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勇者祭5 魔の国編  作者: 牧野三河
第一章 港町ジョアル
58/128

第58話


 ここはトミヤス道場。


 サカバヤシ流夢想派宗家、ジンゴロウ=サカバヤシ。

 森戸三傅流宗家、ヒデノブ=フギ。


 抜き打ちを売りにする2人が向き合って立つ。


「はい。宜しくお願いします」

「こちらこそ。宜しくお願いします」


 交わした言葉は軽いもの。

 間の空気はまるで限界一杯の水風船。


 ジンゴロウの右手がピアノを引くように指を動かし、すいっと落ちる。

 フギの左手は鞘に添えられ、くい、と鯉口を切る。

 二人共、腰を落としたりはせずに、直立のまま。


「では、お先に」


 ジンゴロウが言うと、フギが頷いた。す、と右手が前に。

 とん、とジンゴロウが一歩。

 瞬間、2人の刀が閃いた。


「あっ!」


 フギの刀は、抜かれて、ぴたりと直立している。

 止めたと思った。

 だが、ジンゴロウの刀は、切先が出た所で止まっていた。


「むん!」


 気付いた時には、ジンゴロウが腕を振るう。

 かあん! と音が響き、フギの刀が横に逸れた。


(なんと!)


 鍔元ではない! 柄頭で刀の横腹が叩かれた!

 柄頭を斜めに当てて、くいっと手首を真っ直ぐにしている。

 切先がしっかり真正面に伸びている。切先はぴたりとフギの喉の横。


「参った」


「お目に適いまして恐悦至極」


 とん! と音がした時には、もうジンゴロウの刀は鞘に納まっていた。

 ふつふつとフギの顔に冷や汗が浮いてくる。


「いやあ・・・」


 悔しそうに唸りながら、フギも納刀。

 叩かれたが、曲がってはいないようだ。

 袖で顔を拭って、苦笑して首を振る。


「いやあ、これはもうね、本当に参った! あんな芸当、誰にも出来ませんよ」


「ふうーっ!」


 ジンゴロウもがっくりと肩を落とし、息を吐いた。

 ジンゴロウの額にも汗が浮いてきて、袖で顔を拭っている。

 完全に押し勝ったように見えて、ジンゴロウもぎりぎりであった。



----------



 フギは「疲れちゃった」と言って、縁側にカゲミツと座って休憩。


 湯呑を両手で持って、固く正座するカゲミツ。

 フギも正座で、つつー、と茶を飲み、とん、と湯呑を置いて、


「カゲミツ君」


「はい」


「上手くやってるねえ」


「畏れ入ります」


 フギはちらりと後ろの道場を見て、庭に目を戻す。


「皆、君の事が好きみたい。最初は嫌々来たって子も多いんじゃない?」


 トミヤス道場には、貴族の次男三男といった、所謂、冷や飯食いが多い。アルマダもその1人だ。ほとんどは『剣聖の弟子』という名が欲しくて送られて来るので、興味なし、嫌々、という者も多い。


「まあ、おります」


 当然、すぐに去って行く者もいる。

 剣聖の元で修行していた、という名目だけ得て、すぐに帰る者。

 平民、貴族が同列に扱われるのに、どうしても我慢出来ない者。

 だが、残る者は、不思議とすぐに馴染んでしまう。


「貴族の子も居るけど、車道流道場とは違う。ここ、良い雰囲気だよ」


「ああいうのは、もうこりごりで」


 カゲミツも首都で修行していたのだ。ヤナギ車道流の輩に絡まれた事は多い。血の気も多かったし、喧嘩になった事も度々あった。師のコヒョウエには、ようやった、などと褒められたり、逆に叱られたりもした。


「金許し(金で免許を出す)とか義理許し(偉い人や仲の良い人に技術がなくても義理で免許を出す)とかしないんだ」


 貴族門弟の多い道場では、これらをする所は少なくない。

 だが、トミヤス道場は術許し(心技体、術に優れた者に出す免許)のみ。

 勝てば正義、強さが正義という看板は、ここにも繋がる。

 口だけだろうと贈り物をする貴族も多いが、カゲミツは一切の妥協をしない。


「はい」


「それで、これだけ繁盛してる。上手い事やってるよ」


「剣聖の看板のお陰です」


「それも、ある。でも、一番は、君は人に好かれるからかな。トミヤス流って言うと、んん! って感じの人は居るけど、実際に君に会って、君が嫌いって人、あまりいないから」


「そうでしょうか」


「そうだね。どんなに凄い腕前の師匠だって、一緒に居て嫌だったら、嫌になるよ。人だもの。合う、合わないはある。それでも段位が欲しい、強くなりたい、なんて無理して頑張ってると、ひねくれちゃったりして。どこの道場とは言わないけど」


「・・・」


「マサヒデさんもねえ。あれは人に好かれるよ。私もいっぺんに気に入っちゃったもの。うちで鍛えてやりたいって思っちゃったもんね」


「・・・」


「ふふ。親子だよね」


「はあ・・・」


 何とも言えない顔で、湯呑を見つめるカゲミツを、フギが背を丸めて覗き込む。


「あ、何? もしかして照れてる?」


「あいや! 決して!」


「はっはっは!」


 獣人族のジンゴロウとマスダには、会話は丸聞こえ。

 にやにや笑いながら、門弟に指導を続ける。



----------



 カゲミツとのお喋りが終わった後、フギは難しい顔で、壁に掛かった練習用の武器をじっと見ている。


 三傅流道場も多くの武器術があるので、色々な得物があるが、このトミヤス道場にも多い。


(さあて、どれにするか)


 柔鋼流の虎族相手。何が良いだろう。

 刀。脇差。小太刀。剣。短槍。長槍。薙刀。杖。棒。鎌。鎖鎌。

 出来るだけ手を出させて、見てみたいが、それでやられてはやはり癪だ。


 門弟に指導するマスダを見ながら、木刀、脇差を取る。

 腰に差して、そのままマスダの指導を見学。

 口に手を当てて、じっと観察。


(ふうん・・・)


 知っている空手とは全然違う動き。

 大中心国の拳法に近い所も見えるが、全く違うようでもある。


 元々、この国で基本が出来、大中心国に渡り、向こうの技術を含めて戻って来た。

 柔鋼流はそういう武術だと聞く。


(そうか。分かったぞ)


 体術とは根本が違うのだ。

 日輪国の体術の動きの多くは、武器の動きから来ている。

 だから、剣術や槍術などの理が身体で分かっていると、体術もすんなり身に付く。


 これは違う。元から素手で相手を倒す為に作られたのだ。

 だから、大中心国の拳法の動きも混ぜやすかったのだ。

 異質な動きに見えるのも当然。


(柔らかい・・・なるほど。柔鋼、ね)


 マスダの見た目は、暴、剛、と見えるが、その動きは柔らかい。

 虎族の頑丈剛力にして素早くしなやかな身体、というのを字で表すと、まさに柔と鋼。


「ふうん・・・」


 と、声に出た時、くるりとマスダが振り向いた。


「なあ爺さん、そろそろやるのかい」


 フギが笑って頷いた。


「やりましょう」


「おおい! 爺さんなんて呼ぶんじゃねえ!」


 カゲミツの声が響く。



----------



 フギがマスダと向き合う。

 今回はカゲミツも審判につく。


「フギ先生、お手柔らかに頼みます。これでも師範代なんで、一応指導に」


「カゲミツ先生よお」


 マスダが不満気に腕を組んだが、し! とカゲミツが口を鳴らす。


「こら!」


「ははは! 面白いねえ!」


 ふん! とマスダが鼻を鳴らす。


「そうじゃなくてよお。なんか最近、こういう役回り多くねえか?」


 カゲミツが怪訝な顔で聞き返す。


「こういう?」


「何かよお、最近、やられ役な気がしてきてんだ」


「わははは!」

「あははは!」


 カゲミツとフギが声を上げて笑った。


「俺がフギさんに敵うわけねえだろ。そんくらい分かるぜ」


 ぷ! と後ろで笑い声。


「サカバヤシ先生なあ!」


「む! おほん! ・・・何か」


「・・・ちっ・・・だがよお!」


 ばしん! とマスダが手の平に拳を当てる。


「俺より強い奴! この国に来てから、こんなに見つかるとは思わなかったぜ! 今日は負けちまうかもしれねえが! だ・・・その動き、見せてもらう!」


「ん! 勉強って大事だよね。私も勉強させてもらいます」


 す、とマスダが構えると、フギは大小2本を抜いた。

 二刀流。


(ほう!)


 カゲミツもジンゴロウも少し驚いた。


「じゃあ、始め」


 同時に、ぶうん! とねじりを加えられた、凄い突き。

 当然、フギはぎりぎりで避ける。

 いつもなら、ここで目突きに指が伸びる所だが・・・


「む」


 拳の目の前に、フギの脇差。指が伸ばせず、開きかけで止まった。

 すかさず、開きかけの手をフギの袖口に引っ掛け、脇差を引き下げたが、


「はい」


 大刀が上がってきて、ぴたりと首の横。


「さあどうする」


 にやあ、とマスダが笑った。


「どうすると思う?」


「・・・」


 この状態で何かあるのか?


「全員見とけ! こうなったら謝るだけだぜ!」


 ぱん! とマスダの両手が木刀に乗った。

 首に向けていたので、平の上に乗った。刃に乗せたわけではない。

 は! とフギの目が見開いた。


「降参するかい? なんて甘い事してるとこうなる! 迷わず斬れ!」


 く! と木刀の切先が少し外に持っていかれる。

 刃を押されたのではない。

 鎬に掌底ががっちり当たっている。左右から鎬を押さえられた。


(引けない!?)


 ほんの少しズラされただけだが、押しも引きも出来なくなった。

 左右から鎬を押さえられた上、肩を支点に、両手で上から押さえつけているから、斬り込む事も出来ない。

 これは力ではない。技術だ。


「さあ謝るぜッ!」


 ぐん! とマスダが礼をすると、手が思い切り下に引っ張られてしまった。


「おおっ!?」


 咄嗟に下げられた脇差を振り、マスダの首元を擦った。

 どん! と片膝を付いた時には、右手は大刀を離していた。

 マスダが身を起こし、ふふん、と笑って、取った木刀をカゲミツに差し出す。


「カゲミツ先生。今の、特別だぜ」


 カゲミツがにやりと笑って木刀を受け取ると、おお! と門弟達から声が上がった。

 フギが立ち上がり、


「ううむ! 今の、二刀じゃなかったら、私の完敗だったね!」


 ぽん、ぽん、とマスダが首に手を当てる。


「ああ。俺の負け」


 真剣だったら、脈が斬られて死んでいた。こっちは刀を取っただけ。


 完敗だが、今回は大満足。


 明らかに手抜きされたのは分かっているが、カゲミツ先生やサカバヤシ先生がへいこらする大先生に、膝を付かせ、あっと言わせる事が出来たのだ。

 カゲミツ先生も驚いている。後ろのサカバヤシ先生も目を丸くしているだろう。


「くくく。負けちまったが、いつまでもやられ役じゃあねえのさ。師範代なんだ」


「いや、本当に驚いた! もらっちゃうけど、良い?」


「構わねえが、俺から盗んだって言わないでくれよ。一応、門外不出なんだからよ」


 フギがにっこり笑って頷いた。


「勿論」


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