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勇者祭5 魔の国編  作者: 牧野三河
第一章 港町ジョアル
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第62話


 翌日の事。


 マサヒデとクレールはマツに呼ばれて、食堂に来た。


「どうしたんです?」


 マツは拗ねたような、気不味いような、微妙な顔で、タマゴを抱いて下から覗くようにマサヒデの顔をちらちら見る。


「あのですね」


 マサヒデとクレールは、ちらりと目を合わせた。

 昨日のうちに、マサヒデとマツの交渉は、クレールに話してある。

 レイシクランの忍達はほとんど船から出て行ってしまった、という体を作る為だ。


 マツも、マサヒデ達ほどではないが、気配には敏感だ。

 忍達に迂闊に顔を出さないよう、注意を出してもらったのだ。


 流石にレイシクランの忍を簡単に看破出来る程ではないが、そこら中に変装した忍達が居れば、もしかしたらバレるかもしれない。


「どうしました?」


「あの・・・秘密にして下さい」


「何をです?」


「隠し通路は教えますけど」


 マサヒデが難しい顔で腕を組む。

 心中ではクレールと一緒に、げらげら笑っているのだ。


「ううむ。そんなに大変な事なら、気を使ってくれなくても構いませんよ」


 諦めたように、マツが肩を落とす。


「・・・流石に、レイシクランの忍の皆さんに探されたら、バレると思いますから」


「でしょうね」


「ですけど、本当に、凄く、凄く、大事な秘密なんです。緊急時の脱出口ですし」


「ふむ」


 マツが顔を上げて、真剣な顔でクレールを見る。


「ですから、あの・・・クレールさん。皆さんを、引き上げてもらえませんか」


 マツの顔は真剣だが―――

 クレールはティーカップに手を伸ばし、


「マツ様。マサヒデ様だけを連れて行くつもりですね? マサヒデ様なら、家族になるんですから、良いかな。そこで妥協してくれませんか。そうですね?」


「・・・」


「私やカオルさん、シズクさん、ラディさん、ハワード様達も、駄目なんですね」


 俯いて唇を噛むマツを見て、クレールが冷たく首を振る。


「いくらマツ様でも、それでは、私は妥協出来ないです。マサヒデ様もでは?」


「ええ、そうですね。ここまで来て皆さんを置いて行くなんて、さすがに薄情です」


「でも・・・」


「あのですね。別に、マツさんに助けてもらわないと駄目、というわけではないんです。何なら、テルクニを連れて、1人で先に行っててもらっても構いませんよ」


 ここはマツも妥協出来ない。一緒に行きたいのだ。


「んん」


「前にも言いましたけど、しばらく待っていれば、どうせクレールさんの忍の皆さんが見つけてくれますからね」


 言って、マサヒデが湯呑を取る。

 もう暑い季節になってきた。冷たい水が美味い。

 が、笑顔は出さずに。


 きり、とマツが顔を上げた。


「見つける事は出来ても、入る事は無理です」


「何故、なんて聞くまでもないですか。封印とか、結界が張られてたりとかするんですね」


「はい」


「ううむ、そうですか。仕方ないですね。クレールさん、全員引き上げさせましょう。危険ですが、もう正面から行くしかないです」


 クレールの不安そうな顔。

 マサヒデは思わず笑いそうになり、ぐっと堪えて窓から見える首都を眺める。


「でも、マサヒデ様。狙撃でもされたら」


「死ぬかもしれませんが、まあ仕方ないでしょう」


「狙撃」


 マツが呆けたような顔をマサヒデに向ける。

 マサヒデが呆れ顔で、


「マツさん。今はですね、鉄砲という物があるんです。半里(2km)も先から人の頭を撃ち抜ける物が」


「魔の国では、販売はかなり規制されておりますけれど」


「勇者祭の参加者、軍人にはいないんですか? イザベルさんは絶対にいるって言ってましたけど」


 マサヒデが窓の外に見える首都ロ=マーンを指差す。


「あそこは首都です。魔王様のお膝元ですよ。騎士だけではなく、イザベルさんみたいに軍で訓練された鉄砲の達者が、たくさん潜んでいるかもって思いません?」


「・・・」


「いくら私やアルマダさんでも、目の前ならともかく、半里先から音より速く飛んでくる銃弾は避けられませんよ。前にシズクさんが撃たれた事がありますけど、シズクさんでも、頭を撃たれたら、やられるかもしれません」


 ふうー、とマサヒデが息をつくと、クレールも頬に手を当てて俯く。


「誰かの頭に穴が空くと同時に馬が撃たれて、足を止められて。あっと思ったら騎士や見物人に紛れた闇討ちが飛び込んでとどめ。1分もかからずに全員終わりです」


「立ち会いは」


 マサヒデがひらひらと手を振る。


「街中ではないでしょう。そういうのは、お城に入ってからだと思います。ま、腕試しに立ち会ってくれ、という方はいるかもしれませんけどね。生き残れたらですが」


 クレールが顔を上げ、


「マサヒデ様、私、ひとつ策がございます」


「む、何でしょう」


「あの、凄く格好悪いですけど」


「もう格好なんか気にしてられませんよ。聞かせて下さい」


「馬車も馬も、全部、土の魔術で壁で囲ってしまいながら移動しましょう! 厚く作れば、鉄砲玉も防げますし、天井まで囲ってしまえば、爆弾を投げ込まれることもないです!」


「む! なるほど!」


「私には魔剣がありますから、魔術はずっと使えます! 御城まで持ちます!」


「集中が切れませんか? 港からかなりあるんでしょう?」


「頑張ります!」


 土の塊が、マサヒデ=トミヤス一行だと言って、首都の街道を進んで行く。

 衆人から何と野次が飛ぶだろう・・・


「ふむ。悪くないですね。格好なんてどうでも良いです。足元まで囲って移動出来ますか」


 そう言ったマサヒデを見て、マツが顔を上げた。


「マサヒデ様」


「ん? 何でしょう」


「皆様も連れて行きますから・・・きっと、他で言わないで下さい。秘密にして下さい。お願いします」


 してやったり、という所だが、マツはもう泣きそうだ。

 これはやり過ぎたかな、とマサヒデもクレールも笑えなかった。



----------



 2日後―――


 マサヒデ達は夜中のうちに別々の所から上陸して、首都ロ=マーンの外、東側の農業区に来ていた。

 首都の外壁から半里程。周りは見渡す限りの麦畑。

 農道をがらがらと馬車を走らせ、マサヒデ達は馬で歩く。

 遠くに首都の外壁が、ずーっと広がっているのが見える。


 最初はこの畑の中に隠れていたら、あの外壁の上から狙撃されたら・・・などと考え、びくびくしていたが、誰も居ない。

 朝方、何人かの百姓とぽつぽつすれ違って、挨拶を交わしただけだ。


「そろそろでーす!」


 馬車の中からマツの声。


「ほいよう!」


 トモヤが返事を返し、


「マサヒデー! そろそろじゃー!」


「何?」「何ですって?」


 馬車の前を馬で進めて行くマサヒデとアルマダが、驚いて馬車の方に振り向いた。


「おい! トモヤ!」


「そろそろじゃー!」


 マサヒデもアルマダも顔を見合わせる。

 その後ろを歩くカオルとイザベルも顔を見合わせる。


 本当に何もない。

 何の目印もない。

 ただ真っ直ぐの農道だ。


 カオルが背の高い乗馬、黒影の上から、背を伸ばして鞍の上に立ち上がり、周りを見渡すが、麦に隠れて、というような物も見当たらない。一体、何処にあるのか?

 カオルが鞍に座り直し、イザベルの方を向いて、怪訝な顔で首を振る。


「止めて下さーい!」


 マツの声がして、マサヒデ達も馬を止めた。


「どうどーう。よしよし、ヤマボウシ、頑張ったのう」


 アルマダは周りをきょろきょろ見て、


「マサヒデさん、何もないですよ。このだだっ広い畑の中でしょうか」


「まあ、それが合理的というか」


「駄目ですよ。耕されて出入口が出てきたら、どうするんです」


「確かに・・・」


 訝しげに周りを見回していると、馬車から下りたマツが歩いて来て、マサヒデの馬、黒嵐の隣に立った。


「マサヒデ様。ここです」


「ええ?」


「待ってて下さいね」


 すう! とマツが息を吸い込み、口に『おーい』という形で手を当てて、


「おはーこーんばーんにーちわー!」


「・・・」「・・・」「・・・」


 挨拶か? 呪文だろうか?

 しばらく待っていると、かさ、と麦が揺れた。


「む」


 マサヒデが懐に手を入れ、拳銃を握る。左手は鯉口を切っている。

 アルマダもするっと剣を抜き、カオルも懐に手を入れている。

 イザベルは肩に掛けていた、白露帝国の特殊部隊から奪ったライフルを構えている。


 がさがさと麦畑からほっかむりをした百姓が出て来て、マサヒデ達をちらりと見て、農道の脇に座った。間違いない。これは忍だ。

 臨戦態勢のマサヒデ達を見ても、驚きもしなかったが、マツを見て、一瞬だけ目を見開いたのが分かった。


 マツがすたすたと歩いて行って、百姓の横に腰を下ろした。


「あなたは、もしやして・・・マツ様・・・で、ございますな」


 マツがこくっと頷く。


「されば、そのタマゴが」


 もう一度、マツがこくっと頷く。

 百姓が頷いて、マツに一度頭を下げ、


「お急ぎでございますか?」

「・・・」


「これは失礼。聞こえませんでしたか。お急ぎでございますか?」

「・・・」


「おや。お急ぎではありませぬか?」

「・・・」


「では・・・お急ぎではないんですね?」

「はい」


 ふうー、と百姓が息を吐く。

 最初の変な挨拶は、門番のような者の呼び出しだ。

 この変な問いが暗号のようなものか。


「全員、でございますか」


 マツが頷く。


「はい」


「む、ううむ・・・分かりました。考えましたな」


 百姓が立ち上がり、マサヒデ達の方を向いた。


「皆様、畏れ入りますが、下馬願います。この先、馬では参りませぬ。馬車も馬もこちらでお預かりして、必ず城へ届けます」


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