第59話
トミヤス道場でフギが暴れていた頃、魔の国、海上。
レイシクランの客船、シルバー・プリンセス号。
訓練場で、イザベルが戦術講義を行う。
戦術講義と言っても、部隊行動である。
戦での戦術は、人族の国の方が遥か上なのだ。
「強い部隊、優れた部隊というのは、指揮官を持ちません。リーダーが居ないのです」
「と言いますと」
「指揮官は、その場その場で変わるのです。つまり、全員にリーダーの資質がある部隊こそが強い。例えばですが」
イザベルが白墨を取り、かかか、と簡単な図を書く。
四角の形に、ドアを書き、その前に◯を5個並べる。
「これから、5人でこの部屋に突入します。マサヒデ様のチームの場合、いつもなら先頭はシズク殿。2番目にマサヒデ様。3、4番目はクレール様、ラディ。殿にカオル殿、でしょうか。クレール様とラディは外で待機が多いでしょうが、此度は一緒に突入せねばならないというケースです」
とんとん、と2番目の◯を指差す。
これがマサヒデだ。
「さて。ここで、マサヒデ様が指示を出すのは良くないのです。マサヒデ様、何故だか分かりますか」
「え? 私? ええと・・・」
何故だろう?
ううん、ううん、とマサヒデが腕を組んで唸る。
アルマダも顎に手を当て、眉を寄せている。
イザベルはしばらく待ち、とん、と先頭の◯を指差した。
「一番前が、一番見えているからです」
「ああ、それはそうですよね」
「あ、敵がいる。まずい。引かなければ、と思った時に、後ろから行け、と指示を出されたら困ります。どうしよう? と、一瞬でも迷った瞬間、ぱん! 集中して銃を撃たれたら、シズク殿でも倒れます。この場合、シズク殿の動きを見て皆も下がる。シズク殿がリーダーというわけです」
「なるほど!」
「相手が軍人なら、そこそこ訓練された者であれば、0.3秒で引き金を引きます。0.3秒で生死が決まります」
「そんなに!?」
「実際は指示など出す暇はないです。見て一緒に動く」
「ううむ」
「さて、過去のケースを見てみます。マサヒデ様の場合、神誠館での突入時(※勇者祭2:44話参照)、最初から役を決めてしまい、後はほとんど自由行動としました。カオル殿の偵察で戦力が大体分かっていたので、あの場合は良しとしますが、分からなかった場合は被害が出た可能性が大です」
「ううむ・・・」
「ハワード様も、ニシムラ様と対決した際(※勇者祭2:78話)は、ほぼご自身が指揮を採られ、騎士の皆様が動くという形でしたが、理想は指揮を採らずとも皆様が適切に動いて下さる事。指示を出してから動くのは遅いです。最初に目標と大まかな役を決めてしまいましたら、後は各自で勝手に動き、その動きが全て連携している、というのが理想です。特にハワード様のチームは全員ほぼ同じ装備。決めていた役も程々にという程度にし、臨機応変に変えて立ち回るのがポイントです」
「難しいですね・・・」
「出来ます。1年も共に過ごしておられるのですから、皆の考えている事など、言われずともお分かりになられましょう。特に、リー殿とジョナス殿は魔術を使いつつ前線に立つ。柔軟な立ち回りを強く求められる立場です。この先のハワード様のチームの要になります事、ご承知おき下さい」
「は」「はい」
「次はカオル殿です」
「はい」
「軍人や傭兵、もしくは元それらが相手ですと、閃光弾のような目眩ましはあまり効かない事をご承知下さい。殺傷力のある物か、獣人族の鼻に効く目潰しの粉などに切り替えて下さい」
「何故でしょう」
「普段から訓練で使っているからです」
確かにそうだ。
米衆連合でイザベルの訓練を受けた時、閃光弾を使っていた。
彼らは普段から訓練で使っていて、慣れているのだ。
「敵がいる、来る、と分かっていれば、目の前で光ろうが音が出ようが、平然と動いてきます。戦闘態勢に入った相手に使うのは、あまり意味がございません。ほんの一瞬、視界が奪える程度です。勿論、立ち会いなどで、その一瞬で決まる時や、油断している所へは多いに有効です。無駄に貴重な火薬を使いませぬよう」
「分かりました」
「さて次は・・・」
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イザベルが、きゅきゅ、とボードを拭き、次へ。
首都における相手の戦力予想である。
「次は首都・ロ=マーンに置かれる魔族側の参加者の予想です。当然ですが、今までのように、ただ個人が強い、という者達ではございません」
かつかつかつ・・・
「街中では、軍、傭兵、騎士団。忍もおりましょう。私のおりました特戦隊も出て来るやもしれませぬ。城内には、当然ながら近衛も忍も配置されております。これらに参加者がおられるとちと厄介。いや、おりまして当然でしょう。普段から魔王様を守る役をしておりますれば、それらを打ち倒して魔王様の前へ。勇者になる為の当然の流れです」
魔王様の近衛。
1人でこの魔の国全体にも勝てるであろう男の、近衛兵。
「・・・」
分かってはいたが、文字に書かれると不安が一杯になる。
魔王様の近衛など、今までの相手とは比べ物になるまい。
「一部を除き、部隊行動を叩き込まれた者らばかりです。雑な動きをした瞬間、簡単に脱落致します。決まった1人を中心に連携しておりますと、すぐにその者を狙われます。指揮官は柔軟に、適切に変えて下さい。無闇にころころ変えるのではなく、適切にです。相手も指揮官は決まっていないと見て下さい。指揮を出す者は全員です」
「ううむ・・・」
「そして連携の時の注意。出来る限り、右だ! 左だ! などと声に出しませんように。相手も一瞬でそれに対応してきます」
「厳しいですね!」
「プレッシャーをかける為とか、フェイントの為であれば結構ですが、お味方がそれに釣られませぬよう」
「善処はしますが」
「個対個であれば、余程の相手でなければ、マサヒデ様、ハワード様には敵いませぬ。相手もそれは分かっております。なれば、当然、チームで掛かってきましょう。1対1の勝負はまず受けませぬ。それを仕掛けてくる者、受ける者は、腕試ししてみたいな、程度の者で、本気の者ではございません。そして、個で立ちはだかる者は間違いなく・・・」
か、か、か。
「龍人族と、魔王様のご一族のお方がほとんどでしょう。側近と、ご家族、ご親戚。ですので、魔剣や称号武器、もしくは魔術の籠められた得物。こういった物を持ち出してくる可能性が非常に高いと予想出来ます」
「・・・」
皆がずっしりと沈む。
龍人族や魔王一族に、称号武器や魔術の籠もった武器。
勝てる目算は皆無だ。
「さて、これらに対応するには」
「え」
対応策があるのか!?
沈んだ皆が、ぱ! と顔を上げた。
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首都における、魔王様の元へ辿り着く為にイザベルの立てる作戦とは。
「ひとつ目。潜入してしまう事。カオル殿とレイシクランの忍の皆様のお力を借りれば、不可能ではないかと。入港時に要注意です。その場で襲われますと、身を隠しての潜入は出来ませぬ。入港時の検査は忍の皆様に影武者を任せ、我らは別から密航、潜入」
「・・・」
「ふたつ目。海上でマツ様を待ち、マツ様、テルクニ様を人質にして城内へ。そのまま謁見の間まで進みます。人質と言うと聞こえが悪いですが、誰か1人でも脱落したら、この先テルクニ様は魔王様には見せぬ、で良いでしょう」
「・・・」
「みっつ目。マツ様に魔王様を呼び出してもらう。その場で謁見致しますれば、勇者でございます。呼び出しに応じて頂ける確率は低いですが、身を隠して潜入するのではなければ、やってみて損はございませぬ」
「あの・・・どれも」
遮ってイザベルが続ける。
「マサヒデ様。まともに向かいますと、流石に無理です。私も一応は騎士合格ラインに届いておりますので、騎士は私か上のレベル。近衛に配置される人員は、マスダ殿や兄上の下くらいのレベルと想定致しましょう。それらが群れをなし、息もつかせぬ連携で襲ってきます。軍から配置された者共は、遠距離からの狙撃と同時に闇討ち。これでは、あっと言う間です。武者修行にもなりませぬ」
「・・・」
「そして・・・」
イザベルが簡単な地図を書いていく。
港から大通りを真っ直ぐ。城。
「勇者候補がついに首都に来たとなりますと、祭のように街中が混雑します。魔の国と人の国の戦が終わりました時、人の国の王達が諸手を上げて歓迎されたようにです。ジョアルとは規模が違います。通りは人混みになりますので、騎士や軍が整理の為にそこここに配置されます。通りの両側にはみっしりと人が。その前には騎士や兵達が」
「その人達に、参加者が混じっている」
「はい。宿はどこでしょう、などと聞きに参られますと、あっと言う間に囲まれ、剣を向けられます。民衆に紛れての銃撃もございましょう。運良く襲われず、親切に宿を教えてくれたとて、仲間が潜入しております宿や、狙撃ポイントへと誘導。私なら間違いなくそう致します」
どうしようもないではないか。
「港に着きますと、間違いなく行列がどうのこうのと打ち合わせが来たり、魔王様から使いが、などと来たりします。誰が来ても、近付いて話を聞く前に、まず『降参と言え』から始めて下さい。これで偽って来た者も抑えられます。例え魔王様ご本人でもです。忍の変装の可能性は多いにあります」
アルマダが手を挙げる。
「どうぞ」
「入港した直後、整理された通りを馬で駆け抜けるというのはどうでしょう」
「港から城まで約3里(12km)ございます。すぐに通信が届き、馬が着く前に城門を閉ざされます」
「クレール様の魔術で飛び、城壁を越えては」
「城壁の上には結界が張られておりますので、魔術で飛んでの侵入は無理です。上と言うより、城壁の地下深くから空まで張られております。城壁自体は飾りに近く、観光用の見世物です。結界を張ったのは魔王様ご自身と聞いておりますので、破るのは大砲でも魔術でも無理です。空から入れる生物は、害のない鳥や虫、空中連絡用の空を飛ぶ魔獣、城仕えの龍人族のお歴々など、一部に限定されております」
「ううむ・・・地下からも無理ですか」
「はい。どれ程に深く結界が張られているのか不明ですが、地下水脈よりは遥かに深いかと」
「では・・・緊急用に使う地下通路などはありませんか」
「ございましょうが、私は存じません。近しいご家族しかご存知ないかと」
はて、家族。
マサヒデが首を傾げながら手を上げた。
「どうぞ」
「マツさんは、その通路、知ってますかね」
「・・・」「・・・」「・・・」
皆が顔を見合わせる。
城内への侵入方法は決まった。
「マサヒデ様。マツ様が来られるまで、海上で待機致しましょう」




