第58話
ここはトミヤス道場。
サカバヤシ流夢想派宗家、ジンゴロウ=サカバヤシ。
森戸三傅流宗家、ヒデノブ=フギ。
抜き打ちを売りにする2人が向き合って立つ。
「はい。宜しくお願いします」
「こちらこそ。宜しくお願いします」
交わした言葉は軽いもの。
間の空気はまるで限界一杯の水風船。
ジンゴロウの右手がピアノを引くように指を動かし、すいっと落ちる。
フギの左手は鞘に添えられ、くい、と鯉口を切る。
二人共、腰を落としたりはせずに、直立のまま。
「では、お先に」
ジンゴロウが言うと、フギが頷いた。す、と右手が前に。
とん、とジンゴロウが一歩。
瞬間、2人の刀が閃いた。
「あっ!」
フギの刀は、抜かれて、ぴたりと直立している。
止めたと思った。
だが、ジンゴロウの刀は、切先が出た所で止まっていた。
「むん!」
気付いた時には、ジンゴロウが腕を振るう。
かあん! と音が響き、フギの刀が横に逸れた。
(なんと!)
鍔元ではない! 柄頭で刀の横腹が叩かれた!
柄頭を斜めに当てて、くいっと手首を真っ直ぐにしている。
切先がしっかり真正面に伸びている。切先はぴたりとフギの喉の横。
「参った」
「お目に適いまして恐悦至極」
とん! と音がした時には、もうジンゴロウの刀は鞘に納まっていた。
ふつふつとフギの顔に冷や汗が浮いてくる。
「いやあ・・・」
悔しそうに唸りながら、フギも納刀。
叩かれたが、曲がってはいないようだ。
袖で顔を拭って、苦笑して首を振る。
「いやあ、これはもうね、本当に参った! あんな芸当、誰にも出来ませんよ」
「ふうーっ!」
ジンゴロウもがっくりと肩を落とし、息を吐いた。
ジンゴロウの額にも汗が浮いてきて、袖で顔を拭っている。
完全に押し勝ったように見えて、ジンゴロウもぎりぎりであった。
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フギは「疲れちゃった」と言って、縁側にカゲミツと座って休憩。
湯呑を両手で持って、固く正座するカゲミツ。
フギも正座で、つつー、と茶を飲み、とん、と湯呑を置いて、
「カゲミツ君」
「はい」
「上手くやってるねえ」
「畏れ入ります」
フギはちらりと後ろの道場を見て、庭に目を戻す。
「皆、君の事が好きみたい。最初は嫌々来たって子も多いんじゃない?」
トミヤス道場には、貴族の次男三男といった、所謂、冷や飯食いが多い。アルマダもその1人だ。ほとんどは『剣聖の弟子』という名が欲しくて送られて来るので、興味なし、嫌々、という者も多い。
「まあ、おります」
当然、すぐに去って行く者もいる。
剣聖の元で修行していた、という名目だけ得て、すぐに帰る者。
平民、貴族が同列に扱われるのに、どうしても我慢出来ない者。
だが、残る者は、不思議とすぐに馴染んでしまう。
「貴族の子も居るけど、車道流道場とは違う。ここ、良い雰囲気だよ」
「ああいうのは、もうこりごりで」
カゲミツも首都で修行していたのだ。ヤナギ車道流の輩に絡まれた事は多い。血の気も多かったし、喧嘩になった事も度々あった。師のコヒョウエには、ようやった、などと褒められたり、逆に叱られたりもした。
「金許し(金で免許を出す)とか義理許し(偉い人や仲の良い人に技術がなくても義理で免許を出す)とかしないんだ」
貴族門弟の多い道場では、これらをする所は少なくない。
だが、トミヤス道場は術許し(心技体、術に優れた者に出す免許)のみ。
勝てば正義、強さが正義という看板は、ここにも繋がる。
口だけだろうと贈り物をする貴族も多いが、カゲミツは一切の妥協をしない。
「はい」
「それで、これだけ繁盛してる。上手い事やってるよ」
「剣聖の看板のお陰です」
「それも、ある。でも、一番は、君は人に好かれるからかな。トミヤス流って言うと、んん! って感じの人は居るけど、実際に君に会って、君が嫌いって人、あまりいないから」
「そうでしょうか」
「そうだね。どんなに凄い腕前の師匠だって、一緒に居て嫌だったら、嫌になるよ。人だもの。合う、合わないはある。それでも段位が欲しい、強くなりたい、なんて無理して頑張ってると、ひねくれちゃったりして。どこの道場とは言わないけど」
「・・・」
「マサヒデさんもねえ。あれは人に好かれるよ。私もいっぺんに気に入っちゃったもの。うちで鍛えてやりたいって思っちゃったもんね」
「・・・」
「ふふ。親子だよね」
「はあ・・・」
何とも言えない顔で、湯呑を見つめるカゲミツを、フギが背を丸めて覗き込む。
「あ、何? もしかして照れてる?」
「あいや! 決して!」
「はっはっは!」
獣人族のジンゴロウとマスダには、会話は丸聞こえ。
にやにや笑いながら、門弟に指導を続ける。
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カゲミツとのお喋りが終わった後、フギは難しい顔で、壁に掛かった練習用の武器をじっと見ている。
三傅流道場も多くの武器術があるので、色々な得物があるが、このトミヤス道場にも多い。
(さあて、どれにするか)
柔鋼流の虎族相手。何が良いだろう。
刀。脇差。小太刀。剣。短槍。長槍。薙刀。杖。棒。鎌。鎖鎌。
出来るだけ手を出させて、見てみたいが、それでやられてはやはり癪だ。
門弟に指導するマスダを見ながら、木刀、脇差を取る。
腰に差して、そのままマスダの指導を見学。
口に手を当てて、じっと観察。
(ふうん・・・)
知っている空手とは全然違う動き。
大中心国の拳法に近い所も見えるが、全く違うようでもある。
元々、この国で基本が出来、大中心国に渡り、向こうの技術を含めて戻って来た。
柔鋼流はそういう武術だと聞く。
(そうか。分かったぞ)
体術とは根本が違うのだ。
日輪国の体術の動きの多くは、武器の動きから来ている。
だから、剣術や槍術などの理が身体で分かっていると、体術もすんなり身に付く。
これは違う。元から素手で相手を倒す為に作られたのだ。
だから、大中心国の拳法の動きも混ぜやすかったのだ。
異質な動きに見えるのも当然。
(柔らかい・・・なるほど。柔鋼、ね)
マスダの見た目は、暴、剛、と見えるが、その動きは柔らかい。
虎族の頑丈剛力にして素早くしなやかな身体、というのを字で表すと、まさに柔と鋼。
「ふうん・・・」
と、声に出た時、くるりとマスダが振り向いた。
「なあ爺さん、そろそろやるのかい」
フギが笑って頷いた。
「やりましょう」
「おおい! 爺さんなんて呼ぶんじゃねえ!」
カゲミツの声が響く。
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フギがマスダと向き合う。
今回はカゲミツも審判につく。
「フギ先生、お手柔らかに頼みます。これでも師範代なんで、一応指導に」
「カゲミツ先生よお」
マスダが不満気に腕を組んだが、し! とカゲミツが口を鳴らす。
「こら!」
「ははは! 面白いねえ!」
ふん! とマスダが鼻を鳴らす。
「そうじゃなくてよお。なんか最近、こういう役回り多くねえか?」
カゲミツが怪訝な顔で聞き返す。
「こういう?」
「何かよお、最近、やられ役な気がしてきてんだ」
「わははは!」
「あははは!」
カゲミツとフギが声を上げて笑った。
「俺がフギさんに敵うわけねえだろ。そんくらい分かるぜ」
ぷ! と後ろで笑い声。
「サカバヤシ先生なあ!」
「む! おほん! ・・・何か」
「・・・ちっ・・・だがよお!」
ばしん! とマスダが手の平に拳を当てる。
「俺より強い奴! この国に来てから、こんなに見つかるとは思わなかったぜ! 今日は負けちまうかもしれねえが! だ・・・その動き、見せてもらう!」
「ん! 勉強って大事だよね。私も勉強させてもらいます」
す、とマスダが構えると、フギは大小2本を抜いた。
二刀流。
(ほう!)
カゲミツもジンゴロウも少し驚いた。
「じゃあ、始め」
同時に、ぶうん! とねじりを加えられた、凄い突き。
当然、フギはぎりぎりで避ける。
いつもなら、ここで目突きに指が伸びる所だが・・・
「む」
拳の目の前に、フギの脇差。指が伸ばせず、開きかけで止まった。
すかさず、開きかけの手をフギの袖口に引っ掛け、脇差を引き下げたが、
「はい」
大刀が上がってきて、ぴたりと首の横。
「さあどうする」
にやあ、とマスダが笑った。
「どうすると思う?」
「・・・」
この状態で何かあるのか?
「全員見とけ! こうなったら謝るだけだぜ!」
ぱん! とマスダの両手が木刀に乗った。
首に向けていたので、平の上に乗った。刃に乗せたわけではない。
は! とフギの目が見開いた。
「降参するかい? なんて甘い事してるとこうなる! 迷わず斬れ!」
く! と木刀の切先が少し外に持っていかれる。
刃を押されたのではない。
鎬に掌底ががっちり当たっている。左右から鎬を押さえられた。
(引けない!?)
ほんの少しズラされただけだが、押しも引きも出来なくなった。
左右から鎬を押さえられた上、肩を支点に、両手で上から押さえつけているから、斬り込む事も出来ない。
これは力ではない。技術だ。
「さあ謝るぜッ!」
ぐん! とマスダが礼をすると、手が思い切り下に引っ張られてしまった。
「おおっ!?」
咄嗟に下げられた脇差を振り、マスダの首元を擦った。
どん! と片膝を付いた時には、右手は大刀を離していた。
マスダが身を起こし、ふふん、と笑って、取った木刀をカゲミツに差し出す。
「カゲミツ先生。今の、特別だぜ」
カゲミツがにやりと笑って木刀を受け取ると、おお! と門弟達から声が上がった。
フギが立ち上がり、
「ううむ! 今の、二刀じゃなかったら、私の完敗だったね!」
ぽん、ぽん、とマスダが首に手を当てる。
「ああ。俺の負け」
真剣だったら、脈が斬られて死んでいた。こっちは刀を取っただけ。
完敗だが、今回は大満足。
明らかに手抜きされたのは分かっているが、カゲミツ先生やサカバヤシ先生がへいこらする大先生に、膝を付かせ、あっと言わせる事が出来たのだ。
カゲミツ先生も驚いている。後ろのサカバヤシ先生も目を丸くしているだろう。
「くくく。負けちまったが、いつまでもやられ役じゃあねえのさ。師範代なんだ」
「いや、本当に驚いた! もらっちゃうけど、良い?」
「構わねえが、俺から盗んだって言わないでくれよ。一応、門外不出なんだからよ」
フギがにっこり笑って頷いた。
「勿論」




