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勇者祭5 魔の国編  作者: 牧野三河
第一章 港町ジョアル
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第61話


 ジョアルを出て1ヶ月半。

 シルバー・プリンセス号は、魔の国の首都、ロ=マーン市の海上に待機していた。


 結局、マツが手を貸してくれない場合の良い策は浮かばなかった。

 その場合は、間違いなく街中で脱落である。

 運良く城に辿り着けても、その先は近衛兵や龍人族、魔王の一族。

 今のマサヒデ達に、勝てるわけがない。


 だが、脱落したとしても、マツもクレールも一緒なら、恐らく謁見も許されるであろうから、マサヒデは「そうか、それなら良いではないか」と、もう先は気にせず訓練場で稽古をしていた―――



----------



「私は別に勇者にならなくても良いです。皆さんはなりたいんですか?」


 そう問われた時、皆、言葉が出なくなってしまった。


 アルマダは、ただマサヒデが強くなり、今、剣聖となった! という瞬間に立ち会いたいから、ついて来ただけである。ついでに自分も修行を積める。


 クレールはマサヒデに勇者にはなって欲しいが、別に強い理由はない。

 ぶっちゃけて言ってしまえば、夫自慢のネタが欲しいだけである。


 カオルは謂わばただの家臣(ただし忍)であるし、別にマサヒデが勇者であろうとなかろうと、その忠誠に変わりはない。剣聖だとかも関係ない。物乞いであっても構わない。これはイザベルも全く同じだ。


 シズクはどうか。

 楽しいから、だけではない。

 マサヒデには、鬼族全員を救ってもらったという大きな恩があるのだ。『魔王様の下へ行く』という勇者祭の目標があるから、それを優先して何も言わないが、鬼の里にも来て欲しいと考えている。マサヒデの銅像を建てるのだ。

 勿論、貴族であるクレール、イザベルの家の訪問が先だから、そこは譲っている。


 ラディ。

 一応、最初は金で雇われはしたが、本人が勇者になりたいという希望は皆無である。

 既に高名な武術家というマサヒデの旅の先々では、色々な名刀、名剣も見る機会があるし、砂漠の野宿など辛い事もあったが、概ね満足である。


 アルマダの騎士達も、既に魔の国に来て、満足している。

 しかも、イザベルの実家、武門随一のファッテンベルク家にも足を運べた。

 馬術を売りにしている彼らには、もう夢のような旅である。


 イザベルはとっくに満足してしまっている。

 本人は勇者祭からは既に脱落しているし、主となったマサヒデに、家を訪ねてもらう事まで出来た。

 主のマサヒデはともかく、イザベル個人の望みは果たすことが出来たのだ。


「ですから、もう別に負けても良いかなって思うんですよね。謁見が許されればそれで良いです」


 クレールが、ぐいと身を乗り出し、


「でもでも、勇者になれなかったら、勘当されたままですけど」


 マサヒデが両手を広げる。


「構いません。別に不自由はないです。用事があれば、父上達の方が来ます。今までもそうでしたでしょう」


 今までも同じような事を言っていたが、アルマダが首を振る。

 これは強がりではないのか。


「マサヒデさん。良いのですか」


「ええ」


「今まで、一緒に稽古をしてきた皆さんも居るのに」


 クレール達が、はっとした。そうだ。家族だけではないのだ。

 自分から家族に会いに行けない、実家に立ち入ることが出来ない、という方に気が行っていたが、長年、共に稽古を積んできたトミヤス道場の門弟達も居るのだ。


「道場に入れないってだけです。村に戻れば会えます。向こうがこちらに来ることだってありますよ。隣町なんですから」


 マサヒデはにっこり笑った。

 寂しい、という色は見えない。が・・・皆の目は、じっとマサヒデを見ていた。



----------



 数日後。

 マサヒデ達が訓練場で稽古をしている時であった。


「何事だ!」「集合!」


 声が聞こえ、は! と皆が身を固めた。

 が、シズクは鉄棒に伸ばしかけた手を止めて、


「もしかして、マツさんが来たんじゃないの」


「あっ」


 確かに、そろそろだ。


「かもしれませんが、注意して」


 マサヒデは真剣と脇差を取り、稽古着のまま帯に差し、手首に革の手裏剣入れを巻く。アルマダ達も剣のベルトを着けて、飛び出して行った。



----------



 たたっ! と甲板に続くドアの前に駆け寄って、ドアの左右に立つと、


「お待ち下され」


 船員姿の忍がドアを薄く開け、声を出した。

 マサヒデ達がぴりぴりしているので、迂闊に首を出しづらいのだ。


「マツ様です」


 ほ! と皆が息をついた。

 空気が緩んだ所で、ドアが開く。


「風の魔術で飛んで来られましたので、甲板に下りた時に騒ぎに」


 風の魔術で飛ぶ時は、風が凄い勢いで巻くので、驚かれても当然だ。

 マサヒデが苦笑いして、


「あれは驚きますよね。じゃあ、久し振りにマツさんに会いに行くとしましょう」


 すっとドアを開けると、潮の香り。

 マサヒデが手を挙げて、


「マツさん!」


 は、とマツと、マツを囲んでいた船員達がこちらを見た。

 船員達は、手にモップやら縄やらを持っていて、マサヒデは思わず、くすっと笑ってしまった。


「皆さーん! その人は大丈夫です!」


「マサヒデ様!」


 マツが右手にタマゴを抱え、左手で船員をどけて、駆け寄ってきた。


「嗚呼! マサヒデ様!」


 飛び込んで来ようとしたが、マサヒデが抑え、


「長旅、お疲れ様でした」


「平気です」


 つん、とタマゴの頭を突付く。


「テルクニも」


 ほろり。マツの目から涙が落ちる。

 これから、父(魔王)に子を見せに行くのだ!


「さ、今日は休みましょうよ。まずは荷物を下ろして。レストランで、レイシクランのシェフの料理を楽しみましょう。ね?」


「はい」



----------



「うふふ」


 マツはにこにこしながら、並べられる料理を摘んでは、マサヒデを見てにやにやしている。笑顔を向けられるたびに、マサヒデも小さな笑みを返す。


 少しは疲れが見えるが、そう疲れているようには見えない。

 マサヒデ達には大変な旅であった。

 クレールも凄い魔術師だが、同じようには来られまい。

 あまり疲れているようには見えないが、話し掛けられなければ、話さない。


 給仕が次の皿を持って来て、新しくワインを注ぐと、マツがグラスを取り、


「どうして、港に入らないんですか?」


「ん?」


「海の上で、私を待っていてくれたんですか?」


 ふ、とマサヒデが失笑して、


「首都に入ったら、私達、失格になると思いますから」


「何故でしょう」


「騎士さん達、近衛の人達が待ってます。マツさんの親戚や、龍人族の人達も、多分いますよね」


「はい。おります」


「私達では、とても敵わないと思うんですよね」


 マツがにやにやして、グラスを傾ける。


「それで、マサヒデ様はどうなさるんですか?」


 マサヒデもにやりと笑う。


「どうすると思います? 負けないように魔王様の所に行くには? 私達、考えたんですよ。それで、港に入らずに、海の上でマツさんを待ってたんです」


「行けるんですか?」


「まあ、城の中までは行けます。その後は分からないんですが」


「あら。首都の警備をかい潜って、城に潜り込めるんですか?」


「ええ。まず間違いなく」


 へえ、とマツがグラスを置く。


「まさか、私やテルクニを人質にしようだなんて考えてませんよね?」


「そういう事をするなら、最初から降参してしまって、魔王様に謁見を願います。勇者祭の参加者だと、死んでしまうかもしれませんから」


「どんな手ですか?」


「んー」


 マサヒデが意地悪な顔で笑って、マツの皿の魚を取り、


「どうしようかなあ」


 そっぽを向いて、魚をぺろりと口に入れる。


「マツさんに教えてしまうと、魔王様にバレてしまうかも」


「まあ! 行儀の悪い!」


「ふふふ。秘密にしてくれるなら、教えてあげますけど・・・いや、お城の中に入ってしまえば、秘密もバレちゃいますけど」


「教えて下さいます?」


「どうしようかなあ」


 2人の会話を、給仕に扮したカオルが、胸を鳴らして聞いている。

 ここでマツの協力が得られないと、正面から入っていくしか手は無い。


 騎士や近衛に囲まれるか。軍に狙撃され、闇討ちされるか・・・

 そして、すぐに脱落だ。


「んー、そうですね。マツさんにも手伝ってもらいましょうか。実は今、レイシクランの忍の皆さんが、こっそり上陸してます」


(え?)


 顔には出さなかったが、カオルが驚いた。

 そんな事はしていないが・・・


「あら。どうしてですか?」


「ほら。御城とか、貴族のお屋敷って、あるでしょう?」


「何がでしょう?」


 ふふん、とマサヒデが笑う。


「隠し通路ですよ」


(む!)


 マツの瞳が一瞬だけ動いたのを、カオルは見逃さなかった。

 やはりあるのだ。


「今、それを探してるんです。いくら魔王様が魔術とかで隠して作ったとしても、レイシクランの忍の皆さんなら、魔術の乱れが少しでもあれば分かりますからね」


「・・・」


「ここまで時間が掛かるとは思っていませんでした。マツさんが来る前に見つけてしまって、すぐに一緒に行こうと考えてましたが、流石ですね」


「それで、私が手伝うとは?」


 マサヒデがにやりと笑った。


「隠し通路、教えてくれます? まあ、ここで待っていても良いんですけど、いつまで掛かるか分かりませんから」


「う、ううん・・・」


 流石にマツも渋る。大事な隠し通路だ。一族でも、城住みの者でも、本当に大事な者以外は知らない。知っているのは家族の一部と、側近のみ。


 そう、家族でさえも一部だけなのだ。

 側近で知っているのも、昔から魔王と共に働いてきた龍人族の者だけだ。


「では、皆さんからの連絡を待ってましょうかね。もう1ヶ月以上も経ってますから、流石に見当はついてるでしょう。そう掛からないでしょうし」


「んん・・・」


「私は別にそれでお城に行けなくても良いんです」


「え」


「負けても、謁見が許されるなら、別に勇者でなくたって構いませんからね」


「う、ううん・・・」


「ま、ゆっくり食べて下さい」


 マツも、マサヒデに勇者になってほしいのだ。

 だが、下船して真っ直ぐ城に、となると・・・

 マサヒデは悩むマツを見て、にやにや笑っていた。


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