第61話
ジョアルを出て1ヶ月半。
シルバー・プリンセス号は、魔の国の首都、ロ=マーン市の海上に待機していた。
結局、マツが手を貸してくれない場合の良い策は浮かばなかった。
その場合は、間違いなく街中で脱落である。
運良く城に辿り着けても、その先は近衛兵や龍人族、魔王の一族。
今のマサヒデ達に、勝てるわけがない。
だが、脱落したとしても、マツもクレールも一緒なら、恐らく謁見も許されるであろうから、マサヒデは「そうか、それなら良いではないか」と、もう先は気にせず訓練場で稽古をしていた―――
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「私は別に勇者にならなくても良いです。皆さんはなりたいんですか?」
そう問われた時、皆、言葉が出なくなってしまった。
アルマダは、ただマサヒデが強くなり、今、剣聖となった! という瞬間に立ち会いたいから、ついて来ただけである。ついでに自分も修行を積める。
クレールはマサヒデに勇者にはなって欲しいが、別に強い理由はない。
ぶっちゃけて言ってしまえば、夫自慢のネタが欲しいだけである。
カオルは謂わばただの家臣(ただし忍)であるし、別にマサヒデが勇者であろうとなかろうと、その忠誠に変わりはない。剣聖だとかも関係ない。物乞いであっても構わない。これはイザベルも全く同じだ。
シズクはどうか。
楽しいから、だけではない。
マサヒデには、鬼族全員を救ってもらったという大きな恩があるのだ。『魔王様の下へ行く』という勇者祭の目標があるから、それを優先して何も言わないが、鬼の里にも来て欲しいと考えている。マサヒデの銅像を建てるのだ。
勿論、貴族であるクレール、イザベルの家の訪問が先だから、そこは譲っている。
ラディ。
一応、最初は金で雇われはしたが、本人が勇者になりたいという希望は皆無である。
既に高名な武術家というマサヒデの旅の先々では、色々な名刀、名剣も見る機会があるし、砂漠の野宿など辛い事もあったが、概ね満足である。
アルマダの騎士達も、既に魔の国に来て、満足している。
しかも、イザベルの実家、武門随一のファッテンベルク家にも足を運べた。
馬術を売りにしている彼らには、もう夢のような旅である。
イザベルはとっくに満足してしまっている。
本人は勇者祭からは既に脱落しているし、主となったマサヒデに、家を訪ねてもらう事まで出来た。
主のマサヒデはともかく、イザベル個人の望みは果たすことが出来たのだ。
「ですから、もう別に負けても良いかなって思うんですよね。謁見が許されればそれで良いです」
クレールが、ぐいと身を乗り出し、
「でもでも、勇者になれなかったら、勘当されたままですけど」
マサヒデが両手を広げる。
「構いません。別に不自由はないです。用事があれば、父上達の方が来ます。今までもそうでしたでしょう」
今までも同じような事を言っていたが、アルマダが首を振る。
これは強がりではないのか。
「マサヒデさん。良いのですか」
「ええ」
「今まで、一緒に稽古をしてきた皆さんも居るのに」
クレール達が、はっとした。そうだ。家族だけではないのだ。
自分から家族に会いに行けない、実家に立ち入ることが出来ない、という方に気が行っていたが、長年、共に稽古を積んできたトミヤス道場の門弟達も居るのだ。
「道場に入れないってだけです。村に戻れば会えます。向こうがこちらに来ることだってありますよ。隣町なんですから」
マサヒデはにっこり笑った。
寂しい、という色は見えない。が・・・皆の目は、じっとマサヒデを見ていた。
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数日後。
マサヒデ達が訓練場で稽古をしている時であった。
「何事だ!」「集合!」
声が聞こえ、は! と皆が身を固めた。
が、シズクは鉄棒に伸ばしかけた手を止めて、
「もしかして、マツさんが来たんじゃないの」
「あっ」
確かに、そろそろだ。
「かもしれませんが、注意して」
マサヒデは真剣と脇差を取り、稽古着のまま帯に差し、手首に革の手裏剣入れを巻く。アルマダ達も剣のベルトを着けて、飛び出して行った。
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たたっ! と甲板に続くドアの前に駆け寄って、ドアの左右に立つと、
「お待ち下され」
船員姿の忍がドアを薄く開け、声を出した。
マサヒデ達がぴりぴりしているので、迂闊に首を出しづらいのだ。
「マツ様です」
ほ! と皆が息をついた。
空気が緩んだ所で、ドアが開く。
「風の魔術で飛んで来られましたので、甲板に下りた時に騒ぎに」
風の魔術で飛ぶ時は、風が凄い勢いで巻くので、驚かれても当然だ。
マサヒデが苦笑いして、
「あれは驚きますよね。じゃあ、久し振りにマツさんに会いに行くとしましょう」
すっとドアを開けると、潮の香り。
マサヒデが手を挙げて、
「マツさん!」
は、とマツと、マツを囲んでいた船員達がこちらを見た。
船員達は、手にモップやら縄やらを持っていて、マサヒデは思わず、くすっと笑ってしまった。
「皆さーん! その人は大丈夫です!」
「マサヒデ様!」
マツが右手にタマゴを抱え、左手で船員をどけて、駆け寄ってきた。
「嗚呼! マサヒデ様!」
飛び込んで来ようとしたが、マサヒデが抑え、
「長旅、お疲れ様でした」
「平気です」
つん、とタマゴの頭を突付く。
「テルクニも」
ほろり。マツの目から涙が落ちる。
これから、父(魔王)に子を見せに行くのだ!
「さ、今日は休みましょうよ。まずは荷物を下ろして。レストランで、レイシクランのシェフの料理を楽しみましょう。ね?」
「はい」
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「うふふ」
マツはにこにこしながら、並べられる料理を摘んでは、マサヒデを見てにやにやしている。笑顔を向けられるたびに、マサヒデも小さな笑みを返す。
少しは疲れが見えるが、そう疲れているようには見えない。
マサヒデ達には大変な旅であった。
クレールも凄い魔術師だが、同じようには来られまい。
あまり疲れているようには見えないが、話し掛けられなければ、話さない。
給仕が次の皿を持って来て、新しくワインを注ぐと、マツがグラスを取り、
「どうして、港に入らないんですか?」
「ん?」
「海の上で、私を待っていてくれたんですか?」
ふ、とマサヒデが失笑して、
「首都に入ったら、私達、失格になると思いますから」
「何故でしょう」
「騎士さん達、近衛の人達が待ってます。マツさんの親戚や、龍人族の人達も、多分いますよね」
「はい。おります」
「私達では、とても敵わないと思うんですよね」
マツがにやにやして、グラスを傾ける。
「それで、マサヒデ様はどうなさるんですか?」
マサヒデもにやりと笑う。
「どうすると思います? 負けないように魔王様の所に行くには? 私達、考えたんですよ。それで、港に入らずに、海の上でマツさんを待ってたんです」
「行けるんですか?」
「まあ、城の中までは行けます。その後は分からないんですが」
「あら。首都の警備をかい潜って、城に潜り込めるんですか?」
「ええ。まず間違いなく」
へえ、とマツがグラスを置く。
「まさか、私やテルクニを人質にしようだなんて考えてませんよね?」
「そういう事をするなら、最初から降参してしまって、魔王様に謁見を願います。勇者祭の参加者だと、死んでしまうかもしれませんから」
「どんな手ですか?」
「んー」
マサヒデが意地悪な顔で笑って、マツの皿の魚を取り、
「どうしようかなあ」
そっぽを向いて、魚をぺろりと口に入れる。
「マツさんに教えてしまうと、魔王様にバレてしまうかも」
「まあ! 行儀の悪い!」
「ふふふ。秘密にしてくれるなら、教えてあげますけど・・・いや、お城の中に入ってしまえば、秘密もバレちゃいますけど」
「教えて下さいます?」
「どうしようかなあ」
2人の会話を、給仕に扮したカオルが、胸を鳴らして聞いている。
ここでマツの協力が得られないと、正面から入っていくしか手は無い。
騎士や近衛に囲まれるか。軍に狙撃され、闇討ちされるか・・・
そして、すぐに脱落だ。
「んー、そうですね。マツさんにも手伝ってもらいましょうか。実は今、レイシクランの忍の皆さんが、こっそり上陸してます」
(え?)
顔には出さなかったが、カオルが驚いた。
そんな事はしていないが・・・
「あら。どうしてですか?」
「ほら。御城とか、貴族のお屋敷って、あるでしょう?」
「何がでしょう?」
ふふん、とマサヒデが笑う。
「隠し通路ですよ」
(む!)
マツの瞳が一瞬だけ動いたのを、カオルは見逃さなかった。
やはりあるのだ。
「今、それを探してるんです。いくら魔王様が魔術とかで隠して作ったとしても、レイシクランの忍の皆さんなら、魔術の乱れが少しでもあれば分かりますからね」
「・・・」
「ここまで時間が掛かるとは思っていませんでした。マツさんが来る前に見つけてしまって、すぐに一緒に行こうと考えてましたが、流石ですね」
「それで、私が手伝うとは?」
マサヒデがにやりと笑った。
「隠し通路、教えてくれます? まあ、ここで待っていても良いんですけど、いつまで掛かるか分かりませんから」
「う、ううん・・・」
流石にマツも渋る。大事な隠し通路だ。一族でも、城住みの者でも、本当に大事な者以外は知らない。知っているのは家族の一部と、側近のみ。
そう、家族でさえも一部だけなのだ。
側近で知っているのも、昔から魔王と共に働いてきた龍人族の者だけだ。
「では、皆さんからの連絡を待ってましょうかね。もう1ヶ月以上も経ってますから、流石に見当はついてるでしょう。そう掛からないでしょうし」
「んん・・・」
「私は別にそれでお城に行けなくても良いんです」
「え」
「負けても、謁見が許されるなら、別に勇者でなくたって構いませんからね」
「う、ううん・・・」
「ま、ゆっくり食べて下さい」
マツも、マサヒデに勇者になってほしいのだ。
だが、下船して真っ直ぐ城に、となると・・・
マサヒデは悩むマツを見て、にやにや笑っていた。




