。一緒に行きたいのだ。
「んん」
「前にも言いましたけど、しばらく待っていれば、どうせクレールさんの忍の皆さんが見つけてくれますからね」
言って、マサヒデが湯呑を取る。
もう暑い季節になってきた。冷たい水が美味い。
が、笑顔は出さずに。
きり、とマツが顔を上げた。
「見つける事は出来ても、入る事は無理です」
「何故、なんて聞くまでもないですか。封印とか、結界が張られてたりとかするんですね」
「はい」
「ううむ、そうですか。仕方ないですね。クレールさん、全員引き上げさせましょう。危険ですが、もう正面から行くしかないです」
クレールの不安そうな顔。
マサヒデは思わず笑いそうになり、ぐっと堪えて窓から見える首都を眺める。
「でも、マサヒデ様。狙撃でもされたら」
「死ぬかもしれませんが、まあ仕方ないでしょう」
「狙撃」
マツが呆けたような顔をマサヒデに向ける。
マサヒデが呆れ顔で、
「マツさん。今はですね、鉄砲という物があるんです。半里(2km)も先から人の頭を撃ち抜ける物が」
「魔の国では、販売はかなり規制されておりますけれど」
「勇者祭の参加者、軍人にはいないんですか? イザベルさんは絶対にいるって言ってましたけど」
マサヒデが窓の外に見える首都ロ=マーンを指差す。
「あそこは首都です。魔王様のお膝元ですよ。騎士だけではなく、イザベルさんみたいに軍で訓練された鉄砲の達者が、たくさん潜んでいるかもって思いません?」
「・・・」
「いくら私やアルマダさんでも、目の前ならともかく、半里先から音より速く飛んでくる銃弾は避けられませんよ。前にシズクさんが撃たれた事がありますけど、シズクさんでも、頭を撃たれたら、やられるかもしれません」
ふうー、とマサヒデが息をつくと、クレールも頬に手を当てて俯く。
「誰かの頭に穴が空くと同時に馬が撃たれて、足を止められて。あっと思ったら騎士や見物人に紛れた闇討ちが飛び込んでとどめ。1分もかからずに全員終わりです」
「立ち会いは」
マサヒデがひらひらと手を振る。
「街中ではないでしょう。そういうのは、お城に入ってからだと思います。ま、腕試しに立ち会ってくれ、という方はいるかもしれませんけどね。生き残れたらですが」
クレールが顔を上げ、
「マサヒデ様、私、ひとつ策がございます」
「む、何でしょう」
「あの、凄く格好悪いですけど」
「もう格好なんか気にしてられませんよ。聞かせて下さい」
「馬車も馬も、全部、土の魔術で壁で囲ってしまいながら移動しましょう! 厚く作れば、鉄砲玉も防げますし、天井まで囲ってしまえば、爆弾を投げ込まれることもないです!」
「む! なるほど!」
「私には魔剣がありますから、魔術はずっと使えます! 御城まで持ちます!」
「集中が切れませんか? 港からかなりあるんでしょう?」
「頑張ります!」
土の塊が、マサヒデ=トミヤス一行だと言って、首都の街道を進んで行く。
衆人から何と野次が飛ぶだろう・・・
「ふむ。悪くないですね。格好なんてどうでも良いです。足元まで囲って移動出来ますか」
そう言ったマサヒデを見て、マツが顔を上げた。
「マサヒデ様」
「ん? 何でしょう」
「皆様も連れて行きますから・・・きっと、他で言わないで下さい。秘密にして下さい。お願いします」
してやったり、という所だが、マツはもう泣きそうだ。
これはやり過ぎたかな、とマサヒデもクレールも笑えなかった。
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2日後―――
マサヒデ達は夜中のうちに別々の所から上陸して、首都ロ=マーンの外、東側の農業区に来ていた。
首都の外壁から半里程。周りは見渡す限りの麦畑。
農道をがらがらと馬車を走らせ、マサヒデ達は馬で歩く。
遠くに首都の外壁が、ずーっと広がっているのが見える。
最初はこの畑の中に隠れていたら、あの外壁の上から狙撃されたら・・・などと考え、びくびくしていたが、誰も居ない。
朝方、何人かの百姓とぽつぽつすれ違って、挨拶を交わしただけだ。
「そろそろでーす!」
馬車の中からマツの声。
「ほいよう!」
トモヤが返事を返し、
「マサヒデー! そろそろじゃー!」
「何?」「何ですって?」
馬車の前を馬で進めて行くマサヒデとアルマダが、驚いて馬車の方に振り向いた。
「おい! トモヤ!」
「そろそろじゃー!」
マサヒデもアルマダも顔を見合わせる。
その後ろを歩くカオルとイザベルも顔を見合わせる。
本当に何もない。
何の目印もない。
ただ真っ直ぐの農道だ。
カオルが背の高い乗馬、黒影の上から、背を伸ばして鞍の上に立ち上がり、周りを見渡すが、麦に隠れて、というような物も見当たらない。一体、何処にあるのか?
カオルが鞍に座り直し、イザベルの方を向いて、怪訝な顔で首を振る。
「止めて下さーい!」
マツの声がして、マサヒデ達も馬を止めた。
「どうどーう。よしよし、ヤマボウシ、頑張ったのう」
アルマダは周りをきょろきょろ見て、
「マサヒデさん、何もないですよ。このだだっ広い畑の中でしょうか」
「まあ、それが合理的というか」
「駄目ですよ。耕されて出入口が出てきたら、どうするんです」
「確かに・・・」
訝しげに周りを見回していると、馬車から下りたマツが歩いて来て、マサヒデの馬、黒嵐の隣に立った。
「マサヒデ様。ここです」
「ええ?」
「待ってて下さいね」
すう! とマツが息を吸い込み、口に『おーい』という形で手を当てて、
「おはーこーんばーんにーちわー!」
「・・・」「・・・」「・・・」
挨拶か? 呪文だろうか?
しばらく待っていると、かさ、と麦が揺れた。
「む」
マサヒデが懐に手を入れ、拳銃を握る。左手は鯉口を切っている。
アルマダもするっと剣を抜き、カオルも懐に手を入れている。
イザベルは肩に掛けていた、白露帝国の特殊部隊から奪ったライフルを構えている。
がさがさと麦畑からほっかむりをした百姓が出て来て、マサヒデ達をちらりと見て、農道の脇に座った。間違いない。これは忍だ。
臨戦態勢のマサヒデ達を見ても、驚きもしなかったが、マツを見て、一瞬だけ目を見開いたのが分かった。
マツがすたすたと歩いて行って、百姓の横に腰を下ろした。
「あなたは、もしやして・・・マツ様・・・で、ございますな」
マツがこくっと頷く。
「されば、そのタマゴが」
もう一度、マツがこくっと頷く。
百姓が頷いて、マツに一度頭を下げ、
「お急ぎでございますか?」
「・・・」
「これは失礼。聞こえませんでしたか。お急ぎでございますか?」
「・・・」
「おや。お急ぎではありませぬか?」
「・・・」
「では・・・お急ぎではないんですね?」
「はい」
ふうー、と百姓が息を吐く。
最初の変な挨拶は、門番のような者の呼び出しだ。
この変な問いが暗号のようなものか。
「全員、でございますか」
マツが頷く。
「はい」
「む、ううむ・・・分かりました。考えましたな」
百姓が立ち上がり、マサヒデ達の方を向いた。
「皆様、畏れ入りますが、下馬願います。この先、馬では参りませぬ。馬車も馬もこちらでお預かりして、必ず城へ届けます」




